第80話 会議と武器
「ほ……滅ぶ!? 何でですか? 説明を……」
「ドラゴンが半年で!」
「魔素吸引を使う亜龍は最後から二番目の……」
「カエデさんがいない間に古文書を分析した結果によると」
「ドラゴンが! ドラゴンが!」
静まりかえっていた反動か、聞いた途端、みな一斉に一度大きな声で話し始めてしまった。
そのため正確な中身はよく分からないが、どうやら完全体のドラゴンがあと半年くらいで来るという話らしい。
どれも俺が読んだものの中には無かった内容だ。
俺が読んでいる内容と古文書を照合するとかして読み方を解析したのだろうか。
その速さには驚くが、大勢に好き勝手話されては何を言っているのか分からない。
「一度に話さないでください、ええと……説明をお願いできますか?」
とりあえず、聞こえた範囲で一番冷静に説明していそうだった人に話を頼む。
古文書がどうとか言っていた人だ。
「はい、古文書によると、一度ドラゴンを討伐したものの、未だドラゴンの出現する状況に変わりはなく、悪化している模様。理由は恐らく、魔凍による封印ではなく討伐を行ったためだと思われます」
「魔凍は討伐のための魔法ではなく封印の魔法だったと。 それでその悪化の根拠が亜龍の魔力吸収攻撃ですか?」
「そうです。入手できる範囲の古文書はほぼ全て分析が終わりましたが、複数の資料からドラゴンの出現、および亜龍の出現率の上昇は空気中の魔素なるものの増加によるものだということがほぼ確定。その影響のうち比較的軽度の魔素増加で起きるのが最大魔力量の減少や亜龍の出現率増加、そして重度のものによっておきるのが……」
確かに、他にも強力な魔道具があってもよさそうなのにわざわざ『魔凍で倒す』と書かれていたのは少し不思議だった。
そういう理由だったのか。
「魔力吸収攻撃ってことですか」
そう言われて考えてみると、しばらく前にデシバトレでも大勢の魔法使い達がMPの管理を失敗して笑いものになっていた。
デシバトレにいるということは現状でもかなり上位の魔法使いであるはずだから、そう簡単に魔力の管理を間違えるとは考えにくい。
魔力の減少はあの頃から始まっていたのかもしれない。
「それで半年というのは?」
「古文書の時間に計算された、亜龍が魔力吸収攻撃を使用し始めてからドラゴンが自然発生するまでの期間です。今回は恐らくドラゴンのブレス、及びドラゴンの死亡後に構成していた魔力が空気中に拡散したことにより一気に空気中の魔素が増加し、閾値を飛び越してしまった事が原因と思われますので、実際にはそれより短い可能性も」
「そうですか……それで魔凍は準備できそうですか?」
無理だろうな、と思いつつも一応聞いてみる。
そもそも作るにしてもアーティファクトの類だろうし、戦闘用のアーティファクトの作成など成功した例すら俺は知らない。
「恐らく、というか期間内にはまず無理です、そもそも魔素は今までには存在するという仮説が提唱されたことはあっても見つかった事はありませんし、数あるマイナーな仮説の一つに過ぎませんでした。いくら資料があるとはいえそれを半年で扱うなどとても無理です。まず基礎理論から組み立てねばなりません」
やっぱり無理か。
しかし、まるで時間があれば出来るかのような言い方だな。
「もし出来るとして、どのくらい時間が必要ですか?」
「そうですね、書いてあった魔凍の製法は現在では不可能、他の方法で同じ物を作ることは無理でしょう、つまり理論をある程度理解して何を作ればいいのかを知るだけでもかなりの期間がかかります、それを何とか運べるサイズに納め、製造。細かな期間は上の人じゃないと分からんでしょうが、半年は物理的に無理かと」
「……状況はわかりました」
分かりたくもなかった。
ほぼ完全に詰んでいる。
1匹で世界を滅ぼすほど強い敵が出てきます。
ここまではいい、倒せばなんとかなるんだから。
倒してもまた出てきます、出てこないようにするには封印してください、ただし封印する道具が手に入るのは世界が滅んだ後です。
お話にならない。
ネトゲだったら運営のtwittorは大炎上し、関連コミュニティはらん豚で埋め尽くされるだろう。
しかし残念ながらこれは恐らく現実。
救いがあるとしたら、まだ話が分かってからの期間が短いため、見つかっていない対処法があるかもしれないことだ。
そうでなければ俺は大慌てでシェルターの建設資材集めでもはじめたことだろう。
だが、魔凍なしで倒した後に拡散を防ぐ方法でも用意出来れば、可能性はないでもない。
ちゃんとしたドラゴンは確かに桁外れに強いかもしれないが、こちらはある程度戦うタイミングと場所を選べるのだ。
「これからどうするとかは?」
「後日、対策会議が開かれる予定。無理を押してでも可能な限り早く行うとのことでしたが、日程は未定です」
日程が決まるまでの間に、これから必要になりそうな事をやっておくことにした。
具体的には、ズナナ草のさらなる量産体制の確立、それから武器の準備などだ。
増産の必要があるのは、これから魔物の襲撃が増える可能性が高いためだ。
デシバトレなどから回せる戦力にも限界はあるし、そちらをあけておくわけにもいかない。
そのため、前回の襲撃時ほど十分な対処をいつでもというわけにもいかない。
そんなとき、あれだけの効果を持つ薬があればある程度は何とかなるものだろう。
当然それに従って消費量も増える事が予想される。
まあ、こちらは島を焼いて材料や資金をメルシアに丸投げするだけで済むので、あまり問題はなかった。
問題は武器のほうだ。
魔剣など、簡単に手に入るようなものではない。
一般人なら持つだけで命が危ないような代物なのだから、当然ではある。
メタルリザードメタルなどの剣であれば用意は可能だろうが、亜龍相手なら今のもので十分だし、ドラゴン相手では明らかに不足だ。
一応武器屋などを回ってみたが、そのレベルの装備の既製品など売っているはずもない。
予備を用意する必要があるかは会議の結果次第だ。
それから亜龍が出たという場所に狩りにいったり、情報収集したりしている間に日程も決まり、ほどなくして会議の日が来た。
日数は数えていないが、随分と早かった気がする。
ちなみに俺は前回の小さいドラゴンをほぼ単独で討伐し、今回も戦闘が行われる場合主軸となることが予想されるため参加者に含められている。
「やはり、まずはどうにかして時間を稼がなければどうにもならない」
会議は挨拶からはじまり、まず対応が1日遅れるだけでもドラゴンの強さが増すこと、その変化は決して小さいと言えないため可能な限り速やかに行動を開始する必要があること、そのためこの会議には独断で物事を進める権限が与えられることなどが説明されてから始まった。
会議に与えられた権限が発表されたときに会場がどよめいたことから、恐らくその特権はかなり異例のものなのだろう。
それから議題は魔凍の分析の進捗状況、必要期間(研究所などの他機能を全て止める覚悟でも半年)、現在推定される空気中の魔素量とドラゴンが自然発生するまでの最長期間、前回のドラゴン退治などから導けるドラゴンが自然発生した場合の被害予測(滅亡)、などを移り、結局は自然発生させない方法を考えるという方向になった。
その末に議長がたどり着いたのがこの結論である。
俺も異論はないし、他の参加者もにも異論がある者はないようだ。
だが、その方法を思いついた者もそれと同じくらい――つまりは一人も――いないように見える。
亜龍が魔力吸収攻撃を使ってきた事が発表されたときのような重苦しい沈黙が場を支配していた。
やがて沈黙に耐えきれなくなったのか、一人の参加者が口を開く。
「……倒すことさえできれば、時間稼ぎくらいは手元にある手段でもなんとかできるかもしれません、」
声を上げたのはやせた男。
どこかの研究所の代表だったはずだ。
「どういうことだ?」
議長が尋ねる。
時間稼ぎにおける最も大きな問題の一つが、早めにドラゴンを呼んで倒したところで空気中の魔素が減らないことなのだ。
むしろブレスを打たれれば、それによって焼かれる大量の木などに含まれていた魔素が一気に空中に拡散してしまう可能性もある。
実際に前回打たれたブレスは魔物の領域を広範囲に焼き尽くし、酷い場所では焼け跡がブロケンとドラゴン出現地点の中間よりブロケン側にまで達している。
空気中の魔素が一気に増えたのはそれによる部分も大きいのだ。
もし倒すだけで時間稼ぎが可能になるなら、たとえば魔剣をなんとか用意して首を一発で落とすなど、可能性がないとはいえない。
それは大きな進歩だ。
「魔凍は複雑すぎて短期間での制作は不可能なのですが、空気中の魔素を集めて消耗した魔石やウィスプコアなどを再生させる魔道具がありまして。ドラゴンの死後、拡散する魔素をそちらで回収できるのではないかと」
「それで封じ込めると? そんなことができるのなら古文書の時代にもやっているのではないかね?」
「完全には無理です。恐らく吸引力が足りず、いくら数を用意したところでドラゴンの持つ魔素のうち二割も吸収できないでしょう」
「それではブレスを一撃打たれただけで魔素はむしろ増加するが……前回の焼け跡か。確かにそれなら」
ドラゴンの魔力は極めて大きい。
だからこそ封印することにより長い時間が稼げるのだ。
しかし広範囲の木々に含まれる魔素が一斉に放出されれば、ブレス一発あたりで小さいドラゴンの半分程度にはなってしまうことがわかっている。
封印されるのが二割程度では、むしろ魔素を増やす結果になってしまうだろう。
しかし、今回は既に焼けている場所がある。
その点を考えれば、今回は比較的ゆるめの条件といえるだろう。
ちなみに海上にドラゴンを呼ぶと近くの陸地にいくらしいので、その案は最初から存在しない。
しかし時間を稼ぐ手段がつかめそうなことに明るくなり始めていた雰囲気に、唐突に水が差される。
「まるで倒すことはできるみたいな言い方ですねぇ……」
水を差したのは比較的若い男。
この男も確かどこかの研究員だ。
誰もが最初から気付いていた問題だが、解決するのは難しい。
またみんなうつむいてしまうと思ったが、違った。
みんな一方向を向いている。
そちらの方向に何かあるのかと思い振り向くが、後ろには壁しかなかった。
「え、俺ですか?」
他人事みたいな顔をしていた俺が、一瞬遅れてその視線の先が自分だという事に気付く。
「前回は首を落として一撃で決めたと聞く。完全体でも首を落とせば倒せるのは同じだろう。他に可能性のあるものはいないと思うのだが、頼めないだろうか」
議長を含め、その場にいたほぼ全員がが期待を込めた目でこちらを見ている。
結局対応策は俺なのか?
信頼といえば聞こえはいいが、もうちょっと作戦みたいなものはないのだろうか。
なにより、
「その時の武器がもうありませんが」
前回だって最初から一撃で首を落としたわけではない。
龍の強さ自体は、こちらも自由に魔力が使えるようになったことである程度の解決が見込める。
しかし太い首を落とすのであれば巨大な魔剣か、大量の魔剣が必要になるだろう。
データからすると、前の魔剣のようなものであれば最低でも10本は必要だ。
今までに俺が持っていたもの以外は見かけた事がないし、そんな数はとても手に入るとは思えない。
「ふむ、その武器とは行き過ぎた魔剣だったかな?」
「ええ、多分かなりの数が必要です」
「もちろんできる限りの支援はする、必要なものなら魔道具だろうがウィスプコアだろうが、手に入る限りの物を用意しよう。……何本必要かな?」
「最低でも10本ほど、状況次第では青天井です。何しろ剣で倒した例など古文書にもありませんからね」
俺は無理だと言われるのを承知で答えた。
別に戦うのが嫌というわけではない、他の人に出来ないのであれば挑戦することはやぶさかではない。
だが、もうちょっと他に可能性がないかと思っていたのだ。
しかし返ってきた答えは予想外のものだった。
「そうか、ならその点は問題ないというわけだ。武器が壊れたという報告は受けていたから行き過ぎた魔剣の所在を調べていたのだが、どうやら200本くらいは用意できるようだよ」
……桁が一つ違ったようだ。