ぼくは、生きている。
ぼくは、生きている。
だけど・・・
もう、長いこと、ずっとずっと、家の中で過ごしてるよ。
最後に外に出たのは、もう随分前のことで、忘れちゃったよ。
確か、暑い暑い夏の日差しが、ぼくと彼女を照らしつけていたんだ。
あの時の彼女の顔を、ぼくは今でも忘れられないんだ。
それが、ぼくと彼女の最後の日だったから。
ぼくにとっては、久しぶりの恋だったんだ。
一目惚れだったよ。優しい人、だったんだよ。
彼女がいつも笑っていたから、ぼくも、いつも笑っていられたんだ。
体が痛くても、体が思うように動かなくても、笑っていられたんだよ。
ずっとずっと家から出なかったぼくを、外に導いてくれたのが彼女だったよ。
ぼくね、外に出るのは、本当は苦手なんだ。
飲んでいる薬の副作用で、まっすぐ歩くこともままならないからね。
けれど、彼女が一緒に歩いてくれるから、ぼくは外に出れたんだ。
ぼくは、彼女の匂いが好きだったんだ。
それは、寒い寒い冬の日。
彼女が家に来た時に、首に巻いてたマフラーを忘れて帰ってしまったんだ。
今度彼女が取りに来るまで、ぼくは、毎日抱きしめて眠ったよ。
マフラーは、彼女の首元のいい匂いがしたよ。
彼女が一緒にいるみたいで、とても安心したのを覚えてるよ。
彼女は人気者で友達が多いんだ。
そんな彼女を独り占めしたくて、ぼくは、彼女の気を引こうとしたよ。
ある日、いい方法を思いついたんだ。
いっぱいいっぱい薬を飲めば、彼女が来てくれるかも、って。
体も日に日に痛みが強くなってくるし、
自然と薬の量は増えてきていたし、
いつもの何倍も飲んでも、きっと大丈夫な気がしたから、
ぼくは、薬をいっぱい飲んでみたんだ。
意識をなくして、ぼくは病院に運ばれたよ。
でも、ぼくの作戦は成功して、彼女が来てくれたよ。
ぼくのことを心配して、彼女はそばにいてくれたよ。
我ながらいい方法を思いついたな、ってぼくは自分で自分を褒めたよ。
そうやって、ぼくは時々、薬をいっぱい飲んだんだ。
だって、彼女に会いたいから。
だって、彼女がそばにいてくれるから。
目が覚めると彼女が来てくれてるから、ぼくは目を開けるのが楽しみだったんだ。
でも、そのうち、彼女は来なくなったんだ。
それは、暑い暑い夏の日。
薬をいっぱい飲んで、病院に運ばれたぼくが、
家に戻ってきた時、それが彼女と最後に会った日だったんだ。
照り付ける太陽の光の下で、彼女はぼくの手を振り払ったんだ。
彼女はいつもの笑顔じゃなくて、険しい顔をしていたよ。
ぼくは、その顔をずっと忘れられないんだ。
いくら薬を飲んでも、
もう、ぼくのことは心配じゃないみたいだ。
いくら薬を飲んでも、
もう、ぼくのところに彼女は来てくれないんだ。
それからのぼくは、また、家から一歩も出ない生活を送っているよ。
もう、楽しいことなんか何もない。
寝て、起きて、ご飯を食べて、薬を飲んで、また寝て、起きて。
これが、ぼくの、今の暮らしだよ。
きっと、この先も変わらない。思い出すのは、あの日の彼女の険しい顔だけ。
それでも、ぼくは・・・
それでも、ぼくは、生きている。
~ぼくは、生きている。(完)~