6話 青色な"猫"のアイツ
「ちょっとこっちに来てもらおうか」
いかつい顔でそれを言われると、行く気にはなれないのだが、行かないと、強制的に逝くことになるかもしれないので、仕方なくついていくことにした。
「行ってこいよ…ちょっと命は保証できないけど…」
「寧ろ死んでこい」
他の奴等も俺と同じように、この男がかなりの危険人物だと思っているらしい。まあ、意見が被るのは不承。それよりも、二つ目の台詞にツッコミを入れたいところだが、めんどいので放置する。
何処かで、『ちゃんとツッコムのが常識であるぞ!グヘェ』とか聞こえたからさりげなく足を蹴っておいた。
板床がトコトコと気持ちが弾むような音をあげているが、俺は真逆の気持ちである。
外で待っている奴等が見えなくなったところで、スキンヘッドは小さな声で言ってきた。
「お前、あいつらと仲が悪いのか?」
「ああ。………うん?」
質問に答えてしまった。それよりも、なぜそんなことを聞き出すのか、それが不思議でならない。
こんなことを聞いても仕方ないのではないのだろうか?聞いたところでなにかが変わるわけでもない。
(……あぁ、これは俺からしたら、か)
この男は精々回りに『いい奴』と思われたいのだろう。しかし、そうだとしたらだ。何故二人きりになったときに限って言うのだ?他の奴の前で言えばいい筈だ。だが彼は言わなかった。
(全く…こいつが何を考えているのかさっぱりわからん)
他人の思考など分かるのは一部だけ。長く関わってきた相手だけだ。実際は相手がその言動を起こしたときにおこす『仕草』が分かったりしているだけなのだが…。
彼はその後は何も言わずにただ無言に歩いていた。聞いてきておいてその反応はないだろ。と思ったが所詮、見かけが第1だ。よは、外見だけがよければ、それ以上のことはしなくてもよいのだ。彼も、思いやるだけで、行動はしなかった。
「これだから自己中ヤローは…」等と言う者も少なからずいるだろう。しかし、自己中でない奴など人間ではないとすら言える。だってそれは、
(自分が大切じゃない、か…)
赤の他人ですら自分の命を躊躇いなく投げ捨てるのだ。自己中でないとはそういうことだ。
「よし……はいってくれ」
「……失礼します」
おっさんは部屋につくと俺に入るように促してきた。無言で入っていいのか分からないので、取り敢えず言ってみると、おっさんに驚かれた。
やっぱり言わない方が良かったのかと思ったりして、不安になって、胃がキリキリしてしまったが、「礼儀正しいな」と呟きが聞こえたのが救いだった。
「さて、お前たちは勇者だよな?」
「…その筈です」
「その筈?」
俺の言い分に違和感を感じたのか、おっさんが俺の言ったことをそのまま返してくる。
「まあ、あいつらは確実に勇者ですよ。それはあいつらのステータスが証明しています」
「……お前は違うのか?」
俺はあいつ等が勇者であることは納得している。しかし、俺は本当に勇者なのか?巻き込まれただけじゃないのか?そう思ってしまっていた。
「俺は……多分違うと思う。ステータスは村人並……いや、それ以下かもしれない。兎に角勇者ではないようなステータスではないんだ」
俺は自分で言っていくうちに泣きたくなってきていた。目は赤くなり、呼吸が荒くなる。嗚咽が漏れないように歯を食い縛る。しかし、涙は留めることができずに溢れ出す。その涙が頬を伝って顎に溜まり、そして落ちる。
「あのな……感情ってのは必ず溢れ出すんだよ。溜め込んだ量が多ければ爆発もする。怒りだって、ストレスだって、楽しみだって溜まるんだ。楽しみが溜まっても別に問題はない。だがな、怒りとストレスは溜め込むのは駄目だ」
「そんなの……知らねぇよ」
俺の言葉を無視して彼は話を続ける。
「溜め込めばいつかはそれは爆発するんだ。溜め込むだけ無駄だと思わねえか?……あぁ、そりゃ回りを気にせずしろとは言ってねえからな?例えば、自分一人になったとき、そういうときに、思いっきり泣くんだ。意味もなくだ」
「うるせぇんだよ!……俺の今ある現状すら知らずに知った口叩くんじゃねえよ」
俺の言葉を聞いて、彼は困ったのか、頭をかいていた。こんな奴に俺の気持ちが分かってたまるか!
そう考えてすらいた俺には自分が感情的になっていることすら分からなかった。
「どうせ、勇者は楽して強くなりやがってふざけんなとか思ってんだろ!?俺は俺なりに頑張っているんだよ!……なのに、…なのにっ!」
「もっと感情を出せよ。今のままじゃいつかはパンクするぜ?」
「クソッ!何でなんだよぉ……」
俺はついに涙だけでなく、嗚咽も止められずに涙が頬を次々と伝っていく。
「何でなんだよ!なんでいつも俺だけが辛い目に遭わなくちゃならないんだよ!他のやつらはいつも高台から見上げて…なんなんだよ!」
俺の愚痴さえ真面目に聞いてくれる。俺にはそれが嬉しくてならなかった。しかし、それと同時に恐ろしいものでもあった。もし裏切られたら…。そう思うと心配で胸が張り裂けそうになる。
俺自身は気づいていないが、俺は彼のことを無意識に信頼している。
気づいたときには涙は止まっていた。
「そうだ。お前は頑張っている。でもな、それが他の勇者にとっての『努力』なのか?」
「はぁ?そうに決まってるだろ?てか、名前も知らない奴にいちいち言われたくないんだけど」
彼が言ってきた。しかし、それは意味のわからない質問だ。なにが『努力は人それぞれだ』だ。みんな同じに決まってる。
「ああ、名乗ってなかったっけ?……俺はソートだ」
「あっそ。……だから?」
「あっそ、てなぁ」
ソートは頬杖をついてあきれた声をあげた。事実を言って何が悪い。俺は別にお前の名前なんて聞いてないんだ。そう言いたかったが、何故か言えなかった。
「さて、と。本題に入るか」
「いきなり話題変えるなハゲ」
ソートがいきなり話題を変えようとしてきたので、すかさずツッコむ。
「おいっ!ハゲって…俺そんなにハゲてねぇぞ!?」
「自分で気づけないほど末期だったのか。御愁傷様」
「人を勝手に末期患者にすんじゃねぇ!」
こんなしょうもないことなのに、こんなに言い合いをしたのは何年ぶりだろう?ふとそう思った。俺は無意識のうちに溜め息を吐いて天井を見上げる。無駄に高くて白いだけの天井が見えた。
「ははっ……」
不思議と意味のない笑みが零れた。何で笑えるのだろうか。それがわからなくて、また笑う。
「なあ、苦しみの中から得た楽しみは、どんなにつまらないことでも楽しめるんだぜ?」
彼は俺と同じように天井を見ていた。まるで遠くを見ているような、そんな目で。
彼は話を続ける。
「客観的に見れば、つまらなくて下らないものだとしても、その人の環境や常識によってはそれは素晴らしいものになる。……俺は鍛冶をやったあとに走るのが楽しくてならなかった。…しょうもなくて笑えるだろ?たかがランニングだぜ?」
それを俺は無言で聞いていた。何故か分からない。でも、これを聞き逃すと、俺は人生が変わってしまう気がしたのだ。
「……人はさ、その時の喜怒哀楽、つまり日常を『普通』と認識してしまうんだ。毎日鍛冶をすれば、それが日常に溶け込むし、ランニングすればそれが日常になる」
「心が順応してくのか?」
「まあ、そういうことになるのかね。…いや、今回は馴化が相応しいかもな。まあ、そんなのはいい。……だからさ、子供の頃から毎日剣術を習っていれば、それが当たり前で普通のことだと決めつける。だから、他の奴が剣術を習っていることを自慢しているのを見ると、『何でそんなことを自慢しているんだろう?』となるわけだ。……っと。話題変えたはずなんだけどなぁ……」
ソートは頭をガシガシとかいて、深呼吸(本人からしたら溜め息なのかもしれない)をしてから言った。
「お前は他の勇者にはない何かを持っている……気がする!」
……気がするって、…自信満々に言われてもなぁ。
「そこでだな……」
おっさんは懐をガサガサと、明らかに懐から出るはずのない音をたてながら、一つの箱を取り出した。もう一度言う。懐から箱が、だ。
「おっさんの懐どうなってんだ……?まさか、青い狸の同類か!?」
俺が呟くと、おっさんはたちまち顔を青くさせ、俺にこう聞いてきた。
「俺っておっさん呼ばわりされるほど老けてるのか…?」
「ああ、そっちね」
てっきり、青い狸ってことを怒るのかと思ったわ。
「まあ、それはあとで聞くとして…」
ああ、あとで聞くんだ。放っておくとかできないんだ。結構根に持つ人ね。
「これは俺が作った最高傑作だ」




