大沢さん3
最初は気がつかなかった。
お気に入りだったボールペンを失くした。
引き出しに入れておいた、ハンドクリームも無くなった。
給湯室においてあった、マグカップが捨てられていた。
気が付いたときには、すれ違いざまに悪口を言われたり、食堂でぶつかられたりしていた。
あれから毎日佐々木君とは連絡を取っている。
メールだったり電話だったり。
先週末には二人で水族館にも行った。
すごく楽しくて、うきうきした。
手を繋いで、どきどきした。
優しくて、でも時々意地悪で、さらりと甘い言葉を言う、そんな佐々木君に私はどんどん惹かれていった。
今、私が受けているのは嫌がらせだ。
三上ちゃんと田端課長の事を思い出してしまう。
嫌がらせを隠す三上ちゃんに、田端課長に言って守ってもらえばいいのにと思っていた。
結局、我慢できなくて私がそれとなく田端課長に進言した。
それから、あっという間に三上ちゃんは田端さんになってしまったが。
でも、今なら分かる。
言わないんじゃなくて、言えないんだ。
私が周りから嫌われていると知れたら、佐々木君にも嫌われるかもしれない。
相談して迷惑と思われて、佐々木君に嫌われたら。
佐々木君は、どれくらい私が好きなのかな。
佐々木君は若いから、遊びだったらどうしよう。
好きになると、こんなに不安になるなんて。
こんなにも、切ない気持ちになるなんて。
こんなにも、心が苦しいなんて。
困ってしまう。
どうしよう。
彼の事を思うだけで、涙が出るなんて。
それでも、仕事だけはきっちりこなしたい。
いつも通りに、がんばった。
ロッカーに入った時に聞こえた、罰ゲームや三十路という言葉で心臓がどきりとした。
しばらくして自分の事だとわかって、恥ずかしくなった。
後から来た谷さんが私に最後に話しかけた
「いい年して年下の後輩に振り回されて、もうすぐ30ですよね。佐々木君が本気で自分の事好きだと思ってるんですか?罰ゲームか何かに決まってるじゃないですか。馬鹿ですか。」
罰ゲーム。
ありえる話かもしれない。
だって、佐々木君のような人が地味な自分を選ぶってやっぱりおかしい気がした。
そう思って心が痛くなった。
すぐに三上ちゃんが来て、動けないでいた私を居酒屋に連れてきてくれた。
どうやら話を聞いてくれてるみたいだ。
新婚さんだから迷惑を掛けないようにしていたけど。
ちびちびお酒を飲みながら、話した。
言いにくかったが、罰ゲームのことも話した。
話したら少し落ち着いた。
いつの間にか、田端課長が三上ちゃんを迎えにきていた。
やっぱり、三上ちゃんは主人公のようだ。
こうやって、かっこいい旦那様が迎えに来てくれる。
ふふっ。うらやましい。
気がついたら車の中だった。
えっ。
どうなって。
「気がつきましたか?」
バックミラー越しに佐々木君と目が合った。
「佐々木君?」
「大沢さん酔うといつも、こうなるんですか?」
こうって?
もしかして、私何かしちゃったのかな。
不安になって伺うようにバックミラーを見た。
佐々木君は厳しい顔をして、
「そんな風になって、無防備ですよ。」
これからは飲ませられないな。とつぶやいている。
「ごっごめんね。ちょっと覚えてなくて、私なんで佐々木君の車に乗ってるのかな。」
「田端課長が電話くれました。」
えっと、それだけ?
なんか怒ってるのか、それきり黙ってしまった。
しばらくして車が止まって
佐々木君が出るように促した。
ここって。
「俺の家です。ちゃんと話したいんで。」




