10話 初戦闘
ペチペチ、ペチペチ、
「──きー、とーもーきー!」
ペチペチ、ペチペチ。
「おーきーろーっ!」
ペチーン!
「痛いわ!」
明らかに俺が悪いのだろうが、認めたくないので華凛のせいにする。
「起きない友樹が悪いんでしょっ!」
「「そーだそーだ!」」
その光景を表すのに適した四字熟語があったな。『四面楚歌』。まさに、これだね。
楚の歌なんて聞こえないけど…。
「俺が悪かったよ。……で、ついたのか?」
「ああ!ついたよっ!」
……岡部よ、何故に怒る?何で華凛や水緒ではなく、お前が怒るんだ?
そんなことを彼に聞いたところで答えないだろうし、自問自答するほど馬鹿でもない。
「さて、じゃあ降りるか」
「何でお前が仕切ってんだよ!寝てたくせに!」
「寝てたのは関係ないだろ」
「グハッ」
盲点突かれて、傷心したか。少し黙ってなさい。
「皆さん、武器は持ちましたか?」
「あ、はい」
騎士のイニヨルさんに言われて慌ててそばにおいていた剣をとる。俺も他の奴等言えないじゃないか。
「さて、それでは、この草原についてですが──」
イニヨルさんがここのことについて話し始めた。
彼女の話を要約すると、
ここには、ウルフ──つまり、狼系のモンスターが出てくる。このウルフが、脚が素早く剣を当てるのさえ難しいとのこと。ならなんでこんな面倒なのがいる場所を選んだんだよ。とつっこみたくなるが、俺たちには到底理解できないような理由があるのだろう。
例えば、『魔力』と聞いてもいまいち理解できない。これは、見たものしか信じることが出来ないことが関係していると思われる。残念ながら、魔力は視覚は捉えることができないのだ。
「一体でも多く倒すぞ!」
「「「「おー!」」」」
岡部の声に続き、取り巻きもやる気を出す。
この状態で草原に入っても、彼らのステータス上はどうにでもなるのだろうが、それでは実戦しにきた意味がなくなる。というのは言い訳で、実際は最弱の俺がソロなのは怖いからだ。本当に情けない。
「おらっ!」
『剣士』のジョブを持っている奴が狼を切りつけると、剣は狼の皮膚を容易く切り裂き、剣の半分が肉に埋まると障害物──恐らく骨にぶつかり、切断できずに剣の動きが止まる。
狼はその剣から逃げるように一歩後ずさった。赤く染み出た血と、肉の間から微かに見える地で色付けされた骨が、俺達にこれがバーチャルでの出来事でないと訴えている。
こんな血を見て吐き気をするのは仕方ないだろう。グロいゲームはやったことがあるが、ここまでリアルでなかったため受け入れられた。しかし、ここまでリアル──いや、これは現実だ。現実の血を見て平気でいられるほど俺は狂っていなかった。
「うわぁぁぁぁ!!」
叫び声を聞き、そっちを見ると、先程まで剣を使っていた男が尻餅をついていた。
剣は手から離していて、青ざめた顔で自分が切りつけた狼のことを見ている。
「血、血がぁぁ」
案の定、彼も血に驚いたらしい。
しかし、狼は背中に傷を負っただけで、まだ動ける。というか、自分に傷をつけた彼のところを睨んでいて今すぐにでも飛びかかりそうだ。
「ったく……、っ!」
俺は目の前に落ちていた石を拾って狼に投げつける。石は見事に狼に当たり、彼から俺に怒りをぶつける対象をかえる。
ここまでは予想通りなので、慌てずに剣を握りしめて対抗するべく剣を振り下ろす。
「はっ!」
剣を振ると、肺にあった空気が吐き出されていく。
剣は狼の弱点…いや、動物ならここが弱点でないものはまずいないであろう首に吸い込まれるように向かっていく。
「うおぁ!?」
狼の皮膚から弾き返さ、反作用の法則で俺は逆に後ずさる形、しかも、バランスを崩すという最悪な状態になってしまった。
「ウォォォォォ!!!」
狼が俺に向かって飛び付いてきた。
──あ、俺、ここで死ぬっ!?
そう思った瞬間、目が捉えている狼の動きがゆっくりになった。
ああ、これが走馬灯ってやつか。とか思っていたが、すぐに切り替える。
(まず、前提として、ここから避けるのは不可能だよな)
走馬灯は、脳がアドレナリンを大量に分泌するとこで起こる現象だった……はず。
だとすれば、ここから逃げるのは肉体の移動が必要だ。それは肉体の動きが速くなったわけではないのだから、体が意識に追い付けない。つまり、意味がないのだ。
俺のステータスではあてになるものなんてなにもないし、持ち物は回復薬と剣、ナイフだ。
(クソッ!…ナイフを投擲するべきか)
俺はとっさにナイフを取り出そうとするが、狼が俺に噛みついてくる方が早そうだ。
諦めたせいか、俺はナイフを地面に落としてしまう。
それにつられて俺は視線のみを地面に────。
(一か八か…最後まで足掻いてやるッ!)
俺は手を動かして狼に向ける。いや、正確には狼の真下である。掌に魔力を込めて解き放つ。魔力は火の玉となって狼の下に飛んでいき、草花に引火する。手に乗るくらいだった大きさの炎はあっという間に大きくなり、狼を飲み込んでいく。狼の身体中をじりじりと焦がしていく臭いが辺りを漂う。狼の悲鳴が木霊する。
やがて狼の動きが止まった。
ついでに俺を初めとした全ての勇者の動きが止まった。イニヨルさんは俺が無能勇者だと知らないからそのような状態にはならない。
しかし、ここまで大きくなってしまった炎を誰かが消す必要がある。魔法の規模が限りなく小さい俺の水魔法で消すことなどできようもない。つまり、俺自身が消すことはできない。
「華凛!水っ!」
「あ、……うん!」
華凛は頷くと水系統初級魔術『フレッシュウォーター』を発動する。爽やかな水とかなんだよ。とか言いたくなるが、答えが帰ってくるはずがない…と言うより帰ってきたら怖いのでやらないでおく。
完全に消火されるのに数十秒とかからなかった。あまりにあっさりすぎて、ちょっと悲しくなってしまう。
「ねぇ、さっきの炎どうやったの?ねえ」
「…うしっ!気を取り直して続けようか」
「ちょっと聞いてる!?」
無視無視……っと。
口が滑って、『俺でも魔法使えるんだぜ(キリッ』とか言ったらいろんな意味で大問題だ。
「うぅぅぅ。水緒ちゃん聞いてよー。友樹が私のこと無視するよぅぅ」
「はいはい、よしよし」
なんか華凛が幼……実際より小さく感じるような…そして水緒が……はいごめんなさい。
水緒に睨まれたので言い直す。どうやら俺は表情に出やすいタイプらしい。
ガサガサッ
突如、草を掻き分けるような音が聞こえ、俺たちはその場で武器を構える。
先程までの和気藹藹(?)の雰囲気から一変、緊張が走る。
先程から聞こえる音を聴く限り、かなり大きい気がする。
「うわっ!?」
突然
「まさか……スライムかっ!?」
「……へ?」
す、スライム?
いやいや、愛嬌のある青色のやつじゃないだろう。きっと、透明でステルス機能とか使うやつだ。イニヨルさんがここまで驚くんだからそうに違いない。
ひょこっ
「「……かっわいぃ!!!」」
女子(勇者)には好評。俺含め男子は、ある意味期待はずれな容姿のスライムを白眼で見ていた。嘲笑すらない。苦笑いすらない。
「……って、普通のスライムじゃねえかッ!」
おい、岡部、イニヨルさんに睨まれてんぞ。
「見た目で判断は禁物です!」
(…これを油断するななんて不可能だろッ!)
愛嬌のある目を最大に活用して、視線を送るスライム。見た目が見た目なだけあって、より倒し難くなる。
「…とりあえず倒すか」
男子がトマホークを振り上げ、振り落とす────が、
ガギィィィィン!!!
「は?」
………トマホークを防いだ。あのスライムが。
「だから油断してはならないと言ったのです!」
スライムの攻撃が攻撃をした男子の頭部めがけて攻撃をしてくる。ただ、突進してくるだけの『体当たり』。一般的にはゲーム内で“最弱”に位置付けられているスキルだ。
しかし、スキルの能力はその使用者のステータスに比例する。
──つまり、
「うわぁぁぁぁ!!」
トマホークを盾にして体当たりを防ごうとした彼は風に吹かれた羽の如く、簡単に吹き飛んだ。受け身をしたことで最悪の事態は免れたが、骨折くらいはしてそうだ。
「みなさん、退却しましょう!このままでは全滅してしまいます!─イニヨルさん、すみませんが少しの間彼らを逃がす時間を作ってください!負傷者が馬車に乗るまででいいので!」
「ああ、分かった!」
岡部が言ったことに従い、負傷者に肩を貸して馬車まで運ぶ。
「くそっ!すまないが誰か援護してください!」
「華凛、水緒はイニヨルさんの援護!主に華凛は初級の攻撃魔法、水緒は回復と補助魔法!」
「「了解!」」
二人は俺の指示に従いイニヨルさんを支援し始めた。それでもスライムは軽やかな動きでイニヨルさんの剣さばきを避け、華凛の不意打ちすら回避する。
しかし、今回は退却が目的だ。つまり、逃げれば勝ち。
「よし!みんな乗ってくれ!」
負傷者を寝かせて俺ができる程度の応急処置を行いながら言う。
みんなが乗ったあとに、馬車はスライムを残して走り出した。
□□□
「一時はどうなるかと思ったが……」
溜め息を吐きながらイニヨルさんはこぼすように小さな声で呟いた。その声には心なしか覇気がない。
自分の失敗、つまり、スライムを一人でおさえきれなかったのがショックだったのだろうか?
「さて、今回はここで終わり…なんですか?」
「……いや、それはできません。今回はリドル騎士長から1週間の期間でと言われていますので…」
ああ、そういえばそんなこと言ってたっけ。
「じゃあ、今回はここにテント組み立てるか」
なれてないテントを組み立てるという行為は俺たちにとっては面倒なことであった。
「……あれ?ポールどこー?」
「あれ?なんでここにポール2本あるの?」
……ポールが2本ある。文章では分かりにくいだろう。簡単に説明すると、2本突き刺さっているのだ。……物理的に。
(はあ……。こんなんでこれから大丈夫なのかよ…)
これからについて、|か≪・≫|な≪・≫|り≪・≫不安になった俺だった。




