第88話 倉庫と小型化
「……本当に人間か?」
失礼な。
Sランクになってしまった以上は多少の自重など無駄なので、少し本気を出しただけだ。
初めて試した、持続時間の長い魔法が予想以上にうまくいってしまったというだけだ。
俺が人間でなくてなんだというのか。
「魔力が多いだけで、俺は普通の人間ですよ」
「明らかに普通の人間ではないが……」
この冒険者も元デシバトレ在住なのだから、あまり人のことを言えないと思う。
デシバトレで弱い方の冒険者でも、普通の都市ならばエース級だ。
「デシバトレの人だって、一般人から見ればどうかしてますよ。それと似たようなものです」
「それを言われるとな……」
納得してもらえたようだ。
後の処理は商会や地元の冒険者の仕事なので、俺の仕事は報告をあげて終了である。
本来ならばこの後に打ち上げでもやるところなのかもしれないが、住民達は避難しているし、そんな余裕はないということで各自解散だ。
この調子なら、大発生は俺にとって大した負担にはならないだろう。
実入りもいいし、面倒なことと言えば、一日近い拘束時間が発生することくらいだ。
もっと長時間続く魔法を発動だけして帰るとかすれば、ほとんど往復の時間だけで処理できることになるが、さすがに失敗した場合が怖い。
そんなことを考えながら飛ぶうちに、フォトレンに到着した。
……が、なんだか様子のおかしい場所がある。
やたらと人が密集しているのだ。
イベントでもあるのか?
確かめるべく、とりあえず門から街に入り、人の多かった場所に歩いてみる。
すると、様子がだいぶ分かってきた。どうやらイベントではないようだ。
列の先頭に何があるのかは分からないが、並んでいるのは全員が荷車や馬車を引いた商人たちであった。
ゆっくりではあるが、列は止まることなく進んでいるようだ。
人数も多いことは多いが、荷車や馬車のせいで伸びているので、遠くから見たほどの人数はないように思える。
遠くから見た列の長さからすると1時間足らずで先頭まで進むことができるだろうが、様子見のためにそこまでする気にもなれない。
商会に行けば、何が起きているかくらいはわかるだろう。
そのため俺は列を後にしてメイプル商会に向かったのだが、ここでも俺の歩みは人ごみに阻まれることになった。
こちらは商人ではなく一般人のようだ。
この列も止まることなく動いてはいるが……この調子では商会到着までに4、50分はかかってしまうだろう。
いつもの道をあきらめて横道を使うことも少し考えたが、フォトレンの地形は地味に複雑なのだ。
慣れない小道に入るのは賢い選択ではない。
と言うことで、空を飛ぶことにした。
デシバトレに近いフォトレンでは一般的とまでは言えなくとも、空を飛んで道をショートカットする者はある程度存在するのだ。
どうせ同じ方向なのだから行列の理由も確かめてしまおうと思いながら飛んでいると、列の先頭が見えてきた。
偶然にもそこは俺の目的地と同じ――というか、メイプル商会だった。
商会から出て行く人々の手には、何かを入れた袋が握られている。
何かとは言うが、原因は一つしか考えられない。砂糖だ。
俺がソルティアに発ったのは販売の準備が終わった頃だったが、ここまでの騒ぎになっているとは。
とても正面入口から入る気にはなれないし、裏口も従業員がひっきりなしに出入りをしているので、開いていた窓から二階に入る。
一階からは喧噪が聞こえてくるが、二階は比較的平穏なようだ。現場のほうにかなりの処理を割り振っているのだろう。
メイプル商会は砂糖だけを扱っているわけではないし、砂糖関連で本部がパンクするようでは困るからな。
「カエデさん……どこから入ってきているんですか」
「裏口は忙しそうだったし、あの表口から入る気にもなれなくてな……しかし、大騒ぎになってるみたいだな」
「貴族くらいしか買えなかったものが手の届く価格になったわけですから。今は売り始めなので大変ですが、ある程度行き渡れば落ち着いてくると思います」
まあ、珍しいものを売る店の開店直後なら、こんなものか。
さすがに今のような行列が延々続いたりはしないだろう。
というか、続いてもらうと逆に困る。
「商人の行列もみたが、あれも砂糖か?」
今考えてみると、商人達の行列が向かう先には砂糖生産に使っている倉庫があったはずだ。
「ええ。メイプル商会も大きくなってはいますが、国中に販路を持つ大規模商会ではありませんから。それにウチだけであまり儲けすぎると、恨まれてしまいますからね」
まわりにも利益を振りまくくらいで丁度いいということか。
俺を簡単に暗殺できるとは思えないが、メルシア狙いや実力行使以外の陰湿なやり方もあり得るからな。
「そうしてくれ。でかい商会からの恨みを買うのは怖いからな」
「メイプル商会は今のところ、庶民からも商会からもかなり好かれていると思いますよ」
「結構暴れ回ってると思うが……好かれてるのか?」
ここ最近にできた商会があっという間にこれだけの規模まで成長すれば、面白く思わない奴もいそうなものだが。
「ええ。普通の商会なら恨みを買うようなやり方もある程度必要なのですが、メイプル商会は今のところ放っておいても儲かるくらい強い商品を持っていますから。……それにカエデさんを敵に回したい商会なんてありませんよ」
「……俺?」
確かに冒険者ギルドの関連ではかなり有名になっているようだが、商会とのつながりはアーティファクト関連とドラゴン関連、それからこの間の大発生関連くらいしかないはずだ。
俺と関係のある商会など、無数に存在する商会のうち数%といったところではないだろうか。
「商人は情報に生きているようなところがありますから、噂は広がりやすいんですよ。……ちなみに戦闘力以外は正確に伝わっていない場合もあるようなのですが、好都合なのでそのままにしています」
どんな勘違いだよ……いや、なんとなく分かるが。
俺だって何の予備知識も無く、『あの商会のオーナーは街と同じ面積を数秒で焼き払ったらしいぞ』などという噂を聞けば、少なくともそのオーナーが温厚な性格だとは思わないだろう。
実際に人と戦ったのは盗賊相手を除けば貴族のドラ息子くらいなのだが、噂でそこまで伝わるとも考えにくい。
勝手に恐れて敵に回すのを控えてくれるならありがたいが、微妙に納得いかない。
イメージ戦略みたいなのを取ってみるのはどうだろうか。
たとえば魔物が現れた街に颯爽と焼き払い(もちろん魔物をだ)、燃えさかる地面と焼ける魔物を背後にニッコリ微笑みかける……逆効果でしかないな。
戦闘力ではなく、商会を通して普通のイメージになるのを待つしかないか。
「今の行列以外で、何か変わったことはあるか?」
「商会としては、砂糖を扱うための倉庫を増やしたいですね。予算は売り上げで賄えますが、少し大きい話なのでカエデさんの許可をと」
倉庫か。
大きい投資なのかもしれないが……ズナナ草の売り上げや砂糖の売れ行きを見ていると、そこまで大きくは感じないな。
この程度なら任せてしまっても、メルシアなら無茶はしないだろう。
「倉庫の1つや2つくらいなら、メルシアの判断で増設してしまって問題ないが……商会以外に何かあるみたいな言い方だな」
「はい。少し前に、ツバイ商会が3構造のアーティファクト制作に成功したという情報が入りました」
別にツバイ商会と関係が深いわけではないが、アーティファクトの作成に参加していた大商会の一つだったはずだ。
ツバイはエインからエレーラに向かう途中で泊まった街だが、ツバイ商会というのは昔本拠地があった名残で、今の本拠地はドライという都市にあるらしい。
「……どうやって?」
カトリーヌも亜龍の魔石なら3構造を作れそうだと言っていたが、まさか本当に亜龍の魔石を使ったのか? 3構造のために?
それともまさか、結合魔石を……
「Bランクの大型魔物、お披露目を見てきたカトリーヌは恐らくアークトレントだと言っていましたが、その魔石を使ったようです。詳しい方法は公開されていませんが、元々ツバイ商会の魔道具部門は優秀ですからね、普通に成功してしまったのかもしれないと、カトリーヌは言っていました」
結合魔石ではなかったようだ。
しかし、単純な加工技術で優れる商会があるなら、他の商会との連携も考えるべきか……?
どうせ結合魔石をいつまでも独占するわけにはいかないし、悪用の問題もあるので製法は秘匿するにしても、結合魔石の販売は近いうちに始めるつもりだ。
そもそもアーティファクト制作はなんとなく進める方向に進んでいるような感じだが、最終目的は魔凍を作り、ドラゴンの出現を何度でも乗り切れる体制を作ることなのだ。
そのために信用できる商会と協力するのは、最初から選択肢として存在していた。
まあ、アークトレントの魔石を試してからでも遅くないな。
「……とりあえず、カトリーヌに詳しい話を聞いてみるか。技術的なことはカトリーヌの領分だからな。商会に関係のある話題は以上か?」
「はい、あとは私たちだけで処理できます。カトリーヌは工房にいるみたいですよ」
「むむ……」
工房に入ると、カトリーヌが難しそうな顔をして魔道具を見ていた。
装飾などを見る限り、メイプル商会で作ったものとは違うように思える。
魔石のサイズは大きくないが、さっき聞いた話を考えると、ツバイ商会のものだろうか。
「ツバイ商会の研究か?」
「そうなんですよ……って、カエデさん?」
「3構造が完成したと聞いてな。カトリーヌは見てきたみたいだから、詳しい話を聞こうと思って。どんな感じだ、ツバイ工房の3構造は?」
「ええと……あれ自体は大した性能ではないんですよ。アーティファクト自体の出力が大きいので一般人の目はごまかせたかもしれませんが、動作は不安定で、まるで初心者が作った魔道具みたいです」
「つまり、大したことはないと?」
「いえ。不安定ですが、使われている技術は恐らく高度なものです。遠目に見ただけなので正確にとはいきませんが、魔法構造自体をすこし縮小したんだと思います」
小型化というやつか。
これから技術が安定してくれば、かなりの武器になるかもしれないな。
「共同研究も考えているんだが……どう思う?」
「今は単独でもできることがありますので、私としては様子見がいいと思います。結合魔石を見せて話を持ち込めば、恐らく断られることはないでしょうし」
「……なら、様子見でいいか」
こちらが持っている結合魔石はかなり強いカードのようだから、手遅れになるのは考えにくいだろう。
他が成功させてしまわない限り。
「じゃあツバイ商会のことはいいとして、大発生を討伐してきたんだが、この魔石はアーティファクトに使えそうか?」
そう言いながら、大発生で落ちてきた魔石の中から、比較的大きい物を数個取り出す。
大発生はこれからもあるのだし、これがアーティファクトに使えるなら、使い放題の作り放題である。
カトリーヌはその魔石を手にとって見て、少し目を見開いて机の上に置いた。
そしてもう一つ手にとって、やはり驚いたような表情をする。
カトリーヌは同じことを数度繰り返して魔石を全て調べ終わると、少し首をかしげて言った。
「素晴らしい魔石です。魔力が多く、亜龍のものを除けば最高品質だと思いますが……これは火の魔物からとれたものですか?」
「たぶん違うけど、何でだ?」
「質は確かに素晴らしいのですが、属性が火に偏りすぎているんですよ。こんな魔石は見たことがありません」
ほとんどの魔物は視界に収める前に灰となったため、火の魔物でないとは言い切れないが、火の魔物など一匹も見た覚えはないぞ。
魔素の異常で現れた魔物だから、妙な魔力を持っているのだろうか。
……ん? 火?
それって、俺が殲滅に使った属性じゃ……
活動報告に書籍化の続報を掲載しました。
ラフ画もあるよ!