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働きたくないでござる!

 あれから勇者は七歳にして「生きる意味とは何か」と哲学的なことを考えるようになってしまった。それだけならいいのだが、魔王と二人きりになると、途端に暗くなりブツブツと呟き始めるのだ。

 魔王はかなりうんざりしていた。鬱陶しいし気持ち悪い。それにこちらの気分まで滅入ってくる。

 だから自分の精神衛生上のため、勇者をちょっとだけ慰めることにした。


『おい勇者よ、よく聞け。あれはあくまでメイツェルトの話だ。この世界はまた別の神の管轄。あのようなバカげた意味合いで存在しているわけではないかもしれんぞ。とりあえずはこの世界をよく知ることだ。ほら、母上が用意したおやつでも食べて、心を落ち着けろ。メイツェルトでは味わえん代物だろう』


 テーブルの上には、母特製の美味しそうなチョコレートケーキが乗っている。そして魔王のおやつは犬用ケーキだ。

 二人は無言で、おやつを食べ始めた。


(ああ、美味い! 何と美味い食べ物だ……!)


 魔王時代は味なんて気にしていなかった。腹が膨れて身体作りに良いものであれば何でもよかったのだ。調理方法だって、塩を入れて煮るか、塩を降って焼くかの二択しかなかった。

 それに比べて、この世界の食は何と多様性に富んでいることか。毎日の食事が感動の嵐だった。

 夢中で齧り付く魔王とは対照的に、勇者は一口一口を噛みしめるように味わっている。そして、ぽつりと呟いた。


「ここは子供のうちなら、何もしなくとも一日三食出て、おやつまで付くんだな……」

『この家は特に裕福そうだからな。運が良かったではないか。勇者よ』

「運がいい、か……」


 ふっ、と遠い目をして笑う勇者は、まるで疲れた老人のようである。


「以前住んでいた村では、子供のうちから精一杯働いて、それで一日二食、時には一食が普通だったんだ。あんな馬鹿馬鹿しい理由で創られて、こんなにも違うなんて……」


 勇者はぐっと言葉を詰まらせ、ぽろぽろと涙を零し始めた。

 また泣くのかよ。湿っぽいのが嫌いな魔王はうんざりした。


『あまり考えすぎると毒だぞ。今はこの美味なるものを食せることに対しての幸せを噛みしめろ。ほら、喰え』

「ああ……」


 勇者はケーキを平らげ、声を上げて泣いた。


「美味い……。すっげー美味いよ……!」


 魔王は何も言わずにただ寄り添った。というかケーキに夢中になっていただけだが。

 やがて泣き声は止み、勇者は顔を上げて微笑んだ。


「俺はこの人生を精一杯生きるよ……。ありがとう、マオ」


 思う存分泣きはらしたおかげか、ようやく彼は吹っ切れたようだ。

 満面の笑みを向けられて、魔王は面喰った。おまけに礼を言われるとは。単純な奴め、と思ったが悪い気はしなかった。


 そしてこの日を境に、勇者は日本での生活を思う存分堪能し始めた。


 勇者は前世ではできなかった勉強や遊びに没頭した。全てが楽しかった。何よりのめり込んだのが、食に関することだ。この世界の食の素晴らしさに、どれほど感動したことか。おかげで十五を過ぎるころには、驚きの成長を遂げていた。通りすがる人々誰もが振り向き、目を見張る程の――


 巨デブへと。


 以前の貧困の反動からか、我慢できなかったのだ。しかも出てくるもの全てが美味しいときたらもう……。だから出されたものは全部食べた。残すなどとんでもない!

 しかしその結果が肉だるまである。医者からは生活習慣病の警告を受けてしまった。せっかく恵まれた環境に居るのに、早死になんてそんなもったいないことはできない。なので今は厳しいダイエットの真っ最中だ。


 一方魔王はというと、苦悩していた。

 メイツェルトは二千年ほど過ごした場所なので、そこそこ愛着はある。それに本隊を任せてきた部下たちのことも気になって仕方がなかった。しかし今の魔王には魔力が無い状態なので、どうすることもできない。帰る方法もわからない。


(散歩に出ても、手掛かりすらつかめん……。そもそも一人で行動できないのが不自由極まりない……)


 もやもやとイライラを抱えながら、魔王はぺたりとうつ伏せた。悩んでいる時、元気がない時の魔王の癖だ。

 そうしていると、決まって勇者か母が魔王を撫でた。口には出さないのに、不思議と彼らは魔王の機嫌が分かるらしい。


「どうしたのー、マオ? 元気ないねえ」

(あ、ああ……母上、か、考え事の邪魔を……)


 撫でられると、途端に気持ちよくなって何も考えられなくなる。悩んでいるのが馬鹿馬鹿しいとすら思えてくるのだ。


「どう? 気持ちいい」

「クゥゥゥン…………」

(こ、この快楽に抗うことはどう考えても…………、不可能!!)


 魔王はとうとう吹っ切れた。メイツェルトのことは諦めて、犬としての生活に溺れることにしたのだ。


 だって楽だから!


 毎日散歩したり遊んだりしているだけでも、食事は絶対出してくれるし、身体だって洗ってもらえる。なんという天国なのだろう!


 メイツェルトにいた頃は毎月のやり繰りや、部下の訓練、育成方法についてどんなに頭を悩まされたことか。喧嘩の仲裁にも難儀した。そんなしんどいことから解放されたのだ!


(すまぬ、皆……。しかし今の私にはどうすることもできないのだ! 許せ! 皆が私のように生まれ変われるように祈っておくことしかできぬ……! 犬って最高だぞ! 皆が飼い犬になれますように!)


 心の中で皆に詫びて、魔王は心から犬になった。苦悩期間、約三日間であった。



 それから数年の歳月が流れた。


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