第71話 招集と援軍
「なあ、いつまで続くんだこれ」
「さぁ……」
俺がちょっとした出来心で魚の刺し身を売りはじめてから3時間ほど後。
メイプル商会の前には長蛇の列ができていた。
マグロっぽい魚のの刺身。
正直、醤油もわさびもないし代わりになるものも塩くらいしかないため、俺からしたらかなり物足りない代物だ。
その上地球でも外国には生魚を食べるような習慣はあまりなく、そんなに売れなくてもしかたがないと思っていた。
多少宣伝はしたものの、最初は予想通り食べようとする者はほとんどいなかった。
その数少ない購入者も、罰ゲームとして使う冒険者やら、度胸を見せつけたい冒険者やら、新しもの好きの冒険者……冒険者ばっかりだな。
それくらい、一般人は手を出さなかったのだ。
元手がかかっているわけではないが、一時は失敗だったかと思った。
しかし食べた者への評判はよかったのか、そろそろやめようかななどと考え始めた頃から人がやや増え始め、いつしかそれがちょっとした行列になり。
行列自体が宣伝効果になったこともあって何かのイベントかと思うほどの行列ができていたのだ。
「よし出来たぞ、持って行ってくれ」
「分かりました! 追加入ります!」
客が多いのはいいことなのだが、ちょっとした誤算があった。
魚を捌くのが追いつかないのだ。
この店にはもちろん板前包丁などないし、寄生虫対策の冷凍設備などもない。
つまり、魚は魔剣で切るしかないし、寄生虫がいるかどうかは鑑定して見分けるしかないのだ。
超忙しい。
「もう明日からはやらんぞ。やっぱり魚は干そう。干してちまちま売ろう」
「これはこれで売れていますし、料理人を雇ってどうにかするというのはどうでしょうか」
「生で食うなら鮮度が必要だ、アイテムボックス以外に保存しておける設備ってあるか?」
「食料を保存する設備は用意できますが、そこまでのものは無理ですね……」
「じゃあ無理だな。やや残念だが。よし、次ができたぞ」
一応資源でもある魚、を穫るだけ獲って放っておくのは勿体無いと思ったのも、刺し身を売り始めた理由の一つだ。
しかし俺は在庫処分のため料理人になるつもりもないのだ。
その点でも、別にここまで爆売れしなくても、手をかけずに売れてくれる方がありがたい。
そんなことを考えながら魔剣でマグロもどきを3枚に卸していると、誰かが裏口のあたりに来たことを触板が伝えてくる。
反応の感じからすると面識はない人、多分男だ。
ノックの音も聞こえる。
「裏口に誰かいるが」
「ちょっと見てきます」
行列ができてから結構時間が経っている、誰か文句でも付けに来たのだろうか。
それならノックなどせずにいきなり入ってきそうなものだが。
「冒険者ギルドの方だそうです。入れてもいいでしょうか」
「衛生的に問題があると問題だから、少し離れたとこに立ってもらってくれ」
「分かりました」
入ってきたのは案の定知らない人だった。
冒険者ギルド職員全員など把握していないから当然だが。
「冒険者ギルドから付近の冒険者に召集がかかりました。フォトレン支部に出頭願います」
「今すぐですか?」
俺は今も魚を捌く手を止めてはいない。
まだ列は長いのだ、緊急事態なら当然行かざるを得ないが、いきなり中止したりしたら暴動が起きても知らんぞ。
責任はギルドに押し付けるからな。
「いえ。緊急性は比較的低く、まだギルドがどう動くか完全には決まっていませんので招集だけかけた形です。今から一時間後にフォトレンギルドへお願いします」
暴動は回避されたようだ。
「分かりました」
話が終わると職員はまだどこかへ走っていった。
他の冒険者の元へ向かったのだろう。
「メルシア、今から50分で捌けるあたりまでで列を切らせてくれ」
「分かりました」
メルシアが命令を出すと、それに従って数名の従業員が店内から出て行く。
それからも俺は魚を捌き続け、45分ほどしたあたりで列が終わった。
「よし、後任せるぞ。肉や魚は適当に置いておくから干しておいてくれ。魚も干せるよな?」
「大丈夫です。ここまで売れることはないでしょうが」
「売れても在庫が切れるだけだな」
店から出てギルドへ向かう。
緊急でないギルドからの招集とは珍しい。
この街やブロケンが襲われているのなら、まず緊急招集がかかるだろう。
そんな切羽詰まった状況でないのに招集、しかも夜にだ。
一体何なのだろうか。
「こんにちは。招集がかかったので来たのですが、ここで合ってますか?」
準備を整えた俺が時間ほぼぴったりにギルドへ入ると、中は今までの招集の時とはまた違った雰囲気だった。
普段依頼板がかかっている場所には、紙で出来た大きな地図――縮尺が小さいのか、個々の街が小さく範囲が広い――がある。
時刻を決めた招集の割には人が集まっていないようだが、来るのが早すぎただろうか。
とりあえずは受付嬢に話しかけてみるが。
「はい、カエデさんですね。この付近への魔物の襲撃は冒険者達によってすぐに制圧されましたが、他の地域でも発生していたようです」
「つまり、支援に向かえと?」
「はい、招集時間がずれているのは戦力の割り振りを決めていたからです。遠出になりますが大丈夫でしょうか」
「複数箇所で発生しているんですか……まあ俺は大体どこでも行けますよ。アイテムボックスに必要な物は入っているので」
「ありがとうございます。アイテムボックス、飛行魔法の機動力、それから魔法の火力から、カエデさんにはフォルチーマへ単独での支援をお願いすることになりました。場所はここです。その後のことは現地のギルドで聞いてください」
受付嬢が地図の一点を指差す。
指された場所は森(魔物の領域ではない普通の)に面した街だ。
規模としては恐らくエインと同程度。
街としてそう小さいわけではないが、エインでのメタルリザードの件を考えると余裕はあまりないかもしれない。
「分かりました。出発は今すぐですか?」
「絶対にすぐ、というわけではないですができるだけ早くお願いします。被害が拡大する可能性がありますので」
「はい。では行ってきます」
「お願いします」
フォルチーマへの大体のルートを確認し、街から飛び出す。
行き先は知らない土地である上、今回は海のようなわかりやすい目印もないため道を見ながらだ。
まっすぐ進むよりやや速度は落ちるが仕方がない、迷うよりはマシだ。
それでもフォルチーマへは30分とかからなかった。
リバイアサンと戦った際に、さらに魔法の出力が上がっていたのだ。
最高速はどうせ音速くらいなので、加減速にかかる時間が短くなったせいだろう。
MPはそれだけの加速をしてももちろん減らない。
それどころか、最近は亜龍やウィスプと戦っていない時にも上限ごと増えている。
魔力が増えているという実感はあまりないが。
しかし街の様子がおかしい。
なぜだかは分からないが、なにかがおかしいように感じる。
確かに町並み自体も他とは違い壁などがかなり白っぽい感じだが、違和感のもとは恐らくそれではない。
高度を落としながら街を眺めてみると、その理由がわかった。
活気がないのだ。
通常、この規模の街であれば、たとえ夜であってもある程度の人数が道を歩いている。
しかし今、この街にはそういった人影が見当たらない。
人自体はいないでもないが、全員が建物のあたりで武器を持って立っている。
これは、すでに街の中に魔物が入っているということだろうか。
とりあえずギルドらしき建物を探し、そこに降りてみる。
門を通らずに街に入ることになるが、さすがに許されるだろう。
「誰だ?」
ギルドの前で警戒していたらしき、槍を持った人のうち一人が問いかけてくる。
言っちゃなんだが、弱そうだ。
冒険者らしい雰囲気がほとんど感じられない。
おまけに一人は明らかに受付嬢だ。
「フォトレンのギルドから来た冒険者です。ギルドに入りたいんですが」
「あ、ああ。援軍ですか、助かりますよ。戦力が足りなくて……」
「おっと」
話している最中に、1匹のグリーンウルフがこちらに向かって突撃してきた。
グリーンウルフだと気付いたのは反射的に魔法で処理してしまった後だが。
懐かしいな、グリーンウルフ。
「それでこんな状況になった訳ですか。これからどう動くかはギルドで聞けばいいんですか?」
「えっ、は、はい。お願いします……やっぱりフォトレンの人は強いんですね……」
了承がとれたのでドアを開け、中に入る。
中はまた、今まで見たどこのギルドとも雰囲気が違った。
というかギルドの雰囲気ではない。
ギルド内は子連れやら老人やら、明らかにギルドと関係のなさそうな人でいっぱいだった。
避難所代わりか。
足場さえもないので魔法で天井付近を飛んでカウンターまで移動する。
3つあるカウンターのうち受付嬢がいるのは一つだけ。
「フォトレンギルドから援軍として来ました、カエデです。何したらいいでしょうか」
「ええと、カエデさんですか。お一人ですか?」
受付嬢はこちらを見て心配そうな顔をする。
「ええ、一人です。でも機動力と殲滅力はデシバトレでもトップクラスでしたので、一人でもそこらのパーティーくらいには戦えますよ。亜龍も一度単独で倒していますし」
正確には二回だが、片方は非公式記録だ。
「デシバトレトップ、亜龍を単独……!? 本当ですか?」
「嘘をつく理由がありません。むしろ無理な仕事押し付けられて死ぬだけです」
「……そうですね。ではそこまで強いのでしたらまずは門のあたりの援護を、そちらが大丈夫そうなら街中の魔物の掃討をお願いします」
「分かりました。では」
ギルドの守りでさえあれだ、まともな戦力は恐らくその辺りに集中しているのだろう。
時々出てくる魔物に岩の槍を打ち込んで瞬殺しながら門に向かうと、さっきのよりはややまともな冒険者たちがグリーンウルフと戦っているのが見えた。
数に押されているのか、戦況はよくなさそうだ。
まだ生きてはいる感じだが、二人ほどの冒険者は地面に倒れている。
残りの五人ほどの冒険者も前から複数のグリーンウルフに襲われ、苦戦している。
そこにさらに脚音が聞こえる。
奥を見てみると、ガルゴンが突進してきているのが見えた。
慌てて刃杖を取り出し、誤射しないように岩の槍をまとめて飛ばして援護に入る。
ガルゴンやらグリーンウルフやらを相手にしていた頃よりはるかに高い威力を誇る岩の槍は、ガルゴンやグリーンウルフ共をまとめて吹き飛ばした。
後ろから唐突に敵を吹き飛ばした援軍に、冒険者たちが振り向く。
「助かった! 援軍か!」
「はい、フォトレンギルドから来ました、カエデです。魔法剣士です」
そう返事しながら、俺は冒険者たちの前に出て大量の岩の槍を放ち、門のあたりに集まっていた魔物達の掃討を開始した。