第87話 炎と魔石
幸いなことに砂糖化された机は安物だったので、もう少しいいものに買い換えることになった。
所詮は砂糖作りの道具と、アーティファクトを舐めてかかっていたのかもしれない。
軍用にも使えるような魔石を使って作られたアーティファクトが、ただ少量の砂糖を作るだけのものであるはずもなかったのだ。
更に恐ろしいことに、『木材砂糖化』の魔道具は複数回の使用と魔力の充填が可能な魔道具であった。
砂糖の大量生産はもちろん、木造住宅の解体までこれ1個でこなせてしまう。
魔石を3つも使ったかいがあったというものだが、それにしたってすさまじいコストパフォーマンスだ。
魔力充填が可能になっているところを見ると、古代文明でも魔石がそれなりに貴重だったのかもしれない。
ともかく、魔道具の出力に相応の材木と金属製の専用設備を用意することで、砂糖を安定的に生産できるようになったのだ。
ズナナ草によって阻まれた砂糖量産計画がこのような形で実現されるとは思ってもいなかったが、結果としてメイプル商会に新たな主力商品ができることになった。
メイプル商会はすでにだいぶ大きくなっており、販売に関わるあれこれは俺が関わらなくても出来るとのことだったので、俺はたまに『木材砂糖化』に魔力を充填するだけの簡単なお仕事である。
研究開発以外は金と物だけ出して傍観するような状態だが、店が大きくなっていくのは経営シミュレーションみたいで楽しいものだ。
そうして砂糖の販売体制が整えられる間に、俺はギルドの依頼を受け、それに関する打ち合わせのためにソルティンという街に来ていた。
魔物の大発生が、ついに起こるというのだ。
場所はフォトレンから(馬車などの一般的な移動手段で)5日ほどの位置。
俺にとっては大した距離でもないし、援軍となるデシバトレ帰りの冒険者にとっても大した距離ではないだろう。
打ち合わせは人数が絞られていることもあって、スムーズに進んだ。
俺に伝えられたことを要約すると、だいたいこんなところだ。
大発生予測地域内(半径は100キロほどだ)はほとんどがただの荒野か山地で、小さな村が幾つか存在するだけであることも、問題を簡単にしている。
周辺には対策本部が置かれるソルティンを含めいくつかの中小都市があるが、そちらの護衛や村の住人の避難はすでに済んでいるため、俺の仕事は魔物が範囲から出る前に倒し、町につく護衛の魔法使いが倒せる程度の数まで減らすことだ。
この依頼を成功させるということは、1万近い魔物をほぼ全滅させ、その素材を独占するということだ。
アーティファクトの素材が沢山手に入りそうである。
担当範囲を決め終わると、会議はすぐに終了した。細かいことは各々が判断して、それぞれに役目を果たすということだろう。
商人やギルド関係者はそのまま街に残り、冒険者たちはそれぞれの持ち場に移動することになる。
「俺達が仕事をしないでいいように頑張ってくれよ」
対空用の長い杖を持って街を出て行く冒険者たちにそんな声をかけられながら、俺も空を飛び始めた。
持ち場へと走って行く冒険者たちは魔法使いのくせに普通の戦士より足が速いが……元々はデシバトレにいた魔法使いたちだ。驚くには値しないだろう。
魔物が現れると予測された時刻までにはまだ4時間~6時間ほどあるが、予測は半径100キロまでにしか絞り込めていないので、前兆が現れている場所を探さなければならない。
俺は音速を超えないように注意しながら加速し、あちこちの空を見て回る。
魔素が集まりすぎた場所は黒く渦を巻く雲が出るため、見分けるのは簡単だという話だ。
その話は間違っていなかったようで、三十分たらずで俺は黒く渦を巻いた雲を発見した。
半径100キロの範囲ギリギリの位置だが、近くに小さな村が一つある以外には何もない場所で助かった。
とりあえず被害が出ないように村には結界魔法を張っておき、雲を眺めて魔物の発生を待つ。
見ている間にも、普通の積乱雲などとは違う不自然な黒さの雲が大きさと黒さを増していく。
三十分ほどが経過して雲を眺めるのにも飽きた頃、雲の横方向への拡大は終わり、今度は強い下降気流が吹き始める。
その下降気流の中でも雲は消えず、むしろ下方向へ拡大を始めたところを見ると、この雲は水蒸気から出来たものではないのだろう。
しかし魔物の登場までにはまだ5時間以上ある。
あまりに暇だ。
いっそドラゴン討伐直後のように魔素を回収してしまえば手っ取り早いのではないかとも思ったが、妙なことが起こっても困る。
仕方がないので、手持ちの魔石の中で数が多いものを連結できるように加工して待つことにする。
魔石が一つ、魔石が二つ……
173個目の魔石を加工し終わったころ、ようやく事態が動いた。
空を覆い尽くしていた黒い雲が消滅し、代わりに空を覆ったのはこれまた黒い飛行魔物たちだ。
魔物は複数回に分けて現れるようだが、それでも千や二千はいるように見える。
数は多いが、出現範囲は雲とほぼ同じような大きさなので、とりあえずその範囲を結界魔法で覆ってしまう。
数十立法キロをまとめて囲うことになるが、そこはMPの暴力でカバーだ。
試しに1匹倒してみようか。
亜音速で近付いて、魔剣を一振りして、黒く大きな羽根をもった鳥のような魔物の首を落とす。
解体してみると、この鳥は実験の際に使ったような大きめの魔石を持っていることがわかった。
魔石はいいが、他の素材は質が微妙のようだ。
なんだかC国製の安い製品のような雰囲気を持っている。
妙な黒い雲を素材に一瞬で大量生産されたと思えば、仕方ないのだろう。
少し考えて、他の素材はあきらめて魔石だけ回収するスタイルを取ることにした。
他の素材も回収するに越したことはないのだが、数十匹を一度にきれいに倒せというのでさえ、ショベルでプリンをきれいに食えというようなものだ。
ショベルなら頑張ればなんとかなるかもしれないが、相手が数千匹ともなるとショベルがバケットホイールエクスカベータ(海外で露天掘りとかに使うアレだ)にランクアップする。無理だ。
考えるうちにも鳥やら羽根つきの犬やら、飛行型の魔物たちが襲いかかってくる。
ちょうどいいので、実験台になってもらおう。
俺は魔物から少し距離をとり、アイテムボックスから『魔素鎮圧』を取り出し、発動させる。
すると力が少し抜けるような感覚がして、次の瞬間には周囲の魔物たちが固まり、地面へ落下しはじめた。
半径百メートルほどの範囲にいる魔物は全滅し、その外にいる魔物も飛び方がおかしくなって高度を下げている辺りを見ると、中々優秀な魔道具だ。
しかし、その対象は魔物だけではなかったらしい。
高度を保つ感覚で飛行魔法を使っているのだが、高度が落ちていくのだ。
それに気付いてから出力を上げて高度を維持したが、俺自身も影響を受けてしまったのだろう。
『魔素鎮圧』が人間に影響を及ぼさない説はガセネタだということになる。
……恐らくここにいる魔物を全部合わせたより多い魔素を持つ俺を人間にカウントするならばだが。
魔法の出力は落ちてしまったものの、すでに回復し始めている感じがするし、それを自覚して使えば問題はないので、魔物の殲滅を開始する。
数が多いために殲滅力は必要だが魔石が壊れると困るので、デシバトレでやるような爆発魔法ではなく、炎魔法での殲滅だ。
結界から外に出て何百万という魔力を注ぎ込み、結界内を埋め尽くせるほどの火魔法を生成し、小石を投げつけて起爆する。
空が赤く染まった。
熱と炎に重点を置いた魔法は結界内と周囲の空はもちろん、地面までも赤い光で染め上げている。
結界のおかげで熱を感じることはないが、その結界が魔力をゴリゴリ消費するのを感じる。
今の俺なら魔力の一億や二億持って行かれたところで問題はないが、昔の俺だったら干からびていたんじゃないかと思えるほどだ。
その炎は数十秒も燃え続け、やがて結界の底に大量の魔石を残して消え去った。
死体は炭になると思っていたが、炭すら残らなかったらしい。解体の手間が省けたと喜ぶべきだろうか。
魔法で魔石を冷やしてアイテムボックスに収納すると、俺が貼った結界の横に張り付いて新しい黒雲ができているのが見えた。
魔物は同じ場所から出現し続けるとの事だったが、結界で再生成を邪魔してしまったのかもしれない。
まだ次の召喚までには時間がありそうだが、この大発生は断続的に半日も続くらしいのだ。
面倒なので、少し横着を試してみることにした。
まずは地表付近に結界を張り、被害が出ないように、しかし雲の生成を邪魔しないように地面を保護する。
そして、その下から最初の火魔法の数千倍の魔力を投入し、効果時間を伸ばした火魔法を打ち上げる。
火魔法が雲の中心付近に辿り着いたのを確認し、杖で加速した魔法で起爆すれば完成だ。
雲の周囲が炎に包まれる。
今度の作戦は『魔物が生まれる前から炎を用意しておき、魔物を出てきた瞬間に殲滅する』というものである。
これが成功すれば、俺は魔物の出現を監視し続ける必要がなくなるのだ。
しばらく炎を見守るが、数分が経過しても炎が消える様子はない。
周囲に被害は出ていない。展開は成功だ。
夕方だというのに昼間のように明るい地表付近で、時々周囲を偵察しながら空を見上げること1時間ほど。
赤い空から赤黒い玉が降り、結界に次々とぶつかり始めた。
近付いて確認してみると、他の魔物たちが落としたのと同じ魔石だ。
MPの暴力により、空を見守り敵を殲滅する仕事は、火の番をしながら魔石を回収するだけの仕事に変わった。
半日で回収できた魔石は、およそ九千個。
質のいい魔石が大量に手に入ってホクホク顔でソルティアに戻ると、護衛をしている冒険者たちがすっ飛んできた。
「……無事だったか。お前の行ったあたりで空が燃えていたらしいが、亜龍かドラゴンでも出たのか? 魔物は飛んでこなかったが、巻き込まれればいくらカエデでも危ない規模だと聞いたぞ」
「あ、それは多分俺の魔法です。魔物の出現範囲をあらかじめ炎魔法で埋めて、少し楽をしていたんですよ」
8割方スムーズに書けたのに、最後で詰まって日付変更ギリギリになる罠。
文字数ももう少し多くなる予定だったのですが、ちょっと色々失敗しました。
ちなみに夏イベのせいではありません。