DT勇者
二人とも一応服は着ている。だが手つきが明らかにいけない所を撫で摩っている。
この手のことに耐性のない勇者は、真っ赤になった。しかしチラ見するのは止められない。主に女性の方を。露出の多い服であり、出るところは出ている体つきなので、どうしても目が行ってしまうのだ。
見ちゃいけない、という思いと、男としての本能がせめぎあう。
そんな勇者の葛藤など露知らず、魔王は全く気にせず部屋に入り込んだ。
「サビナ、バルナバス」
「あら……」
「おっ! マリー!」
魔王の呼びかけに、二人はいちゃつくのをやめて、こちらを振り向いた。
「アラステア! やっと目覚めたのね!」
それまでの濃密な雰囲気をかなぐり捨てて、サビナが満面の笑みを浮かべて魔王に抱き付く。魔王はそれを受け止めて、ニッと二人に笑いかけた。
「二人とも無事で何よりだ」
「そう簡単にくたばってたまるかよ」
お楽しみを中断されたにもかかわらず、バルナバスも嬉しそうにしている。その様子は上司と部下、というよりも仲の良い仲間という感じである。
勇者は和気あいあいとしている彼らを、しげしげと眺めた。
(この二人があの有名な魔将か……)
サビナとバルナバス。魔王軍の中でも屈指の精鋭として名高い、三人のうちの二人だ。バジリスクのサビナ、炎獄のバルナバスなんて呼ばれてたなーと、勇者は思い出す。
(中二心をくすぐられる呼び名だな……)
勇者は日本のオタク文化に毒されていた。この手の二つ名なんかはもう大好物だ。思い出し笑いで頬が緩む。
(俺はさしずめ白銀の勇者かな。髪の毛銀色だし。それか救国の勇者、か……)
と、ここまで考えて勇者はちょっぴり鬱になった。だって魔王を少し食い止めただけで、救国なんてできてないのだ。しかも今、メイツェルトは滅びそうだし。
一人でどんよりと暗くなっていたが、ふと視線を感じたので勇者は面を上げた。魔王に抱き付いていたサビナが、薄らと微笑みを浮かべてこちらを見ている。視線が合うと、彼女は笑みを一層深くして、魔王からするりと離れて勇者の元に歩み寄って来た。
「で、そちらの勇者殿とは初めましてですわね。あたくし、サビナと申します」
「あ、初めまして……」
「敵同士だったけれど、アラステアとこうして一緒に来たということは、今のところ仲間、ということでよろしいのよね?」
ずいっと距離を詰められ、顔が近づく。肌の色こそ人間と違うが、サビナは色っぽい美女である。しかもちょっと視線を下げれば、否が応でも豊満な胸の谷間が目に入る。圧倒されて勇者はついどもってしまった。
「あ、ああ……」
「ふふ、かーわいい」
「ぅ」
するりと頬を指先で撫でられ、ふっと耳に息を吹きかけられる。勇者の身体はびくりと竦み、カチコチに固まってしまった。
(これがバジリクスの石化……!)
勇者が美女に免疫がないだけである。悲しいかな、メイツェルトでも日本でも、勇者には女性経験がまるでないのだった。
「アラステアと二十年間どこで一体何をしていたのかしら? 聞かせてくださる……?」
「え、あー……、地球という異世界に飛ばされて……」
勇者は迷った。果たして魔王が犬だったことを喋っていいものかどうか。先程の様子だと、言ったら怒るに違いない。魔王の沽券に関わるとか思ってそうだし。
「一緒に暮らしてたんだよな、マオ!」
なので勇者はどぎまぎしつつも悩んだ末、魔王に話を振った。
「ああ。で、ラストルは?」
魔王が金色の目を細めて、サビナを伺う。彼女は悪戯が見つかった子供のように笑って、勇者からあっさり離れた。
勇者は胸を撫で下ろした。あのままくっつかれていたら、恥ずかしいことになりそうで怖かったのだ。その反面、ちょっと勿体なかったなー、とも思っているが。
「城が乗っ取られちゃったから……ねえ?」
「どうなっているのかさっぱりだな」
「ということは、今女神は我らの城に?」
「ああ」
頷くバルナバスを見て、今度は魔王がほっと胸を撫で下ろした。
自分たちの居城を任せていたもう一人の魔将ラストル。彼のことを女神は大層お気に入りの様子だったから、きっと無事だろう。それに要領のいいやつだから、今頃は女神のペットとして可愛がられているかもしれない。寝返っていることもなきにしもあらずだが、そうなったら叩きのめして正気に戻すだけだ。
「寝ていた間の出来事は知っているのか?」
「見張りの者に大体のことは聞いた。ここ最近の動向が知りたい」
「うーん、それがちっと妙でな、最初の頃は草の根分けても探し出して殺せって感じだったのが、ここんとこは襲撃がないんだわ。まあ、暇つぶしに魔族狩りや人間狩りみたいなことはやってるがな」
忌々し気にバルナバスが呟く。それを聞いて魔王も渋面を作った。なんて悪趣味なことを。それに創造主でもない輩に、自分たちのテリトリーを荒らされるのは非常に気分が悪い。
「私と勇者の行方を捜したりはしていないのか?」
「それはねえなあ」
「我らの城で迎え撃つつもりだろうか……」
女神が何を考えてるのかさっぱりわからない。付き合いも浅く、何も考えてなさそうにも見えたので、先が読めないのだ。しかしここで考え込んでいても、何も始まらない。女神が城にいるのならば好都合だ。さっさと向かって元凶を排除しなくては。
「なあ、マオ、話し合って解決はできないのか?」
唐突な勇者の発言に、一同は水を打ったように静かになった。バルナバスとサビナは呆れて物も言えない様子である。魔王も呆れていたし、相変わらずのお気楽な発想に乾いた笑いが漏れた。
「話し合って女神の犬にしてもらうと? 今の話を聞いて、話し合う余地などあると思うのが私には不思議でならないのだが」
「でも襲撃は沈静化してるんだろ? だったら試みる価値はあるはずだ」
全く、こいつは! 魔王はこれ以上なく苛立った。前々からおめでたい奴ではあるとは思っていたが、日本で生活していてさらにそれがひどくなったような気がする。殺伐としたものとは程遠い環境に二十年ほどもいたのだから、わからないでもない。しかしいい加減気持ちを切り替えてもらわなければ。
「勇者よ……」
「まあ、とにかく聞いてくれ」
言いかけた魔王を制して、勇者が落ち着いた声音で言った。こういう言い方をする時は、少しはまともなことを言うこともある。聞いてやってもいいかな、と思った魔王は、いいだろう、と頷いた。
「少し二人で話しても?」
「どうぞ」
サビナたちから離れて部屋の隅に来ると、勇者は声を潜めて話し出した。
「そもそもこの争いの発端は、神が代替わりしたことによるものだろ? 前任者と後任者との間で引継ぎがうまく行われなかった、ってことだよな」
「それだけでなく、あの女神は私を嫌っている。嫌いだとはっきり言われたしな」
「嫌われるようなことをしたのか…?」
「全く心当たりがない」
そもそも女神と会話したことなど、片手で数えるほどだ。嫌われるようなことをした覚えもない。
当時のことを思い出して、魔王は怒りとやるせなさに襲われた。