第78話 亜龍と刃杖
「亜龍が2匹ですか、俺も行ったほうが?」
「はい、出来れば今すぐに。デシバトレ等から遠い位置に出てきてしまったので、一匹と戦えるだけの戦力を早く集めることすら難しい状況です」
「ここからの距離は?」
「出現場所から二番目に近い街クラケニアは馬などでおよそ1日、一番近い都市イカリニアまではそこから3時間ほどですが、対策本部は陥落した場合に備えてクラケニアに置かれていますので、まずはそちらへ」
近いな。
古文書の件で移動したため、俺が今いるのはデシバトレではなく、そこから馬で2日ほどの距離にあるアカデンという都市だ。
デシバトレから遠いということはおそらく内陸側、この街から見てデシバトレの反対側だろうか。
一般に冒険者の戦力は魔物の領域から離れるほどに落ちるため、戦力の不足はかなり深刻だと思われる。
というか亜龍相手で戦力に数えられるほどの冒険者がほとんどいなくてもおかしくはない。
そこに2匹。
放っておけば恐らく滅ぶ、というか下手をすれば一番近い都市などすでに滅んでいるかもしれない。
行かない選択肢はないだろう。
「わかりました、地図などはありますか?」
「地図はありませんが、街と街の間はほぼ一本道なので迷うことはないと思います、まずこの門を出て……」
説明によると、危惧したとおりクラケニアはここから見てちょうどデシバトレの反対側にある。
魔剣がないのは厳しいが、冒険者は今まで大人数でとはいえ、魔剣など使わずに亜龍に対応してきたのだ。
魔剣を除けば物理的には最強クラスのメタルリザードメタルを使用した刃杖と、魔法による機動力防御力があれば、まあ何とかなるだろう。
「よし、それでは行ってきます、今すぐに行ってきます」
それに、読書はもう飽きたのだ。
ドラゴンを倒せば出てこないらしい亜龍が出てきた以上、調べ物が必要なことだとは分かっているのだが。
言語体系も大分分かってきたようだし、あとは学者さんたちにがんばってもらおう、そうしよう。
それから道を見失わないよう気をつけながら飛び回ること一時間ちょい。
俺はクラケニアに到着していた。
街自体はごく一般的な物だ。
ただ、人が多い気がする。
祭りの時のような異常な混雑というよりは、人が多くないことを前提とした街にそれ以上の人数を押し込んだような感じだ。
空から見た限りでは、野宿している人も珍しくないようだった。
避難民だろうか。
そして、俺がまず行けといわれたのはこの街のギルドにある亜龍対策本部だ。
亜龍対策本部というのは初めて見る(今まではそんな物が出来る前に遭遇即討伐していた)が、テレビなどで見た○○対策本部などという巨大なものとは違い、偉い人っぽい男が2人と連絡係らしき人が3人ほどいるだけだ。
集まる情報がそこまで多くないこの世界では、この程度でちょうどいいのかもしれない。
全員見たことのない顔だが、俺と話をするのはその男の一人のようだ。
「君がカエデ君か、噂は聞いているよ」
「え、はい」
どんな噂だ。
「亜龍並の速度で空を飛ぶだとか、亜龍の攻撃を食らった上で耐えるだとか聞いているが、それは事実かね?」
「ええと、亜龍の攻撃のほうは基本的に魔法で装甲張って防いでるだけなので、厳密には直撃してはいませんね。速度のほうは高度次第ですが、低空で周りの被害を考えずに飛んでいいならなら今まで見た亜龍よりは速度を出せるかと」
地表付近で音速を超えると衝撃波がシャレにならないので、街や人がいる場所ではやりたくないが。
「おう、そうかそうか。それなら用意していた作戦の一つが使えるな」
「用意?」
「ああ、カエデ君が来た場合で、なおかつその能力が噂通りだった場合の作戦だ。正直なところ使える確率は低いと思っていたがな、色々と特殊な作戦を用意していたんだ。なにしろ、この戦力ではまともに戦って勝てる見込みはほとんどないからな」
そこまで酷いのか……
「それで、その作戦とは?」
まさか、俺単独で突っ込ませて二匹とも倒せ、危なくなったら逃げろとかじゃないよな。
と言うかそれはすでに作戦ではない。
「基本的には待機、基本的に細かい指示は向こうにいるベノフが出すが、できるだけ亜龍を刺激しないように待機する」
向こうというのは、おそらくイカリニアのことだろう。
しかし作戦の意味がわからない。
「待機? それ俺必要なんですか?」
「いや、ここからが問題だ。現在入っている報告では何とか亜龍を森の中に誘導することに成功したようだが、いつまた襲ってくるか分からない、むしろまだ連絡が届いていないだけで、今すでに亜龍に襲いかかられていてもおかしくない状況だ。そしてこちらには討伐はもちろん、もう一度亜龍を誘導する戦力さえない。……カエデ君を除けばだが」
「つまり、敵が出てくるまで待って、出てきたら何とかしろってことですか」
「簡単に言えばそういうことだ、他の冒険者も足りないだろうが、おとりくらいにはなるだろう。なんとかして6日稼いでくれ。その頃にはデシバトレ方面から援軍が届くはずだ」
おとり作戦はやりたくないな。
まあ、剣のせいで火力が落ちるとはいえ、魔法による機動力は段違いに上がっている。
相手が二匹でも気を引いて森に突っ込んでから振り切るくらいはできるだろう。
そういえば、俺のような速度がない冒険者達はどうやって森に誘導した亜龍を森に置き去りにしたのだろう。
簡単に見失ってくれるとも思えない。
……考えないでおこう。
「わかりました」
「うむ、頼んだぞ。それからこの手紙をベノフに渡してくれ」
3時間ほどの距離ということだが、イカリニアは俺の速度で10分とかからない距離でしかなかった。
連絡の関係上この程度で限界なのかもしれないが、もし亜龍を好き勝手暴れさせることになればクラケニアも安全とはいえないだろう。
デシバトレとは違いここの住民は逃げ足が速い物ばかりではないはずなので、実質的にイカリニアが最終防衛ラインだ。
それを亜龍二匹から一人で守れというのだ。
いったい俺を何だと思っているのだろう。
ベノフさんに手紙を渡したところ、速やかに俺を軸にした防衛体制が組まれた。
軸にしたといえば聞こえはいいが、自力戦闘の準備はほぼ放棄したうえで『亜龍がこちらに来たらすぐ俺に知らせる』ための体制に見える。
いつでも連絡できるように俺の居場所は常に誰かが報告しているようだし、手紙にはおおかた何かあったら俺がなんとかしてくれるとか書いてあったのだろう。
他人任せと言えば他人任せだが、以前のデシバトレにいたレベルの冒険者は一人も見当たらなかったので仕方が無いだろう。
むしろ誘導に成功したのが奇跡だ。
俺自身はその間、連絡が行き届く場所にいなければならなかったので暇だった。
待つ以外やることがないというのはストレスがたまる。
そのため、はじめのうちは野戦病院のようになっていた教会に行って回復魔法を乱発していた。
しかし初日のうちに患者が全員回復し、またやることがなくなってしまった。
二日目は炊き出しをしたり、最近使っていなかった剣の使い心地を思い出すためアイテムボックスにあった魔物を解体したりしていた。
このまま何事もないかと思っていたのだが、3日目に事態が動いた。
はじめは遠くから叫び声が聞こえたと思ったが、それを聞き取った者が同じことを叫び、伝言ゲームのようにこちらまで伝わってきたのだ。
「亜龍が接近中!」
可能な限り速く正確に情報を伝えるためだろう、情報は最小限だ。
だが、どう動けばいいかは分かっている。
すぐに魔法と発動し、空に飛び出す。
方角は以前亜龍がいたのと同じようだ。
「行ってきます!」
「冒険者の援護はどうすればいい!?」
「逃げ切るだけなら俺一人で十分です!」
使い捨てにするなら話は別だが、デシバトレの一番下より更に弱いようでは逆にいるほうが危ない。
流石に亜龍二匹が相手となるとそちらを気にしている余裕はないので、引っ込んでいてもらうことにする。
飛びながら亜龍の一匹を捕捉する。
どうやら今回の亜龍はイグニスワイバーンと同じようなサイズのようだ。
距離があまりないため、余り悠長にしてもいられない。
俺はワイバーンを見つけてすぐにフル加速し、刃杖で斬りつける。
が、やはりと言うべきか。
魔剣の時とは違う硬質な手応えが返り、はじき返された。
亜龍にも深さ三センチほどの傷がついているが、亜音速で飛びながら斬りつけてこれなのだ。
やはり魔剣とは比べものにならない。
傷もすぐに回復してしまう。
だが、亜龍の気を引くという当初の目的は達成できたようだ。
俺を敵と認識した亜龍はこちらを向き、いきなりブレスを吐きかけてくる。
俺の位置取りはブレスに備えたものではなかったが、度重なる亜龍やドラゴンとの戦闘により出力がやたらと上がった加速魔法はやすやすと回避を成功させた。
更にもう一匹にも加速で近付き、同じように斬りつける。
今度は魔剣の時と同様に刃の部分に手を当ててやってみたが、意味はないようだ。
しかし、これだけ酷使されても刃こぼれ一つしないメタルリザードメタルは流石ファンタジー金属だな。
とりあえず二匹とも釣ると言う目的は果たせたので、再度亜音速まで加速して森の奥に向かって突き進む。
この森は魔物の領域でこそないものの、かなり巨大なので、奥まで誘導できれば何かとやりやすくなるだろう。
亜龍共も飛ぶ俺に追いすがり、その上でブレスを放ってくる。
俺は上下左右に移動してそれを回避するが、今度の亜龍達は二匹いるにしてもブレスの頻度がやたらと多い気がする。
飛行と回避で忙しい中、隙を見て鑑定してみたがMPはおそらく今までみた亜龍の倍近い。
大幅に火力の落ちた剣で二体を相手するのはかなり困難だろう。
だがしかし、今回の目的はあくまで時間稼ぎであり倒すことではない。
十分森の奥に引き込んだ。
振り切っても問題ないと判断した俺は、周囲の被害を避けるため亜音速で安定させていた加速魔法を再度全開にする。
ブレスは魔法装甲で防ぐことを前提にし、回避の手間さえ惜しんで加速。
衝撃波が地表で猛威をふるうのが見えるが、なおも加速を継続する。
今までの亜龍の速度からみても、この速度ではまずついてこれないはずだ。
それでも俺は念のため森の中心付近まで加速を続け、それからようやく俺は振り返った。
――亜龍はまだついてきている。
亜龍の速度を見誤っていたのか、こいつらが特別速い連中なのか。
このまま森の反対側にトレインすることになれば、被害が出ることは避けられない。
俺は逃走をあきらめ、速度と高度を落として亜龍のほうに向き直る。
時間を稼げとは言われていたが……
別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?




