表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

DT勇者

 二人とも一応服は着ている。だが手つきが明らかにいけない所を撫で摩っている。


 この手のことに耐性のない勇者は、真っ赤になった。しかしチラ見するのは止められない。主に女性の方を。露出の多い服であり、出るところは出ている体つきなので、どうしても目が行ってしまうのだ。

 見ちゃいけない、という思いと、男としての本能がせめぎあう。


 そんな勇者の葛藤など露知らず、魔王は全く気にせず部屋に入り込んだ。

 

「サビナ、バルナバス」

「あら……」

「おっ! マリー!」


 魔王の呼びかけに、二人はいちゃつくのをやめて、こちらを振り向いた。


「アラステア! やっと目覚めたのね!」


 それまでの濃密な雰囲気をかなぐり捨てて、サビナが満面の笑みを浮かべて魔王に抱き付く。魔王はそれを受け止めて、ニッと二人に笑いかけた。


「二人とも無事で何よりだ」

「そう簡単にくたばってたまるかよ」


 お楽しみを中断されたにもかかわらず、バルナバスも嬉しそうにしている。その様子は上司と部下、というよりも仲の良い仲間という感じである。

 勇者は和気あいあいとしている彼らを、しげしげと眺めた。


(この二人があの有名な魔将か……)


 サビナとバルナバス。魔王軍の中でも屈指の精鋭として名高い、三人のうちの二人だ。バジリスクのサビナ、炎獄のバルナバスなんて呼ばれてたなーと、勇者は思い出す。


(中二心をくすぐられる呼び名だな……)


 勇者は日本のオタク文化に毒されていた。この手の二つ名なんかはもう大好物だ。思い出し笑いで頬が緩む。


(俺はさしずめ白銀の勇者かな。髪の毛銀色だし。それか救国の勇者、か……)


 と、ここまで考えて勇者はちょっぴり鬱になった。だって魔王を少し食い止めただけで、救国なんてできてないのだ。しかも今、メイツェルトは滅びそうだし。


 一人でどんよりと暗くなっていたが、ふと視線を感じたので勇者は面を上げた。魔王に抱き付いていたサビナが、薄らと微笑みを浮かべてこちらを見ている。視線が合うと、彼女は笑みを一層深くして、魔王からするりと離れて勇者の元に歩み寄って来た。


「で、そちらの勇者殿とは初めましてですわね。あたくし、サビナと申します」

「あ、初めまして……」

「敵同士だったけれど、アラステアとこうして一緒に来たということは、今のところ仲間、ということでよろしいのよね?」


 ずいっと距離を詰められ、顔が近づく。肌の色こそ人間と違うが、サビナは色っぽい美女である。しかもちょっと視線を下げれば、否が応でも豊満な胸の谷間が目に入る。圧倒されて勇者はついどもってしまった。


「あ、ああ……」

「ふふ、かーわいい」

「ぅ」


 するりと頬を指先で撫でられ、ふっと耳に息を吹きかけられる。勇者の身体はびくりと竦み、カチコチに固まってしまった。


(これがバジリクスの石化……!)


 勇者が美女に免疫がないだけである。悲しいかな、メイツェルトでも日本でも、勇者には女性経験がまるでないのだった。


「アラステアと二十年間どこで一体何をしていたのかしら? 聞かせてくださる……?」

「え、あー……、地球という異世界に飛ばされて……」


 勇者は迷った。果たして魔王が犬だったことを喋っていいものかどうか。先程の様子だと、言ったら怒るに違いない。魔王の沽券に関わるとか思ってそうだし。


「一緒に暮らしてたんだよな、マオ!」


 なので勇者はどぎまぎしつつも悩んだ末、魔王に話を振った。


「ああ。で、ラストルは?」


 魔王が金色の目を細めて、サビナを伺う。彼女は悪戯が見つかった子供のように笑って、勇者からあっさり離れた。

 勇者は胸を撫で下ろした。あのままくっつかれていたら、恥ずかしいことになりそうで怖かったのだ。その反面、ちょっと勿体なかったなー、とも思っているが。


「城が乗っ取られちゃったから……ねえ?」

「どうなっているのかさっぱりだな」

「ということは、今女神は我らの城に?」

「ああ」


 頷くバルナバスを見て、今度は魔王がほっと胸を撫で下ろした。

 自分たちの居城を任せていたもう一人の魔将ラストル。彼のことを女神は大層お気に入りの様子だったから、きっと無事だろう。それに要領のいいやつだから、今頃は女神のペットとして可愛がられているかもしれない。寝返っていることもなきにしもあらずだが、そうなったら叩きのめして正気に戻すだけだ。


「寝ていた間の出来事は知っているのか?」

「見張りの者に大体のことは聞いた。ここ最近の動向が知りたい」

「うーん、それがちっと妙でな、最初の頃は草の根分けても探し出して殺せって感じだったのが、ここんとこは襲撃がないんだわ。まあ、暇つぶしに魔族狩りや人間狩りみたいなことはやってるがな」


 忌々し気にバルナバスが呟く。それを聞いて魔王も渋面を作った。なんて悪趣味なことを。それに創造主でもない輩に、自分たちのテリトリーを荒らされるのは非常に気分が悪い。


「私と勇者の行方を捜したりはしていないのか?」

「それはねえなあ」

「我らの城で迎え撃つつもりだろうか……」


 女神が何を考えてるのかさっぱりわからない。付き合いも浅く、何も考えてなさそうにも見えたので、先が読めないのだ。しかしここで考え込んでいても、何も始まらない。女神が城にいるのならば好都合だ。さっさと向かって元凶を排除しなくては。


「なあ、マオ、話し合って解決はできないのか?」


 唐突な勇者の発言に、一同は水を打ったように静かになった。バルナバスとサビナは呆れて物も言えない様子である。魔王も呆れていたし、相変わらずのお気楽な発想に乾いた笑いが漏れた。


「話し合って女神の犬にしてもらうと? 今の話を聞いて、話し合う余地などあると思うのが私には不思議でならないのだが」

「でも襲撃は沈静化してるんだろ? だったら試みる価値はあるはずだ」


 全く、こいつは! 魔王はこれ以上なく苛立った。前々からおめでたい奴ではあるとは思っていたが、日本で生活していてさらにそれがひどくなったような気がする。殺伐としたものとは程遠い環境に二十年ほどもいたのだから、わからないでもない。しかしいい加減気持ちを切り替えてもらわなければ。


「勇者よ……」

「まあ、とにかく聞いてくれ」


 言いかけた魔王を制して、勇者が落ち着いた声音で言った。こういう言い方をする時は、少しはまともなことを言うこともある。聞いてやってもいいかな、と思った魔王は、いいだろう、と頷いた。


「少し二人で話しても?」

「どうぞ」


 サビナたちから離れて部屋の隅に来ると、勇者は声を潜めて話し出した。


「そもそもこの争いの発端は、神が代替わりしたことによるものだろ? 前任者と後任者との間で引継ぎがうまく行われなかった、ってことだよな」

「それだけでなく、あの女神は私を嫌っている。嫌いだとはっきり言われたしな」

「嫌われるようなことをしたのか…?」

「全く心当たりがない」


 そもそも女神と会話したことなど、片手で数えるほどだ。嫌われるようなことをした覚えもない。


 当時のことを思い出して、魔王は怒りとやるせなさに襲われた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ