第69話 ミナトニア人とデシバトレ人
まずは2発目のブレスが来る前に距離を詰めなければならない。
最大速度でリバイアサン本体に向け、魚の壁に突っ込むことにする。
跳ねている魚の射程距離に入ると、一気に視界がふさがれる。
大量の魚が方向を問わずぶつかってくるため揺れは激しいが、衝突によるダメージ程度ならこちらの装甲補強のほうが速い。
しかし視界はそうもいかない、3m先も見えないレベルの魚地獄だ。
大雑把な方向などは合っているはずなので触板の範囲に入れば位置くらいは分かるだろうが、敵が何をしているかなどは全くわからないだろう。
そう考えながら魚をかき分け突き進むうちに、触板にひときわ大きい反応が出る。
恐らくはあれがリバイアサンだろう、リバイアサンのどこの部位かは分からないが。
とりあえずすぐ近くに張り付いておけばブレスはめったにないので、距離を詰めておく。
しかし、この反応、やたらと動きが大きい。
前に見た首付近などはほとんど動かず、固定砲台状態だった。
しかし今俺が接近している部分は、3秒ほどの周期、5mほどの幅で左右に大きく揺れている。
その上ただ漫然と動いているのかと思えば、突然こちらに向かって大きく動き、俺を叩き落としにかかってくるのだ。
さらに攻撃を加えようとも大した反応はなく、多少斬られても大したダメージがない部位であることを窺わせる。
ブレスが来る位置ではないはずだが、やはり周囲がどうなっているのかがわからないのは非常に痛い。
戦いやすい位置に移動しようにも、どちらに向かって移動すればいいのかもわからないのだ。
触板、今までは索敵だけに使っていたしそれで十分だったのだが、増やしてみることにする。
とりあえず枚数を2倍にしてみる。
わずかに輪郭がわかるようになってきた。
MP消費も大したことはない、元々超低燃費な魔法だ。
倍、さらに倍。
ブレスを食らわないように動きながら触板の枚数を増やしていく。
すると、32倍まで増やしたところでほとんど完全に周囲の状況が理解できるようになる。
針などを飛ばしての攻撃を避けるとかならともかく、普通に戦うぶんには問題ないだろう。
どうあがいても20mほどの効果範囲だけは伸びなかったので20m以上の距離をとって戦うのは避けたいが、相手がブレス持ちの亜龍なら同じことだ。
頭の位置は効果範囲から外れているようだが、状況からして今俺がいるのは尻尾付近だ。
まずは体の上の方に向かって飛び、ついでに体のあちこちを魔剣で引っ掻いていく。
魚群が出てくる前に聞こえた高い音がかすかに聞こえる。
あれが叫び声だとしたら、そこそこ効いているのだろう。
しばらく移動すると、以前に切った首付近に到達する。
高々尻尾から頭に移動する程度で”しばらく”などという距離だ。
前回ここで戦った時には変な手を食らってしまったが、作戦がバレた上に対応策まで作られてしまったリバイアサンなどに負けるはずもない。
今も魚はあちこちからガンガンぶつかっているが、来るのさえわかっていればこんなものはダメージにもならないのだ。
そう考えながらも慢心せず、ブレスを喰らわないように至近距離を維持しながら首を少しずつ切断していく。
敵も叫び声を上げながら首を左右に振り回しているが、無駄だ。
首を二つ折りにでもしなければ、この位置にいる俺にブレスを当てることはできない。
そういう位置だ。
剣の長さが足りないのは、木こりが木を切るときにやるように斜めに2回切ることで解決した。
1分と経たずに、首は半分程を残して切断される。
まだ生きているのが不思議なくらいだ。
そう思いつつさらに攻撃を加えようと剣を振り上げた時、リバイアサンが以前とは違った挙動を示す。
左右に降っていた首を、突如下に向けて折り曲げたのだ。
しかし、それでも俺にブレスが届く位置ではない。
首の角度が限界に達し、目だけがこちらを向いて停止する。
リバイアサンがこちらを睨みつけているのが魚の間から1瞬だけ見えたが、それだけだ。
俺が頭の方を見るのをやめ、再度切断にかかった時、リバイアサンがもう一度動いた。
力に任せてむりやりこちらを向いたのだ。
ボキボキという、骨が砕けるような音が聞こえる。
もちろん、俺のものではなくリバイアサンのものだ。
一瞬ブレスを回避しようと考えたが、明らかにもう遅い。
こちらを睨んで止まっていたのは恐らくブレスの準備だったのだろう、ブレスはすでに放たれる直前だった。
魔法装甲の補充は、1発目のブレスに耐えるほどまでは進んでいない。
死にはしないだろうと考えつつ、せめてもの防御にと魔剣を亜龍の方向に、横向きにしてかざす。
一瞬後、前回食らったのと同じ、圧倒的な火力を持つ炎が俺の視界を覆う。
炎自体から感じる雰囲気は、前回と同じだ。
しかし、前回のような、一気に魔法装甲が削られる感覚がない。
手元を見ると、青いはずの魔剣が赤く輝いているのが見える。
……これが原因か。
魔剣のことをよく知らずに使っていたが、この剣は随分と対亜龍に向いたものらしい。
幸い、今のブレスは苦し紛れの相打ち狙いだったようだ。
最初のブレスほどの持続時間はなく、俺に全くダメージを与えられずにブレスが終わる。
そしてすぐにリバイアサンは動きを止め、落下しはじめる。
魚はまだ俺に向かって突っ込んできているが、リバイアサン自身はもう死んでいたようだ。
手を触れて念じると、その巨体が丸ごとアイテムボックスに収納される。
こうなれば突っ込んできている魚はもう敵ではない。
つまり、向こうは俺に敵意を持っているようだが俺には魚たちと戦う理由がない。
魚たちが突っ込んできている範囲にいる理由もないので、高度を一気に上げて魚を見下ろす。
そう、今の魚達は俺にとってただの――食料だ。
俺はどうせ亜龍には効かないだろうと思ってとっておいた爆破魔法を、魚を無駄に傷つけないようにセーブしながら数度放ち、水面近くにいた魚ごと全部ゴッ倒す。
こうして俺は亜龍の素材と今日の夕飯をゲットし、街へ戻った。
街へ戻ると、冒険者たちが俺が帰ってきたのを見て驚いていたが、適当に説明、というか口裏を合わせてくれるように頼んでおいた。
亜龍を倒したことが下手に広まってしまうと自由に動けなくなってしまうためだ。
ギルドの方も別に依頼ではないので隠すくらいは構わないとのことで、リバイアサンは『なんかよくわからないけどリバイアサンが死んでた』ということにしてくれるという。
ついでに入手した大量の魚も、自分の分をまとめて捌いてもらう代わりに渡しておいた。
その魚は祭りで安く売られ、それを各々が広場などに座って食べている。
まるでピクニックだな、などと思いつつ、持ってきたアンカーをなんとなく眺めていると、突然アンカーから色が消えた。
壊れたのかな、などと考え振ったり叩いたりしてみるが、変化はない。
そこで思い当たった。
壊れたのだ、但し、フォトレンにあるはずの組になったものが。
このアンカー、通常のコンパスのように利用するためではなく、フォトレンから俺を呼び出すための、緊急連絡用のアンカーなのだ。
間違って壊してしまったとかならいいが、もし向こうで何かあったとしたら一大事だ。
ここと同じように亜龍が出てきたなどという可能性もゼロではない。
「リバイエルに『カエデはフォトレンに帰った』と伝えといてくれないか、金は払ってある」
チェックアウトが必要だとかは聞いていないが念のため、近くにいた冒険者に金貨を渡し、連絡を頼んでおく。
「こんなにもらっていいのか?」
「急いでるからな。じゃあ行ってくる」
大急ぎでフォトレンに向かって飛び立ち、加速のため低空を飛ぶ。
俺がいなくともブロケン、デシバトレで食い止められる可能性が高いとはいえ、亜龍であれば被害は甚大だ。
そもそも放っておいてもいいようなものであれば俺を呼んだりはしないのだ。
衝撃波も気にせずに、俺が出せる限りの速度を以って最前線であろうブロケンに辿り着くと、何やら真ん中のあたりが騒がしいのが分かる。
これから何らかの襲撃に対する討伐隊が組織されるのだろうか。
しかし、飛び入り参加すべくそこに降り立った俺にかけられた声は予想外のものだった。
「おうカエデ、遅かったじゃねえか。もう終わっちまったぞ」
以前話した冒険者の一人が、笑いながら俺に話しかけてくる。
どう見ても強敵と戦う前の顔などではない。
「終わったって何がですか?」
「モンスター共の襲撃よ、メタルリザードとかがわんさかな。もっと速く来てりゃ大儲けだったろうに」
「おいおい、カエデが参加したら俺達の取り分が減っちまうぜ。戦力的には余裕なんだからむしろ人数は減って欲しいくらいだ」
「それもそうだな、はは」
そんなことを言いながら冒険者たちが騒いでいる。
冒険者のうち一人の視線の先を見ると、メタルリザードの死体らしき物が数体燃えているようだ。
どうやらメタルリザードの3匹や4匹、ブロケンの冒険者たちの前では効率のいい金蔓でしかないらしい。
騒がしいのは宴会の準備をしているからか。
「ここで宴会やって大丈夫なんですか? 」
「フォトレンとかにいた戦力を無駄に集めちまったからな、戦力は有り余ってんだよ。 デシバトレでは色々持ち込んでたみたいだが、今日はなんか美味いもんないのか?」
「無駄って…… まあ美味いかは知りませんが、食い物なら持ってきましたよ。 提供しましょうか」
そう言ってアイテムボックスから魚を適当に取り出す。
出てきたのはタイのような、しかし妙に必死な顔をした感じの魚だった。
「おお、ガエダイじゃねえか! ここで食えるとは思ってなかったぜ」
「ガエダイ?」
「おう、旨い魚だ。この辺の海は魚なんて取ってられるほど安全じゃねえからな、意外と魚はねえんだよ。漁やってる村でフォトレンから一番近いのでもノノだな、歩いて半日はかかる」
そう言いつつ、冒険者は周囲に魚のことを伝える。
「おい、カエデがガエダイ持ってきたぞ! 手が空いてる料理人いるか!」
「ここにいる!」
手を上げたのは冒険者っぽい料理人。
「じゃあ、お願いします」
「まかせろ!」
そう言いながら料理人はバリバリと骨を折る音を立てながら大量の魚を一気にさばいていく。
鮮やかな手並みだ。
「ちなみにこれ、捌けますか?」
「そりゃ無理だ、捌くような魚じゃねえ」
ミナトニアで断られてしまったフグのような魚はさすがに無理だったようだが。
それから30分ほどで、宴会の準備が整う。
戦闘に参加していない俺も、食材提供者ということで参加だ。
「臨時収入に、乾杯!」
同じ前線都市でも、ミナトニアとここでは戦力の桁が違ったようだ。
考えてみればこの街、というかここの連中が魔物ごときに、多少の時間で倒されるとも思えない。
急いで帰ってきたのがアホらしくなるな。
まあ、メタルリザードは亜龍ではないのだが。