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ブラック企業メイツェルト

 とある国の城の中。頑強だった造りは見る影もなく崩れ果て、瓦礫が散乱している。そこかしこに血臭が漂い、点々と転がる人間と魔族の無惨な死体。惨憺たる有様は、戦いの激しさを伺わせた。

 そして戦いは、玉座の間で今も尚行われていた。


 勇者と魔王の戦いである。


 嵐のような剣戟、熾烈な魔法のぶつかり合い。両者の力が拮抗しているため、戦いは延々と続いた。


 魔王が身軽に飛び上がり、勇者へと切りかかる。勇者も負けじと剣を薙ぎ払った。

 打ち合いの衝撃で、勇者と魔王が飛びずさる。そして二人は、お互い息を切らせてその間合いのまま睨みあった。


「しぶとい奴め……」

「それは、こちらの、台詞、だ……」

「……ふん、これで終わりに――!?」


 何故か、魔王の注意が突然勇者から逸れた。魔王は虚空を見上げている。


 勇者にとっては絶好のチャンスだ。


 この隙を逃してはならないとばかりに、勇者は剣を振りかざした。


「終わりだ!」

「待て、それどころでは――」

「なに――!?」


 突如、光の輪が勇者と魔王を包む。二人の意識はあっという間になくなり、身体が糸の切れた操り人形のように倒れた。


 生きる者のいなくなった空間を静寂が支配する。しかし――


「ふう、いっちょあがりっと」


 その場にそぐわない明るく軽い台詞が、静けさと陰鬱さををぶち壊した。次いで、やたらうるさい音を立てて、光と共に二人の男女が姿を現す。

 一人は神々しく煌びやかな衣装をまとった美女。もう一人は、近衛兵のような衣装をまとった男だった。


「いや~、無事に異界転送できてよかったですねえ」

「うんうん! 魔王ってば感が鋭くって中々チャンスがなかったんだよね。でもやっと目障りな異分子を排除できて感無量だよ~」


 余程うれしいのか美女は、ね~! と、男性に相槌を促しハイタッチを交わし合う。

 こんなんでも彼らはこの世界、メイツェルトの女神とその使徒である。


「はあ~。でもこの後の処理が大変……。均衡を保つために、魔族の新しい代表たてなくっちゃいけないし……」

「でしたらいっそのこと知能のある生き物は全て滅ぼしてしまえば良いかとー。もう貴女より力のある者はいないわけですし」

「え~……。でもこの世界はお父様の形見だし、あんまり弄っちゃうのもなあ……」

「綺麗にするなら問題ないでしょう。あれらがいなくなれば、いざこざが減って緑が増えてのどかな世界になりますよ。お父様もきっと喜ばれましょう」

「いいことずくめね! ――あ、でも私を崇めてくれる存在がいなくなったら、ちょっと困るかも……」


 神の力は他者から捧げられる信仰心により増幅される。なくても問題ないが、あればめちゃくちゃ便利なのだ。しかも食欲は抑えられ、スタイルの維持にも役立つ。女神にとってはすごーく優秀な力である。


「それならこことは別に新しい世界をお創りになればよろしいのです! そこに貴女が絶対神であるという思考を植え付けた人間を、ほんの少しだけつくって置いておけば問題ありません」


 ねっ! と使徒が親指を立てて、爽やかな笑顔を浮かべた。


「そうだね!」


 女神は顔を輝かせて両手をぱちりと叩いた。


「それぐらいなら今の力でも簡単に創れるわ! 人間って繁殖力が高いから勝手に増えてくれるし!」


 そう言うなり、女神はどこからともなく巨大な槍を取り出し、可愛らしくガッツポーズを決めた。


「よーし、そうときまったら、メイツェルトのお掃除始めるよー!」


 女神は完全武装をした使徒を従えて、人、魔族、魔物の殲滅をするべく進撃を始めたのだった。


 こうして魔王と勇者がいなくなったメイツェルトに、新たなる大災厄が降り立ったのである……。




 一方、魂を異界転送されてしまった勇者と魔王はというと――


 日本という異世界の国に転生していた。勇者はとある裕福な家庭の息子として。そして、魔王はその家庭のペット、犬として――。


 再会したのは勇者七才、魔王は生後三週間のことであった。

 忌まわしい因縁のなせる業か、お互い対峙した瞬間、前世の記憶が蘇った。そして直感で分かったのだ。こいつは勇者だ。魔王だ、と。


 勇者は絶句し、二の句が継げない状態でいたが、ダックスフンドな魔王は彼に向かってきゃんきゃん吠え出した。


『小僧……! 性懲りもなく私の前に現れおって!! お前のせいで、私はこんな姿に!』


 勇者はさらに衝撃を受けた。犬の言葉が理解できてしまうことに。


「そ……んなこと言われても、俺のせいじゃ……」

『いいや、貴様の所為だ! 不愉快な魔力の波動が迫って来ていたのに、気づかぬからこうなったのだぞ! これだから戦いの経験が浅い小僧はだめなのだ! 考えなしの脳筋小僧め!!』


 言いたい放題の魔王に、勇者は流石にムッとした。全て自分の所為にされてはたまらない。


「自分の力不足を俺のせいにするんじゃねえ! そもそもの元凶はお前だろうが! お前らが人々を蹂躙し攻めてきたからこうなったんだろ! だから人を憐れんで下さった女神が、俺を勇者として魔王討伐を命じたんだ!」

『馬鹿か貴様。利用されたのがわからんか! 今の状況がそれを証明しているのではないか!』

「辛い目にあうだろうことは、勇者として任命されてから覚悟していたさ。俺の命でみんなが救われるのならそれで本望だ」


 人の良いことを言う勇者に、魔王は背筋が寒くなり苛立ちを募らせた。

 だから魔王は勇者でストレス解消することにした。こいつを絶望させてやる。泣かせてやる。それから殺す、と。


『フッ。真実を知らぬお子様は幸せだな。そもそも私が軍を率いて攻め入ったのは、神が原因なのだぞ』

「……そういえば、魔王が表立って指揮を執るというのは初めてだと陛下も驚いていたな……。でも、神が何をしたっていうんだ……」


 今までにも、人と魔族はことあるごとに小競り合いを繰り返していた。しかし魔王が表にでてくることは決してなかったのだ。今回のことは、彼らの歴史が始まって以来の異変と言えた。


『少し前のことであるが、メイツェルトの神は代替わりしている。知る者はほぼおらぬだろうが』

「えっ、それは本当に……? ああでも……」


 そういえば、と勇者は前世を思い返す。確かにあの女神さま、綺麗だったけど威厳がなかった。勇者に任命されたときの言葉が「今から君は勇者だよ! がーんば!」だ。すごく軽かった。多分事前に用意していた言葉があったはずだ。だって降臨のときに、彼女はメモを見ながら喋っていたから。しかも「もーいいや」と、すぐにくしゃくしゃポイしていたのを勇者はちゃんと見ていた。あの光景は、彼の目にもとても奇妙なものとして写っていたので、よく覚えているのだ。


『その代替わりした神が曲者でな、私への給料や管理費や諸々を払わなくなったのだ』

「は?」


 勇者は混乱した。えっ、魔王って給料制? 雇われてたの? 何で? 何のために……?


『給料はまあいいとしても、必要経費がなくては魔族たちを養うこともできん。しばし待てと引き延ばした挙句、そんなものは払わないなどと言い出しおった。そのうえ、人間をけしかけ我らの領土に攻め入り、略奪したのだ』


 勇者の表情が苦々しいものに変わる。もし魔王の言っていることが事実ならば、元凶はお前だ、という言葉がこちらに跳ね返ってくることになるのだ。

 そんな勇者の様子を、魔王は鼻で笑った。人と魔族の争いの歴史は長く、火種はあちこちに燻っていた。いずれは起こる戦いだったのだ。どちらが先に仕掛けたか、などと気にするのは馬鹿馬鹿しいことこの上ない。


『まあ我らが不仲なのは今に始まったことではないがな。しかし時期が悪かった。切羽詰っていた我らは、それならば人間どもから略奪してしまえ、という結論に至ったのだ』


 勇者はちょっと気まずくなった。馬鹿にしているような声音ではあったが、微妙にフォローしてくれているような物言いに、どう対応していいか分からなくなってしまったのだ。

 結局、勇者は話を逸らすことにした。


「……と、ところで、神に雇われていたのはどういう理由で……?」


 魔王は内心ほくそ笑んだ。この質問こそが魔王が待ち構えていたものだったからだ。


『知りたいか?』

「知りたいから聞いたんだが」

『やめておけ、後悔するぞ』

「だったら話を振るなよ」

『ではやめておこう』

「いや、話してくれよ! 気になるだろ……」


 バーカーめー!! 魔王は心の中で勇者を嘲り笑った。


『では教えてやる。お前が知りたいと思っていることを』


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