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東学園文学部!  作者: 六花つづる
お前の文章は駄文すぎる。
4/4

脅迫と歓迎

教科書とにらみ合う時間に終わりを告げる鐘が、全校舎内に響いた。そのかねが合図のように、数分の間でわらわらと人々が教室を離れる。

今や2-Fのパネルを掲げた室内には、熟睡中の無気力男子と、転校一日目の泉、この二人しかいなくなった。

泉はそっと後ろの席を見やる。いつの間にか一層ひどくなった寝癖が、彼の無気力さを際立たせていた。

彼のことを同級生たちに注意されてから、泉はそれが事実かどうか気になって、授業中や休み時間に幾度かこっそり後ろを振り向いてみたのだ。

それでわかったのが、藍川くんは寝入り始めた姿勢を崩さず、本当に一日中目を開けないということだった。

泉は同級生たちの言葉が誇張されていないのに驚き、また、この藍川くんという人物の奇特さにも驚いた。

そしてその驚きは、もうひとつの忠告の真偽を確かめたいという好奇心に変わってしまう。


(はっ!だ、駄目駄目!何考えてるの!)

しかし、寸でのところで欲望を遮る。そんな危険な冒険はしたくない。否、してはダメだ。

同級生たちが語る、もうひとりの要注意人物の特徴は、極めてわかりやすかった。

赤髪に黄色の瞳、鋭く尖った八重歯。そして両耳には漆黒のピアス。

外見からして明らかに目立っている。本気で彼を探し出したいのであれば、きっとすぐに見つけることができるだろう。


(・・・だからといって、探し出そうなんて思ってないよ、うん。そんなリスクの高いこと、考えるわけ無いよね)


泉はそっと席を立つ。そして、鞄の中から何十枚かの原稿用紙を取り出した。

一言で言ってしまえば、それは泉の自作小説である。彼女は最近、文学に興味を持ち始めたのだ。

著作は初めての泉だが、この作品は彼女の自信作といってもいい。いずれはこの原稿で文学賞を取りたい。そんなことも思っている。


(図書室でこれの続きを書こうかな。終わったら数学の問題集でも解き始めてみよう)


背後で眠る寝癖男子を起こさないようそっと移動して、泉は図書室を目指し教室をあとにした。


***


結果から言うと。


(うーん、見つからないな・・・どこだろう?)


がらんとした廊下を渡りながら、泉は一人苦悶した。廊下を出てからずっと周囲に目を張っているのにも関わらず、肝心の”探し物”が見つからない。

そして”探し物”は図書室ではなかった。なぜなら彼女は探すことに夢中で、自分が図書室のすぐそばを横切ったことにも気づいていなかったのだから。


(赤髪に黄色い瞳、だったよね・・・。絶対に見つかるって思ったのに、校舎が広いから意外と見つからないなあ)


言わずもがな、彼女は例の不良を探していた。好奇心というものは実に恐ろしい。

近づいていけないと再三注意されても、会ってみたいと思ってしまう。

いや、逆に忠告されたからこそ興味を持つのかもしれない。

よく禁止されることほどやりたがる悪餓鬼の思考も、きっとこの心理と大差ないだろう。


しかし、私立ということだけあって学園はものすごく広い。

原稿を抱えたまま歩き続けること十何分。泉はそろそろ人探しに疲れを感じていた。

意地を張って探さなくても、噂の不良さんはこの学園の生徒である以上、いつかは見つけることができるはずだ。

とりあえず人が怖がって避けるところへいけば大体会えるだろう。ならば明日からでも、明後日からでも遅くはない。とりあえず今日は日が暮れ始めたから、おとなしく図書室に寄って原稿の続きを書こう。

そう考え直して、泉はくるりと踵を返した。

図書室に向かうために先ほど通った廊下の角を曲がる。

しかし、曲がる前に、角のもう一方から突然現れた何かにぶつかってしまった。そのはずみで思わず泉は尻餅をつく。突然のことに驚いて思わず目を瞑ってしまったが、目を開けて確かめなくても、手に抱えていた原稿が地面に派手に散らばってしまったことは知ることができた。


「いたっ・・・!」

尻餅をついた反動で思わず叫んでしまった泉に。そんな彼女に、おそらくぶつかった相手であろう男の声が上から響く。


「うわっ!?・・・っと、なんだよお前?ちゃんと前見て歩けよ、危ねえだろーが!」

ぶつかった瞬間には間抜けな声を出していたが、泉が尻餅を搗くとほぼ同時に、ドスの利いた声で男は注意してくる。まるで恐怖感を煽ぐチンピラのようだ、と彼女は思った。

その割に言っているセリフにあまり迫力を感じないのはなぜだろう。まるでこちらの心配をしているかのような素振りだ。


「ごめんなさい、考え事をしてて・・・怪我はありませんか」

謝りながら立ち上がり、泉は男の顔を見る。きちんと相手の顔を見てもう一度謝るつもりだった。

しかし、それは叶わなかった。男の顔を見て彼女は思わず息を呑んだ。


目の前にいる男は、一度見たら忘れない、燃えるような赤色の髪を持っていた。狐のように光る黄金色の瞳、つややかな黒をしたイヤーロブ、そして着崩した服装。


それはもう、どこからどう見ても・・・

「あ?怪我なんてするわけねえだろ。女がぶつかってきただけで痛がるなんてありえねえ。笑い話だろ」


男はそうため息をつく。思わず泉は、思っていたことを素直に男に聞いた。


「あの!もしかして貴方、噂の不良さんですか!?」


「・・・はあ!?」

しまった。思わず不良と言ってしまった。目の前の男は訝しげに眉を寄せている。

慌てて泉は言い直した。


「不良さんではなくて!えっと、あの・・・!」

言いかけて泉は気づく。彼女が不良さんとずっと繰り返し覚えていたせいで、彼の肝心の名前を忘れてしまったことに。なんということだろう。

それでも彼女は必死に思い出そうと努力する。けれどどう足掻いても名前が出てこない。

男は泉の今の状況を理解したのか、訝しげな表情はそのままに口を開いた。


「堀 友馬。お前見ない顔だな、転入生か?」

「は、はい!山吹です!2-Fに入りました!同じクラスですよね?」

「まあな」


男ー友馬はさほど興味がないように視線を逸らせる。彼の視線は泉から、床に散らばる原稿用紙へと向けられた。


「お前、自作小説やってんのか?」

「あ、そ、そうです!始めたばかりなんですけど結構自信作で!」

「へえ」


泉のちぐはぐな説明を気にせず、友馬は原稿用紙を睨みながら、ここではじめて興味を持ったというように眉を吊り上げた。

そして彼は座り込み、散らばったそれらを拾い始める。拾うの手伝ってくれてるんだ、と悟った泉は、噂の人物に出会ったことにまだ驚いていて、拾う動作もおろおろとしていた。


(拾ってくれるなんて・・・意外といい人なのかな?)


思わずまじまじと隣の不良じみた男子をみつめる。服装は確かに危なっかしい感じだったけれど、なんだか中身は悪い人じゃないかも、と泉は少し警戒心を緩めた。

しかし、その単純な思考はすぐに仇となって帰っくる。


「なんなんだよ、これ・・・・」

原稿用紙を睨みつけていた友馬は、ふと怒りのこもったような声を上げた。その声に泉はびくりとする。

先ほどのわざと出しているようなドスのきいた声とは違って、今度の声は本当に怒気がこもっている。そう感じたからだ。

友馬は床に残っている原稿用紙を乱暴に鷲掴む。そしてそれを、未だ状況をつかめない泉へと押し付けた。


「え・・・?ありがとうございます?」

「お前、それが本当に自信作なのか?」

「う、うん・・・そうだけど・・」


友馬ははあっ、と息をついた。彼はガシガシと自分の髪を掻く。まるで何かに悩んでいるようだった。しかしその直後、意を決したようにズボンのポケットから乱雑に丸めた紙を引っ張り出した。


「いいか、転入生」

彼は胸元ポケットに収めてあるボールペンを取り出し、しわくちゃになった紙に何かを書き始めた。


「文章力の欠如、情景描写と心理描写の不足、読む気を剃るストーリー構成、そしてキャラクターの薄っぺらさ・・・」

書きながら、彼は不愉快そうにつぶやきはじめる。

泉はそれをオロオロと見ているしかなかったが、友馬のつぶやきが自分に向けられていることはだいたい感づいていた。

ボールペンの動きが止まる。しわくちゃな紙は、ごく当然のように泉へと差し出された。


「お前の文章は完璧な駄文だった」


未だ怒りを潜めた口調で彼は言う。


「午後六時、別館二階の社会科室に来い。・・・来なかったら、わかるよな?」


何が起こるかは分からないが、なんだかここは同調しといたほうがよさそうだ。

本能がそう自分に語りかけているのがわかる。

そのただならぬ気迫に、泉はわけもわからずただ頷くしかなかった。

じゃあ、待ってっから。そう言って去った不良の背中。

泉は疑問符ばかりが浮かび上がる頭を整理しようと、手に持っている原稿用紙と、不良に渡されたしわくちゃの紙を見つめた。


原稿用紙にはもちろん泉の小説が緩やかに丸みを帯びた文字で書かれている。

小説のタイトルは「A子とB男」。いかにも面白そうで興味を引かれる題目ではないか。

泉はひとり苦悶する。この題目ほど素晴らしいものはない!という自身さえ持っていたのに、なぜか

全否定をされてしまった。

では内容が駄目なのか?読み返してみても別に変なところは見つからない。

あの不良さんは一体何に対して不満だったのだろう。泉は原稿用紙から、もう一枚の紙へと視線を向ける。

そして、気づく。

しわくちゃの紙には、殴り書きのわりには綺麗な「文学部」という黒字が、「入部届」とコピーされた文字の下にでかでかと書き下ろされていたことに―――







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