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東学園文学部!  作者: 六花つづる
お前の文章は駄文すぎる。
3/4

忠告と好奇心

興奮した生徒たちの騒がしい声が教室中に響く中、コン、コンという特徴的な音がやけに鮮明に響く。

やや緊張した手つきで黒板に自分の名前を書き終えた泉は、ひきつった笑顔を大衆に向け、なるべく大きな声で自己紹介をした。


「や、山吹泉です!皆さんよろしくお願いします!」


瞬間、どっと教室内に笑い声が溢れ出す。泉の緊張しきった自己紹介に対しての笑いだったが、それは悪意を抱いてなく、むしろ好意的な笑い声だった。

それでも泉は恥ずかしさに身を縮める。昔からこういうことは苦手なのだ。人前で話したり発表したり・・・できないわけではないが、いつも思わず声が裏返り、上擦ってしまう。

転校生にとっての一番の難関はこの自己紹介だと、泉は常々思う。

昔から両親の都合で度々転校をしてきたが、この自己紹介は泉が最も怖気付くものであった。

毎回この時になると、なぜだか自分だけが違う世界の人間であるように感じる。そして”新しいクラス”の世界の人間に認めてもらうために、好意的な自己紹介をして仲間に入れさせてもらう。転校してはじめての自己紹介とはいわば、あちらの世界からのテストだと、彼女は思っているのだ。


だからこそ、心が重い。なるべく友好的な笑顔を保とうとしている彼女は、心の裏で密かにため息をついた。


ふと気が付くと、クラスメイトが朗らかな笑い声と拍手で彼女を迎えている。

どうやら”テスト”は成功したようだ。しかし大衆の視線を浴びるのはやはり気恥ずかしい。

目のやり場に困った泉は、室内をキョロキョロと見渡してこの時をやり過ごそうとした。

そして、ふと教卓挟みにいる初老の先生と目が合う。このクラスの担任だ。

そうだ、担任に助けてもらおう。泉は早く同級生たちの視線から逃れたいとでもいうように、担任に困ったような視線を送った。しかし担任は泉の視線に気づいても、ただ微笑むだけだった。


(せ、先生!?助けてくれないのですか!?)


担任が救い主になってくれなかったことに泉は少なからずショックを受ける。

そして気づく。思えば義務教育期間はなんでも先生に頼っていた。転校する際も、黒板には先生が名前を書いてくれて、先生が色々と仕切ってくれていたのではないか。

しかし今はもう高校二年生。大人の端くれだ。もうあれこれと世話を焼いてくれる先生はいない。

義務教育に戻りたいなあ、なんて冗談めかしてつぶやいてみたが、同時にもっとしっかりしなければと、泉は自分に活を入れた。


****

「泉ちゃん、よろしく!わたしは逢里あいり!」


「泉ちゃんすっごくかわいいよね!普段どんなお手入れしているの?」


「よかったらチア部に入ってよ、泉ちゃん、スタイルいいんだしさ!」


担任から席の指定がされ、教室の丁度真ん中の席に座った泉に、案の定沢山のクラスメイトが駆け寄ってきた。彼らから発せられる言葉の多くは、泉のスタイルと顔立ちについての賛詞と、部活動の勧誘である。

泉は苦笑する。転校する学校は毎回違うのに、どの学校でも言われることが同じなのはなぜだろう。

正直に言うと、泉は自分の顔立ちがあまり好きではなかった。外面的な部分ばかりを評価されている気持ちになるからだ。

部活の勧誘も、帰宅部歴10年目の泉にとっては、検討もする予定のない話であった。

彼女は放課後の自由な時間が一番好きだからだ。

放課後のがらんとした教室で数学の難問を解いたりすると、なぜだか頭の回転がとてもよくなる。

宿題を終えたら友達とお気に入りのカフェへ行って理科の授業の予復習する。これも頭のリフレッシュになってとてもいい。

・・・つまり。これまでの泉は、理科と数学の問題集に青春を捧げる人生を過ごしていた、と言っても過言ではない。

そしてこれからも、その生き方を変えるつもりはなかった。なぜなら今は問題集様以外にも、泉が時間を捧げたいと思うものが出来たからだ。

そんな貴重な時間を、部活動に割けたくはなかった。


泉は部活勧誘をしてくれた同級生たちを申し訳なさそうに見上げながら、自分の打算を口にする。

「ありがとう。でもごめんね。私、部活動には・・・・」


なるべく困ったように言おうと言葉を紡ぐ。しかし彼女が言い終えないうちに、背後から不機嫌そうな声が飛んできた。


「・・・あんたら、五月蝿い。邪魔」


その瞬間、先程まで明るく泉に話しかけてきた同級生の全員が口をつぐんだ。

そして一瞬にして教室内の雰囲気が暗くなる。新参者の泉にも感じ取れるほどに。

どうしたのだろう。泉は首をかしげた。

突然の背後の声にびっくりするのならまだ理解できるが、それにしては同級生たちの反応は大げさだった。皆が一斉に気まずそうな顔をする。それと正反対に、泉は一瞬にして場の空気を変えた者の正体を知りたくて、好奇心故に後ろを振り返った。


「・・・・・・なに」

相変わらず不機嫌な声の主は、寝癖だらけの青髪をした男子生徒だった。

机に突っ伏し、眠そうな目をこちらに向けながら、身につけているイヤフォンを軽く弄んでいる。

全身で無気力オーラーを醸し出している彼がみんなを黙らせただなんて、泉は到底信じられなかった。


「あ、あの、えっと・・・」

後ろを振り返ったのはいいものの、かけるべき言葉が見当たらない。泉は慌てて何か言おうと下を向いて考え始めるが、隣にいた生徒が彼女の肩を軽く叩いた。


「藍川くん、もう寝ちゃってるよ」

苦笑交じりにそう告げたのは、先ほど逢里と名乗った女子生徒だった。慌てて視線を前に戻すと、机に突っ伏した姿勢はそのまま、完全に寝入っている無気力男子の姿が目に入る。

泉は目を丸くした。こんな短時間に寝てしまうだなんて、そんなに寝不足だったのだろうか。


「藍川くんはいつも寝てるんだよ。授業中も休み時間も。起きている時が珍しいぐらいよく寝るの」

逢里はそう言って小さくかぶりを振った。他の同級生たちも彼女の言葉に頷く。


「本当になんでそんなに寝れるのかわかんない。でも授業聞いてないくせになぜか成績は悪くないんだよね~。羨ましい!」


「だよなー!しかも藍川はいつも人を寄せ付けない感じだから、問題を教えてもらおうとしても話しかけづらいんだ・・・」


「話しかけたら不機嫌そうにしてくるし。よっぽど他人に関わって欲しくないのかな?泉ちゃんも、あんまり藍川くんには関わらない方がいいかもよ!」


口を揃えて同級生たちは囁いた。どうやら藍川くんという人は、他人に無関心な性格をしているらしい。

ついでに言うと、世の中のほとんどのものに関心や興味を持っていない人間なんだと、同級生たちはこれまた異口同音に言う。


ならば一体、彼が興味を持つものはなんなのだろう。泉は自分の心の中で新たな好奇心が疼くのを感じた。


「そういえばさ!関わらない方がいい奴関連で言うと、このクラスにももうひとりいるよな・・・」

突然、泉の右隣に座っていた男子生徒がそう呟く。皆は思い出したように顔を引きつらせた。


「ああ・・・堀くん、だよね」

その名を聞いてはじめて、逢里が苦々しそうな顔をする。どうやら苦手な人間らしかった。


「今ここにはいないけど・・・っていうか、多分またいつものように授業をサボってるんだと思うけど、このクラスには堀友馬くんって男子がいるの。この人とは藍川くんとは違う意味で関わらない方がいいよ、泉ちゃん」


「えっと・・・どうして?」

困ったように眉を下げた泉に、逢里は堀くんがどういう人間であるのかを説明し始める。


「堀くんはこの学園一の危険人物だからだよ!いわば不良ってやつ!学校指定の制服を着てこない時もあるし、なにより言動がすっごく暴力的なの!何かを言われる度に相手を睨みつけるところとか、怖すぎて話しかけられないような人なんだよ!」


「それに、なにかにつけてすぐに人を殴りそうなオーラ出してるからな。迂闊に近づいたら暴力振るわれそうで、皆あいつを避けてるんだよ。山吹も、あいつの半径10m以内の枠には絶対に入るなよ!どんな危険が待ってるかわかんないからな!」


男子生徒が、逢里の言葉に付け加えるように言った。同級生たちはそれに便乗して、彼がいかに恐ろしい人物なのか、自分の経験談を加えて語り始める。

中には彼に対しての恐怖を大袈裟に身振り手振りをして伝える生徒もいて、それにも皆が真摯な顔で頷くものだから、泉は少し可笑しな気分になってしまった。


(でも、そんなに皆が忠告してくれるってことは、本当に危険な人物なんだよね・・・堀 友馬くん。覚えておこう)


泉は同級生たちの忠告を素直に受け止めた。これからは、不良らしき人を見つけたら真っ先に逃げてしまおう。もし人違いだったとしても、自分の身を守るためだ。多少警戒しておいたほうがいいのかもしれない。

彼女はそう自分に言い聞かせる。そして同時に自分の中でまた疼き始める、彼の正体が知りたいという好奇心を極力無視することに努めた。


「皆、教えてくれてありがとう。これから注意するね!」


そう誓った泉の言葉に、同級生全員が疑いのない笑顔で頷いたのだった。


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