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アレ!  作者: り(PN)
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光沢

 もっともそういった会話を娘と交わしつつあった頃、浩也は早紀が身篭った子供に本当に父親がいないとは信じていない。浩也がそれを信じるのは後にこの世に生れ落ち、臍の緒を切られて独立固体となった瞬間に金属光沢を身に纏う、早紀の赤ん坊を初めて見たときだ。

 振り返って憶測すると、浩也と早紀の知らないメタル・ベビーに関する情報が秘密裏に流れていたのだろう。最初に診察を受けた産科医が出産時に入院する病院を薦め、事情を知らない浩也と早紀がその医師の言葉を鵜呑みにする。……とはいっても超音波診断やその他赤ん坊の発育や感染症に関する検査結果に異常はなく、脳裡に思い浮かべる産科医の表情にも嘘に泳ぐところが見当たらない。だからあの産科医自身は知らずに上層部から干渉を受けただけなのだろうとも考えられる。結果的に産科医ともども腰を抜かす事態に陥らなかったのは正解だった、と今更のように浩也は思う。

 初めての妊娠なので早紀は時には精神を昂ぶらせ、また時には落ち込ませたが、全体的に見れば安定しており、家を訪れた女友だちとの会話にも弾みがある。それで浩也も娘の心身の健康に感謝する。早紀から出産時に立ち会ってくれと言われれば浩也は躊躇なく立ち会っただろう。浩也は早紀自身の出産には立ち会っている。妻の雪名が望んだからだが、あのときは正直ずっと吐き気がしていたな、と浩也は情けない過去を振り返る。それでも約半日の難行を乗り切ったわけだが、生まれてきた赤ん坊の産声を聞いたときには、妻以上に疲労困憊その極に達している。

 あのときの、まるで赤い小さな猿のようだった姿の娘が今度は自分の子供を産むという。五十歳になるにまだ数年あるというのに、もうお爺ちゃんと呼ばれるのか、と思いを馳せると軽い眩暈まで浩也を襲う。が、それで気分が悪くなるわけでもない。けれどもあの後、あんな結果が訪れるとは……。

 塔紀の産声は室外の廊下で待つ浩也にはとりわけ大きく聞こえたが、周りの気配に違和感がある。そう思い、原因は何か、と独り訝しむ浩也に、たった今娘の助産を終えて分娩室を出てきた医師が、「説明する」と声をかける。それで浩也が医師と立ち話をする。そのとき浩也は医師から塔紀の健康状態に関する簡単な報告を受けるが、肝心の塔紀には中々会わせて貰えない。今更のように勘ぐれば、政府の関係者にとってメタル・ベビーの目撃者は少なければ少ないほど良いわけで、だから浩也は一時的な面接禁止を喰らったのだ。けれども担当医自身にも戸惑いがあったらしく、約十分後に結局目通りが叶うことになる。

 早紀に抱かれた塔紀の煌く肌の色に浩也は――文字通り――顔色を失うが、娘の赤ん坊を想う心がまるで変わりないので自身も冷静さを取り戻す。ついでメタル・ベビーという言葉を初めて耳にする。一旦、早紀と塔紀のいる病室を離れ、医師の個室に案内されてからだ。

「メタル・ベビー? 何ですかそれは?」

「正確な呼び名ではありません。我々は先天性金属様光沢皮症と呼んでいます」

「それは見たままじゃありませんか? そんなことを伺っているのではありません」

「非常に稀な皮膚の病気です。ですが、これは妊娠中には発見し難いのです。またこの疾患に関してはヒトとしての機能に障害は生じません。……というより障害の発生頻度は通常の新生児及び乳児と変わりありませんので、その点に関するご心配には及びません」

「だが、そう言われましても……」

「難病ではありませんが、国の特別疾患には指定されております。よってご同意いただければ治療に関する一切の費用は免除されます」

「同意とは?」

「城之内さんのお孫さんの我々専門医による保護観察及び治療行為へのご同意です。場合によってはお孫さんの自由行動が聊か制限されることもありましょうが、それは一般乳児に対する何らかの伝染性感染症発症の有無が未確認なためです」

「簡単に言うと、隔離されると言うことですか?」

「それほど大袈裟なものではありません」

「しかしあなた方の研究対象にはしたいわけだ」

「症例がなければ医者は患者を治すことができませんよ。例えば天然痘の患者が存在したからこそ、医者はその撲滅が果たせたのです」

「天然痘ですって? そんなに惨い病気に……」

「いや、今のは単なる言葉の綾です。ご心配なさらないでください。お孫さんは、そういった意味での重い病気に罹患されているわけではありません」

「だが観察はしたいわけですね」

「繰り返しますが、稀な症例なのです」

「なるほど、あなた方のご主張は理解しました。ですが、どちらにしても早紀の、娘の意向を聞かなければ……。わたしとしては、もちろんそちらを優先させたいので」

「ええ、確かにその通りですね。では早速娘さんの処に向かいましょうか」

 そう言って先に椅子から立ち上がった医師が、浩也に自分に随行する行為を促すかのように胸を張る。それが浩也には気に入らない。浩也が医師の説明を聞いている間に早紀は個室に塔紀は保育器に移されたようだ。浩也が直前に一見したところでは塔紀に異常があるようには思えなかったので、浩也がその判断を訝しむ。早紀の妊娠発覚から出産に至るまでには当然のように約七ヶ月の期間があり、浩也は出産事情に関する俄かエキスパートになっていたから勘ぐったのだ。浩也が見た塔紀には新生児で良く言われる一過性多呼吸による呼吸の不安定さもなかったし、顔も赤いので黄疸でもなく、また羊水を飲んでしまった形跡もない。そもそも浩也は塔紀の大きな産声を分娩室控えの廊下で耳にしていたのだ。だから新生児仮死であろうはずもなく、また新生児気胸の兆候もない。早紀が強く望んだので親子でカンガルーケアはしたが、その後すぐに塔紀は保育器に戻されたようだ。浩也も早紀もその判断には不満だったが、担当医から、

「現段階では、とにかく安全面を第一に考慮したケアが必要なのです」

 と説明されては――素人として――反駁できない。だから浩也には、

「まあ良く頑張ったな。ご苦労さん」

 と早紀に労いの言葉をかけることくらいしかできない。その早紀に、

「ありがとう、お父さん」

 と自分の言葉に答える気力が残っていたので浩也はホッと一息する。初産で惨く疲れているようだが、口調そのものははっきりとし、意識の混濁も乱れもない。それだけに――皮膚の色は異常だがそれ以外の健康状態に問題がなさそうな――我が子を保育器に追い遣られて理解できない気持ちが強いようだ。

「ねえ、お父さん。わたしと塔紀って、この先どうなってしまうのかしら?」

 早紀がそう訴える声は不安げだ。

「どうもならんよ。いざとなったら、おれが守ってやるから安心しろ」

 早紀の頭を幼い子供をあやすように撫でながら浩紀が言うと、

「ゴメンね、お父さん。心配ばかりかけちゃって……」

 いつになく自信がなさそうに早紀が応える。それが浩也の感情に火を点ける。が、いち早く浩也のその気配を察した早紀が、

「お父さん。今はまだ怒らないで、事情が少しでもわかるまでは我慢して……」

 とまるで犬のように諂った目で懇願するから浩也の怒りも矛先を失う。それで浩也はその場で考えることを諦め、早紀を病院に残して家に帰ることを決める。


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