連絡
病院前でタクシーを拾い、行き先を告げてから再度思案する。タクシー運転手には浩也のそんな姿が単に仕事で疲れたように映ったらしい。
「お客さん。今日はお忙しかったんですか?」
と声をかけられ、
「ああ、そんなふうに見えるかい?」
と応じて浩也がまた黙り込む。
金銭の支払い時以外にはタクシー運転手との会話もなく、約三十分後に自宅のあるマンションの前に浩也が立つ。浩也の家はマンションの一室でメゾネット(二階建て)だ。最上階ではないがかなり上の方に嵌っているので都会の夜景が堪能できる。が、浩也のその夜の関心は当然のように夜景には向かず、普段は感じなかったがその日に限り、娘がいないと広過ぎるな、と途方に暮れたように我が家を見まわす。防音の効いたマンションだけに音漏れがなくて落ち着かない。それで惰性からテレビをつけたが、その時間帯に遣っていたのが芸のないクイズ番組ばかりなのでウンザリする。だから上階の書斎に向かおうと思い立つと、急に夕食を食べていないことを思い出す。すると現金なもので浩也の腹がグウと鳴る。殆ど上まで昇った螺旋階段を、下りるかどうするか、と迷っていると出掛けに慌てていて閉め忘れたのか、開きっ放しになっていたドアから覗いたPCに電子メールが複数着信されていることに気づいてしまう。自動バックアップでもしているのか、そのときPCが立ち上がっていたからだ。それで書斎に入って確認する。殆どは広告の類だが、一通だけ見慣れぬメールが混じっている。浩也がインターネット・プロバイダに申し込んでいる迷惑メールフォルダに送られずにそのPCまで辿り着いたのだから開いても甚大な被害はなさそうだ。が、浩也が該メールに興味を持ったのは、タイトルが『メタル・ベビーについて(ご報告)』となっていたためだ。浩也はその日初めて早紀の担当医からその用語を聞かされたので、偶然にしては出来過ぎている、と眉を顰める。一瞬手を止め躊躇うが、結局メールを開いてしまう。ついさっきまで感じていたはずの空腹感がいつの間にか消えている。
宛 先:城之内浩也様
発 信:メタル・ベビーを持つ親の一人より
タイトル:不躾な電子メールをご容赦ください。
本 文:
私の推測が間違っていなければ本日、城之内様のご令嬢、早紀様が男のお子様を無事ご出産なさったことと存じます。その肌の色が常人とは異なっていたことも既に城之内様はご存知のことと推察いたします。メタル・ベビーは人類未知の異常ではありますが、だからといって世間的に隠蔽されて良いものではございません。けれども世界中の政府は近年その隠蔽を図り始めているようなのです。もっとも最初からメタル・ベビー存在の隠蔽工作が仕組まれていたのではありません。それは、ある一つの推論を元に選ばれた対応だった……とこの私には考えられます。メタル・ベビーを懐妊した数少ない女性たち――その中には性的体験の有るものも、また無いものも含まれますが――の誰一人、その父親の正確な姿を知りません。それに対する常識人たちの正当な反応は、彼女たちが吐いた嘘であろうというものでした。ですが、そう考えるには彼女たちの数が増え過ぎてしまったのです。国も言語も違う彼女たち全員が口裏を合わせることなど不可能で、そこに偶然の一致を唱えるものが現れました。城之内様もお聞き及びになられていることとは存じますが、ここ数年連綿と発生しているある施設の謎の消失事件がメタル・ベビーの誕生に大きく関与しているのだ、と言い放つ者が現れたのです。ある施設――いえ、ここではもう隠すまでもないでしょう――原子力発電施設の常識では考えられない消失が直接にそれと関与しているという見解を強く主張したのでした。理由はもちろんわかりません。メカニズムもまったく不明です。またこれまでに何一つ解明できたこともございません。けれどもその説には不思議と説得力があったのです。今現在この電子メールに目を通されている城之内様ご自身のお心内にもおそらくそう感じられているのではないかと想像いたしますが、それが正しい、それが正解だ、というまるで理由のない直感的な正当性を持っていたのです。




