第79話 吸収と奪還
戦うとなれば、まずは状況の把握だ。
MPはどちらも300億ほど。
イグニスワイバーンのMPが58億ほどだったので、それよりはるかに高い。
その他のステータスはイグニスと同程度かそれよりやや低い程度だ。
スキルはイグニスと同様のブレス、飛翔以外に『劣化空間魔力掌握』なるものを持っている。
何が劣化しているのかもよく分からないが、魔力関連では性能が高そうな感じだ。
もっとも、亜龍の場合はMPは同時にHPでもあるようなものなので、耐久性も高いことになるが。
前回のドラゴン戦でMP切れを起こしたので、自分の魔力も監視しておく。
現在は全く減っていないが、もしかしたら前回の原因が分かるかもしれないと思ってのことだ。
ちなみに現在値は約30億、ほとんどはドラゴン討伐時に増えたものだ。
これで状況確認は大丈夫だろう。
いつも通り、ブレスだけはかわすために距離を詰めて戦うことにする。
一応魔法を数発放ってみるが、やはり亜龍に効果は無いらしい。
複数を相手にする場合、片方を集中的に狙うのが基本だ。
俺もそのセオリーに従い、片方の亜龍に張り付き、集中的に攻撃を加えはじめた。
戦闘は順調に進んだ。
確かに魔剣に比べてダメージは遙かに小さい。
だが亜龍とはいっても、デシバトレなどこの国で最強クラスの防御力を持つ都市がかなりの被害を覚悟すれば、俺でなくても撃破できる相手なのだ。
高出力の魔法と高いステータスに補助された、魔剣であればドラゴンの首を一撃で落とすほどの剣術でダメージを与えられないわけがない。
防御面も、ブレスの一発程度ならまともに食らっても平気な程度の防御力はある上、その防壁の補強速度も魔法の出力と同様に向上している。
攻撃が痛くないのなら、数や体力も時間が伸びるだけでそう怖いものではないのだ。
翼や脚、首など目についた部分にひたすら剣を突き立て、ブレスが来れば離脱するだけの単純な攻撃を続ける。
ブレスは射線に味方がいようとも無視して撃ってくるが、連携などもないので厄介さは感じない。
一撃でどうこうというものがない地味な戦闘ではあるが、継続的な攻撃に亜龍のHPは少しずつ削れていく。
亜龍は魔力を消費して傷を回復していくが、それにしても自身の力を削ることに変わりはない。
その上、今までの亜龍と比べて体の回復力は低めのようだ。
力の落ちた亜龍の動きは落ちはじめ、それにより俺の攻撃はやりやすくなる。
結果として亜龍のHP、MPは加速度的に削れていくことになった。
不安要素と言えば劣化空間魔力掌握くらいだろうか。
そうして戦闘が開始してから一時間ほどが経過した。
亜龍のうち片方の魔力はすでに残り6割ほどにまで削れている。
それに対して俺のHP、MPは全くの無傷だ。
戦略の問題ではなく、単純なスペックからして勝っているといった感じだ。
実際、この亜龍たちが他の亜龍と同じようなものだったらそうなっていただろう。
たが今回の敵が今までのものと違ったのは、やはり数だけではなかった。
「ギアアアアァァァァ……」
傷ついたほうの亜龍が唐突に、今までにない咆吼をあげ、魔力による回復も追いつかずボロボロになった翼を広げる。
これが劣化空間魔力掌握だろうか。
何が起こるか分からないので一旦攻撃をとりやめ、距離を取る。
距離を取りながらもう一体の亜龍によるブレスを警戒するが、ほぼ無傷の亜龍のほうは身を守るように翼を縮め、口を閉じている。
その反応から敵味方お構いなし(亜龍がもう片方の亜龍を味方と見なしているかは分からないが)の範囲攻撃だと判断し、そこから離脱すべく更に速度を上げる。
しかし、間に合わなかったようだ。
傷ついた亜龍を中心に半径50mほどの範囲から、魔力のような何かが吸い取られるのを感じる。
範囲内にあった木々の葉はしなび、下草もしおれていく。
魔力の吸収は、当然俺も対象になっていたようだ。
戦闘開始から最大値のまま変化を見せなかったMPが、ゆっくりと減少を始める。
ゆっくりとは言っても、それは俺の魔力総量から見ての話だ。
ドレインはわずか2秒ほどで終わったが、250万ほどのMPと、10万ほどの魔力最大値が削られることになった。
空気中の魔力が減ったのだろうか、心なしか回復も遅い気がする。
ちなみに身を守ったかいあってのことか、もう片方の亜龍は魔力を減らしていないようだった。
それ以上に劇的だったのは亜龍の変化だ。
体は魔力供給を受けて八割方回復し、魔力に至っては全回復である。
あまりに強力な回復効果だ。
これだけの効果をもつのに今まで使ってこなかったことを考えると、何らかのデメリットや制限はありそうなものだが、それらしき物は見当たらない。
ゲームなどの定番としては回数制限や、再使用までにかかる時間だが、その保証はない。
保証はないが、幸いここに来る前にはしっかり休息をとっているので数日は休むことなく戦える。
いずれにしろ、最大火力で削り続けてみるという、最も単純な作戦を試してみるのは悪い選択ではないだろう。
劣化空間魔力掌握が、回復量はともかく俺に対する脅威でないことが分かったのは収穫だ。
もはやブレスを連続で食らうこと程度しか恐れることがなくなったため、攻めがより果敢に行えるようになったのだ。
これにより俺の亜龍を削るペースは3割ほどアップし、三十分足らずで前回のドレインが来たあたりまで削ることができた。
直後にドレインが発動、亜龍のHPとMPが一気に回復する。
回復後のMP、HPは前回の回復後とほとんど変わらない。
繰り返すことにより削れるなどということはなさそうだ。
それでも気にせず削り続け、5回ほどの回復を迎える。
まだ回復の底は見えないが、そこで一つの疑問ができた。
ドレインを使っていないほうの亜龍は毎回ドレインのたび律儀に身を守っているが、なぜそれでドレインを避けることが出来るのか。
俺は攻撃を片方の亜龍に集中させているが、もう片方もたまたま近付いた時などに斬っている。
そして魔剣を使用していたときには、その傷口に刺さった剣から魔力を吸い上げたりしていたのだ。
その時には俺も魔剣の刃の部分に触れている、亜龍とほぼ同じ条件だ。
つまり、少なくとも亜龍の傷口よりは俺の方が魔力を保持する力は強いはず。
にもかかわらず俺は魔力を吸われ、亜龍は吸われていない。
劣化空間魔力掌握の効果だという可能性もあるが、鑑定結果(なぜか一度食らうまでは見ることが出来なかった)によると、劣化空間魔力掌握はただのドレインのようだ。
その可能性は低いだろう。
MPも最大値もドレイン量は微々たる物なので、MPドレインを防げること自体は大した問題ではない。
だが、ドレインを防げるようになるということにはそれ以上の意味があるかもしれない。
なにしろ、今まで俺は魔力を動かしたことはあっても、魔力最大値は魔剣の黒くなった部分を触ることで増やしていただけなのだ。
その最大値を増やすために使われる何かを能動的に操ったことはない。
つまり、ドレインを防ぐことができるとしたら、魔力最大値の元になっている何かを意識して操作できる可能性がある。
亜龍から普通の剣を介して逆にドレインを行う、などということが可能になるかもしれない。
とりあえず適当に吸収しようと試してみるが、感覚がつかめない。
ドレインを観察するためには発動させてみるのが一番だ。
ということでもう一度削りにかかる。
慣れもあってか20分強で削り終わり、ドレインを発動させることに成功する。
俺はその発動から目を離さず、魔力を吸い取られる感覚に集中。
……何となくそれらしき感覚を、わずかにつかめた気がする。
その感覚を忘れないようにしつつHPを削り取り、繰り返しドレインを発動させる。
そして日が暮れる頃、八回目のドレインが発動した時。
ついにMPは抜き取られる感覚をはっきりと自覚することができた。
その感覚を元に、それを逆に引っ張り返す。
成功した。
奪い返すことこそできなかったが、魔力もその最大値も減ってはいない。
ステータスを見る限りスキルは追加されていないので、これはスキルではなくテクニックということなのだろう。
いよいよ本番、亜龍相手の魔力の直接吸収だ。
まずは加速し、刃杖を可能な限り深く突き立てる。
それでも10センチと刺さらないが、魔剣を使っていた時の感覚でいえばこれで十分なはずだ。
そこから今度は剣の性能に頼らず、魔力を吸い上げにかかる。
すると、魔力を吸い上げる感覚を得ることが出来た。
魔剣ほどの切れ味は出ないが、今まで普通に斬っていた時とは比べものにならないダメージだ。
そして魔剣同様、こちらの剣も魔力を吸い上げると共に深く刺さっていく。
そこから先はまさに一方的だった。
俺は数度繰り返して斬りつけるだけでMPやHPを6割ほど削り取る。
それに対し亜龍は連続でドレインを発動するが、ドレインの回復がダメージに追いついていない。
片方の亜龍が地に沈むまでには、はじめに俺が魔力を吸い始めてから5分とかからなかった。
こうなればもう一匹だけとなった亜龍に勝ち目などない。
一匹残った亜龍を瞬殺した俺が、対策本部への報告を終えてアカデン帰ったのは真夜中のことだった。
相変わらずというべきか、俺が古文書を読んでいた研究所にはまだ明かりがついていた。
何日ぶりだろうか。
ドアを開け、中に入ると廊下にいた研究者の一人が笑みを浮かべながら俺のほうに駆け寄ってくる。
それを聞きつけたのか、なぜか他の部屋にいた研究者達まで集まってきた。
そして先頭にいた研究者が大声で俺に話しかける。
「亜龍を倒したんですか?」
「あ、ああ、たおしたよ?」
そのあまりの剣幕に気圧され、口調がおかしくなってしまう。
しかしその研究者はそんなことを全く気にした様子もなく、それどころか元々最大だったトーンを更に上げて質問を続ける。
「その亜龍、もちろん魔力吸収攻撃なんて使ってきませんでしたよね!?」
「え…… 普通に使ってきたんだけど?」
「えっ……」
その一言で、場の空気が凍った。
あまりに尋常でない様子だったのでついタメ口で話してしまったが、もうちょっと失礼の無い言い方をすべきだったのだろうか。
一瞬そう思ったが、問題はそこではないようだった。
明らかに普通の状況ではない。
騒がしかった研究者達も黙りこくり、数人は天を仰ぎ、また数人はうなだれている。
俺がいない間に何があったというのだろうか。
「世界、滅ぶのかな……」
誰かがつぶやく声が、静かになった廊下に響いた。