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ヤンデレ気味な君と魔法と憂鬱な青春模様  作者: 下総 一二三
番外編1「グッドタイム」
20/26

繋いでみせろ

 劇が終了し舞台を降りた演者たちが歓喜の声を上げて体育館の裏口から出て行くと、彼らに続いて七海や坪井ら他、裏方を担当した生徒たちが現れた。演者たちとは対照的にどれも一様に無口であったが、それぞれの表情に自信と達成感に満ち溢れているのが七海にも感じられた。見上げた秋の空は高く澄みきり。綿をちぎったような白く小さな雲が青い空に浮かんでいた。今の気持ちはこの空に似ていると七海は思った。

 終わったなと隣で坪井がぼそりと呟く。


「……うん、終わった」


 七海が空を見上げながら答えると、他の生徒達がお疲れと次々に声を掛けてきた。緊張感から解放されたようにうんと背伸びをする者。握手を交わして成功の喜びを分かち合う者。涙ぐむ者。それを慰める者。静かだがそれぞれの喜びを露わにして裏方を務めた生徒達は教室へと帰って行く。


「おい、七海。どこ行くんだよ。これから打ち上げだぜ」


 集団からひっそりと離れて行く七海を見て坪井が声を掛けた。


「ちょっとトイレ。すぐ戻るよ」


 そんな七海の後ろ姿を見て、何かを察したようににんまりと笑みを浮かべると、俺もトイレと言って七海の後からついてきた。


「なんだ、お前もトイレか?」


 またまたとニヤニヤとしながら坪井が言った。


「カエデちゃんだよ、カエデちゃん」

「……?」


 何を言っているのか心の底からわからず、考え込む七海に対して坪井は笑みを大きくした。


「忘れたのかよ。次の次にカエデちゃんのクラスが合唱やるじゃねえの。次のマジックショーは早く終わりそうだし、急いで戻って来るのは手間じゃん。お前が良い口実つくってくれたよ。お前だってさ、ホントはトイレじゃねえんだろ?」


 坪井の最後の言葉に、七海は思わず足を止めた。


「……何でわかる?」

「やっぱな。お前、ひとりになりたいて雰囲気をプンプンと漂わせているんだもん。ま、そういうオ―ラはここだけじゃないけどさ」

「そうか……、わかるか……」


 驚いたことに、坪井の言葉は七海の本音を言い当てていた。

 劇が無事に終了し達成感や満足感といった余韻を自分だけで浸りたく、みんなから離れようとしていたのだった。七海は表向きだけでも周囲に合わせようとしているが、こういうものは人に伝わってしまうものらしい。七海は苦笑いして首を小さく振った。そんな七海の顔を見て、俺たちそれなりの付き合いだぜとおかしそうに笑った。


「俺は体育館に残るからさ、お前はその辺りをぶらぶらしてこいよ」

「ああ、そうする」


 手をあげて、坪井が体育館の中に消えてゆくのを見送ると、七海は体育館から背を向けて運動場へと歩いていった。

 下の運動場では〝異種格闘競技・野球部対サッカー部〟と言う名目で、サッカー野球を繰り広げている。運動場へと降りる階段から奥に浮かぶ山々や澄んだ青空がよく見えたことと、サッカー野球というものに変に懐かしさを覚えたこともあって、七海は階段に腰掛けてぼんやりと試合の光景を眺めていた。懐かしさを感じた理由が、サッカー野球という競技を目にしたのが小学生以来だからということに気がついたが、そんな遊びみたいな競技に野球部もサッカー部も真剣な顔つきで勝負に挑み、周りのギャラリーも一生懸命になって応援している。


『お疲れだ。ようやく肩の荷が降りたな』


 ズボンのポケットからアルが顔を出すと、目立たないよう七海の足元に降りて座り込んだ。


「二年の夏も、これで本当に終わっちまったな」

『寂しいのか?』

「ちょっとな。来年は三年、進路も考えないと」

『ぜいたくな時間を過ごせたじゃないか。わが国の学校にはこういった風習が無い。せいぜい国家の行事に限られた学生を参加させるくらいだ。ただ、学生の分際でコスプレ喫茶というものはさすがに淫らだと言わざるをえないが……』


 そこまで言って、話が横道に逸れそうになっていることに自分で気がつき、アルは大きな咳をひとつしてから失礼と言った。


『イベントでクラスそれぞれが考え、出し物をするというものは面白い。モンブラウに帰った際には文化祭なるものを我が国の学校でも催したいものだ』

「お前の未来志向は凄いな」


 まだ〝使い魔〟を操る敵の正体も知れず、受け身の状態まま、この何年かの月日を過ごしている。元の世界の肉体を捨てているのに、帰れるかどうかもわからない。それなのに闘いが終わった後のことまで思考が飛んでいるアルを七海は呆れを通り越して感心していた。


『やはり臣たる者はな……』


 と言ったところでアルは口をつぐんだ。近くを生徒数名が騒ぎながら通り過ぎてゆく。七海はその話し声が気になって耳を傾けていた。七海は自然と首を回して生徒たちの後ろを見送っていた。


「さっきのお下げの子、超かわいくね?」

「あの制服、西女だよな。声掛けてえ」

「おめえじゃ無理だっての」


 西女とは隣の弥生町にある弥生西女学院という女子高のことである。文化祭には入り口の記載所で記入すればどこの生徒でも入れるから来ていても不思議ではない。不思議ではないのだが生徒達があまりに騒がしく、人の噂になるような女の子というのはどんな子だろうと何となく引っ掛かっていた。


「お疲れ」


 不意に聞き覚えのある声に顔をあげると、ぎょっと目を見張った。

 制服姿の相沢奈緒が傍に立っている。


「やっぱり、来ちゃった」

「お前その制服、どうした?」


 奈緒はいつもの紺のセーラー服と異なり、今日は水色という涼やかな色をした制服を着ている。さきほど噂になっていた西女のそれだった。肩から提げた鞄にシオンがぶら下がっており、やあやあと明るい声で手をあげた。


『俺の魔法で構成したものだ。さすがに東京にある学校の制服のままだとまずいかもしれんと思ってな』

「近隣の学校をネットで調べたら、西女の服が可愛らしくてこれにしたの。似合うでしょ?」


 奈緒はそう言うとくるっと回転して見せた。短めのスカートがひらりと柔らかく舞った。お下げの髪形は変わらないものの、いつもの丈の長いスカートという地味な真面目そうな制服姿から、評判の良い西女の制服姿へと急に変わったせいか、見慣れているはずの奈緒が違う世界から紛れこんだ妖精のようにも思えた。

 ――やべえ、超可愛い。


 そう言い掛けて、七海はその言葉を喉の奥に押し込んだ。

 奈緒は七海を覗きこむような顔を近づけていたずらっぽい笑みを浮かべた。


「七海君、最初の幕引きでロープが引っ掛かって焦っていたでしょ」

「え? お前いつからここにいたの?」

「劇が始まる時からいたよ。塾、抜けてきちゃった」

「そ、そうかあ……」


 幾ら塾とはいえ、学校では副会長を務めるほどの生徒が、一時間近くも教室から離れていて不審に思われないのだろうか。たまに例外はあるが、使い魔との戦闘で神林町から東京へ飛んで往復しても一〇分を越えない。奈緒の大胆な行動に、嬉しさよりも戸惑いの方が先行して鈍い反応しか返せなかった。

 そんな複雑な想いをよそに、奈緒は若干興奮気味に周りを見渡している。


「せっかくきたんだからさ、一緒に校内廻ろうよ。それよりもひとりでいる方が良い?」

「そんなことないけど、他校の子と一緒にいたら目立つだろ」


 可愛いしと言い掛けて、七海は慌てて再びその言葉を呑みこんだ。


「私たち、いとこ同士だから大丈夫でしょ? 何かあったらお姉ちゃんのわたしが何とか誤魔化すから、校内を案内しなさいよね」

「……わあったよ」


 いとこ同士という設定は以前、小倉に会った際に誤魔化すため咄嗟についた嘘なのだが、実際は七海の方が誕生日は早い。

 じゃあ行くかと立ち上がり二人で体育館前に通りがかった時だった。

 生徒たちがざわついている。催し物の会場なのだからざわついているのは当たり前の話だが、どこか落ち着かない雰囲気がある。焦りの面持ちで校舎に向かって走りだす生徒もおり、動きが慌ただし気でトラブルが起きたのだとわかった。


「何だろうね」


 奈緒とともに体育館の入り口に近づくと、入り口付近で生徒達十数名が集まっている。何人か見覚えのある顔もあり小倉のクラスの生徒だとわかった。彼らの間に紛れて、小倉の姿が見えた。不安そうに周囲を見渡し、指を噛み、小刻みに身体を動かしている。だが、本番前の緊張による不安でないことは明らかだった。小倉だけではない。生徒たちに充満していた。


「小倉さん、どうしたの?」

「あ、黒澤君。お疲れ様です」


 声を掛けると、小倉は明るく笑顔をみせようとしたがなりきれず、いつもより二ランクほど下がった笑顔で挨拶をしてきた。後ろにいる奈緒の姿にも気がついたみたいだが、それどころではないらしく、奈緒に頭を軽く下げると、焦った表情で何度も校舎の方向を見つめている。


「どうした?」

「ひとり、まだ来ないんです。ヴァイオリン担当の子で、途中で彼女の独奏が入る予定だったんですけど、全然……。もう時間なのに」

「その子、探したんだろ?」

「ええ。集中したいからって旧校舎に行ったんですけど、探してもどこにもいなくて……」


 七海君と不意に奈緒が七海の裾を小さく引いた。

 なんだよと言い掛けたが、七海は振り向くと口をつぐんだ。

 奈緒は瞳に〝魔眼〟を浮かべて旧校舎のある方角をじっと睨みつけている。


「……まさか」


 七海も慌てて魔眼を浮かべて旧校舎方向に目を向けた。

 どす黒い瘴気による結界。

 強烈な魔力の波が旧校舎から伝わってくる。

 結界のなかにうごめく異形の姿も、その近くに光を帯びた糸によって身体中を縛られている女子生徒の姿も浮かんで見えた。


「……使い魔か」

「七海君、先に行くね」


 奈緒は囁くように七海に告げると、身を翻して風のように旧校舎へと消えて行った。


「どうしました?」


 奈緒と七海の様子に、異様な雰囲気が小倉にも伝わったらしく小倉が怪訝そうに七海を覗き込んでくる。


「なんでもない。いや……、小倉さん。これから俺もその子を探しにいくよ」

「じゃあ、私も行きます」


 駄目だと七海は鋭い口調で言った。


「すぐ連れて帰って来るから、ここでみんなと待っていな。いいね?」

「は、はい……」


 七海の剣幕に押されるかのように小倉は小さく頷いた。

 小倉を連れて行かないのは、戦闘に巻き込むからという理由だけではない。小倉にはアルやシオンが護るジュエルの力を発動させる強大な力がある。魔法の影響下に置かれれば、その影響を受け、また力が暴走するおそれがあったからだ。


「まだ、来ないのかな?」


 ざわつく観客を背に、桜が実行委員長の牧田という男子生徒と一緒に体育館のなかから現れた。話を桜から聞いたのか、坪井もその後からついて出てくる。七海と傍にいる小倉の姿に気がつくと、ようと手をあげて駆け寄ってきた。


「聞いたか。まだメインの子が来ないんだってさ」

「今、聞いたよ。これから俺も探しに行くところだ」

「大変だよなあ。こんな時に」


 七海に仲介役をしてもらいたがっているのか、坪井は小倉をちらちらと視線を向けながら七海に言って、いかにも心配そうに眉をひそめる。そのわざとらしい態度に閉口しながら、早く奈緒を追わなくてはと焦り始めていた。


「……どうしようか。後回しにする?」


 七海の横では桜がリーダーらしき女の子に順番を後回しにするか訊ねていた。そうですねと考え込んでいたが、スケジュール表と見比べながら周りを見渡していた牧田が、困惑した表情でまだ次以降の組が集まっていないことを知らせてきた。


「……」


 考え込む桜と牧田、不安そうに二人を見守る小倉たち。

 もう行かなくてはと身体を返そうとした七海の目の端に、ふとあるものが映って足を止めた。

 次の組らしき生徒の中にギターを抱えた男子生徒がぼんやり立っている。顔は知らないがネクタイの色から同学年らしい。七海は足早にその生徒へと近づくと「ちょっとしばらくの間、貸してくれる」と尋ねた。


「10分くらいで良いから」

「いや……、でも」


 突然の意味不明な申し出に、男子生徒は口をつぐんだ。

 血相を変えた七海の目には凶悪ともいえる光を帯び、これから悪事を働こうとする悪党のようにも見える。童顔のわりに押し殺した低い声に圧倒され、男子生徒はいそいでギターを手渡してきた。


「おい。坪井、桜」


 七海は受け取ったギターを、そのまま坪井に押しつけた。

 ギターと七海を見比べている坪井と呼ばれた桜は、怪訝な顔つきで七海に視線を向けている。


「お前らで場を繋げ」

「へ? なんだよ、突然」

「いいから、5分か10分くらい間を持たせろ。一曲か、もしくは二曲分な。桜もピアノでフォローしてやれ」

 舞台袖に置かれてあるクラシックピアノを思い出しながら言ってみたのだが、案の定、唐突な命令に、桜も坪井も青い顔をして首を振ってきた。


「なら他にあるのか。人をずっと待たせて、一年に一回、せっかくの文化祭をぐだぐだにしとくつもりか」

「……」


 坪井、と七海はうつむく坪井に身を寄せた。


「小倉さんにいいとこ見せられるチャンスじゃねえか。思い切ってやってみろよ。失敗したって良い。これは思い出づくり、祭りなんだぜ? 余興余興」


 気を和ませるために、七海はにやりと口の箸を歪ませたが、今の七海の顔は悪党の悪だくみにしか見えず、坪井は息を呑んで頷いただけだった。


「じゃあ、探しにいってくる」


 七海は坪井から身体を離すと身をひるがえし、呼び止める桜の声にも構わず旧校舎へと疾駆した。


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