19話 情報交換
「ふう……さて、冗談はここまでとして、だ。この世界のこと、どこまで知ってる?」
竹山さんは表情を一変、真剣な顔でそう言った。
「俺達が知ってるのはこの世界がデウサルボルと呼ばれる世界であること。魔法、ステータスがあることくらいだと思います」
敬語を使ったのはいつぶりだろうか。そう思うほど久しぶりに敬語を使った。
「なるほどね。ありがとう……そういえば自己紹介をしたのは僕だけだったね」
気づかずに申し訳なかったとばかりに頭を下げる竹山さん。
「わ、私は高原美月っといいますっ」
ボブカットの少女──美月は緊張しているのか語尾が跳ねていた。勢いよく頭を下げる。
「…………高原唯斗だ」
青年は俺らから視線を外した。ボブカット少女も高原だった。兄妹には見えないし、親戚かなにかだろう。
「深沢彩香です……いつも姉がお世話になってます」
少女──彩香はぺこりとお辞儀をした。
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「アネ?アネー?アネーカーンタヴァーダ?」
竹山さんは状況を読み込めていないようで意味不明なことを言っている。まあ、そういう俺も訳が分からないのだが。
「深沢水緒は私の姉です」
「えっ」
驚いた声の主は彩香の姉──水緒のものだ。
彼女はまるで自分に妹がいなかったと思っていたふうな驚き方だ。しかし、彼女の妹はここにいま、存在している。
「私に妹が……?いや、でもそんなはずは…………あれ?」
水緒は今置かれている状況と記憶の違いに混乱しているのか、独り言を始める。
「あれっ?えっ、えっ!?」
戸惑いは次第に大きくなり遂には叫びだした。
そんな水緒を見て異常にようやく気がついた華凛が焦った顔で言う。
「水緒ちゃん!とりあえず部屋に戻ろう?」
使用人が担架らしきものを持ってきて、水緒を運ぶ。華凛は彼女について行ったが、妹の彩香はその場に呆然と立ち尽くしたままでついて行こうともしなかった。
「だ、大丈夫っ?」
美月が隣でいうが反応はない。
「とりあえずこの部屋から出た方が良さそうだね」
竹山さんが周りを確認しながら言う。
俺たちは周りから注目されていたようだった。
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「いきなり取り乱してゴメン」
落ち着きを取り直した水緒は看病してくれてたらしい、親友の華凛に誤っていた。彼女に華凛は「気にしないで良いよ」と言葉をかけるが、気にしないではいられない。華凛もそれを分かっていて、これ以上彼女に謝らせないために話を変えた。
「それでさ、何があったの?」
華凛は水緒に聞く。彼女自身聞くかは迷っていたのだ。しかし、分からないからには対応ができない。一人の親友として、悩みすら聞けないのは彼女にとって一番嫌なことなのだ。
水緒は少しの間迷っていたが、覚悟した貌で話した。
「ねえ、“高校”での事って覚えてる?」
「うん。全校生徒の人数とか、クラス数とか覚えてるよ?」
水緒の問に華凛は答える。水緒は困ったような、苦笑いを浮かべて言った。
「私ね、元いた世界のことが思い出せないんだ」
彼女の微笑の裏には哀しさがある。しかし、どうすることも出来なかった。
「笑っちゃうよね……10数年生活してきた世界よりこっちの世界の方の記憶の方があるんだもん」
「…………」
何と声をかければいいのか分からない。水緒がここまで落ち込んでいること自体今まで無かったために、華凛は親友にかけるべき励ましの言葉が思いつかなかった。何か言葉をかけたい。励ましたい。しかし、その言葉が彼女を傷つけるかもしれないという恐怖心がそれを止めさせていた。
「私……彩香さんにどう声をかければいいのかな?」
彼女は自分の妹を彩香さんと言った。
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「彩香ちゃん、お姉さんのこと気になる?」
「…………はい」
外で先程までの会議の続きをしていたのだが、彩香はどこか上の空。話を振っても返事が返ってこないほど重症だった。
案の定、水緒の事が気になっていたのがその原因だったようで、彼女は小さな声で答えた。
「彩ちゃん、お姉さんのところに行ってみたら?」
美月が心配そうな表情でいう。一見クールキャラな感じの唯斗も心配しているようだ。
「でも…………」
彩香は恐らく、自分が行くことでまた姉が混乱するのではないか──つまり、姉に自分自身の妹という存在を否定されるのが辛いのだろう。
「そうだね。ここで彩香ちゃんがお姉さんに会うのは少しまずいかもしれないね」
「どうしてですか!?」
美月が竹山さんを睨む。その視線には「余計なことを言わないでください」と書いてあるようにすら見える。
「今、会いに行ってもお姉さんは未だに現状を掴みきれていないんだ。それなのに妹が出てきても彼女を混乱させるだけだよ?」
「でも……」
彼女は理由に納得がいかないようで、不満そうな顔をしている。
「…………分かりました」
彼女は消え入りそうな声でなにか呟いたあと、納得したのか、そんなことを言って廊下を歩き始める。その方向は水緒のいる部屋の方。
「……っ、美月待ってよ!」
その背中を追いかける彩香。
「……なんかすみません」
二人が見えなくなったところで唯斗が口を開いた。
「あいつ、悪気はないんです。ただ、昔から余計なことを言うやつで……」
彼は過去の記憶懐かしむかのように落ち着いた声色で言った。妹への親愛が見て取れる光景はその場にいた全員が微笑ましく思えるものだった。
「まあ、十人十色というものだし、他人には理解できない考え方だってあるものだしさ、彼女なりに過去の経験とか、記憶とか、そういうものを基準にしているんだ。いい妹さんじゃないか」
竹山さんがそういう。唯斗は赤面して顔を背けた。
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「よし、ひと通り情報共有はてきたようだね。僕達は世界などの知識は教えて貰ったが、魔法とかステータスとかについてはざっくりとした説明しかして貰えなかったんだ。本当に助かったよ」
「いえ、それはこっちもお互い様ですよ。俺達も世界についてはほとんど教えてもらえませんでしたから」
竹山さんの感謝の言葉に社交辞令を返す。すると彼は、礼儀正しくていいね。と苦笑を漏らした。
俺は間違ったことはしていない……多分。
「いや、日本でのことを思い出してね……」
数十年前の話をしているかのように懐かしむ竹山さんの表情には愁いが少しばかり混じっていた。二度と戻ることの出来ない世界での思い出。
「そう言えば……」
ちょうど1週間程前のあの出来事。彼になら話してもいいと思った。それほど信用できる存在になっていた事に我ながら驚いてしまう。
「竹山さん、少しいいですか?」
「うん?」
最後まで残っていた明奈と解散したあと、彼女が見えなくなった頃を見計らって竹山さんに再度話しかけた。
「まあ、良いけど、まだなにか僕に用事かな?」
「ええ。とっても大事な話、ですね」
竹山さんは落ち着いていた。まるでこれからの話が何なのか分かっているかのように。
「竹山さんは同じ世界に二人の同一人物がいると言ったら信じますか?」




