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復活の使い魔

「アル。なんだよ、これ……」

『俺にもわからん。見たこともない現象だ』


 俺とアルは不安そうに空を見上げている。

 やがて光が集まり、太陽のように辺りを優しく照らし始めた。暖かい光に促されるかのように、大地に小さな草木の芽が生え始める。やがて、緑に覆い尽くされた大地に花が咲き、蝶が舞い、どこからか鳥のさえずる声が聞こえてくる。いつの間にか重苦しい結界独特の澱んだ空気も消えていた。

 幻覚かと、アルの警戒するような声が聞こえた。


「……いや。これは多分、幻覚じゃない」


 俺は魔眼を使って、草花にひとつひとつ触れながらアルに言った。

 幻覚や魔法で作りだされた動植物なら、魔力を感じるし、触れてもかさかさとしていて紙で作られたドライフラワーのように乾いた感触しかないはずだ。しかし、今、俺が触れている草花からは魔力も感じないし、俺達が住む世界の草花と同様に、みずみずしさや柔らかさといった命の感触が存在していた。


『結界内で、命が生まれたというのか?』


 馬鹿なとアルが呻いた。

 結界は魔力によって一時的に発生した特殊な異空間で生命は生まれない。アルからはそう説明されていたのだが、現在起きている現象は、アルのような魔法が存在する世界の住人にとって、魔法界の常識を覆すほどの出来事らしい。

 ……世界の常識を覆すほどの力。

 不吉な予感に駆られ、俺は魔眼をある方向へと向けた。その先には、黄金の光に包まれた一人の少女が、空を見上げて立ちすくむ姿が魔眼に写し出された。


「小倉さんか……」


 俺の呟きと同時に、アルの叫び声が聞こえた。見上げると、アルの身体が再び強力な光が発せられているのが見えた。


『また、小倉の力が目覚めたのか!』


 随分と時間差があるなと冗談ともつかないことを言いながら、苦しそうにもがいている。


「アル!」


 俺はアルの傍へ行こうとしたが、何かが動いたのを認めて足を止めた。見ると、ひん死のはずだった使い魔の触手が大きく揺れ動いている。黒こげでひび割れた身体の下からは鈍く光るものが覗いていた。そして、亀裂が走る音が響いたかと思うと、黒こげとなった表面が大小様々な破片となって、がらがらと音を立てて剥がれ落ちていく。激しい震動が大地を揺らし、立っていられないほどだ。

 か細くなっていた鳴き声も、次第に力を帯びるようになっていた。

 小倉の持つ力は俺の体力を全快に回復させるだけでなく、結界に生命を作りだすほどの強大な力があったが、無意識に発動され敵味方区別することが出来ずに、使い魔までも力を与えていた。

 アルはジュエルの影響で、触手の上で苦しそうにもがいている。

 一人での脱出は無理だと判断し、救出に向かったのだが、俺の意図を見透かしたかのように、使い魔の触手が俺に襲いかかってきた。


「アル!」


 辛くも触手からの攻撃をかわすことができたが、そのために使い魔から距離を取らなければならなくなった。迂闊に入り込めず、焦りと苛立ち混じりでその光景を眺めているしかなかった。


「使い魔が蘇りやがったか」


 使い魔は触手を地面に振り降ろすと、けたたましく咆哮しながら身体を一気に引き起こした。その衝撃で、それまで身体を覆っていた黒い残滓はすべて剥がれ落ち、鋭い刀身を再び表した。光を浴び、冷たく輝く刀身は異様な威圧感があって、一度倒した相手であるにも関わらず、尋常でない緊張感が俺の身体を包んだ。力がさっきよりも増している。


「……アルを助けないと」


 ジュエルが敵の手中に落ちている状況なのに、いつまでも気圧されているわけにもいかない。俺は杖を形成し、使い魔へと向かって飛び上った。

 その時、使い魔が再び唸り声を上げた。だが、今度は先程までと異なり次第にトーンが高くなっていく。トーンが高まるのに比例して、周りの振動も激しくなっていく。ガラスを釘で引っ掻くような、思わず耳をふさぎたく様な不愉快で耳障りな鳴き声が響き渡ると共に、重い衝撃波が地面を抉りながら俺に襲いかかってきた。


「ぐあっ……!」


 不意の衝撃に避けることも出来ず、俺は衝撃波を正面から受けて、吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えた。土煙で視界は真っ暗になった。

 ようやく視界が晴れた時には、使い魔は既に地面を離れその巨体をはるか上空に浮かびあがらせていた。切っ先を俺に向け、見降ろしているように見える。俺は奴の攻撃に備え、急いで構え直した。しかし、使い魔は身をよじらせて、嘲笑するかのような金切り声を上げると、俺の存在を無視するかのように、身体の向きを変えてどこかへと飛び去って行った。

 体内にジュエルを隠しているアルを攫ったことで、ジュエルを奪うという使い魔の目標は達成している。それ以上に使い魔に判断できる能力は無い筈だ。それなのに、主の元に帰らずどこに向かおうというのか。


「あの方向……。小倉さんか?」


 俺は頭に過った思いつきを口にすると、身体から血の気が引くのを感じた。直感だが使い魔が結界から逃げださない理由はそれしか思い浮かばない。俺は翼を広げ、全速力で使い魔の後を追った。

 おそらく、小倉はジュエルと似た魔力を持っていて、使い魔もそれに反応しているのだろう。一旦は引いた汗が再び吹き出し始めたが、全速力で飛んでいるからだけではなかった。

 小倉に特別な力があることはわかっていたが、ここまで強大で危険だとは予想もしていなかった。どういう条件で力が発動するのかは後で考えるとしても、ジュエルの力を引き出す力があるなら、小倉が敵の手に落ちた場合、それは俺達の敗北を意味するのではないだろうか。


「くそ……!」


 俺は渾身の力を振り絞って使い魔の後ろ姿を捉えたものの、唸りを立てて猛進する使い魔との距離をどうしても縮められないでいた。

 結界を利用した攻撃も試みたが何の反応も無い。どうやら、この世界の主導権も小倉に移ってしまったようだった。

 その内、使い魔が向かうはるか先に、金色の光が輝いているのが見えてきた。魔眼を使わなくても、この強大な力の主が小倉のものだとわかっている。やがて、肉眼で小倉を確認できる距離まで迫っている。小倉は無表情のまま、意志を感じさせない暗い目でこちらを見上げていた。近くに腰でも抜かしたのか、尻もちを着いて座り込んでいる井上の姿があった。

「やっぱり、小倉さんが狙いなのか」

 その時、急に使い魔がブレーキを掛けるようにして立ち止まった。

 ゆらりと触手数本がうごめいている。

 小倉を捕縛するつもりだったのだろうが、狙いを定めて触手を使用する場合には、一旦止まるという使い魔の悪癖が俺にとって有利となった。僅かな隙だが俺には充分な隙だった。


「させるかよ!」


 俺は使い魔との距離を一気に詰めた。

 触手を放たれようとした瞬間だった。

 俺は使い魔の胴体にあたる刀身部分に〝ラストライド〟を叩き込んだ。

 俺の勢いと〝ラストライド〟による衝撃に圧されて使い魔の身体が吹き飛び、野花が咲き誇る緑豊かな大地へと叩きつけられる。制限された魔力程度で大したダメージがあるとも思えないが、間に合っただけでも充分だ。

 もうもうと濃い霧のような土煙が高く空に舞う中、俺は間合いに気を付けながら小倉と使い魔との対角線上に降り立った。守護者ガーディアンとなった俺の姿を見ても小倉は何の反応も示さず、金色の光に包まれながら焦点の合わない眼で宙一点を見つめている。

 すると、ふっと突然、光が消失し小倉は膝から崩れ落ちて草原に埋もれるようにして倒れ込んでしまった。


「……小倉さん!」

「ギ、ギギギギ……」


 小倉のところへ向かおうとした俺を制止するかのように、煙の中から金属同士を擦り合わせたような使い魔の唸り声が聞こえてくる。

 俺一人だけならここで様子見をするところだが、小倉との距離は僅か数百メートル。この距離で本格的に戦闘を続ければ小倉にも被害が及ぶ。少しでも小倉から離れさせようと俺は使い魔との間合いを詰めようとした。

 だが、そこで俺の心に焦りが生じていたのだろう。煙の中から繰り出された触手攻撃に対する反応が一瞬遅れた。一撃目は何とか避けたもののバランスを崩し、二撃目の触手が俺の身体を薙ぎ払った。凄まじい衝撃に息がつまり全身が砕けるような激痛が襲った。俺は地面に叩きつけられ、上体を起こしたまではいいがそれ以上身体に力が入らず立ち上がることができない。


「くそ……なんだよ、これ……!」


 打撲による痛みだけでない。下半身に痺れが生じてピクリとも動かない。


「くそ……!くそ……!」


 すっかりと煙は晴れると、僅かに浮遊した状態で使い魔が俺を傲然と見下ろしている。

 ゆらゆらと二本の触手を揺らし、俺にターゲットを絞っているようだった。

 揺れている巨大な触手が俺の身体を跡形もなく押し潰すのだろう。

 そんな光景を想像してしまい、俺は恐怖に喰われまいと、目の前の使い魔も残された家族のことも友達のことも忘れてしまい、発狂してしまいそうになっている自分自身と闘っていた。

 俺は最後の抵抗として使い魔を必死で睨みつけていた。

 もう、それしか出来ない。

 使い魔も勝利を確信したのだろう。余裕を持った動きはひどく緩慢に思えた。

 触手の動きが止まり、シュシュッと小さな音を立てながら迫る二本の触手が俺に襲いかかってきても、その動きは実に良く見えた。いつもなら簡単にかわせてしまいそうな攻撃を俺にはどうすることもできず、俺の身体を押し潰すのを待つしか出来ないでいた。

 ……ここまでか。

 だが、触手が俺の身体に到達しようとする瞬間、電流のような衝撃が大気を揺らし、使い魔の触手を跳ね返していた。使い魔が金切り声を上げて絶叫し、慌てて上空に逃げ去っていく。

 俺の目の前に、銀色の長い髪をたなびかせる女の後姿があった。


「相沢……?」


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