Prologue 2
体が重い。呼吸がし難い。そして何より暑い。
うつ伏せの状態で覚醒した俺の体調はどうやら最悪のようだ。
「うぐっ」
異常な体の重さによって次第に意識がハッキリしてきた。何か、上に乗っかっている。それはわかるのだが、それが倒れてきたり、落っこちてきたものでないのは自身の体が痛くないのをふまえて理解出来た。
ではこれはなんだ。
落ちたわけでも倒れてもいない、俺達は転移したばっかりだ。この時点で上に乗っかる可能性のあるものは1種──いや正確には2種類しかないのだがそれを理解するのを俺の脳は激しく拒絶している模様。
しかし上にあるものを退けなくては俺が立ち上がることが出来ない。
「おい、どけろ」
取り敢えず声をかけてみる。が、反応はない。
仕方なく、触って確かめることにした。取り敢えず、腰の辺りにあるあるのを触ろうと思う。肩のは触ってはいけないような気がする。邪悪な気を放っているような気がして触る気になれないのだ。
なるべく肩を動かさないようにしながら、手をワサワサと動かす。………何かに当たった。どうやら布で包まれているものらしい。中身はフニフニしてて心地よい。ああ、この弾力、癖になりそうだ。餅か?餅が入っているのか?
「んっ………んぅ………」
俺の頭の方から、やけに高い声が聞こえた気がする。その声で、今、俺の上に乗っているものが何なのか拒絶していた脳が察した。妙に艶っぽい声の時点どころか、柔らかいものの時点で大体察してはいた。
分かったのはいいのだが、さて、どうしようか。俺の上にはデリケートな……ガラス製品…そう。ガラス製品のオブジェ(布で包まれている)があるのだ。下手に動いて壊してしまったら大変だ。この王城にあるものなのだから、値が張るに違いない。そうに違いない。
「あっ、ごめんなさい!……あれ?もしかして友樹?」
「はい?」
俺の上の人が声をかけてきた。
名前は当たっている。まあ、それはいいのだ。俺は知らない。この女が誰だとか、全く知らないのだ。ストーカーかなにか?とか思ったりもしたが、自分がここ一年間は引きこもっていた事を思い出して、それを否定する。
「ねえねえ、友樹でしょ!?友樹だよね!?」
「え、ええと………」
俺はつい口ごもってしまった。どうやら知らず知らずのうちに、コミュ障スキルを修得していたようだ。俺も伊達に一年半引き込もっていた訳ではない。まあ、こんなスキルは要らないと思うが。
「あの…大丈夫?」
「ギャーーーーー!!!」
俺はそんな声が聞こえたので首を回して後ろを見た。否、振り返ってしまった。
(相手が美少女なんて聞いてないぞコノヤロー!)
そう。相手は美少女だった。それもとびっきりのだ。ついつい叫んでしまうくらい。
「ね、熱でもあるの?」
その美少女はそう言って自分の小さく白い右手を、俺の額に当てて、もう片手を自分の額に当てる。ああ、額が冷たい。ああ、俺の理性が遠ざかっていくのが見える。
(なんなんだコイツはッ!スキンシップが過ぎないか!?今どきの高校生ってやつは皆こんな感じなのか!?)
お前も今どきの高校生だろう。とかそんなツッコミをされそうだが、そんなことを言われても困る。
「う~ん、分かんないや☆………ん?みんな、どしたの?」
「………………」
こいつ天然なのだろうか。しぐさの一つ一つがあざとい。あざといが過ぎる。
回りを見回すといろんな感情が見える。嫉妬、羨望、殺気、畏れ、唖然、キモい、ウザい、デカイ、ムキムーキ………。
ここの空気カオス過ぎないか?つうか、デカイってなにがだよ。ムキムーキに至っては何が何だか訳分かんねぇよ。
とか突っ込みながらいる。
ああ、こうしている間にも理性が遠ざかっていく。やばい。このままでは……。
「アノ、サッサトドケテクレマセンカネ?」
「嫌ですぅ~」
俺の要求は拒否された。
彼女は退けないどころかしがみつく様にし、体がより密着する。そんなにくっつかれると非常にまずい。何がとは言わんが非常にまずいことになっている。
「誰か、こいつを……」
「…………」
「おいなんで視線逸らしやがる」
全員揃って無視を貫くようだ。援軍は期待できないようなので体を動かし脱出を試みるがこんな場面では逆効果のようで、より強くしがみつき、密着度合いがより一層強まる。
1人困惑気味で俺と上のやつのことを交互に見て、オドオドしている奴がいる。
「おい、こいつを早くどかしてくれ」
「え、え〜と……か、華凛ちゃん……早く、その、離れよう?」
「え~……いやだぁ」
「そっかぁ」
そう言ってオドオドしていた少女は無言になった。
少女は気まずいのか俺に目線を合わせようとしない。
というかだ。嫌だに対してそっかぁってなんだよ。もう少し粘れよおい。
「もう少し粘って交渉してくれやせんかねぇ……そろそろ俺も限界なのですが」
「ミオミオに言ったって無駄無駄」
オドオドしている彼女を「ミオミオ」と言った眼鏡少女が俺の方に近づいてくる。
おいおい、あきらめんなよ。どうしてそこでやめるんだよ!もう少し頑張ってみろよ!動いてくれるかもしれないだろうが。
「華凛〜 ?愛しの彼氏くんとの再会中悪いけど早く移動するわよ」
……ん?かりん?LARIN?
……かりん
…………華凛
どこかで聞いたことがあるような…………
「…………あ゛?……華凛?」
華凛。舞田 華凛。
中学時代1年間だけ付き合った最初で最期の彼女の名前だ。彼女は俺と別れてまもなく転校したため、遠くにいるかと思ったのだが、竜彦達と同じ地元の高校ということは地元には残っていたのだろう。
よく見てみれば、先程から彼女に声をかけていた奴らは中学からのクラスメイトだった気がする。
「あ、覚えてた?」
「よいしょっと」
気付いたときには、華凛は上から降りていたようで苦しかった呼吸は元に戻っており、体も重さがとれ、帰って軽くなったかのように感じる。
立ち上がって軽くストレッチすると、腰、肩、首からゴキゴキゴキッと不健康な音がする。ろくに動かずにパソコンの前に一日中いればこうもなるわけだ。
「舞田さん、この人が例の?」
「うん。そうだよ」
「ふーん……」
ふと視線を感じ振り向くと華凛を含む数人のグループが俺をチラチラと見ている。俺はその視線が気まずくて背を向けてストレッチを続ける。
「……本当に?人違いじゃないの?」
「華凛ちゃん、この人はさすがに違うんじゃ……?」
「華凛の言ってた内容からは想像できないんですけど……」
揃って失礼なことを言いやがる。華凛が俺の事をどのように説明していたのか分からないが、彼女の取り巻きの反応からしてだいぶ話を盛っているように感じる。
「「「「オオオオオォォォォオォォオオォ!!!」」」」
いきなり回りを囲んでいた男たちが発狂した。そもそも、こんな男たちが円陣を組んで回りを囲んでいたこと自体に気付いていなかった俺は、通常の数倍の驚きがもれなくやって来た。
しかも、回りを囲んでいる男は、屈強な体つきで、色は茶色っぽい。
身長は最低でも190㎝以上、勇者じゃなくても、こいつらが何かをすればそれで世界征服できそうな男たちだ。
現代日本で例えるなら、ボディービルダー。これを見てしまった俺たちは、いよいよ自分が何故ここにいるのかが分からなくなってしまった。この男たちの持つ圧迫感で魔王とか簡単に降参しそうなんだけど。
俺は細マッチョな魔王がボディビルダー達に袋叩きにされている光景を想像し、引いた。ますます呼ばれた意味が分からない。
そのボディービルダーは上半身裸、下半身には、短パン(ピンク)のみ。そんな男たちが、いかつい笑顔で円陣を組んでいるのだ。当然のように、俺と同様みんな引いている。デカイとかムキムーキってこいつらのことだったのか。
2025/1/4 誤字修正・一部増筆しました。一部言い回しを修正しました。