第74話 時間と金
メルシアに聞いてみると、カトリーヌの居場所は簡単に分かった。
今日も自分の作業はもう終わらせたようで、商会のほうで新たに雇った新人魔道具職人に指導をしているところだった。
俺はそんな話は聞いていないが、投資額もたいしたことがない上、利益も出ているようなので問題はないだろう。
「結構久しぶりな気がするが、調子はどうだ?」
「もうかなり慣れてきて、効率的に作れるようになりました。1日に2回魔力切れまで作って、残った時間を指導と休憩にあてています」
「効率が上がったのか。その割には生産量は上がっていないと聞いたが」
「そうなんですよね……何ででしょうか」
もしやドラゴンが出る前兆かと思い、カトリーヌを鑑定してみる。
結果としては、レベルが上がった関係かやや最大魔力が増えているだけで、原因らしき物も見当たらなかった。
魔力もほとんど残っていないので、制作の際に魔力を使い切れていないというわけでもないだろう。
最大値が減っているというわけでもないので、ドラゴンも関係ないだろう。
「……わからん」
「そうですか……まあ、最近魔道具の単価が上昇傾向にある関係で収益は増えているみたいです。今日来たのはそれについての話ですか?」
「いや、それとは関係ない。”魔凍”っていう魔道具がほしくてな、知らないか?」
「そういう名前の魔道具は知りませんけど……物を凍らせる魔法ですか?」
「知らん」
「知らないって……知らない物を何に使うんですか?」
「多分だが、ドラゴンを凍らせるのに使う」
詳しいことはもらった本に書いていなかったので知らないが、他にないはずだ。
「多分……」
「まあ、あくまで念のためだからそれっぽいのを作っといてくれ。ウィスプコアで強化できる奴がいいな」
周囲の人のステータスを見る限り、予兆もないようだからな。
「ドラゴン相手に効くかどうかは分かりませんが、わかりました。ウィスプコアの出力を生かすのであれば、空間ごと冷やすタイプの使い捨てがいいと思います」
「空気ごとか。範囲が随分と広がりそうだが、出力は足りるのか?」
「通常は厳しいですが、ウィスプコアを使えば並の魔物なら空気ごと凍らせるほどの威力になるはずです」
相手は死ぬのか。
ドラゴン相手に十分かは分からないが、まあ備えとしては十分だろう。
「よし、じゃあそれで頼んだ」
「はい」
店を出る前に新人たちを鑑定してみたが、なんと全員が不活性魔力持ちだった。
皆カトリーヌと同じく、一般人より魔力がだいぶ多い。
俺がいない間に不活性魔力の生かし方を確立したのかもしれないな。
さて、用事が終わってしまった。
何かやることはなかっただろうか……
そういえば、薬のほうはどうなっているのだろうか。
周辺の状況を見た限り、ポーションはいくらあっても足りない状況になっている可能性もある。
というか、その可能性が高い。
そのような状況になっていれば俺に言ってきてもよさそうなものだが、何か理由があって言い忘れていたとかだったら大変だ。
考えてみると、俺はズナナ草濃縮液の在庫はおろか、今どの程度作って、いくらで売っているのかさえ正確には知らない。
経営は順調だと聞いているが、それだけだ。
時間があるうちに把握しておいて損はないだろう。
ということで、メルシアに様子を聞くことにした。
「なあ、ズナナ草って最近どうなってるんだ?」
「相変わらず作っただけ売れますし、作れるだけ作れと言われていますが、それがどうかしましたか?」
「最近になって特に不足したということは?」
「需要は増えていますが、需要に対して供給が少ないのは最初からです」
「どのくらい足りなくて、現在どのくらい儲かってるんだ?」
「生産はできる範囲で効率化してみましたが、せいぜい日産10リットル、薬にして300本程度です。値段が最近の騒ぎで改定されて現在は1リットルあたり50万テル程度ですね」
「コストと、生産量のボトルネックは?」
「コストは燃料費人件費など込み、商会全体で1日当たり約13万テル、ボトルネックは農地になっている島の広さですが、農地を広げるにしても今度はすぐに蒸留能力などが不足しますので、現状の体制では日産15リットル弱が限界かと。船の輸送能力も若干心配になってきます」
1日当たりの利益が480万テル超えか……
毎日家が建つレベルだが、これでもまだ薬は不足しているんだよな。
「10倍くらいまで増産したとして、それでも売り切れるか?」
今まで見た島だけでも、後先考えなければ現在の100倍くらいまではいけるはずだ。
しかしズナナ農場は焼き畑のようなものだから、ローテーションを組むことを考えると10倍ほどに押さえるべきだろう。
「……大手の商会などが遠くの街への輸送していますので、現在の10倍程度でしたら平時でもすぐに売り切れる程度の量だと思います。当然その場合値段が落ちてしまいますので、量当たりの利益は減ってしまいますが」
「どの程度まで落ちる?」
リスクの割に収入が微妙だとしても、薬の増産は人類対魔物の戦いを助けることになるのでできればやりたい。
しかし、あまりに採算が合わないものだとしたら、それを率先してやるのは商会としてはどうかと思うので、一応聞いておく。
「よくて現在の7割、最悪でも半額程度かと。平時ならそこからさらに3割ほど落ちる可能性があります」
ざっと計算してみたところ、生産を10倍にすると収入は4~7倍程度まで増えるということか。
5倍まで増えたとして1日当たりの増収は1900万程度。
……あれ、1隻あたり1億9000万テルかかるミスリル製輸送艇の建造費が10日で回収できるぞ。
なんてボロい商売だ。
おまけに社会貢献までできるという。
やらない理由があろうか、いやない。
「よし、とりあえず様子見ということで、10倍まで増やそう」
「……何となくそうおっしゃると思っていましたが、船を増やすことになりますよ。大丈夫ですか?」
「資金はもちろん足りてるし、この前倒したリバイアサンはやたら長いんだ、ぶつ切りにすれば前作ったレベルの船なら10隻くらいはいける。他には何が必要だ?」
「人材などはこちらで揃えるとして、船が今のと同等の物でしたら新しく6隻、蒸留装置は6機ほどほしいですね。」
6隻か、随分多いな。
さっき聞いた限りだと蒸留装置と同じ数必要だとは思えないが。
「何でそんなに船が必要なんだ?」
「今の10倍となると、農地にする島までの距離が伸びてしまうんですよ。それから魔法動力船は積んでいる魔道具の関係上、速度の割にはここと島を往復できる回数が少ないんです。かといって非魔法動力船は魔物の領域付近では使い物になりません」
一隻一隻がここと島を往復するのか。
なんだか非効率に思えるな。
「どこかちょうどいい島を探して、そこに一旦荷物を集積してからでかい船で運んだらどうだ?」
「……そんな手が! 確かに効率的です!」
まるで初めてこの方法を聞いたような顔だな。
「今まで誰も思いつかなかったのか? 他の船を使う商会は何をやっていた」
「それ以前に、船を使って魔物の領域付近に、継続的に大量の物資を送ろうなんて話はうちの商会が初めてだと思います」
考えてみれば、確かに聞いたことのない話だ。
時代を先取りしすぎたか!
「そうなのか」
「はい、そうです」
「……まあ、材料と金は後で預けておくから、その方法で運搬するほうがいいと思ったらそうしてくれ。多分俺は一隻目が完成するまでに次の仕事に出ることになる」
「分かりました。蒸留装置はどうしますか? カエデさんでなければ島に運搬するのは困難なのですが、今から集めるとなると……」
確かに、下手をすれば一機で家が建つような機械だからな。
6機も作り置きをしている場所があるとは思えない。
「何とかかき集めてみよう。足りなかったら集めった分だけで回してくれ」
「分かりました」
「他になにかあるか?」
「ありません」
「よし、じゃあ俺は開拓に行ってくる」
「はい、では私は求人を出しに行ってきます」
求人か。
アットホームな職場ですとでも書いておけば、人が集まりやすくなるかもしれない。
待遇的には結構ホワイトらしいが、仕事内容は自然あふれる島で植物とふれあう仕事と……という名のエンドレス草むしりだ。
コスト的には現状で問題はないが、そのうち多少機械化すべきかもしれないな。
そんなことを考えながら、島を見繕い爆発する。
前はゆっくりと考えながらやっていた感じがあるが、今はもはや流れ作業の域だ。
目についた島に爆発魔法を叩き込み、最後に大量に持ち込んだアンカーのうち一つを投げ込むだけの簡単なお仕事です。
あまりに処理する島の数が多いので、こうでもしなければ見失ってしまう。
その作業を繰り返すこと十数回。
適当な目算だが、今まであった農地の9倍ほどのズナナ農場候補地ができあがったので、作業は終了だ。
ズナナ草を採り始めた元々の理由であるサトウキビ農場を作りたい気持ちもあったが、今はお預けだ。
これで休憩といきたかったが、そうもしていられない。
蒸留装置集めは、俺が出発するまでに済ませなければならないのだ。
そのため開墾作業が終わってすぐ、文字通り音速でエレーラにある鍛冶屋に向かう羽目になった。
「すみません! 蒸留装置売ってください!」
「おう、この前の金持ちな坊ちゃんか! ちょうど一台ある、前と同じ530万でどうだ」
「それも買います! しかし6つほしいんです、後5つ用意できませんか?」
「そんなに用意してるわけねえだろ……」
「他にある場所とかは?」
「この街でこれを作ってるのは俺だけだ、他の街にもねえだろう。いつまでに必要なんだ?」
聞いた話では、今日から船が着くまでにあと6日ほど。
移動時間を考えると……
「5日、ってとこでしょうか。多少は高くなってもかまいません」
「5日じゃ無理だ、2台もできやしねぇ…… 一台1000万くらいかかっていいなら他の鍛冶に頼んで作れなくもないと思うが、流石に無理だろ?」
倍か。
一台当たり約500万、合計2500万ほどの上乗せになる。
正直、日収50万テルのために作るのは割に合わない。
だが……
「いえ、それでお願いします。金は前払いしときますので」
そう言って白金貨を5枚、大金貨を53枚取り出す。
これはただの金儲けではなく、形を変えた前線支援でもあるのだ。
どうせ大もうけするのだから、多少は市場に還元してもバチはあたらないだろう。
「おいおいマジかよ! 同じ商品で高い金を取るのは気が進まねぇが…… まあ分かった。2台はこっちで作れるから代金は6台あわせて5000万でいいぞ」
「ありがとうございます」
と、こんな感じで金に物を言わせて無理矢理短期間で船や設備を用意していると、あっという間に船が到着する日が来た。
忙しかったが、俺がやる必要がある仕事はなんとか全部終わらせることができた。
魔凍の準備もバッチリだ。
これで俺もいもしない亜龍から|船を守るための護衛任務に専念できるというものだ。