苛々
翌日、日曜日の午後、浩也は電子メール送り主の言葉に従い、外出する。
『このメールには返信しないで戴きたい/今現在、城之内様の発するメールはすべて監視下に置かれていると考えられます/もちろん多重のスクランブル機能を設けておりますので仮に返信がなされましてもこちらのメールアドレスが政府機関に突き止められることはございません。ですが城之内様が受け取った電子メールの中に私またはその同胞からのものが含まれていたであろうと疑われるリスクが残されるのです』
メール本文にそのような記載があり、では接触は不可なのか、と浩也が訝しむと答が向こうから遣って来る。
『街中でご説明いたします/どこかでお散歩をなさってください/私の声が直接城之内様の耳に届くはずです』
が、その記載だけからでは接触方法がわからない。
『この電子メールは開封後数時間で自動的に破棄されます/城之内様がコピーを取られることは不可能ではございませんがお勧めできません/理由は種々挙げられまずが、現時点で城之内様がメタル・ベビーと原子力発言施設との関係について何もご存知ないと政府機関関係者に看做されているであろうという推測が最も大きなものです/自らそれを報せる必要はございませんでしょう/それでは明日……』
その後に続く結びの言葉は本文同様丁重だったが、それで浩也の不信感が拭えるものでもない。
心が落ち着かず、苛々と困惑する夜の時間をナイトキャップの助けを借りて眠りに付き、翌日の朝早く一欠けらも憶えていない悪夢の痕跡とともに目覚めると忘れていた空腹感に不意打ちされる。冷蔵庫に目ぼしいものが見つからず、正月に食べ残した餅の残りを磯辺焼きにし、それをジャスミンティーで胃の中に流し込むと益々空腹感が強くなる。それで今度は主として娘の早紀が常備していたカップ麺を作って食べ始めるが、半分ほど啜ったところで胸が悪くなって三角コーナーに中身を捨てる。それから翌日の仕事の段取りを考えるが、特に追加したい実験アイデアは浮かばない。研究自体は遅々としており、自分が定年を迎え現場を退いても実用化にはまだ程遠いだろう、と浩也は冷静に判断する。けれども着実に進捗はしているのだ。最近では、それに加速度さえ感じられる。プラズマの閉じ込め時間も世界中で鎬を削るように段々と長くなっている。それでも実用化には程遠いが、政府のプロジェクトが断ち切られる気配はない。実験的な運用炉の完成までならば自分も仕事に携えるかもしれない。そう考えると科学者としての浩也の心はやはり震える。
最初は唯の憧れだ。が、他に遣りたい仕事が見つからず、大学では理学部に進んで研鑽する。大学院の博士課程でアメリカとフランスに留学するが、そこで工学者として目覚めてしまう。もちろんそれですぐに融合炉の設計等に研究対象を移行したわけではないが、現場を見学する機会が多くなる。直接の関係はないが、今では荒廃した跡地でしかない眼下の施設と同じような施設を訪れる割合が増えてくる。研究のヒントが比較的多く転がっているのは分野違いの研究者との会話かあるいは運用現場の不具合なのだが、まさかそういった自分の原子力施設への度重なる訪問が娘の予期せぬ妊娠を招いたのか、と考えると浩也は絶望的な気分に襲われる。浩也が唯一知る塔紀以外のメタル・ベビーの父親だった飯塚康平も元同僚だ。最初は浩也同様核融合発電に心意気を燃やしていたが、その夢はおまえに託す、と大学を辞め、一部解体中の電力会社に就職する。
「火力は無駄だし、風力や太陽光では――シンギュラリティを超える技術でも生まれなければ――まったく足りない。だから危険な繋ぎかもしれんが、おれはそれを少しでも安全なものに変えるのさ」
それ以上詳しい転向理由は述べなかったが、その後の浩也の目から見れば家庭の事情があったのだろう。飯塚康平が結婚相手に選んだ女は財閥系列会社社長の一人娘で飯塚自信も――浩也とは違い――所謂良い所のお坊ちゃんだ。だから結婚が偶然の出逢いとは考え難い。




