災いはいつも突然に
雲雀の騒々しい鳴き声に誘われてそっと目を開くと、空の彼方へ向かって小さな羽根を精一杯使い、舞いあがっていく姿が視界に映った。
俺は学校の屋上で一人、大の字になってぼんやりと雲雀の姿を見送りながら寝ころんでいたが、やがて、その姿は陽の光に遮られて見えなくなっていく
今日はとても良い天気で、穏やかに照らす陽の光も、僅かに冷たさを含んだそよ風も心地良い。
『……七海。黒澤七海』
耳元からささやく声がする。どっしりとした重厚感のある男の声だった。
「なんだよ。アル。良い気分で寝てんのに」
『寝ているところ悪いがな。〝使い魔″がでたぞ』
「マジで?」
せっかくの昼寝が台無しだ。
俺は舌打ちしながら起き上がった。
そして声のする方、コンクリート製の床へと視線を落とすと、そこには兎を象ったぬいぐるみのキーホルダーが二本足でちょこんと立っていて俺を見上げている。
そのキーホルダーが光に包まれ、ふわりと宙に浮かびあがった。
〝使い魔″とは魔法で作られ、主の命令で動く魔法生物のことだ。
ゴーレムとかガーゴイルみたいなものだと言えば、ああ、あれかとイメージする人もいるかもしれない。弱点もゴーレムと同じで、使い魔の身体の一部に刻印された文字を削ればその活動を停止する。
梵字に似て、ミミズがのたくったような異世界独特の文字だから、何と書いていいのかよくわからないけれど、〝名前〟という意味があるらしい。
『嘘なんかついてどうする。今度の使い魔は、結構パワーがでかいぞ。北の方……。弥生町だな』
アルはその小さな身体を弥生町へと向け、目を凝らすように言った。アルの身体は布で作られた人形だから表情を変える事が出来ないので、目を凝らすような雰囲気が伝わってくるだけだが。
弥生町はここから十数キロ先の町で、この辺りの町よりもずっと発展していて人口も多い。我が神林高校の生徒がよく遊びにいく町でもある。
「面倒だなあ。次の授業までに間に合うかな?」
面倒とは何ごとだと小言を呟いてから、アルはそのまま言葉を続けた。
『向こうの結界に入るから問題ないだろう。結界内の数時間はこちらの数分にも満たない。それよりも油断するな。集中しろ。前の戦闘だってお前は……』
「わかった、わかったよ」
俺は団扇のように手を扇いで、アルの説教を遮るとのっそりと立ち上がった。説教や小言が多いのが、このアルというぬいぐるみの癖だった。元の世界では教育係を務めていたというが、この口やかましさは確かにと納得できるものがある。
このぬいぐるみの本名はアルフレッド・フォン・ヴィッテンブルグ公爵という舌を噛みそうな立派な名前と爵位を持っていた。始めはアルフレッドと正式に呼べとか公爵にしろとやかましく言ってきたが、面倒なので俺はそれを無視しアルで通している。
それがこのウサギのぬいぐるみには不満らしく、この世界では序列に対する意識や年長者に敬意や権威が軽視されすぎていると時折ぼやく。
「それじゃあ、ちょっと行って来ますか」
俺は天に向かって右手を掲げ、手のひらを目一杯広げた。この変身ポーズは好きなんだけどなあと空を見上げたまま思った。
「何をぼんやりしているんだ。お前は」
早く変身しろと急かすようにアルが言う。
わかっているよと俺は舌打ちをして変身の呪文を唱えた。
「〝ジュエル・フォース〟!」
変身の呪文を空に向かって叫ぶと、風が巻き起こり、光が俺の身体を包み込む。髪は銀色に変色し、身にまとっていた制服が粒子のように消え去った。
代わりに紅をベースに彩られた大仰なデザインをした衣服が現れる。
中世の法衣を連想させるがもっと機能的で、その戦闘服をアルは〝魔闘衣〟と呼んでいる。俺の肉体も髪の毛や爪が細胞レベルまでが変化し、俺この世界のものからアルが住んでいた異世界の肉体へと変化していた。
「さて、行きますかね」
と俺は右手の人差し指で、素早く文字や円を宙にくねくねと描いた。すると、文字や円は光となって、その光は俺の手元で金色に輝く杖となって形成してされてゆく。
杖の頭には天使の羽やハート型のアクセサリ、王冠といった装飾が派手に施されている。
アルが仕えていた王家に代々伝わる魔法の杖で〝王家の杖″と呼ばれているが、デザインは少女趣味な感じがして、正直俺には合わない。
俺は杖を手に取ると、背中から飛行機の翼にも似た光の翼をのばした。
その翼の長さは両腕を広げたよりも少し長いくらいで、銀色に光り輝いている。一つ扇げば俺の身体が地面から離れ、もう一つ扇げば上空へと空高く舞った。
上空に飛び上ると、俺は右目の瞳に魔法陣の紋様を浮かび上がらせた。
〝魔眼″と呼ばれる魔法の一種で、これで対象の気配や魔力を察知し、居場所を突きとめ、または相手の力の大きさを量ることなどができる。この場合、千里眼と言えば一番イメージに近いのかな。
俺が生身の身体でも使える数少ない魔法のひとつだし、色々と応用が利いて、日常生活にも役立つでも便利な魔法ではあるが、この戦いが何年も続いている事実が示すように万能ではなく、能力にも限界があった。
『もう一度言うが、集中だぞ。集中。お前は調子に乗るといつも集中を切らす。以前も……』
傍らでアルがまた小言を繰り返そうとするので、わあってらいと俺は叫んで遮った。
こいつはいつもこうだ。
「アルも俺から振り落とされて、身体の中のジュエルを落とすなよ?」
『お前な……』
色をなして反論しようとするアルにその隙を与えず、俺は一直線で弥生町へと向かった。魔眼に映る弥生町では、直径数キロに渡り、半球状の暗い闇が町を覆っている。
使い魔が張る結界が見えて来た。魔眼にはどす黒い瘴気が結界から漂っている。その中では使い魔が人間を捉えて主のためにエネルギーを吸収しているはずだ。
「……いくぞ!」
俺が杖に力を込めると、杖の先から魔力が炎のように吹き荒れ、それはなぎなたのように巨大な刃を形成してゆく。
結界が目前に迫ると俺は杖を握り直して振り被り、紅の刃を思いっきり叩きつけた。
紅蓮の刃は行く手を遮る壁を打ち破り、俺はアルとともに結界内へ侵入した。
眼下に黒い影が蠢いているのが見える。
それは軽自動車に憑依した使い魔のようで、細長い手を振り回しながら、半球状の空間を勢いよく疾走している。使い魔の手には、女性がひとり気絶したまま捕らえられている。
『さて、どうする』
「とにかく、やつの足を止めなきゃダメだ」
王家の杖を魔法陣の中に収納すると、俺は両手にエネルギーを集中させた。赤々とした光の塊が手の内側から生まれ、膨大な熱量が光の塊から放たれる。
『お、おい待て。ここは慎重に……』
「先手必勝だよ!」
俺は翼を広げて、使い魔へと突進した。
「いっぞおおおお!!! 必殺の〝ラストライド〟!!!」




