接触
「城之内さん、聞こえますか? 聞こえたら右目を瞑ってください」
早紀のいる病院を昼前に去り、浩也は病院最寄駅から電車路線を駅二つ分歩こうと決める。歩き初めには何も起こらないが、街角の景色が林立するビルばかりになると予感があり、声が聞こえる。それで慌てずゆっくりとぐるりを見まわすが、浩也の近くに話しかけるものは誰もいない。加えて自分の監視者の姿も見えない。だから浩也は首を傾げるが、右目を瞑ることも忘れない。それから不意に気づき、立体マスクを装着する。
「ありがとう、城之内さん。聞こえていることを確認しました」
「どんなトリックなんだ。おそらく、こちらの言うことも聞こえているのだろう?」
「なるほど口が動いているのがわかりませんね。城之内さんの機転は凄いな。私からの一方的な説明を予想していたので助かります」
「礼はいらんよ。ところで、今日は『様』ではなくて『さん』なんだな。あなたは若いだろう?」
「ええ、城之内さんよりはずっと……。種明かしはパラメトリックスピーカーです。簡単に説明すれば、超音波を用いて鋭い指向性を持たせた音響システムで、比較的狭い範囲にいる人間に選択的に音を聞かせることができます」
「だが、それほど単純でもないと?」
「標準品は双方向ではありませんから。複数の超音波の周波数のずれを用いた方法とだけお伝えしておきます」
「わかった。で、肝心の用件は?」
「その先の角を曲がらずにそのまままっすぐ歩いてください。その方が人通りも少ないので……」
「承知した。しばらく信号待ちだな」
「城之内さんは確信なされますか?」
「塔紀の父親が原子力発電施設で具体的には廃炉作業中に海の中に消え去った福島第一原子力発電所だということをか?」
「お察しの通りです」
「理性的には信じられんが、感情的にはストンと腹に落ちたよ。我ながら驚きだが……」
「城之内さんは機構的にはどのように?」
「さあて、見当もつかんね。実はこの世の中には神がいて、これまで安らかに眠っていたが、目を覚まして悪戯がしたくなったのかもな」
「想像力旺盛ですね」
「科学者に最も必要なのが想像力だよ」
「確かに……」
「きみが……いや、きみたち一派が掴んでいるか、想像していることを教えてくれ」
「架け橋と考える者たちはいます」
「何と何の?」
「生命と非生命のです」
「そこに大きな違いはない、と?」
「断言はできませんが……」
「だが、それならヒトでなくたって良いだろう」
「あそこまでの施設を作れるのは地球上ではヒトしかいないからです」
「なるほど。ではヒトに利用されたモノの復讐なのか?」
「福音かもしれませんよ」
「さっきのは冗談だ。この世の中に神はいない。神がいるのはヒトの心の中だけだ」
「神については申せませんが、観念がなければモノは生まれないのでは?」
「ずいぶん古臭い哲学命題だな。よし、答がないことだけは理解した。で、具体的に、これからどう行動すれば良い?」
「病院から脱出されることをお勧めします。このままですと、いずれ城之内さんご自身も軟禁されるはずです」
「きみたちの考えでは各国政府は実際のところ何を目論んでいるんだ?」
「もちろん事態の究明です」
「だが、そればかりであるまい」
「施設が生物化した事実よりも人類にとって利用価値が高いものは何でしょうか?」
「テレポーテーション技術かな? 最近は流行らんが……。女は無から赤子を授かれない。それが理由だ。が、そうすると、精子はどこから供給したんだ?」
「テレポーテーション技術があれば、どこからだって可能ではありませんか?」
「なるほど、そちらも双方向なんだな」
それから声は日本ではまだ行われていないメタル・ベビー解剖の事実を浩也に突きつける。
「人間ではないということか?」
「ご存知のように最初数件のメタル・ベビーについては情報公開されています。だから解剖はもちろん秘密裏に行われました」
「何故きみはそれを知っている?」
「わたしの友人の子供でしたから」
「ひょっとしてきみも原子力施設の関係者なのか?」
「城之内さんのような研究分野ではありませんよ」
「興味深いな」
「私たち親子はそれで身を隠すことに決めました。いずれ娘が殺される、いや、実験材料にされると考えただけでも身の毛が弥立ったからです」
「きみの仲間もご同様か?」
「直接の接触はありませんが……」
「わかった。考えておこう」
「ところで解剖中に死を迎えたメタル・ベビーはその死の瞬間、肌の色を人間のものに戻したそうです。もちろん理由も意味もわかりません」
「そうか。……とすれば、それを望む親がいないことを祈るだけだな」




