第89話 水滴と業火
「実はその魔物を殲滅する時、骨も残らないような火力の火魔法で魔石だけ取り出したんだ。関係あったりするか?」
他に考えられる可能性としては、魔素が集まった段階ですでに火属性を持っていたというものがあるが、大発生にそのような記述は見られなかった。
「……私の知る限り、そのような威力の火魔法が使われた前例はありませんので、なんとも言えませんね。しかしドラゴンのブレスが土をミスリルに変性させることを考えると、ありえないとも言えません」
あの火魔法はドラゴンのブレスとは程遠いが、土を金属に変える力はなくても魔石に属性をつけるくらいの力はあってもおかしくはない……か?
「じゃあ原因は後で検証してみるとして、属性付きの魔石って使えるのか?」
「ここまで強いものは見たことがありませんが、基本的には使えますよ。帯びた属性に沿った魔道具を作ると、出力が上がったり寿命が伸びたりします。……心持ち程度ですが」
「大差ないのか……微妙だな」
まあ普通の魔石よりマシだと考えれば、ついていないよりはいいか。
「ただ先程も言った通り、それは普通の属性付き魔石の話です。ここまでとなると、ちょっと何が起きるか想像もつきませんね」
……そういえばそうだったな。
「街中では実験できないな」
発火の魔道具で建物が全焼なんてことになったら、シャレにならない。
「いえ、そうでもありません」
「そうなのか?」
火魔法は総じて規模が大きくなると大惨事を生むイメージがあるが。
明かりを灯す感じの火魔法にしても、下手をすれば目を焼いてしまいそうだし。
「実用性のない魔道具を作ることになりますが、相性の悪い属性の魔道具を作ることで属性による影響がどの程度なのかを測ることが出来ると思います。この場合は水魔法などですね」
ああ、やっぱり反対属性の魔法だと威力が減ったりするのか。
別に火魔法でも俺が海にでも行って実験すればいい話なのだが……今回はその方法でいってみようか。
「沢山あるからな、試しに小さめので実験してみるか」
俺はそう言いながら比較的小さい魔石を取り出し、カトリーヌに手渡す。
カトリーヌはその魔石を少し観察し、それから頷く。
「では失敗がなくて結果がわかりやすい、『流水』を試してみます」
カトリーヌはそう言いながら、魔石を魔道具に変えていく。
簡単というのは事実のようで、カトリーヌはアーティファクト製作時のように集中することもなく、ものの数十秒で魔道具化を終わらせてしまった。
手近にあった鍋を机の上において、実験の準備は完了だ。
「このサイズの魔石なら、二十秒ほどで鍋がいっぱいになるはずですが……とりあえず起動します」
カトリーヌはそう言いながら、魔石を鍋の上で持ち上げた。
だが、水はいっこうに出てこない。
ああそうか、俺の指示を待っているんだな。
「準備ができたなら、起動していいぞ?」
「いえ、もう起動しているのですが……」
そうは言うものの、魔道具はウンともスンとも言わない。
水が出なければ、量から属性の影響を測ることも出来ない。
……カトリーヌは失敗がない魔道具だと言っていたが、何か手順を間違ったのか?
そう俺が考え始めたころに、魔石から鍋に一滴の水が落ちた。
「……まさか」
カトリーヌが信じられないものを見たかのような声で呟く。
俺とカトリーヌが魔石を見つめること十秒ほど。
二滴目が鍋に落ちた。
「これが、属性の影響か?」
「それ以外には考えられませんが……これは見た目を遥かに超えて属性が強いみたいです。爆発の魔道具でも作れば、一個で城を半壊させられるかもしれません」
なにそれ怖い。
「そこまでいくと、逆に使い道が問題だな」
とりあえず爆発は論外だ。
指向性がない上に攻撃範囲が弘すぎて、魔物の領域への特攻くらいにしか使えない。
どこかの町の防衛にでも使おうものなら、魔物ごと守るべき街を吹き飛ばすことになるだろう。
「火炎放射系なら、戦闘用魔道具として使えるかもしれません」
まあ確かに、指向性があれば使えなくもないか。
少しばかり大きすぎるのが問題だが、威力が高い事自体は歓迎すべきなんだし。
それだけの威力をうまく使いこなせれば、魔物による大規模な襲撃を跳ね返すのが随分と楽になるだろう。
「……でもそんな代物、誰が買うんだ?」
「戦闘用魔道具はお店での売れ行きがあまり良くないのですが、大規模な商会が沢山買ってくれるとメルシアさんが言っていました」
大規模な商会……御用商人みたいなものだろうか。
デシバトレでも大量の魔道具が使われていたし、そういう武器などを大規模に扱っている商会だろうか。
規模が大きくて信用できる、それこそドラゴン戦の時に集められたような商会でもないと販路を持つのが難しいんだろうな。
メイプル商会は結成してからの日が浅すぎるので、規模以前の問題だろう。
しかし、その大規模商会とやらに売り込んでみれば、売れる可能性はあるか?
「とりあえず海にでも行って、どのくらいの威力が出るか実験してみるか。『火炎放射』とか作れるか?」
「できますよ。『流水』よりは時間がかかりますので、ちょっと待って下さいね……」
こんな流れで、火属性魔石を使った『火炎放射』の実験が行われることになった。
ズナナ草輸送用の船を少し借りて(その分のズナナ草は俺が運んでおいた)カトリーヌその他いつの間にか増えていた魔道具関連の技術者を乗せ、人のいない海域に出ていく。
あくまで商会内での実験なので、安全の確認が取れてすぐに俺が魔道具を受け取り、実験開始だ。
魔道具を起動すると、魔石と少し離れた位置から炎が勢い良く吹き出した。
炎の長さは二十メートル前後、太さは最大で五メートルといったところか。
指向性も中々のようで、流石に一般人が素手で持てるレベルとまでは行かないものの、長めの持ち手を付ければなんとか扱えるレベルになるだろう。
コストのことを考えなければ、かなり優秀な装備だ。
船からは歓声が上がっている。
炎が安定しているのを見て、船はゆっくりと炎のまわりを周回し始めた。
特殊な魔道具を売り込む際には性能の詳細なデータが必要なので、それを集めるためだ。そして十分が経過し、もうすぐ船が炎の周りを一周するという頃に魔道具は魔力を使い果たし、炎が消える。
俺はそれを確認して魔道具を持ち、船へと戻った。
「なかなかいい感じと思ったが、どうだ?」
「今までに作られた火炎放射魔道具の中では最高性能だと思われます。すごいですよこれは!」
「火力だけならBランク中位の魔法使いを超えていますね」
技術者たちにも好評のようだ。
俺が使うならともかく、防衛用ならこれだけでも十分な威力に見えたのだが……
ここで職人の一人が、重大なことをつぶやいた。
「これってアーティファクトじゃなくて、普通の『火炎放射』ですよね?」
不穏なことをつぶやいた職人に、その場にいた全員の視線が集中する。
普通の魔道具でさえこれだけの威力が出たのに、それをアーティファクトでやればどうなるか。
……とても面白そうだ。
幸いにしてこの付近に人はおらず、船を沈めでもしなければ実験による被害が出ることはない。
俺は黙って赤く大きい火属性魔石を取り出し、カトリーヌに手渡した。
「『蒼炎』で大丈夫ですか?」
カトリーヌが楽しそうな表情で俺に問う。
「かまわん、やれ」
周囲の視線を一身に受けながら、カトリーヌは魔石をアーティファクトに変えていく。
そして全員で期待の視線を向け続けること、およそ十分。ついにアーティファクトが完成する。
「じゃあ実験してくるが……あまり近づくなよ?」
「分かっています。カエデさんもご無事で」
メイプル商会の職人たちは俺の力を知っているようで、本気で心配している様子の者はいない。
真面目を装って無事を祈ったりしているが、明らかに顔がニヤけている。
もはや悪ノリの域である。
俺が船を出て距離を取ると、船は反転していつでも離れられる体勢を取り始めた。
時折笑い声が聞こえるが、ちゃんと安全確保の意識はあるらしい。
船の後ろから顔を出す技術者達と俺の距離が十分に離れたことを確認して、俺は魔道具を起動する。
魔道具から極太の蒼い炎が吹き出した。
長さは四十メートルを超え、太さも七メートル近い。
安定性や指向性は『火炎放射』より強いらしく炎がこちらに漏れることはないが、熱気が伝わってくる。
一瞬遅れて海水が蒸発する音が響き、より強い熱気が押し寄せる。
更に熱によって膨張した空気に押し流されそうになり、とっさに魔法で位置を制御する。
そうして起動から数秒を耐えると、状況が安定してきた。
船からの歓声がここまで聞こえてくる。
魔道具の強化版というより亜龍のブレスの劣化版といった方がいいほどの火力なのだから、技術者たちが大喜びするの無理は無いだろう。
これがあればデシバトレの木くらい俺なしでも伐採できたんじゃなかろうか。
ブロケンの確保とともに大規模な伐採依頼はなくなってしまったのが惜しいな。
戦闘用としても、突如大量の魔物が襲ってきた場合に使える……か?
よく考えてみると、いくら指向性を持っていて横や後ろに被害を及ぼさないと言っても、これだけの火力を街の近くでぶっ放す気になる者はそういないだろう。
そもそも、いくら取っ手をつけたところで魔法装甲無しでこれを発動させるのは自殺行為でしかない。
……何に使うんだ、コレ?