黒澤七海の放課後
「七海。右目が痛むのか?」
坪井と別れた帰り道。前カゴ内の鞄に釣り下げられていたアルが俺を見上げた。
俺が、昼間にダメージを受けていた右目付近をさすっていたからだろう。
「いや。何となく気になっただけで、別に痛くないよ。ちゃんと見える」
「今日の稽古は休みにしよう。休養が先だ」
俺は帰宅してからアルが作り出した結界内で稽古を行っているのだが、使い魔との戦闘があった時は集中も切れているということで休養にあてていた。
アルは静かに鞄の上に腰掛けて、そこから周りの風景を眺め始めた。
夕暮れ時の田舎道。町と町とを抜ける近道としていつも使っている。一面、田んぼが静かに広がり、どの田にも水が張られ、早いところでは、もう苗が植え付けられていた。しかし、本格的な夏までにはまだ遠いようで、五月の陽は高いものの夕方になるとまだ少し肌寒い。
この付近に差し掛かるとアルはいつも押し黙る。ある時、アルはこの風景を見ていると故郷を思い出すんだと言っていた。
アルの故郷、モンブラウ公国という国は自然が豊かだという。
『帰ったら寝る前に、もう一度魔法をかけておこう。念のためだ』
そうだなと俺が小さく返事をすると、しばらくの間、また沈黙が続いた。錆びかけたペダルの金具音だけが静かに音を立てていた。ぽつぽつとアルが口を開いたのは田舎道が終わり、町に入ってからである。
『正直、小倉と接触しなかったのにはほっとしている』
「どうして?」
『あの子は特殊な力を持っているせいなのか、いわゆる勘が鋭いというやつなのかな?俺の存在がどうやら気にかかるらしい。お前と会話している時、俺の方を何かとチラチラ見てくる』
「でも、バレてはないんだろ。だったら別に……」
『〝気になる〟ということは、それだけ注意が俺に向けられるということだよ。俺だって細心の注意を払っているつもりだが、たまにはヘマもする』
「写真を撮られたりな」
俺がからかうように呟くと、一瞬、アルから鋭い視線が送られてくるのを感じたが、アルはそのまま言葉を続けた。
『仮の肉体とはいえ、授業中に黙ったまま、同じ態勢で居続けるというのは、精神的にきついものなんだぞ?布製の人形が一人で勝手に動くのがばれてみろ。大騒ぎだ』
「それなら、鞄の中にいろよ」
『お前の汗臭い鞄なんか耐えられん。臭いも移るし、それこそ御免だ』
「人形のくせに我儘だなあ。じゃあ、どうすんだよ」
『どうしろとは言わん。お前も注意しろというだけだ。俺を人目のつくとこに置き忘れていたり、小倉のような人間の傍に安易に近づけるなということだよ』
「なら、今だって危ない状況だろ」
『この態勢なら、俺は不自然でも無いし、この町は騒音も少ないから小声のやりとりでも済む。危ないのは、ぶつくさ独りごとを言っているように見えるお前だけだ』
「あ、アル。てめ……」
俺は思わず声を荒げようとしたが、そこが交差点だったことに気付いて慌てて周囲を見渡した。いつの間にか、見知らぬおばさんが傍で信号待ちをしていて、怪訝な表情でこちらを見ている。
「……アー、アアー」
と、即興ででたらめの歌を口ずさみ、顔を背けて誤魔化そうとしたが、信号が変わるとともに、そのおばさんが眉を寄せて、小走りに去って行く姿が横目でわかった。
「うう……」
変な顔されても知らないふりをしておけばよかったと、先程の坪井ではないが、恥ずかしさの余り俺は頭を抱える思いで、ハンドルに顔を突っ伏して呻いた。
『おい、信号が変わるぞ』
「……うるせえな」
俺が気を取り直すには、もう一度信号が切り替わる時間が掛かりそうだったが、その時間が途方もなく長い時間のようにも感じた。
信号が変わると、俺は力無く、ため息を漏らしながら自転車を漕ぎ始めた。
途中、俺はスーパー山本という近所の個人商店に寄った。
そろそろ足りなくなっていたピーマンやキャベツ等の野菜数点、後は親父のつまみに豆腐一丁を購入した。
「毎日、大変ね」
店のおばさんが、釣銭を俺に渡しながら言った。
「まあ、慣れました」
「あれから一年近くになるけど、警察からもまだ連絡ないの?」
ええと俺は短く答えたが、内心では胸が締めつけられるような思いがしていた。
脳裏に過ったのは、吹き荒れる砂塵。崩れ落ちてくる大量の瓦礫。激しく燃え上がる炎。そして残された一本の白い腕。
若干の強張りを感じながらも、それが表情に表れないように奥歯を噛みしめながら必死で堪えた。
そんな俺に気付かないおばさんは、そうなんだと眉をひそめると、早く良い知らせがあると良いわねと励ますように言った。
「ちょっと、アレあげるね」
「……?何ですか」
「おおい、ベリちゃあん」
おばさんは奥で棚の整理をしている女の子にむかって声を掛けた。
「あー、なんすか?」
浅黒い肌をした陰気そうな二〇代前後と思われるが、不良みたいなぶっきらぼうな物言いで立ち上がると俺の姿に気がついてギロリと睨んだ。
「ほら、ミカン余ったのがあるでしょ? あれ、黒澤君に渡してやって」
「……」
ベリという女の子はじっと俺をしばらく見つめていたが、ぷいっと背を向けて奥の倉庫へと入って行った。やがて手にはミカンがいっぱい入ったビニールをぶら下げて戻ってくると無言で押しつけるように俺に渡すと、さっさと自分の作業へと戻って行った。
「愛想悪くてごめんねえ。良く働いてくれるんだけど。不思議と黒澤君には愛想が悪いよねえ」
「……いえいえ」
俺は礼を言って店の外へと出ると、思わず深いため息が漏れた。
『ベリも相変わらずだな』
アルも俺と同じ気持ちだったのか、息を吐くような重い声をだした。
「去年までやりあった間柄だから仕方ねえよ。ミカの方はどうしてんの?」
『三丁目のホームセンターで働いている。ベリとは上手くやっているみたいだぞ』
「このまま、大人しくしてくれればいいけどな」
大丈夫だろうとアルは言った。
『あいつらは力を失ったし、多少魔力が残っていたとしても我々の闘いについていけるレベルじゃない。あいつらだってそれがわかっている』
「じゃあ、何でこんな近くに住んでんだ?」
『見届けたいのさ。闘いの行く末を』
「物好きだな」
俺は苦笑いをしながら自転車に乗り込んだ。
ミカとベリは一年前まで天使と悪魔をやっていた。
本名はミカエルとベリアル。
言わずとしれた七大天使の一人と悪魔王なんだが、今は神林町に住んでいる。
これまでの物語や伝承等、ご多分にもれず天使と悪魔というライバル関係なわけで、お互い相手を倒すために強力な力を欲した二人はアルが持つジュエルの存在を知った。
その天使と悪魔がジュエルを狙って俺たちに闘いを仕掛け、最後には共闘して襲ってきた。
だが、アルの力の前には敵わず、毎回ぼろぼろになって破れ去っている。
共闘したのは、二人の意地なのだろうが、その時には使い魔との戦闘も激化し始めていた頃だったから、鬱陶しさを感じたアルが封印魔法を使って二人の魔力を完全消滅させてしまったのだ。
以来、二人は元の世界に帰るに帰れず、生まれ持っての体力と翼以外はほとんど人間に近い状態となってこの世界に住みついている。
アルの話だと、ミカとベリは近所のアパートに住んでいる大学生のところへ押しかけ、一緒にしているらしい。
『あいつらと暮らすのは大変だろうな』
「女二人に囲まれてるのに?」
『だから、大変じゃないか。かなり我の強い二人だ。どんな生活しているか、それぐらい想像してみろ』
「……まあ、ねえ」
と言ってみたものの、美女二人との同棲生活が羨ましいくらいで、あとは目もくらむような何かがあるように思えて、実際がどんなものかなんて想像もつかない。
『天界や魔界から持ってきた魔法のアイテムが幾つか残っている。それが時々暴走してトラブルを起こすこともあるようだが、多少、騒ぎになる程度でどれもそんなに大した力は無い。あいつらが俺たちに関わらないなら、俺たちからもそれ以上、関わる必要もないだろう』
「そうだな」
ベリとミカの話はそこで終わり、俺はミカン入りのビニール袋をハンドルにぶら下げてそのまま無言で自転車に乗り込むと、少し俯き加減で自宅へ向かった。その間、アルは一言も口を挟まなかった。
俺の自宅は、神林町の細い国道沿いからポストを目印にして脇道に入り、そこから一〇分程度のところある。
借家が五件ほど建ち並ぶ路地の一番奥にあって、路地の角には誰がいつから置いたのか古びたカラーコーンが置いてある。敷地内には青色の軽自動車が止まっていて、以前はおふくろが良く乗っていたが、今はほとんど使われていない。多少距離がある大型ショピングモールまで、親父が練習がてらに乗るくらいだ。
家の鍵は閉まっていて、まだ親父は帰ってきていないようだった。
カラカラと乾いた音が玄関に響く。
俺はただいまと誰ともなしに言って、玄関を上がると、台所に向かい先程買った野菜や豆腐を冷蔵庫にしまった。それから自分の部屋に戻って、簡単に着替えを済まし、アルを机の上に置いて、俺は居間に行き空気を入れ替えるために窓を開けた。
留守番を知らせるボタンが点滅しているのに気がつき、押すとピーという機械音の後に、九州で働いている姉の声が聞こえてきた。つぼ漬け送ったからという簡単な内容で、電話口の向こうから、アウアウと赤ん坊の声が微かにする。姉は一昨年に結婚して、先月には子どもが生まれたばかりである。
次に飯を炊く準備を先にやってから、それまでの間に、外に干していた洗濯物を取り込み、風呂掃除とその残り湯で簡単な掃除も済ます。
飯が炊きあがるアラームが鳴り、味噌汁と野菜炒めを同時進行で作っている間に、からりと玄関が開く音と一緒に、ただいまという太い声が聞こえる。
ふと、居間の時計を見ると、既に午後七時を廻っていた。
「おおい、帰ったぞ」
「お帰り、親父。姉貴から留守電あったよ。漬物を送るって」
そうかと静かに言いながら、作業服姿の親父が居間に表れると、そのまま自分の部屋へと入っていった。
しばらくして、親父はステテコ姿で居間に戻ってきた。
汗臭い親父を先に風呂に入らせ、上がったころには大体の支度を済ませている。
出来あがった飯を、二人で居間まで運び、それから親父はビールを添えて飯を食う。
アルはその間、俺の部屋でずっと読書をして過ごしている。アルは腹も減らないし、時々汚れが目立ち始めた時に洗ってやるくらい。ただ、それでも精神的疲労というものや眠気はあるらしい。無表情のままいびきを掻いている姿は端から見ると奇妙な光景だ。
「……今日の昼に、警察から電話があって行ってきた」
俺の箸が一瞬、止まった。
「見つかったの?」
期待や不安が入り混じったような口調を選びながら、俺は親父に尋ねた。
いやと親父は首を振った。
「俺ももしかしたら、と期待していたんだがな。ビデオの再確認と写真を何枚か提出するよう、依頼されただけだった」
「そう……」
俺はがっかりしたふりをして、溜息をついた。見つかるわけがない。
「しかし、お前の料理もここ最近、上手くなったな。母さん、戻ってきたらびっくりするぞ」
「……」
「だがな。俺も母さんに『私がいないと何も出来ない』と、笑われるのもシャクだからな。俺も週末、公民館の料理教室に通うことにしたんだ」
「へええ?」
俺は心底驚いて、親父の顔を見た。昔堅気の性格で、仕事以外はおふくろに任せっきり。家事は一切やらないという人間だったからだ。
「お前ばかりに負担かけさせられないからな。今はまだアレだが、料理のひとつふたつでも覚えたら、きちんと分担してやるつもりだ」
「そっか……。まあ、あまり期待しないでおくよ」
俺が冗談交じりに言うと、親父は軽く笑ってコップのビールを煽るように、一息で飲みほした。それを潮に、しばらく無言で食事が進んだ。かといって気まずいかというとそうでも無く、単に俺と親父の二人話すことがこれ以上無いというだけだ。もっとも、おふくろが家にいた頃はこうではなかったが、今の食事風景にもすっかり慣れてしまっていた。
食事が終わり、俺と親父は食器の後片付けを始めた。互いに無言で、ガシャガシャと食器のぶつかり合う音だけが台所に響いた。淡々と作業が進んでゆく。
ふと、親父が口を開いた。
「来年、お前は受験だろ?進路は考えているのか?」
「成倉大とかその辺り。それ以外なら警察とか自衛隊かな。俺、体力に自信あるし」
若干、後ろめたい気持ちで、傍らの親父をちらちら見ながら俺は言うと、親父は一旦、手を休めて思案している様子だったが、まあいいんじゃないかと再び皿洗いの作業に集中した。
成倉大とは地元の私立大学で、実質二流と言われながらも、戦後に建てられたこの大学の歴史は古く、名前を挙げるには無難な大学だった。警察や自衛隊は公務員だし、世間体としては悪くない。ただ、それでも俺が後ろめたいと感じていたのは、それが嘘だからだ。
本心では、進学とか就職も実感がわかなかった。
正直、死が目の前にあるのに、呑気なことを考えられる状況とは思えなかった。明日のこともわからない。次の瞬間には死んでいるかもしれない。そんな俺に将来の何を考えろというのだろう。
「お前の成績もだいぶ上がってきているし、あそこなら、今のお前の学力なら問題なさそうだしな。警察や自衛隊も、お前にやる気があるなら反対しない。この不景気だ。母さんも反対はしないだろ」
「……」
親父の言う通り、俺の成績は以前より上がっている。
使い魔がランダムで出現するために、授業中や深夜に抜けださなければならない事態が頻繁に起こる。周囲に不審を持たれないために、体裁を整えておく必要があった。
俺は以前よりも生活態度を遵守し、市内の清掃活動や福祉活動等、だいたいの生徒が嫌がる学校行事にも、出来るだけ目立たないように参加していた。そして学力を維持するために学業にも精を出し、極めて地味で真面目な生徒を演じている。自分でも笑ってしまうが、授業中抜けだしても不審がられないように、一時期は胃弱まで装っていた。
しかし、皮肉にもそれが成績や内申の向上に繋がり、先日の進路調査の際には担任から、この調子ならもっといいとこを狙えるぞと発破を掛けられた。
俺は、黙って洗い終わった皿を拭いていた。
後片付けも終わり、横で親父が俺としては進学してほしいがと言った。
「それまでに、母さんが戻ってくるといいな」
ぽつりと親父は呟き、おやすみと言うと、自室に戻っていった。
俺は手を休め、残った皿を悄然と眺めていた。
親父。おふくろは帰ってこないんだ。
去年、死んじまったんだよ。
俺の目の前で。
深いため息が自然と漏れ、鉛のように重い気分を引きずりながら、俺は再び残りの食器を手に取った。
※ ※ ※
『……何かあったのか?』
宿題を済ませ就寝前になって俺の右目への回復魔法による治療とチェックをして異常がないことを認めると、それまで黙っていたアルが俺に尋ねてきた。
「さっき、親父からおふくろの件で話が出たんだ」
そうかと言ってアルは机に腰掛けた。
「親父はおふくろが生きていると思って、俺を励まそうとするんだけど、俺の方はおふくろが死んでいるのを知ってんだろ?それが、ちょっと俺にはきつくてな。これがいつまで続くんだって」
『……』
「……なあ、アル」
『なんだ』
「今まで怖くて聞けなかったんだけど。この戦いていつごろ終わると思っている?」
高校生活が終わっても続くのだろうか。社会人になっても続くのだろうか。腰の曲がったじいさんになっても?その間、日常生活と折り合いをつけられるのか。死ぬことはもちろん、魔法でも回復しきれない大怪我を負ってしまったら?不安が不安を呼び、心の中でどろっとした液体のように暗澹たる想いが渦巻いている。
アルはしばらく無言で俯いていたが、顔を上げてわからんと首を振った。
「そうか……」
『……巻き込んで済まなかったと思っている』
アルの声は重く沈んでいる。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
俺は落ち込む様子をみせるアルに、何と慰めの言葉を掛けようかと迷ったが、言葉が続かず、俺もアルのように俯くしかなかった。
アルがこの世界にやってきたのはおよそ五年前になる。
使い魔との本格的な戦闘は一年ほど前から始まったが、主の正体を掴めずに大した成果が得られないまま、時間だけが過ぎている。
無論、アルも敵の居場所を突き止めるために、自ら情報収集に赴くなど力を尽くしているが、所々で敵の使い魔や巨大な結界に阻まれ、探索も容易に進まないでいた。
判明しているのは、敵が恐ろしいほどに強大な魔力を持つ魔導士だというくらいだ。
アルの世界にも人物名鑑というものがあって、優れた魔導士なら、その特徴までほとんどが記載され、その術の傾向や特徴で使用者がすぐにわかるという。新人やベテラン魔法使いの中にも無名の奴がいるんじゃないかという俺の考えにもアルは首を振って否定した。
『魔法は派手だからな』
と、いつだったかアルが言った。
森羅万象を操り、時には物理的法則も歪める力を持つ魔法界に「無名」の存在はありえず、名鑑に記載が無くても必ず噂が広まってしまうものだという。
使い魔自体、中級魔導士以上なら大抵の者が作りだせる。
『それにな、魔法陣は指紋と同じようにひとりひとり異なる。俺の魔導書には数百年分の魔導士が魔法陣の記録がされているから、記録した魔法陣と照らし合わせれば、誰かと該当するはずなんだ』
あれだけ強大な力を持つ使い魔をつくりだせるような魔導士の力は、世界でもトップクラスで知られないはずがないだとアルは言っていた。
それなのに敵の正体がつかめない。
俺も暗闘の日々に疲れや焦りを感じていたが、最も焦っているのはアルだったろう。
アルはジュエルの守護を命ぜられ、この世界に逃れて来たものの、次元の異なる世界に討手が追跡してくるなど、当初は全く想定しておらず、完全な後手に回っていた。
何かにつけては、自らを偉大な魔導士と自称しているような男だが、その分、プライドも高く責任感も強い。巻き込んで済まないと呟く言葉から、自らの失態を恥じているのは十分伝わってくる。無能と責めるのは簡単だし、アルもそれを甘んじて受け入れているが、だからといってアルをなじる気になんてなれなかった。アルを責めればその言葉は自分にも跳ね返ってくる。
もう寝ると言って、俺は布団を被った。
やがて、外からパチリという音がし、布団の隙間から差し込む光が消えた。
七海と、アルの声が布団越しに聞こえてくる。
『まだ、特定までには時間が掛かるが、居場所が分かればこちらから打って出ることも可能だ。お前の母親の敵を討つ日だってそう遠くない。それまでは踏ん張れ』
「……ああ、わかったよ。頑張るよ」
俺が小声で言うと、アルのおやすみという声が聞こえた。俺は返事もせず布団の中で枕を抱きしめ、目の前に広がる暗闇を、ただ凝視していた。




