第92話 蘇生と付与
「……なんだこれ」
首が生えてきたガルデンが、俺に向かって飛びかかってくる。
それを魔法装甲ではじき返しながら、俺は困惑していた。
元々あったガルデンの首は確かに地面に落ちているのに、それとは別の首が生えているのだ。
ガルデンの頭に大した素材はなかったと思うが……これが他の生物でも使えるのならば、首を切り落としては薬をかけ、切り落としては再生させ……などという方法で、素材を無限回収できることになりはしないか。
ガルデンにの場合は、首よりも体の方が素材としておいしい。
なのでそっちを再生できないかと、俺はガルデンの首にさっきの薬を振りかけてみる。
……が、こちらは再生しなかった。
「鮮度不足かな?」
サクッ。
飛びかかってきたガルデンの首を再度切り落とし、すかさず薬をかける。
しかし、再生しない。プラナリア化はしないようだ。
人間の感覚で言うと、どちらかが再生するとすれば頭の側のイメージがある。
では、魔物の場合は何なのであろうか。
脳ではなく体にある部位で、本体になりそうな部位というと……
心臓か、魔石あたりであろうか。
魔物の心臓がどこにあるかは知らないので、とりあえず魔石とみて試してみることにする。
サクッ、サクッ。という音とともにガルデンを三つに切断し、中央の最も小さいパーツに魔石が残るようにする。
その上で、切断面のうち両方に薬をかける……予定だったのだが。
「おっと」
この薬の回復力は、想像を上回っていた。
片側に薬をかけただけで、ガルデンのほとんど全身が生えてきたのだ。
どうやら、再生の基準は魔石らしい。
では魔石を二つに割ってみたら、二匹のガルデンが生まれるのではないか。
サクッ。
哀れなガルデンが、本日五度目の致命傷を負う。
今度は、それぞれの半身に魔石を半分だけ残す形だ。
いくら魔剣でも魔石は簡単に切れないようで、少し切断面が荒くなってしまったが……まあいいだろう。
半分になった魔石のそれぞれに、少しずつ薬を振りかける。
……体が生えてきた。
「やったね! ガルデンが増えたよ!」
ガルデン、まさかのプラナリア化である。
だがよく見てみると、今回の再生は少し様子が違った。
復活したガルデンが、一回り小さいのだ。
片方をもう一度切ってみると、魔石は再生しておらず、再生後のガルデンは半球型の魔石を持っていると言うことが分かった。
ステータスを確認しながら、さらに魔石を切断し、四分の一魔石のガルデンを作る。
今度のガルデンは、一目ではっきりと分かるほどに弱々しかった。
流石にグリーンウルフよりは強いが、ガルゴンよりは大分弱い。
さらに名前が『ガルデン』から『レッサーガルデン』へと変化していた。
どうやら魔石が小さくなると、名前まで劣化してしまうらしい。
だがこの劣化、見方によってはチャンスじゃないだろうか。
魔物の領域にいる魔物がそのまま食べられないのは、魔素が多すぎるせいだったはずだ。
しかしこの雑魚魔物が、そんなに大量の魔素を持っているとも思えない。
もしこれがそのまま食べられるとしたら、この属性付与回復薬は食料の大量生産に使えることになる。
倫理がどうの動物愛護がどうのという団体がこの世界に存在したら激怒して殴り込んできそうだが、この世界にはそんなものは存在しない。
魔石以外を切り取り、薬を一滴垂らしてから魔石以外を切り取り……という装置を作れば、それは自動食肉製造器である。
とりあえず装置のことは商会に帰ってから考えるとして、今は実験を続ける。
魔石を残した魔物が再生できるのであれば、アイテムボックスにある魔石からも魔物が作れるのではないだろうか。
そう考え、少しアイテムボックスを探ってみる。
まず目に付いたのは、ドラゴンの魔石だった。
「いやいや、ねーよ」
小さい方なら簡単に倒せる気がしないでもないが、失敗したときは大惨事にしかならない。
さらにドラゴンはHPが多すぎて、手持ちの薬を全部使っても足りない可能性が高い。
同じ理由で亜龍もダメだな。
しばらく考えた結果白羽の矢が立ったのは、メタルリザードであった。
これほど素材需要が高い魔物は珍しい。その上装甲頼りでHPが少ないため、薬が一滴で済みそうなのだ。
期待を込めて魔石に薬を振りかける。
それから大きい体が再生することに備え、俺は後ろへ大きく飛んだ。
……が、再生しない。
やはりアイテムボックスに入れた魔物では、再生できないのだろうか。
少しがっかりしながらも、ダメ元で適当に安全そうな魔石を取り出し、薬を振りかけてみた。
すると、その中のいくつかから魔物が出てきた。
ガルゴンの魔石3つ中2つ、グリーンウルフ2つ中1つが再生に成功したのだ。
考えてみると、他の魔物は普通に魔石を取り出しているのに対して、メタルリザードは装甲以外を燃やして取り出したものだ。
ゲームなどでも、蘇生までに期限があるというのはよくある話である。
問題は、魔物が死んでからアイテムボックスに入れるまでの時間なのではないだろうか。
そう考えて試してみると、仮説が正しそうだと言うことが分かった。
斬ってから時間が経った魔物は、再生することが出来ない。
ボーダーは、およそ二分程度だ。
……さて、一人で安全に試せることはあらかた試しただろうか。
再生させた魔物を倒し、魔物を収納しながらアイテムボックスを眺める。
ドラゴンや亜龍、メタルリザード以外に面白そうな魔石は……あった。
俺の魔法によって属性が付加された魔石だ。
これは試しておかねばなるまい。
が、俺が今までに作った魔石はどれも作成に時間がかかっている。
なので俺はまず上空へと飛び上がり、魔石からグリーンウルフを再生。そいつに圧縮した炎魔法を当て、一瞬で焼き尽くす。
グリーンウルフを使ったのは、何か起きても比較的安全だからだ。
たとえ強化されたとしても所詮はグリーンウルフ。恐るるに足らず。
そう考えながら魔石から魔物を再生させた俺は、それが間違いであったことを思い知らされた。
再生した魔物は、グリーンウルフではなかったのだ。
「……ファイアーウルフ?」
現れた魔物はグリーンウルフではなく、ファイアーウルフなる魔物であった。レッドウルフではない。
ステータスもグリーンウルフよりガルゴンに近い。普通の街であればかなり強力な部類の魔物であろう。
毛皮が燃えているが、ファイアーウルフ自身はダメージを受けていないようだ。
そのファイアーウルフは目の前にいた俺を威嚇しながら……
落下し、地面に激突した。
そりゃそうだ。ファイアーウルフが再生したのは地上ではなく、魔物の領域上空なのだから。
落下したファイアーウルフは強化されたステータスで何とか生き残ったようだが、足が折れて息も絶え絶えの様子であった。
素材を確かめてみたいので、サクッととどめをさしてやる。
ファイアーウルフが死ぬと同時に、体を覆っていた炎は消滅する。
だがその後に残った毛皮は、明らかにグリーンウルフのものより上質であった。
防具屋にでも持ち込めば、悪くない値段で売れるんじゃなかろうか。
とうとう、強力な新種の魔物まで作ってしまった。
同じことをメタルリザードなどでやれば、もっと面白いことになるに違いない。
亜龍やドラゴンは……論外だな。
しかし魔石といいこの回復薬といい、魔力による属性付与というのは、色々とヤバい技術らしい。
封印すべきだろうか。
いや、決してそんなことはない。
この世界の人間は、恐らく文明を維持する限りは、ドラゴンと何度も戦う必要があるのだ。
数々の強力なアーティファクトを開発した古代文明でさえ、恐らくそのドラゴンに敗北して滅んでいる。
むしろこの技術を応用して、戦力の増強に努めるべきだろう。
たとえドラゴンの群れが来ようともまとめて処理できる……とまでは言わないが、せめて一匹くらいは倒したい。
この技術があれば、不可能とは言えないだろう。
『魔凍』の開発にも、属性付き魔石は必要不可欠なのだ。
ともあれ、まずは目先の問題である。
ファイアーウルフの毛皮を試すのはいいとして、元がグリーンウルフでは少ししょぼい感がある。
鎧としても、グリーンウルフの素材は初心者向けでしかない。
せめて中級者向け……つまりガルゴン程度の魔物で実験したいところである。
ガルゴンが多少強化されたところで、亜龍クラスの強さになったりはしないだろう。
なので、やり方はグリーンウルフと同じである。
空中に飛び上がった俺はガルゴンを焼き尽くし、その魔石に薬をかけて復活させる。
現れたのは予想通り、体の燃え上がったガルゴンだ。
名前は『フレイムガルゴン』とある。ファイアーじゃないのか。
魔石から出現したフレイムガルゴンはファイアーウルフと同様に重力に引かれて落ち、地響きと共に着地した。
しかしフレイムガルゴンに、ダメージを負った様子はない。
やはり素材がグリーンウルフとガルゴンでは、訳が違うらしい。
属性魔石から生まれた魔物の実力を見ておきたいので、あえてすぐに倒さず、向こうの攻撃を誘う。
名前が変わっても単純な魔物であることに変わりは無いのか、フレイムガルゴンがすぐ俺に向かって突進してきた。
「さあ来い!」
俺はそれを回避せず、受け止める構えを取る。
それを見たフレイムガルゴンは、
「ガアアアアアアア!」
という、およそガルゴンとは思えない咆吼を上げながら速度を落としたと思うと……
俺に向かって炎のブレスを放ってきた。
おい、突進じゃなかったのかよ。




