I Believe In All
俺の声が届いたのか、相沢が俺の姿を認めると、口の端を歪めて少し笑みを浮かべたように見えた。そして、相沢は視線を使い魔に戻すと印を素早く左手で結んで呪文を唱えた。雷に似た光が相沢から放たれ、光は使い魔の身体を覆い全体を囲み終えると縄で縛りつけるように使い魔を拘束していく。強大な魔力に身体を縛られて、使い魔はそのまま身動きできなくなっていた。
使い魔が身動きできなくなったのを確認すると、相沢は俺の元へ駆け寄ってきた。相沢は俺の身体の何箇所か触れると暗い表情を浮かべたが、首を振って表情を戻し、左腕で魔闘衣の隙間から手を探った。
相沢の細い指が俺の下腹部へとわずかに触れたのがわかったが、それから先の感覚が無い。
そして回復魔法を唱え始めると相沢の手のひらから温かい光が生まれ、身体の痺れも痛みも消え去って行く。やがて光が治まると、相沢は遅れてゴメンと呟いた。
脇からシオンさんが現れて、とりあえず七海も無事で良かったと息を漏らすように言った。
「魔眼である程度の戦闘状況は把握していたんだけど、明確な位置まで特定できなくて。空間が歪んでやっと居場所がわかったんだけど、ここに来るまで時間がかかっちゃった」
相沢はそう言いながらも、その目は上空で捉えた使い魔に鋭い視線を向けている。
「でも、どうやってこの中に」
俺は腕や足の動きを確認しながら相沢に尋ねた。
あれだけ酷いダメージを負ったはずの身体がすっかり治っている。
「この間、新しい魔法が出来たから見せにいったでしょ?」
「……空間転移か」
「そう。でも、やっぱりリスクあるわね」
相沢はわずかに渋い顔で、右腕をさすりながら言った。そこで俺は漸く気がついたのだが、竜の皮で作られたグローブを残し魔闘衣の袖は肩口まで裂け、相沢の白い腕が露わになって肉のカーテンのようにだらりとぶら下がっていた。
「どうした?その腕」
「心配しないで。さっきの衝撃で脱臼しただけだから」
何でもないといった態度で相沢は答えたが、額に玉のような汗が噴き出て、呼吸も若干荒い。
平静を装ってやせ我慢しているだけで、実際はかなりの激痛に違いない。
「ほとんど無防備になるから、ある程度は私も覚悟していたんだけどね。もうちょっと工夫しないとなあ」
「何、呑気なこと言ってんだよ。早く治さないと」
悪いけどと相沢が言った。
「できれば、魔力を少しでもケチっておきたいんだけど」
「馬鹿野郎」
俺が相沢に近づき、彼女の右肩へそっと手を伸ばした。
不意な行動に相沢は何事かと明らかに戸惑いの表情を浮かべていたが、俺は構わず、相沢の右肩に手をかざした。その白い肌に触れるか触れないかの位置で、俺は回復魔法の呪文を唱えると、手のひらから柔らかな光が溢れ相沢の肩を覆った。
「……私、魔法攻撃が得意だし、呪文なら、片手でも充分なのに」
回復魔法を掛け終えると、右肩の調子を確かめるように回しながら、不服そうに相沢が呟いた。骨を戻し、完全ではないが筋肉の損傷部位を修復したことで、痛みはかなり軽減されたはずだ。
「駄目だ。闘いに集中するなら、妨げの原因になりそうなのは除いておかないと」
「とりあえず、ありがとう」
相沢はぼそっと呟くと、上空で拘束されている使い魔を見上げた。
周囲の緑溢れた風景も、小倉が再び意識を失ってからは、次第に木々も枯れ、動物達も朽ち果ててしまい、いつの間にか以前の岩の大地と青い空に戻っている。
結界の主導権はこちらに戻っているようだったが、それを利用できるほど魔力に余裕は無かった。
「でも、どうするんだ?アルも捕まったままだ」
「そうねえ。我慢比べってとこかしら?」
「我慢比べ?」
「私がアイツの次の攻撃を喰い止めてみせる」
思わぬ提案に、俺はギョッとして相沢の顔を見た。相沢は俺をまっすぐ見返すと、口を真一文字に結んで小さく頷いた。
「あいつは小倉さんにやられて、小倉さんで頭が一杯のはず。狙うとしたら小倉さんじゃないかな」
「……」
「使い魔が私に掛かりきりな間にあなたが使い魔を仕留める。簡単でしょ?」
「相手は使い魔だぞ。そんな簡単に……」
あの使い魔相手に小細工じゃないほうがいいよと、きっぱりとした口調で相沢が俺の言葉を遮った。
「バリアが解ければ、今度はシンプルにやってくるわ。あのでっかい切っ先でドカーンてね。で、解けたと同時に私がバリアで食い止める、と。その隙に七海君がアルと刻印を見つけてしとめる。小倉さんみたいに使い魔にダメージ与えるほどのバリアは張れないけれど、全魔力を使えば、小倉さん達を守ることくらいはできるわ」
「〝たち〟、か……」
「あの人もでしょ?」
相沢は怪訝な表情をしながら、ケツをこちらに向けて震えている井上を顎で指した。
「いや、あいつは……」
と言いかけて、俺は口をつぐんだ。
相沢は井上を知らないせいもあって、戦闘に巻き込まれた守るべき弱い人間の一人だと考えているようだが、経緯の説明やその是非を議論する時間が惜しかった。それに説明して俺の感情を理解したところで、納得できるかどうかは別の話で、相沢が守ると決めている以上、集中を削がないためにも口に出すのもはばかられた。なんでもないと首を振り、話を元に戻した。
「解けたと同時に詠唱か。西部劇の早撃ち勝負みたいだな」
「うん。単純で良いでしょ?」
「……でも、やれんのか?」
「唱えるのはシオンだよ。やれるでしょ」
あまりにも他人事のようにあっさりと相沢が答えたので、俺は思わず相沢の顔をじっと見つめた。表情は微動だにせず俺を見返している。
だが、使い魔が攻撃を仕掛け、目標に到達するまで、時間にして僅か数秒にも満たない。その間に呪文の詠唱を終え、バリアを張ることができるのだろうか。もし、すぐに触手や突撃を仕掛けてきたらひとたまりもないだろうに。
賭けに等しいがなとシオンさんが言った。
『ただ断片的に見たところだと、あの使い魔は、次の行動を移すまでに警戒してしばらく様子を見る癖があるように思えた。その時間があれば充分だと思うが、そこんとこはどうだ?』
シオンさんの質問に、俺はうつむいてこれまでの使い魔の動きを思い出してみた。
「そうですね。確かに、次の動きに若干の間があります」
「次に私の質問。実際に倒すのはあなたよ。……やれるの?」
相沢は俺の覚悟を確かめるかのように、その目をまっすぐに据えた。意志と覚悟と自身がその輝く瞳の奥から伝わってくる。
できるんだろうなあ。こいつなら。
考えてみれば、無防備というリスクを承知しながら、襲いかかって来る使い魔の正面に立ち、瞬時に魔法を使ってバリアを張るという尋常でない度胸とセンスは、俺には到底、真似できるものではない。何よりも頑固というか、意志の強さには感嘆させられるものがある。相沢はどんな大怪我を負っても、俺の前では歯を食いしばって痛みを表に出してこなかった。
「どうなの?」
答えは決まっている。俺は強く頷いた。
「任せろ」
相沢は、じっと黒く美しい瞳で俺を見つめていたが、そのうちに固かった表情が緩み、心安そうな笑みを浮かべた。
「……うん。お願い」
相沢は軽いため息をついて少し笑った。ほんの束の間だが空気が和やかとなり、俺達は互いを見つめあった。
俺達は無言だったが、何も言わなくても心が近くにあるのを感じる。今、ここは死が渦巻く戦場のどまん中だということを忘れてはいない。俺達のすぐ隣に死があり、あと数分後には死から逃れるために死に立ち向かうということも忘れていない。わかっているからこそ、ほんの僅かに生まれたこの瞬間を、かけがえのない時間のように思えた。
そして、シオンさんのバリアが破られそうだという声が、俺達を再び緊張の場へと引き戻した。
『使い魔相手に中級魔法レベルでは、これが限界か……』
見上げると、使い魔を取り囲んだバリアは不快な音を立てて軋み始めている。
『さあ、七海に奈緒。レースなら最終コーナーに差し掛かったところだな。準備はいいか?』
「最終コーナーか。響きがいいですねえ」
『七海。中学時代、お前は陸上部だったんだろ?お前にとってベストのレースは何だ?』
「3年の地区大会3回戦……ですかね?」
中学最後のレース。全国大会常連選手を相手に最後まで粘り、大逆転して準決勝へと進出したあの大会。
結局、全国までには届かなかったが、あのレースのおかげで悔いの無い3年間となった。
『今はそれだ。お前ならやれる。それにお前は、あいつに一度勝っているしな』
「おだててくれますねえ」
俺はそう言いつつも、気持ちは既に切り変わっていた。杖に体重を預けてその場で屈伸運動を始めた。そしてあの頃と同じ様に、気合を入れるために両手で頬を叩き小さく息を吐いた。先輩の真似をして始めたゲン担ぎだが、いつの間にか癖になっていた。
「七海君。頑張ってね」
相沢が右手の拳を、俺に向けて突き出してきた。
「ああ、お互いにな」
俺も左手の拳を突き出し、互いの拳をこつんと合わせる。
上空でギシギシと、バリアから軋む耳障りな音がいよいよ高くなり、その表面に鋭い亀裂が奔った。中からの圧力で大気が震え始める。
恐れるなよと後方からシオンさんの声が聞こえた。
『二人とも。バリアが破られても、この距離なら衝撃は見た目ほど大したことはない。魔闘衣の力で後方の二人も充分に守れる。だから、目の前の使い魔に集中しろ。焦りは集中を妨げる』
シオンさんの言葉に俺達は同時に頷いた。
やがて、使い魔を拘束していたバリアが轟音とともに砕け散り、凄まじい風圧が俺達に襲いかかる。真空状態となって発生したかまいたちの獰猛さは、野獣の爪をイメージさせたが、シオンさんの言う通り、魔闘衣に届く寸前で霧のように消え去っていく。
狂ったように吹き荒れる風の猛威に耐える間、相沢は呪文の詠唱を、俺は魔眼でアルの居場所を捜索していた。
俺はアルが刻印を見つけたと言っていた場所、バタフライナイフのピン付近に集中し、一点に絞り込む。幾ら最大級の魔法障壁を張ると言っても、その力には限界がある。頼りにはしても、お気楽に構える余裕は無さそうだ。
次第に風が治まり、煙が晴れて使い魔が再び姿を現した。
俺達は使い魔を睨み上げたまま、それぞれの役割を遂行している。だが、シオンさんの詠唱はまだ終わらず、アルの気配も見つからない。
どこだ、アル。
沸き上がる焦燥感を必死で抑えつけながら、俺はアルの気配を探し続けた。
その時、ほんの僅かに糸のほつれ程度の何かを俺の魔眼が捉えた。微弱な力。だが確かに覚えのある気配。俺は大海から一枚の葉を探し当てたような気持ちで、再びその何かを探った。
「見つけた……!」
アルはす巻きのように、手足ごと身体を縛られている格好で、四方から張りだした細い触手に捕らえられていた。気を失っているのか、ぐったりとした様子でうつむいたままで、動く様子がない。
使い魔が動いたのはその時だった。
使い魔はその身体をドリルのように、横に回転し始め、その回転速度を次第に増やしていく。大気を巻き込み激震が始まった。身体の汗が引き、全身が総毛立つ。思わず逃げ出したいほどの圧迫感が上空から圧し掛かってくるようだった。
相沢にあんなものを防げるのか?
そんな疑念が沸いて、俺は隣の相沢を盗み見た。
俺と同じものを見ているはずの相沢は表情も変えず、目も逸らさず、その横顔は使い魔の巨大な身体を正面から見据えて身構えていた。
俺は、心の奥底から熱い感情が沸き上がってくるのを感じた。その感情は、激しく身を震わすものだった。
相沢はやれると断言した。全力で食い止めると。自分の肩の負傷も我慢し、それよりも敵からの勝利を優先に考えていた。身体つきだって俺よりも随分と細い。露わになっている腕だって、変身して人並み以上に力も増しているとはいえ、俺が魔法を得意としていないようにそれぞれ個人差がある。
力はやはり男性の「守護者」よりははるかに劣っていた。戦闘では頼りなく思えるくらいだ。端から見れば単なる普通の女の子に過ぎないのに、そんな女の子が、巨大な死を目の前にして正面から受け止めようとしている。
俺は雑念を振り払うように首を振ると、上空の使い魔をもう一度見上げた。
既に迷いも疑念も消えている。
生も死も恐怖も無かった。
どちらが先に仕掛けるにしても、これで決着がつく。心は平静で、上空の使い魔から発せられる轟音は耳を聾すほどなのに、後方で寝入っている小倉の寝息や、柄にもなく念仏まで唱えている井上の声まで耳に入ってくる。
先手を取ったのは使い魔だった。
大気と擦れ、触れれば一瞬で蒸発するであろう灼熱を帯び、火の塊と化した使い魔は唸りとともに地上へと落下してくる。地上へ到達する直前、相沢は両腕を掲げ呪文を叫ぶように唱えていた。
相沢の目の前に巨大な銀色の魔法陣が浮かんだかと思うと、使い魔と衝突した影響で激しい火花と衝撃波が周囲に飛び散った。
俺はその瞬間、俺は翼を広げて上空へと飛び上った。わざと使い魔の視界に入るように目の前を通過すると、俺の姿に気付いた使い魔が、炎に包まれた触手で次々と放ってくる。俺は杖で応戦しつつ、螺旋を描くように使い魔の背後へと廻り込んだ。この使い魔は横の動きに弱いことは先刻から承知していたが、触手攻撃も同じで、動きは鋭いがやはり単調な攻撃しかしてこない。俺が変化を加えた動きをすることで触手同士がぶつかり合い、時には絡まったりしていた。使い魔の集中が切れ回転も鈍くなり始めた。勢いも落ちてきている。俺が左右に動きまわったために、触手は、丁度バタフライナイフの柄が分かれているように、Y字となってアルが捕らえられているはずのピンにあたる部分がガラ空きとなっていた。
俺は槍を持ち直した。触手が両脇から襲いかかってくるのが目の端に映る。ギリギリまで耐え、到達する瞬間、俺はアルがいる場所を目がけて、一気に突撃を仕掛けた。後方で触手同士がぶつかる衝撃音が轟いた。
だが、俺の後を残った触手が追撃を仕掛けてくる。
触手はまだ充分な熱を帯びていて、まともに受ければ致命傷に関わる威力があったが、横の動きから縦の変化に対応しきれず、虚しく空を斬るだけだった。
アルの姿が見えた。
点だったものが、次第にはっきりとした形を作りだした。その後ろに刻印が浮かんでいる。
「あれか……!」
俺は魔眼を浮かべ、獣のように唸り声を上げながら槍と化した切っ先を目標に向けていた。その後ろを触手が追跡してくるのも構わず、全神経を前方に集中していた。
「アル。今、行くからな……!」
アルの姿が眼前に迫っていた。
後方には灼熱の業火があとわずかの位置にまできている。
だが俺は構わず杖を逆手にして大きく振り被り、そしてひと息に切っ先をアルの顔の横をすり抜けるようにして刃を刻印に突き立てた。キンと金属が弾け飛ぶような音が響いたかと思うと、その刹那、辺りはしんと静まり返った。
何もかも、全ての動きが止まった。あと数十センチの距離まで背後に迫っていた触手も、動きが止まり、やがて次第に枯れた草花のように黒ずんで、急速に萎びて塵のように散ってゆく。
俺はアルを魔力の消えた触手から引きはがすと、崩れ始めた使い魔の破片を縫うようにして飛び上った。
俺が使い魔から脱出し、外に出た直後に使い魔の身体は完全に崩壊し、砂塵が辺りに舞い上がっていた。アルを救出し、使い魔を倒した安堵や喜びよりも、今は相沢たちの安否が気になっていた。
俺は魔眼を使い、相沢の気配を探った。
すると、意外なことに俺の直近で相沢の姿を捉えた。真下からだ。呆然とした表情の井上やシオンさんと一緒に俺を見上げている。
空間転移か。
使い魔の動きが停止した瞬間、危険を察知し倒壊から避けるために、ここまで移動したのだろう。
『ン……』
俺の懐から小さな声が聞こえた。やがて、もぞもぞと服が動き、その隙間からアルの顔がひょっこりと現れた。もうもうと立ち昇る巨大な砂煙や、クレーターのように窪んだ大地が広がる下界の様子を眺めた後で、アルは終わったのかとぼそりと呟いた。
『済まんな。肝心なときに役に立てなくて……』
「何を言ってんだ。俺達だけで、あいつに一回、勝っているだろ?」
シオンさんが言った言葉をそのままアルにも伝えた。
『……』
アルは無言のままだった。
俺が地上に降り立ち、小倉の元へ向かおうとすると、シオンさんが飛んで傍に寄って来た。
『よくやったな。七海』
「そいつは、相沢に言ってやってくださいよ。勝てたのは、あいつのおかげですから」
お前がそう言っていたと伝えておくと、肩をすくめる仕草をした。そしてアルの姿を見ると、おもむろに近づいて無事で何よりだとアルの肩を叩いた。
「そっちの眠り姫の具合はどうだ?」
俺は相沢の隣にしゃがみ込み、相沢に膝枕をされ横になっている小倉の顔を覗き込んだ。頬が多少、煤で汚れていたが何事も無かったかのように穏やかな寝息を立てている。
「大丈夫。特に怪我もないわ」
「……そうか」
俺は、ほっと溜息をついて立ち上がろうと突然、全身に刺すような痛みが奔った。焼けるような痛みに痺れるようで思わず身体が硬直した。
どうしたのと相沢が慌てた様子で声を掛けてきた。
「いや、ちょっと身体が痛くてな」
「酷い火傷だね」
相沢が俺の身体を仔細に眺めて眉をひそめた。見ると、グリフォンの羽や精霊の魂が宿る頑丈な魔闘衣の所々がざっくりと切り裂かれ、その下から浅い切り傷や火傷の痕が覗いていた。自分では攻撃を避けていたつもりだったが直撃を免れただけで、かなりのダメージは受けていたらしい。
「こんなの、お前ほどじゃねえよ。」
「私は、埃で汚れているだけだから」
お前も強情だな、と俺は相沢の手をとった。
髪の毛はむしったように縮れているし、下衣のズボンも衝撃で破れたのだろう。太ももまでむき出しになり、白い肌には無数の傷痕が残っていた。着用していた溶岩の熱をも耐えるグローブも両方焼失し、相沢の白く柔らかな手のひらが火傷のために皮膚がただれ、醜く腫れ上がって無残な様相を呈していた。相沢は顔を真っ赤にして俯き、慌てて手を離した。
「でも、勝てたのはお前のおかげだ。サンキュな」
「何を言っているの? パートナーでしょ」
相沢はその時、笑おうとしたのだと思う。
だが笑顔になりきれず、とたんに表情が歪み始めた。身体が小刻みに震え、火傷を負った手で顔を覆った。
「おい、大丈夫かよ?」
俺が相沢の肩に手を添えると、相沢は首を激しく振り、俺の胸元に寄り添うようにして身体を預けてきた。相沢の身体がますます震え、次第に熱いものが俺の胸を濡らした。常に死が頬を撫でてくる恐怖に耐え抜き、気が緩んだことでこれまで抑えてきた感情が一気に爆発したようだった。俺はそのまま相沢をそっと抱きしめた。
魔闘衣を通してやわらかな肌の感触が伝わってくる。こうしてみると、なんて華奢な身体だろうと俺は改めて驚かされてしまう。
何でもないという顔をしていたが、この身体で使い魔を止めるのは、やはり本人にも相当のプレッシャーだったに違いない。俺には気の利いた言葉も思い浮かばないが、相沢が頼るものを俺に求めているなら、せめて、こうしてやるしかなかった。俺は相沢の感情が治まるまで、静かに待っていた。
その内に、身体の震えが治まると、相沢の身体がふっと静かに離れた。
「……ごめんね。変なところみせちゃって」
たまにはそんな時もあるさとおどけながらも、一方で柔らかな身体の感触が名残り惜しいという感情を押し殺しぎこちない微笑を向けて俺は立ち上がった。
刺すような傷の痛みは変わらないが、認識してしまえば我慢できないほどでもない。傷の手当てをしてそろそろ帰ろうと思い、俺はアルとシオンさんの姿を求めた。少し離れた場所で悲鳴に似た声が上がった。
『おい、こら。治してやると言っているだろ。大人しくしていろ』
「……来るな!来るな、化け物!」
『だから、治してやるって……』
口を喘がせ、地べたを這いつくばるようにしてアルやシオンさんから逃げ回る井上の姿が見えた。怪我の確認とその治療でもするつもりだったのだろうが、露も知らない井上は傍にある砂や小石を、手当たり次第に掴んでは投げ付けている。それを二人はことごとくかわしていたが、錯乱気味の井上に若干、手を持て余しているようだった。
「化物か……。どっちがだよ」
俺は苦笑いして、井上の元へと足を向けた。
帰る前のもう一仕事。
「七海君、どうするつもり?」
咎めるような相沢の声が背後から聞こえてきたが、俺はそれを無視して手中に杖を形成した。
杖の頭部には既に炎の刃が燃え盛っている。
俺の姿に気付いた井上の動きが止まった。
金縛りにあったように身体を強張らせ、恐怖を顔一面に広げて俺を見つめている。笑っているのか怯えているのか判別つきかねる歪んだ表情を、俺の影が覆った。
オアシスの曲ですが、OPにするなら、こんなノリかなあと妄想しながら書いてました




