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第98話 醤油と冤罪

この地の特産だという果実をかじると同時に俺が感じたものは、想像したような甘さや酸っぱさではなかった。

しょっぱい。

コーラと間違って醤油を飲む、というような笑い話があるが、それに近い状態だ。

というか、醤油だ。


「ぷっ、くくく」


果物売りのおっさんに笑われてしまった。


「やるかもとは思ってたが、想像通りの反応だな! 初めてここに来た奴は、みんな同じことをするんだ。そのまま食うもんじゃねえよ、それは」


「……絞って調味料にでも?」


俺はセウーユをアイテムボックスに放り込み、水を飲んでからつぶやく。


「おっ、一発でそこに気付くとは中々やるな。ご明察だ」


醤油。

探せばあるかもしれないとは思っていたが、まさか果物として出てくるとは。

俺は微妙な表情になりながら、無言で果物売りのおっさんに近付く。


「おっと。ノークレームノーリターンで頼むぜ?」


「……セウーユは二種類あるようですが、これはどういう理由で?」


商品の置かれた棚をよく見ると、やや白っぽいセウーユと、赤みの強いセウーユがあるのだ。

俺が買ったのは赤い方だが、白い方はその五分の一ほどの値段が付いている。


「ああ、そのことか。産地の違いだな」


「産地?」


「セウーユはディルミアの特産品ってことになってるがな、ディルミア産は質が悪いんだよ」


なんだそれ。特産品なのに粗悪品なのか。

ということは、もしかして。


「輸入品?」


「そういうことだ。セウーユの産地は、色を見れば一発で分かる。赤いのはソイエル、白いくてクソまずいのがディルミアだ」


「ボロクソですね……」


よほど白い実が気に入らないのだろうか。

高い方を売るためのセールストークにしては、発言に熱がこもりすぎている気がする。

自分で売っているものなのに、よくもここまで言えたものだ。


「領主が変わってからだ。収量が増えるってんで、ディルミアのセウーユを全部こんなのにしやがった。その上税金まで上げやがって、あのクソ領……おっと。何でもないぜ? とにかくセウーユを買うなら、赤い方にしとけって話だ」


……どうやらディルミアの物も、昔は赤かったらしい。

わざわざ醤油をマズくする領主。うん。仲良くなれる気がしないな。

まあ関わらないのが一番だし、そもそも関わることなどないだろうが。


「そういうことなら、追加で赤い方を十個」


「おう、まいど。ディルミアのも一個付けてやるから、どれだけ酷いか体験してみるといい。……アイテムボックス持ちか! 道理で食いかけのが不自然に消えたわけだ!」


そこまで言われると、少し気になってきた。

早速適当な宿を取って、部屋で試してみることにする。

実験に使うのはボートキラー。フォトレンで採れた、マグロに近い外見の魚。以前に刺身を作ったが、醤油がなくなって納得のいかない出来になっていたものの残りだ。

炎魔法と水魔法で消毒した魔剣を使い、薄くスライスする。

それから適当な皿にセウーユを少し絞り、刺身につけて食べてみる。


「これだ!」


これぞまさに、マグロの刺身。

醤油の質も悪くない。久しぶりに食べたせいで補正がかかっている面はあるかもしれないが、日本の安物よりは確実に旨い。

これは是非ともソイエルを守り切り、大量のセウーユを買って帰らなくてはなるまい。


「さて……」


続いて、さんざんこき下ろされていたディルミア産のセウーユだ。

さっき領主と仲良くなれない、等と思っていたが、食べもせずに嫌うのは、確かにいただけない。

これで美味しかったら、領主さんに謝らなければならないだろう。

俺は恐る恐るセウーユを絞り、刺身に少しつけて食べてみる。


「……ん?」


口に含むと同時に感じられる、微かな醤油の風味。

そしてそれを全力でかき消しにかかる、圧倒的な塩味とえぐみ。

うまみなど全く感じられない。口に含んでいるだけで、病気にでもなりそうな酷さだ。

最初に買ったセウーユがソイエル産だった幸運に、俺は感謝した。

もしこれをかじったりしたら、きっと俺は気絶したに違いない。


慌てて水を飲み、まともな方の醤油をつけた刺身で口直しをする。

これで確定した。俺は領主に謝ることなどないし、その理由もない。

というか領主が謝れ。醤油に謝れ。


あまりの酷さに憤りすら感じた俺だが、口直しのおかげもあってすぐに冷静さを取り戻すことができた。

それと共に、あたりが何か騒がしいことに気がつく。

騒がしいのは窓の外というよりも、宿の一階付近だ。

この町の空気はやや乾燥している。火事でも起きていれば一大事だ。

俺は味見を一旦中断し、下の様子を見に行くことにした。


「そう申されましても、お客さんの情報を出すことはできません」


「しかし、犯罪者がこの宿に入ったという話で、このまま帰るわけには……」


騒がしさの理由は、衛兵が来たことによる物だったらしい。

五名の衛兵、または騎士が、完全装備で宿の主人と話している。

どうやら俺が醤油の味見をしている間に、犯罪者が入ってきたらしい。

あまり関わりたくないので、宿を変えるとするか。

関わり合いになりたくないからな。


「犯罪者が入ったというのは、本当の話ですか?」


「ええ。あなたも出来れば協力をお願いします。領主様によればその犯罪者は黒髪黒目の若い男で、荷物を持っていないのが特徴だそうです」


「荷物を?」


荷物を持っていないというだけで、特徴になる物だろうか。


「なんでもアイテムボックス持ちだとかで、それを使って領主館から金を盗んだとか……」


黒髪黒目、アイテムボックス持ちの若い男……。

なぜだろう、とても心当たりがある気がする。

恐らくは同じような外見をした別人だが、あらぬ疑いをかけられてはたまらないな。

とりあえず、名前が違うことだけでも確かめておくか。

それさえあれば、ギルドカードで別人を証明することができる。


「その男、まさかカエデって名前じゃありませんよね?」


俺はアイテムボックスからギルドカードを取り出し、自分がカエデだということをアピールしながら問いかける。


「そうそう。ベイシスから来た冒険者で、カエデという名前の……えっ」


「えっ」


どうやら俺と似たような名前と外見で、アイテムボックス持ちで、ちょうど同じタイミングでベイシスから来たカエデさんがいるらしい。

凄い偶然もあるものだな。


「じゃあ、俺はこれで」


俺はさりげなさを装いつつ、宿を出ようとする。


「ちょっと待ってください」


そして、当然のごとく止められる。


「何でしょう」


「ちょっと詰所、というか牢屋まで、ご同行願えますか?」


その言葉とほぼ同時に、衛兵のうち二人が俺の後ろ側に回り込む。

冤罪だ。

しかし、それを証明する手段がない。

ベイシスのギルドカードはこの国に浸透していないし、アイテムボックスの中身を証明する手段などない。

仮に出来たところで、盗品をどこかに隠したと言われてしまえばそれまでなのだが。

ギルドカードがないというのは、こんなに不便なのか。


「断ったら?」


「無理矢理にでも同行していただきます。なにしろ領主様直々のご命令ですので」


衛兵と話しながら俺は、衛兵達の対応に不自然さを感じていた。

犯罪者に対する対応としては、あまりに丁寧すぎる。向こうは冤罪の可能性なんて考えていないはずで、ならば律儀に任意同行を求めたりせず、さっさと取り押さえるはずだ。盗賊扱いなら、最悪その場で即処刑まであり得る。

だというのに衛兵達には、そういった動きをしようとする雰囲気がほとんどない。

口調から感じるのも、犯罪者への怒りとは明らかに違う。警戒心でもない。

どちらかというと哀れみ、いや申し訳なさだろうか。


領主直々の命令というのも不自然だ。

裁判等ならともかく、盗賊を捕まえるのは衛兵や騎士団の役目のはず。

王のいないこの国でどうかは知らないが、少なくともベイシスではそうだったはずだ。

ほとんど来たばかりの町での冤罪といい、どうにも怪しいな。


「分かった。任意同行で頼む」


もしこの冤罪が仕組まれた物であれば、犯人は領主か、その周辺の人間だということになる。

そうでないなら、冤罪を晴らす手段は普通にあるだろう。

いずれにしろ、この場を強行突破するのは得策ではない。冤罪ではありませんと言っているようなものだからな。

強行突破ならいつでもできる。

まずは今は大人しくつかまって、対応を考えようじゃないか。


「ご協力ありがとうございます。では失礼して……」


そう言いながら衛兵は、俺の両手に手錠をかける。

鑑定したところ、魔力活性を落とす代物らしい。対魔法使い用といったところだろうか。

魔法装甲で試してみたところ、確かに魔法の出力がわずかに落ちている気がする。

具体的には、0.5~1%くらい。

つまり、誤差だ。


次は物理的な強度を確かめようと少し力を込めたところ、ピシッという嫌な音が聞こえて、俺は慌てて腕の力を抜く。

危ない危ない。もう少しで手錠を壊してしまうところだった。

そのことに気付かない衛兵達は俺を取り囲み、どこかへ案内し始める。

さて。一体どういう事情なのやら。

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