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誰かのために嘘をつくこと

 おふくろが死んでからもうすぐ一年になる。

 同時にその日は、俺が〝守護者テイカー〟となった運命の日でもある。

 その日の夜、俺は親父と口論して家を飛び出し、近所の公園のベンチでふてくされていた。隣にはアルがちょこんと座っている。


 五月の後半になって梅雨に入り、うだるように蒸し暑い夜だった。

 原因は、当時の俺の生活態度にあった。

 当時はアルとの接触した影響で、この世界に居付く悪魔や妖怪、幽霊なども見えるようになる。

 俺は人々に害を与える化物退治のために俺はアルと共闘し、闘い日々を過ごしていた。他にも、人探しや物探し、生徒の恋愛問題、時には幽霊騒ぎ、喧嘩等々、大小様々なトラブルに首を突っ込んだりしていた。

 今では余所に目を向ける余裕もなく、化物といった連中も、俺達の戦いに巻き込まれるのを恐れて、一部を除いて別の土地に移って静観を決め込んでいる。

 大概はアルのおかげで解決していたのだが、それに気付かず得意になって様々なトラブルに首を突っ込んでいた。

 親父は、俺が学校そっちのけで町を出歩いているという話をどこかで聞いたらしい。始めは大人しく親父の説教を聞いているつもりだったが、俺は俺なりの正義感で行動していると考えていた。だから何も知らないで今後の進路だとか就職だとか、世間一般的な視野でしか話さない親父に反発を覚え、やがて激しい口論となり、俺は家を飛び出した。


 今思えば、化物退治もアル単体で間に合うレベルで、わざわざ俺が関わらなくても問題は無かった。でも、恐怖よりもスリルを味わうといった意識の方が勝っていたし、妖怪や悪魔といった倒すことでヒーロー気分になれた。

 べりやミカもそうした連中のひとりだった。


『〝守護者テイカー〟になったら、俺か七海のどちらかが死ぬまで解除が出来ない。それにこれ以上は迷惑を掛けられない』


 公園で俺が〝守護者(テイカー)になることを希望した時、アルはそう言って反対した。


守護者テイカー」になれば、妖怪連中らとの戦闘ももっと楽になるだろうし、自分の時間も持てるだろうと俺は安易に考えていた。

『ここは、俺の故郷を思い出させる』

「……」


 アルの故郷は、モンブラウ公国という森に囲まれた小さな国だという。


『2カ月余りもお前の家に居続けたのは、この静かで平穏な環境や、お前の温かい家庭から離れたくなかったからだ。だが、そろそろ潮時だな。これ以上は迷惑を掛けられん』

「何を言ってんだよ、アル。親父やおふくろも気付いてないって……。使い魔が来たって俺たちならへっちゃらだろ?」


 使い魔に関する話は以前から聞いていたが、これまでの経験で、「なんとかなるだろう」とタカをくくっていた。


『使い魔を甘く見るな』


 とアルの押し殺した声は、大きくはなかったが、俺の胸の内に変にずしんと重く響いた。


『……これは、元々は俺達のお家騒動みたいなものだ。関係のない七海を関わらせるべきじゃなかったんだ』

「でも、誰かが〝守護者テイカー〟にならないと、使い魔に対抗できないだろ?アルは単独だと、ここだとせいぜい中級魔法までしか扱えないじゃないか」

『それはこちらで考えることだ』


 中級魔法までなら印を結ぶのと呪文名を叫ぶだけで、詠唱は必要ないからお手軽なんだけど、使い魔相手には中級魔法は通用しにくい。身を守るのに精一杯となる。そこで、アル自身が習得している超高位魔法まで扱うためには、アルと契約した人間が〝守護者テイカー〟となって異世界の人間の身体となることで使用できるようになる。

 そうこうする内に、おふくろが俺を迎えにやって来たのでアルは慌てて俺のポケットに身をひそめた。

 あの時、おふくろと交わしたやりとりは他愛も無い内容だったが、俺は一生忘れないだろう。

 愚痴を俺が吐き、おふくろが仕方ないわねと苦笑しながら俺を諭す。そんなやりとりが続いていたように思う。そのうち、おふくろが珍しく親父との馴れ初めを話した。

 親父は長距離トラック運転手として別の会社に住み込みで働き始めた時、おふくろはそこで事務員として働いていた。交際が深まり、結婚を申し込んで来た親父が帰る途中で新調した背広着込んだものの、ズボンの丈が合わなくてつんつるてんの格好のまま、指輪の入ったケース片手にバラの花束を抱えながらトラックから降りて来ただとか、そんな他愛も無い昔話。


 でも、今となってはそんな話でも、もう少し詳しく聞いておけば良かった。

 ひとしきり思い出話をした後、「お父さんはあれでも心配性なんだからね」とおふくろと一緒に立ちあがった時だ。

 突然、夜空が不気味な赤褐色へと変色し、澱んだ空気が辺りを包んだ。立ち込める瘴気が胃を刺激し、吐き気を催すほどの不快な臭いだった。


『……結界? 使い魔か!』


 ポケットの中からアルの悲鳴にも似た声が聞こえた。


「何?この腐ったような臭い……」


 事態を把握できていないおふくろは、口元を押さえながら怪訝な表情で周囲を窺っていた。事態を把握してないだけに、俺やアルと違って冷静な部分が残っていたのだろう。だから、俺は今もこうして生きているのだと思う。

 だけど、あの日から後悔しない日は無い。ああしておけば、こうしておけば、おふくろはまだ生きていたんじゃないかという答えの無い問答が、今も俺の中で続いている。

 不意に後ろからおふくろに突き飛ばされ、その直後に熱く重たい風が俺を襲った。俺とアルは公園を囲むアルミフェンスまで吹き飛ばされ、全身を打ちつけた。壁よりも幾分、柔軟性のあるフェンスのおかげで大怪我はしなかったものの、それでも全身に激痛を覚えながら、漸く身体を起し周囲を見渡すと、おふくろの姿がどこにも見当たらない。

 代わりに、闇の奥から白と茶色のツートンの筒状の身体からか細い腕や脚を生やし、その先には団扇のように広い手のひらや馬鹿でかい靴を履いている巨大な化け物が現れた。

 窪んだ眼やだらしなく開いた口から白い煙がもうもうと立ち昇る。

 頭部から焦げた臭いを撒き散らし、時々赤い光りを放っている。今思えば、その正体は、誰かがポイ捨てした煙草の吸殻に憑依した使い魔なんだろう。


「おふくろ……?」


 俺はおふくろの姿を探していた。使い魔がゆっくりと近づき、アルが傍らで何か喚いているのも無視して、何度も何度も見廻した。そして、何かが目の端に止まりそちらに視線を向けると、使い魔の足元に黒い炭のようなものが盛り上がっているのがわかった。その黒いものから一本、白いものが伸びている。

 人の腕だとわかるのにしばらく時間が掛かった。くすり指にキラリと指輪が光っていた。

 それが、焼け焦げて炭と化したおふくろの身体だと認識した時、使い魔の足がおふくろだった炭を踏み潰した。炭の滓が砂塵とともに宙に舞い、右腕だけを残してどこかに消え去ってしまった。

 俺の中で何かが弾けた。頭の中がカッと熱くなった。全身の血が沸騰し、身体が燃えるようだった。次の瞬間には、俺はアルに向かって叫んでいた。


 その後のことは、よく覚えていない。

 気がつくと、〝守護者テイカー〟となっていた俺が全身血まみれで立ちすくみ、目の前には炎に包まれた使い魔の死骸が横たわっていた。

 この時の俺の戦い方をアルに言わせると、ほとんどヤケクソで死に行くような無謀な戦い方だったという。



『お願いだから、もう二度とあんな闘い方はやめてくれ』

 と後でアルは言った。


 俺は長い戦いの果てに、漸く使い魔を倒したが、問題はそこで終わるわけじゃない。俺は何も知らない演技をして、親父や世間に嘘を吐き続かなければならなくなった。何も知らないふりをして帰宅し、帰ってこないおふくろに戸惑うふりや慌てふためくふりをする。

 そんな自分に自己嫌悪を感じないではいられなかったが、他にどうする手立ても浮かばず、これはおふくろを救えなかった俺に課せられた罰なんだと思い込ませるしか方法が無かった。



 今は踏ん張れ。

 アルの言葉は蜘蛛の糸のように頼りなかったが、今はそんなものにでも縋るしかないと思うと何だか切なさが胸を締め付け、目を閉じても、俺は眠りの世界へと落ちるまでしばらくの時間を要した。



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