第83話 討伐と鉱石
ドラゴンキラー号の砲は大きく、支えきれずに落下しながら射撃するような有様だったが、撃ち出された弾はその割に遅かった。
前回のドラゴン戦で命中したのが不思議なくらいだ。
まあそもそも、音速が基準になるような戦闘で、機械にそこまでの期待をしているわけでもない。要はドラゴンに刺さる弾があればそれでいいのだ。
加速の魔道具をまとめて起動し、砲弾を一気に加速させる。俺自身の魔力も全て使い切るつもりの大盤振る舞いだ。
前を砲弾にふさがれているので、敵の攻撃を防ぐことは不可能だ。それに、もしそんな余裕があれば加速に使っている。
だが、現存する材料を使い果たす勢いで作られた砲弾の対ドラゴン性能は本物だったようだ。
こちらに突撃するドラゴンが放つ火球をまとめて受け止め、爆発もさせずに消滅させてしまう。まるで普通の炎が水をかけられたかのように。
ドラゴンは俺を侮っているのか、回避しようとせずにまっすぐ突っ込んできた。
そのおかげで俺はほとんど魔力を尽きさせながらも、ドラゴンと正面からぶつかりあうことに成功した。
ドラゴンと接触すると同時、敵の頭から今までのブレスさえ超えそうな魔力を感じた。これが目的で突撃してきたのかもしれない。
しかしドラゴンキラー号の砲弾はそれさえも受け止め、こちらには火花が少し散るかどうかという程度にまで押さえ込んでしまう。
おそらく材料自体がアーティファクトの類だが、何で出来ているのかが不思議になるレベルの代物だ。
その力を最大限に生かすべく、魔力と膂力の全てで龍の頭に砲弾を押し込む。
しかし、ついにここで魔力が底をつく。今までにはあり得ないような魔力の使い方をしたのだ、無理もない。
アイテムボックスにあった加速の魔道具も尽きている。
しかし、アイテムウィンドウに一つ、突破口らしき魔道具を見つけた。爆発の魔道具だ。
迷っている時間はない、俺は装甲を信じて手持ちのそれを全て取り出し、起爆させる。
爆発とともに吹き飛ばされ、海に落ちる直前に俺が見たのは、砲弾の先端を照らしていたドラゴンの炎が弱まり、その動きが止まるところだった。
そして水面が迫った頃、ドラゴンの体がゆっくりと傾き、落下し始めるのを見る。
勝利したのだ。
そのまま水中にたたき込まれた俺だが、のんびり勝利の余韻に浸っている暇はない。
こうやって倒すだけで解決であれば、古代文明も滅ばずに済んでいた可能性すらある。
まずは水面に出る。服は濡れて重たくなっていたが、魔力が尽きてもステータスは有効なようだ。俺はほとんど力任せに水をかいて、顔を出した。
近くに落ちているドラゴンの死体は前回の、小さい物ほど速やかではないものの、やはり消えることになるらしく形が崩れだしていた。
当然それは魔素となって空気中にまき散らされているようで、すさまじい速度で魔力の最大値が上がっていくが、まだ足りない。
データと魔力の上昇ペースから考えると、ただ待っているだけではまたドラゴンが発生するだけの魔力は維持されたままだろう。
しかし俺には亜龍から魔素を奪い取る程度の魔力掌握力と、今までどれだけ魔素を吸収しても何の問題も起きなかった実績がある。
俺はその力を完全に発揮すべくドラゴンに近付き、魔力の吸収を開始した。
翌日、ギルドからの報告を待つ間にやることを探すべく、商会に戻っていた。
ドラゴン討伐と、そこから魔素を回収した事による影響を知るためだ。
膨大な魔素を吸収したことにより、俺の魔力はもはや桁を数えるのも面倒なほどになってしまった。
単位で言うと穣だか溝だか、とにかくそのくらいだ。物理学者にとって大事なのはその数字が何桁なのかであって、その一桁目の数字が2であろうと5であろうとどうでもいいなどという話を聞いたことがあるが、その気持ちが分かった気がする。
その上で体調などには全く影響がないのだから、不思議な物だ。
元々この世界にいた者とは、まさしく世界が違うと言うことだろうか。
しかし、それでも本当にドラゴンが再出現するレベル未満まで魔素が減ったかどうかは分かっていないのだ。
俺が帰ってくるまでに状況をまとめ、祝勝会兼報告会の準備をする予定だったのだが、俺もギルドも俺の速度を甘く見ていたようだ。
往路は戦闘に影響を及ぼさないようにという自重がまだあったが、復路にはそれすらない。
せいぜい魔物の領域を抜けた後、人に衝撃波をぶつけたりしないために速度を落とした、といった程度だ。
もちろん準備が間に合うはずも、データが集まるはずもない。
やることがなくなった俺は、余った物資をギルドに届けてから商会に暇つぶしを探しに行ったのだ。
商会の前に立つと、すぐに二階にいるメルシアを発見した。
リバイアサンと戦ったときに強化した触板の性能は、ある程度人の見分けがつくほどになったのだ。
「最近何か、変わったことはあるか?」
椅子に座って、なにやら目をつぶっているメルシアに話しかける。
寝ているわけではないようだ、地球で見た祈りのポーズに似ていなくもないが、この世界にそんな宗教があっただろうか。
「……カエデさん!? 帰っていたんですか? ドラゴンは!?」
メルシアは俺が帰ってくるのが予想外だったのか、大げさに驚き、飛び上がった。
予定より少しばかり早くはあるが、どのみち生きて帰るとすれば今日中だというのに。
「倒したよ。魔道具なんかは使い果たしてしまったが、ともかく勝ったことは勝った。今は報告待ちだ」
「祈りが通じ……いえ、よかったです、本当に。こちらも大きく変わったことはありません。そんなに時間もたっていませんから。しいて言えばもう少し農地を増やしたいなと」
「船は足りてるか?」
「農地に対しては足りていますが、そもそもズナナ草抽出液の供給量自体がだいぶ足りていません。元々需要が多かった上に、遠くの街でも消費され始めているのでしょう。値段も増産前の水準に戻りつつあります」
あれだけ増やして、まだ足りないのか。
しかも値段が戻るのが早すぎる。
距離によるタイムラグを考えると、需要増は増産が決定される前に起こっていたのだろう。
もし増産をしていなかったらと考えると恐ろしい。
「さらにカエデさんが出発した後、ドラゴンを倒せたらどうするかが話し合われていたのですが、そこでズナナ草の国外輸出の話も出ました」
「国外輸出!」
俺がいない数日間の間に、いったいどんな話が進んでいたというのか。
そもそも国内でも足りないという話をしていたのに、国外輸出とは何事か。
……農地増やすか。10倍ほど。
「よし、じゃあ農地を増やそう。今の10倍、いけるか?」
「じゅ、10倍!? いくらなんでも多すぎでは?」
「この前見た限り、島の数は余裕で足りる。船もコストは上がるが、厚みを増して総ミスリルにすればなんとかなるだろう。人材も今いる連中を指導につければ、なんとかなるんじゃないのか?」
「……人材に関しては、いけなくもなさそうです。しかし船は金があれば作れるわけでじゃありません。それだけ増やすとなると、恐らく使う船は五十隻近くになるでしょう。となるとミスリルも不足するはずです。ランニングコストも増えますし、さすがに無茶ではありませんか?」
それらの問題は、実はほとんど解決していると言っていい。
俺は何も考えずに10倍などと抜かしたわけでは決してないのだ。
「まずミスリルだが、ミスリルってどこから出てきたと思う?」
「えーと……大陸中に存在する、ミスリル鉱石からでしょうか」
「それは製錬前の話だ。その鉱石自体は、普通の石なんかがドラゴンのブレスで大量に魔素を吸った結果できたらしい」
確かに、ドラゴンの攻撃に耐えて残るような施設に基本的な本は置かれていなかったのか、現在でも役立つような情報は古文書の数に対しては少なかった。
それでも、現存する古文書が大量に解読された結果、衝撃の新事実が多数発見されているのだ。
そしてこれもそのうちの一つだ。
今回ドラゴンを倒した後、地表を鑑定して回った事により正しいことが判明した。
ドラゴンのブレスにより焼き払われた場所の地表は、俺が見た限り全て高純度のミスリル鉱石になっていたのだ。
魔物の領域にあるものは、誰でも自由に持っていっていいことになっている。
さらには桁がおかしい魔力も回復しつつあり、目の前には鉱石の山があった。
もちろん俺に躊躇するような理由はなかった。
俺はアイテムボックスから、拾ってきたミスリル鉱石を取り出す。
「これは……随分と純度が高いですね。ここまで色がはっきりした物を見るのは初めてです」
そう、最近できた鉱石の純度は、大昔に出来たであろう普通の鉱石に対して遙かに高いのだ。
普通のミスリル鉱石は普通の石に対してやや青が混ざっている程度であるのに対し、俺の持っているものはほとんどの部分が青く、石よりはミスリルのインゴットに近い色だ。
「今回行ったのはちょうど前回にブレスが撃たれたあたりでな、こんなのがいっぱいあるんだ。アイテムボックスにね」
「いっぱいとは、どのくらいでしょうか……?」
「山ほど」
「山ほどといいますと、総ミスリルで船を50隻作れるほどですか?」
「文字通り、”山ほど”だ。大きい山ではないが、少なくとも鉱石を積めばそこらの丘よりはでかくなる。多分精錬すればフォトレン近海を船で埋め尽くせるんじゃないか?」
なにしろ、今の俺の魔法は(周囲への被害を考えさえしなければ)周囲の地表程度なら簡単に剥がせてしまうほどなのだ。
手加減無しで鉱石剥がしにかかれば、山の一つや二つ築くのにそう時間はかからないだろう。
「鉱石って、いえ。アイテムボックスって何でしたっけ……」