第93話 毛皮と塔
かわそうと思えばかわせる速度だったが、かわす必要がある威力にも見えない。フレイムガルゴンの火力がどの程度なのかを知るため、魔法装甲で受け止める。
炎に包まれて視界が赤く染まるが、案の定、ブレスは俺にダメージや危機感を与えるほどの威力ではなかった。亜龍のブレスを受けたときのように装甲を削られる感覚がない。
しかし巻き込まれた木々のほうはそうでもなかったようだ。背後で木の水分が爆発するパチパチという音や、枝の折れる音がする。
振り向いてみると、二本の木が倒れかけ、隣の木に寄りかかっているところだった。
ブレスの範囲は意外と広く、巻き込まれた木は十数本あるようだが……倒れたのはその二本だけで、残りは表面を炭化させただけのようだ。
しかし、威力も中々だといえるだろう。
着弾と同時に木々を燃やし尽くしながら延焼する亜龍のブレスや、『大陸の何%』というレベルの範囲を一瞬で灰にするドラゴンと比べるから弱く見えるだけで、魔物の領域に生えている木は普通の炎で燃えるような代物ではないのだ。
デシバトレに来た頃に俺が使えた火魔法では歯が立たず、爆発魔法を結界魔法で集中させるようなやり方を開発するハメになった程度には、ここの木は強い。
この木の表面を炭化させると言うことは、少なくともその頃に俺が使った火魔法を超える威力を、広範囲にバラまいているということなのだ。
少なくとも誰かに魔石と回復薬をポンと渡して、『復活させながら何度も倒して、素材を集めてきてください』などと言えるレベルではない。
今のでフレイムガルゴンの強さはなんとなく理解できた。恐らく、ランクで言えばBの上位。デシバトレにいた冒険者なら数名で相手できるだろう。
今度は素材のレベルを調べるべく、首を落としてから魔石を取り出す。魔石はもちろん新鮮なうちに、アイテムボックス行きだ。
「……消えないな」
生きているフレイムガルゴンが炎に包まれているのは、まあ分かる。ゲームなどでも時々見たタイプだ。
しかし目の前にある死体は、死んでから数十秒が経っても未だに燃え続けている。
目の錯覚か何かだということを考え、アイテムボックスに入っていた木の枝を投げ込んでみる。
すると木の枝は、パチパチという音を立てながら炎を上げる。
どうやらこの炎は、見せかけではないようだ。
ふと思いついてアイテムボックスに死体を収納してみる。
それからもう一度取り出すと、毛皮の炎は消えていた。
俺は毛皮に関して素人でしかないが、それでもこの毛皮の上質さはなんとなく分かる。
なんというか、つやが違う。生えている毛も頑丈でありながらしなやかだ。
素材として使うのは毛をはいだ皮の部分だけかもしれないが、毛がこの質で皮がダメということもないだろう。
問題は燃えないかだが……俺が火魔法を軽くはなっても、この毛皮に火は付かなかった。
少し強めに魔力を込めれば着火したが、一般的な毛皮よりは燃えにくいくらいだ。合格点である。
とりあえずこの成果を、メルシアにでも報告しよう。
ファイアーウルフのほうには、他の使い道があるし。
「……というわけで、強い回復薬と特殊な魔物が完成した」
「どういうわけですか……」
俺が説明を終えると、メルシアは呆れたような顔をした。
しかしなんというか、その中に楽しそうな雰囲気が混ざっている。
「とりあえず、できたという回復薬と、毛皮を見せてください。できたものの質が分からなければ、なんとも言えませんので」
「薬のほうは見るだけじゃ効果が分からないと思うが……これだ。」
「……なんか、光ってますね」
「光ってるんだよな」
鑑定で出る文は普通の回復薬と(回復量の桁以外は)同じなので、放射性物質などではないはずなのだが。
「こういった実験は専門外なので、人間で試すのは薬師ギルドに依頼する形で大丈夫ですか? あちらにはそういうノウハウも蓄積されていると思います」
「……これを、人間に使うのか?」
「使わないんですか?」
その発想は、正直あまりなかった。
と言うのも素材になった薬でさえ、人間を回復させるには十分すぎるのだ。
「妙なことになったりしないか?」
「経緯を聞く限り、この薬はカエデさん以外に作れる人がいないはずです。変な使い方をしようとする人がいれば、売るのをやめてしまえばいいでしょう」
うーん……一滴で魔物を再生できることを考えると、バレる前に確保した分だけでも大分悪事が働けそうだ。
例えば亜龍の魔石と薬をセットで持ち込んで薬をかければ、それだけで街一つくらいは滅ぼせてしまうかもしれない。
名前こそ回復薬であれ、これでは生物兵器のようなものである。
強力な魔物の新鮮な魔石とそれを格納するアイテムボックス持ち、それと数百万のHPを補充するだけの薬を集めるのは難しいだろうが、それを集めた際の威力……というか威圧効果を考えると、楽観視はできない。
この世界は人間同士の争いが少ないようだが、適当なアイテムボックス持ちが一人で町中に亜龍を出現させるような真似ができるようになれば、それが続くかは分からない。
すでに人間ならほぼ確実に治せる薬がある今、リスクがリターンに、あまりにも見合わない。
「いや、やめておこう。使い方次第では、町中に亜龍を呼び出したりもできるからな。余りに危険だ」
「……確かに、これは下手すれば亜龍でも蘇らせてしまえるんですね。ですが魔物を呼び出して倒すのも、コストに成果が見合うかどうか分かりません。とりあえず取れた素材を見せていただけますか?」
「ああ。ここに置いて大丈夫か?」
メルシアがいたのは、商会の持っている倉庫のうち一つだ。
衛生に気をつける必要がありそうな物は見当たらないが、一応確認を取る。
「大丈夫ですよ。新鮮な魔物が持ち込み禁止な施設など、薬師ギルド関連でもごく一部でしょう。そしてここはただの倉庫です」
そういえばここは、そういう世界だったな。
地球の感覚で言えば製薬関連の施設など、特殊な服を着て入るのだろうが。
「こっちがファイアーウルフで、こっちがフレイムガルゴンだ」
俺が二つの死体を地面に置くと、メルシアはかがんでそれを観察する。
どうやら、メルシアには毛皮に関する知識もあるらしい。
「……フレイムガルゴンのほうは、すごいですね。一度ラピッドベアーの毛皮を見たことがありますが、恐らくあれ以上です」
「ラピッドベアー?」
日本語に訳すと、速い熊といったところだろうか。
いい毛皮が取れるのだろうか。
「Bランクで、毛皮を持っている中では実質最上位クラスの魔物です。もちろん毛皮の質も私の見た中では最高です……いえ、でした」
Bランクか。フレイムガルゴンは恐らくBランクの中でも上位だから、強さからいっても順当なところだろう。
属性を付けて強化された魔物も、素材の質が強さと関係することに変わりは無いらしい。
「まあ、こっちは量産が難しそうだけどな。ウルフのほうはどうだ?」
「毛皮だけで見ると、Cランク上位といったところです。体に余計な傷が付いていないので、これだけなら比較的高くなりそうですが……冒険者の方を雇って倒すのでは、こうはいかないでしょう。檻の中などに呼び出すとしても、位置と向きまで制御できるわけではないでしょうし……」
ああ、魔石から魔物を復活させるだけなら、そういう発想になるか。
確かに相手は仮にもCランク級の強さを持った魔物。さらに体には炎をまとっているのだ。
普通の手段でとどめを刺そうとすれば、余り綺麗に倒せない可能性も高い。
「それにはすでに対処法がある。と言うか、コイツを倒した時と同じ方法だ」
「同じ……? カエデさんの剣は、他の人には扱えませんでしたよね?」
言われてみれば、ファイアーウルフをどうやって倒したかまでは説明していなかったな。
まあ、これから説明すればいい話だ。
「まずはある程度高さのある塔と、メタルリザードメタルあたりで作った檻を用意するだろ?」
「……まさか」
メルシアの顔が理解に、それから驚きに変わる。
「あとは檻の中にファイアーウルフを呼び出して、地面に激突させればいい。足がなければ暴れられないからな。首を落として魔石を取り出して、あとは無限ループだ」
ヒントになったのはファイアーウルフの倒し方もあるが、地球にあったゲームの影響もあるかもしれない。
某ゲームには敵をわざと沸かせた上で地面に突き落としたり、酷い物になると溶岩に突っ込ませたりしてアイテムを回収する悪魔のタワーが存在したのだ。
俺はプレイこそしていないが、ネットゲームをやりながら動画を見た覚えがある。
「えげつないですね……」
「効率的だろ?」
俺が半笑いで言うと、メルシアも笑いを返してくる。
「ええ、素晴らしいです。川沿いにでも作れば水車の力を利用できますし、輸送もできるので完璧ですね。……ただ二十四時間稼働させるわけにもいきませんし、魔石の管理にアイテムボックス持ちが必要になります。カエデさんが常駐するわけにもいかないでしょう?」
「雇うのは、難しいか?」
俺自身がそうなのであまり時間がないが、アイテムボックス持ちはかなり貴重だったはずだ。
「メイプル商会はかなり人気がありますので、広範囲に募集をかければ2、3人は集まると思います。もちろんそれなりに費用はかかりますが……」
「かまわん、やれ」
この計画には、それだけの価値があるはずだ。
毛皮や肉を安定的に大量に供給できる上、今後の発展も望める。
例えばそう、ミスリルで高い塔を建て、衝撃を吸収しないメタルリザードメタルを敷き詰めた地面に激突させるなどすれば、もっと強力な素材を量産できる可能性もあるのだ。
そこまで行くには時間がかかりそうだが……確実に、面白いことになるだろう。