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誕生日祝い

 期末テストが終了し、俺はテスト最終日に誕生日を迎えて一七歳となっていた。去年は桜が発案して、大型ショッピングモールのファミリーレストランで祝ってくれたものだが、今年は桜に海外から来客が訪れたとかで、その相手をしなければならなくなったのと、坪井は自身の失恋がまだ尾を引いてしまい、テストの手ごたえも芳しいものではなかったらしい。特にこれといったイベントが行われることはなかった。

 ただ、桜は「その代りといっちゃなんだけど」と言って、試験最終日の放課後、桜が俺の教室にやってきて、照れた顔つきで俺に小箱を手渡してきた。

「マルコシ」と記名された包装紙に青いリボンが付けられている。

 どこかで見覚えのある大きさの箱だとおもいながら中を開くと、以前、相沢から貰った同じ木製の箱に、黒塗りの万年筆が丁寧に納められていた。あまりの高級感に圧倒され、値段も聞けなかったが、万は軽く超えそうな雰囲気を醸し出している。


「七海も良いボールペンを使っているけどさ。万年筆みたいに一本くらいは、大人っぽい文房具を持っていたほうがいいよ。背伸びかもしれないけど、空手でもね。帯に実力を合わせるとか言うし」


 桜とのそんなやりとりを相沢に話すと、電話口の相沢は急に押し黙った。

 その日の夜、親父が料理教室で習ったと言う手作りケーキを食べ終わると、それをみこしたかのように相沢が新しい魔法が完成したと自宅へと電話をしてきた。親父が始めに応対して警戒したせいか、その新魔法に関しては数分の短いやりとりで終了し、しばらくの間よもやま話が続いていた。その中で、小倉の近況に続いて、今日の桜との話が出たのだ。

 俺としては、偶然が重なった笑い話のつもりだったのだが、しばらく無言の後でふうんと底冷えのするような、ひどく冷淡な口調で相沢の声が受話器の奥から伝わってきた。こんな声を聞くのは初めて会った日以来だなと思いつつ、どうしたのと尋ねた。


 〝別に。良かったじゃない、万年筆〟

「相沢……。もしかして、怒っている?」

 〝怒ってないわよ。私こそ子どもっぽいプレゼントして悪かったわね〟


 一見、相沢は平静を装うように喋ってはいるが、怒っているのはわずかに震える声で伝わってくる。


「いや、そういうつもりで言ったわけじゃなくてさ。気に障ったなら謝るよ」


 いいのよ、誕生日おめでとうと突き放すように言うと、俺に答える隙も与えず、ぷつっと糸を切るように音が途切れた。

 最近、戦闘での連携も強化され、二人な使い魔も楽勝で倒せるようになっていたし、先日の公園で話し合ってから、お互いに絆や友情にも似た感情が芽生えたと思っていたのだが、それでも今夜のようにちょっとした軽口が不和を招いてしまう。水をさしてしまったかなと悔いが残った。


「女の子を怒らせるなよ」


 受話器をぼんやりと眺めていた俺に、それまで新聞を読んでいた親父が背中越しに言った。

 携帯電話は大学生か社会人になってからという親父の教育方針で、俺は携帯電話を持っておらず、固定電話だけなので話せる場所は電話が設置されている居間しかない。

 もちろん親父が不在となっている時間帯を見計らってはいるのだが、それでも今日のような場合もある。電話線を引っ張って玄関のかまちまで移動し、声も抑え気味にして会話をするしかないのだけれど、狭い家なので、会話の内容は親父の耳まで届いてくるらしい。


「……人の会話を盗み聞きしてんなよ」

「相沢さんて、プレゼントを貰った子だろう?お前の考えがどうなのか知らないが、他の子を引き合いに出すのは失礼だぞ」

「……うるさいな」


 俺は電話を元の場所に戻しつつ、ふてくさ気味にテレビの音量を戻した。だけど、テレビから流れる映像や音も、悔いや苛立ちのせいか何も入ってこない。苦々しく重苦しい気分が治まらず、俺は無言で立ち上がって自室に戻ろうとした。

 七海と親父が俺を呼びとめた


「今夜はもう遅いから、明日、きちんと謝っておけよ」

「……おやすみ」


 俺は親父の助言には答えず、挨拶だけして自室に戻った。まだ就寝には早すぎる時間だが、部屋に引きこもっていたい気分だった。

 部屋に戻ると、化粧に使うコンパクト様の鏡の台をいじっていたアルが、自分で作ったらしい針のような道具を持つ手を休めた。


『相沢の電話は何だって?』

「新しい魔法が完成したんだってさ」


 ほおと、アルは興味深そうに身体ごと俺に向きを変えた。俺は無造作に本棚から一冊の漫画の単行本を取り出した。


『どんな魔法だ?』

「親父が始めに出たから、ほとんど触れてない。そのうち教えてくれると思うけど……」

『何かあったのか?』


 ふてくされて漫画片手に寝ころんでいる俺の様子に不審を感じたのだろう。こちらをじっと見つめている。説明するのも面倒で、気付かないふりをしていた。しばらくの間、アルの視線を感じていたが、そのうち諦めたようにアルは作業に戻った。


「アル。さっきから何をやってんの?」


 昨日の晩から、アルはどこかで拾ってきた化粧コンパクトの中身を空け、これまたどこかで拾ってきた導線や盤をいれて針みたいなもので突っついている。


『魔法の鏡を作っている。ジャム王女と通信するための道具だ。王女自ら作った結界に入り込むのは容易ではないが……。こっちで近い材料を集めて何とか形にはなった。これが完成すれば結界の中におられる王女と話すことができる。王女はまだ若いが強大な魔力を持った御方だ。必ず良い方法を考えて下さるはずだ』


 アルが仕えていたモンブラウ公国の王家は代々魔導士の家系で、王となる者はいずれも強大な魔力を持っているのだという。ジャム王女は我々と比較にならない魔力の持ち主だとアルは語った。


「そんなに強い王女さんなら、敵なんてあっという間に倒せたんじゃないのか?」

『ジャム王女は優しい御方だ。それだけに自分の力を恐れておられた。強すぎてコントロールしきれないのだ。そこを敵につかれた』


 アルとシオンさんは王女からジュエルを託されこの世界に逃れて来たのは、モンブラウ公国でジュエルの力を獲ようと大臣が反乱を起したからだった。王と王妃が殺され、王女も敵の手にかかる寸前に自らを結界内に封印したのだった。

 当時を思い出したらしく、アルは言葉の端から悔しさを滲みだすように話ながらも、手にした針をちくちくと動かしていた。アルの針はおそらく魔法で精製したものだろう。針のさきから熱をもった光がほとばしり回線と盤を接続している。

 俺たちが守っているジュエルは、王家の祖である魔導士が竜の瞳の水晶体から取り出したもので、これには天地の理を変えるほどの巨大な魔力が封印されているらしい。


「ジュエルの力て、こっちでいう核兵器みたいなものなんだろ?しかも王家の人間しかあつかえないとか。そんなものでも欲しがる奴いるんだな」

『あれば力を周囲に誇示できる。その力を恐れて従う人間も出てくる』

「……くだらねえな」

『くだらんと言えばくだらんが、どの世界でも変わらんよ。ミカやベリもそうだ。井上みたいなあの不良だって、親の庇護を受けながらチンケな力を誇示しているだろう?あの程度でも腰ぎんちゃくがちゃんとついてくる』


 俺には力の誇示というより反吐を撒き散らしているだけにしか思えないが、井上本人にしてみれば、反吐を撒き散らして周囲の悲鳴を聞き、怯えているのは自分の力だと思い込んでいるのかもしれない。

 俺がそんなことを言うとアルはそうだなと魔法の鏡に目を落としながら言った。


『ほとんどの人間は良心や常識によって自分の行動を押し留めようとする。だが、錯覚している連中はどこにでも確実に存在する。だが、ほんのわずかの奴らのために誰かが反吐を浴びせられているんだ。〝女子と小人は養い難し〟だったかな?』

「……」

『そんな奴らに気がつかなかった俺も程度が知れるが……』


 アルは沈んだ声で鼻を鳴らしたが、その口調はどこか自嘲混じりに聞こえた。

 モンブラウ公国は内乱が起きるまで、小さいながらも魔法科学と林業で知られた平和な国だったという。そんな国を崩壊させた大臣への怒りや恨みを抱きつつも、話をしているうちに国や王家を守れなかった自分の不甲斐なさへと変わっているようだった。

 これ以上、この話を続けても仕方が無いと思い、俺は話題を変えてみることにした。


「そういえばさ、ジャム王女てどんな子? 可愛い?」


 不敬だぞといつもの小言を呟いてから、アルは聡明でおしとやかな方だと言った。

『私とシオンが教育係をしていたのだが、意外と気の強く行動的な一面を持っておられる。授業中でも私や従者が目を離した隙に、お一人で天馬に乗って宮殿を抜けだしてしまう。その度に我々が連れ戻しに行くのだが、何度も困らされたものだ』


 アルは手を止めて深いため息をついた。

 おしとやかと言いながらも愚痴に熱がこもっているのは、実際はかなりのお転婆な性格で、よほどその王女に困らされたことが多いのだろう。

 ただ、俺はどちらかというと王女の方に同情を向けていた。

 普段、この説教臭いアルと接していて思うのだが、こいつが授業なんかやったら、おそらく退屈だろうし逃げだしたくもなるに違いない。

 ジュエルを託すくらいだから、なんだかんだで信頼している証なんだろうが、平和になって以前の関係に戻ったら、やっぱり王女も鬱陶しく思うのかなと少々いじわるな想像をしてみる。


「それで、その魔法の鏡てやつは完成までどれくらい掛かりそうなの?」

『早くても数カ月……いや、半年かもな』

「半年も?」

『これはただの道具じゃない。この世界と王女がいる結界を繋げる偉大な装置だからな。手間も時間も掛かる』

「頼りない話だな」

『敵の正体がわかるよりもゴールが見えているだろ』

「……」


 以前、俺に辛抱だ、踏ん張れと励ました言葉がやけに頼り無いものに感じてきた。

 幾分呆れた気持ちもあって、俺は話を打ち切って漫画に目を落とした。

 それからどれくらい時間が経ったのか、俺は漫画から小説に切り替えアルは作業に没頭していると、窓の外からコツコツと乾いた音がする。裏庭の窓からだ。始めはエアコンの風か何かが叩いているのかと思ったが、窓の外に人影のようなものがちらりと映り誰かが窓をそっと叩いている。

 なんだろうと俺は警戒しながら窓に近寄って慎重な手つきで開けた。


「……?」


 人影はなく、窓から顔を出そうとすると暗闇からぬっと白い腕が伸び、避ける間もなく俺は胸元を掴まれたかと思うと、そのまま一気に腰の部分まで引きずり出された。見た目は細腕なのにえらい馬鹿力のせいで喉が絞められ息が詰まり、一瞬、意識が遠のいた。


「らしくないわね」


 聞き慣れた声と、アルが『相沢』と驚きの声が同時に耳へと届き、薄眼を開けると目の前に立っていたのは、ついさっきまで電話で話していたはずの相沢だった。「守護者ガーディアン」に変身している。

 相沢は薄笑いを浮かべたかと思うと、俺の胸倉からスッと手を離した。その拍子に俺の身体は窓枠から地面へと、危うくずり落ちそうになった必死でこらえた。背筋をフル稼働させてから、やっとの思いで身体を室内へと戻すと、澄ました表情の相沢と目が合った。


「お疲れ様。そこからよく落ちなかったわね」

「おま……。いつからここに……?」

「新しい魔法が使えるようになったて言ったでしょ?さっきは話がちゃんと出来なかったから、それのお披露目に来たのよ」


 相沢がそう言うと、相沢の後ろからシオンさんが夜分遅くに済まんなとひょっこりと顔を出した。


『空間転移の呪文。試用も兼ねて使ってみたんだ』


 移動手段にはなかなか便利だぞと、シオンさんが説明を始めた。

 シオンさんの説明はご丁寧に難しい数式を用いたり、異世界での専門用語も多く混ぜるし、アルと同様に衒学趣味があって横道にそれがちになる。内容があまり理解できなかったし、それほど面白い話でも無いので詳細は省くが、大まかに説明すると〝魔眼″と併用することで対象の位置と周囲の状況が特定できれば、今まで行ったことのない場所でも転移が可能だという。中級魔法に属するので印を結ぶだけで長い詠唱も必要ないという。


「欠点は呪文に集中して、無防備な状態になるところだな。戦闘中は危険で使えない」


 シオンさんの説明が終わると、相沢がじゃあ帰るわねと言い右目に魔眼を浮かべた。


「え、もう帰るの?」


 大袈裟なシチュエーションで登場したわりに、大した発言もせずにあっさりと引き上げようとする相沢に思わず呆気にとられた。


「お披露目に来ただけと言ったでしょ?夜も遅いし、長居するつもりは最初から無いわよ。それに……」

「それに?」

「雨が降ってきたし」


 相沢は静かに空を見上げた。俺も暗い夜空を見上げると、確かに周りの草木や屋根から、細かく小さく弾くような乾いた音が聞こえてくる。相沢の呟く声に気がついて顔を戻すと、相沢の身体の周りが輝き始めた。

 俺は相沢と慌てて声を掛けた。


「……何?」

「相沢。さっきはごめん。お前が一生懸命考えて選んでくれたのにな。軽率だった」


 俺は済まんと言って頭を下げた。


「いいのよ。さっき胸倉掴んだところで気は晴れたしね。それに私も、短気だったかなて思ったから」

「……」

「じゃあね。おやすみ」

「ああ。おやすみ」

「……七海君」

「何?」

「誕生日、おめでとう」


 そう言って相沢は優しく微笑んだ。その時の笑顔をどんな言葉を使って表現したら良いのだろう。心の奥底にまで沁みるような素敵な笑顔で、どういうわけか学校の屋上で見上げる青く澄んだ大空を思い出していた。


「相沢……」


 相沢は笑みを浮かべたまま、祈るような仕草を見せると、やがてシオンさんとともに身体が眩しい光に包まれ、粒子となって消えていった。 

 辺りが静けさを取り戻すと、本格的に振り始めた大粒の雨とカエルの鳴き声が騒々しく響いている。

『久しぶりに〝相沢奈緒〟に会った気がするな』

 窓枠に腰掛けていたアルは、ぼそりと呟いて部屋へと戻って行った。俺は窓に佇み闇が深まった庭をぼんやりと眺めていた。


「そういや、相沢のああいう顔、俺は初めてかな。いつも俺には無愛想な印象だし」


 外から見れば呆けたように見えるのかもしれないが、俺の中では熱く強烈な何かが感情を突き動かしていた。この感情の昂ぶりは何なのだろう。その正体が分からないままだったが、それは不愉快なものではなく、去り際に見せた相沢の笑顔は、温かさを保ったまま俺の中に残っていた。


『あいつは辛いことが多く、いつもやせ我慢しているからな。お前に会って、緊張しているのを隠したいから、余計に無愛想な態度となる』

「俺に緊張? なんでだよ」

『気づいてないのか?』


 俺は何かおかしなことを言ったらしい。俺がアルに振りかえると、アルのビーズで作られた瞳の視線とぶつかった。声の響きと雰囲気からして驚いているように思えた。だけど、俺にはきづいてないのかというアルの台詞のほうがおかしい。おかしいけど、もしかしてだけど……。


「なにが?」


 突如、俺はある憶測に駆られながら、心臓の鼓動が急速に早く鳴るのを感じながら、精一杯アルに聞いてみた。アルはじっと俺の顔を見つめていたが、やがて小さく首を振った。


『お前と会う時はいつも使い魔との戦闘ばかりだろ。命がけのやりとりに関わることばかりなんだから、緊張するのは当たり前じゃないか』


 アルは糸で形作られた口を通して静かに語った。

 言い分はもっともで、もしかしたら相沢が俺に好意を持っているんじゃないかと、一瞬期待してしまったことが恥ずかしくてたまらない。

 変なこと口に出さなくて良かったあ。


「……それなら、今日みたいに愛想良く接してほしいよな。余り無愛想だから、嫌われているのかと思っちまった」


 俺はできるだけおどけた口調に努めていたが、最後のところで声が震えた。


『嫌っちゃいない。もう少し落ち着けば、もっと見せるようになるさ』


 俺の声の震えに気づかなかったのか、あるいは流したのかはわからなかったが魔法の鏡に顔を戻すと、その姿勢のまま虫が入るからそろそろ窓を締めろとだけ背を向けたまま言った。

 窓を締めて時計に目を向けると、いつの間にか今日という日が過ぎている。

 思い返してみれば、今日は桜から立派な万年筆をプレゼントしてもらった。親父のだが美味いケーキだって食べられた。相沢には一度はキレられたけど仲直りして、普段、俺に見せない笑顔を見ることが出来た。それに、今日は使い魔と闘わずに済んだ。

 まあ、色々とドタバタしたけれど、良い誕生日だったよな。

 俺は敷いた布団に寝転んで天井を見上げながら、弾むような気持ちがつい鼻歌になって漏れていた。


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