第68話 リバイアサンと魚の群れ
リバイアさんがなんだか分からないが、とりあえず……
逃走。
よくわからなければとりあえず周囲に合わせておく、元日本人としての基本スキルだ。
周囲が自分に関係のない団体だった場合いたたまれない感じになる諸刃の剣だが、状況が把握できない時にはこれに限る。
まわりとペースに差が出ないように加減しつつ、海から離れる方向に走って行く。
するとと、少ししてやや遠くから声が聞こえる事に気付いた。
「そこの優勝者っ! 亜龍もボートキラーもメダカ同然だったんじゃないのか! なんとかしてくれ!」
今オレたちが逃げている原因はそのどちらでもないと思うのだが。
「リバイアさんは亜龍でも魚でもないだろ! リバイアさんがなんだか俺は知らないし、そもそも倒していいもんなのか?」
敬称付きで呼ばれている地点で何か崇拝されたりしていそうだ。
日本でもなんか荒ぶる神みたいなのを祭ってる場所はあったはずだ。
荒ぶってるとはいえ、そいつらが倒していいものなのかは微妙だ。
実は洪水の神だけど農地にも繁栄をもたらすとかだったら倒した奴は街を滅ぼした戦犯になってしまう。
「何言ってるんだリバイアさんは亜龍だぞ! 倒すべき敵に決まってるだろ!」
「……えっ、敬称ついてるのに敵?」
「他の何だったらこれだけ冒険者が集まってみんなで逃げてんだ! それに敬称なんてつけてねえ!」
敬称じゃないだと?
リバイアさん…… 敵だし『ドーモ。リバイア=サン。』的な感じか?
いや、普通に『リバイアサン』という一つの単語か。
言われてみれば昔カードゲームか何かで見たことがある単語な気がする。
しかし、こいつはCランク冒険者に何をやらせようとしているんだ。
まあ、亜龍ナメた発言をした俺のせいなんだが。
ともあれ相手が亜龍なのならデシバトレに比べ冒険者が弱いらしいここでは他に対処出来る人は少ないだろう。
「OK、ちょっとリバイアサンぶん殴ってくるわ。 それで、その亜龍はどこにいるんだ?」
魔法でちょっと浮いて人の群れを離脱する。
逃げても被害が拡大するだけ、となればさっさと叩くのが一番だ。
「あっちだ! ここからじゃ見えないがあと多分1分くらいで上陸してくる!」
俺に話しかけていたのは恐らく30過ぎのおっさんだ。
風魔法使いらしく、俺と同じく人混みの上に浮かんで俺に近付いてくる。
敵の場所を聞くと、魔法使いは人が逃げてくる方向を指さした。
しかし、ここからではやはり人混みに隠れてちょっと見えない。
「よし、行くぞ。案内頼む」
どうせ倒すのだから近付くのが一番。
リバイアサンの方から来た奴がいるのだから案内してもらおう。
「無茶言わんでくれ! 俺は弱いんだ、というかやばい、魔力が切れる!」
逃げるための口実だろう、チキンめ。
そう言ってやろうと男を急いで鑑定する。
……確かにちょうど魔力が1から0になるところだった。
「え、ちょ」
「うあああああああああ!!」
俺が止める間もなく、哀れ魔力を失った魔法使いは重力によって人混みに叩きこまれ、押し流されていった。
南無。
仕方ない、一人で行くか。
俺が砂浜に辿り着いた時、そこにはすでに10名ほどの冒険者が集まっていた。
正確には、波打ち際から50mほど離れた地点だ。
「ここに集まってるのは亜龍と戦うパーティーの人で合ってますか?」
一応確認を取ってみる。
真ん中にいた筋骨隆々のおっさんが返事をしてくれる。
「合ってるぞ。水の上じゃ戦いようがないからここで迎え撃つ……まあBランク4人が主戦力じゃあ全員死んでも撃退出来ない可能性がほとんどだがな」
えぇ……
「それでも戦うことは戦うんですか」
「Bランク冒険者がこの状況で逃げたりしたら社会的に死亡確定だからな、戦って怪我くらいで済めば儲けものだ。なまじ風魔法使いがいるから戦えてしまうのがな。最悪だぜ」
高ランク冒険者も大変なんだな。
「風魔法使いがいれば戦えるんですか」
「いなきゃ戦えないってのが正しいな。ブレス食らったら終わりってことで足元に張り付いて剣で突っつきつつ、攻撃が来たら風魔法で範囲外にふっ飛ばしてもらうんだ」
「飛ばされるだけでも痛いんだけどね」
横に立っていた細身の剣士が横から会話に参加する。
魔剣と俺の機動力でもあれだけ苦労したというのに、それで倒せるのか。
「そんなんで勝てるんですか。もっと何か決戦兵器的なものがあるのかと」
「勝てねえよ、この数じゃな。 脚を怪我したくらいで帰ってくれたらラッキー、じゃなきゃ死ぬだけだ。リバイアサンが飛べないことが唯一の救いだな」
前の亜龍なんて回復されたとはいえ体中傷だらけにしてやっと逃げ出したぞ、無理があるんじゃないのかそれ。
それでも戦わないと糾弾されるから戦わなければならないのだろうが、理不尽だ。
まあ飛べないのはたしかにありがたいし、無駄に士気を下げたくもないので言いはしないが。
「ええと、俺は一応イグニスワイバーンならソロで倒したことあるんで、俺が先に行きますよ」
「ワイバーンをソロで? それ人間?」
失礼な。
「持ってる剣が強いですし、魔法使いながら剣で戦えるんで」
「いや無理でしょ、回復の方が速いし」
細身剣士がツッコミを入れてくる。
このへんは同じ前線都市でもデシバトレとの空気の差を感じるな。
「回復しなくなるまで斬り続けた上で首を落とせばよかろうなのだァ!」
「いや、切れないから」
どうやら俺の魔剣のパワーを侮っているらしい。
少なくとも、高級武器素材であるメタルリザードメタル製の刃杖が近接武器としては空気になる程度には切れるというのに。
「まあ何とかなるもんですよ。試しにちょっと行ってきます、被害を軽減できるかもしれませんし」
リバイアサンらしき影はすでにここから1キロほどの距離にまで近付いている。
倒せても上陸されれば被害は小さくないだろうし、距離があるということはブレスを食らっても上陸までに魔法装甲を張り直す時間があるということだ。
要するに、亜龍の飛行による追撃がないとわかった今、完全に戦い得なのだ。
「それでは!」
「魔力が切れるからやめておけ! 多少の被害は覚悟の上だ!」
「それに海の上だと数が……あー、行っちゃった。逝ってらっしゃい」
「無茶しやがって……」
俺が飛び去るのを見送る細身剣士たちが、どこかで騎士がやっていた敬礼に似たポーズを取っていたが、気にしないことにする。
リバイアサンの足はあまり速くないようで、遭遇するまでに1キロほどの距離を飛ぶ必要があった。
やたらとでかいというか、長い。
体の幅はイグニスワイバーンよりはるかに小さいが、水面から出ている部分から推測して恐らく長さだけなら150mは軽く超えている。
索敵が苦手なのか、まだこちらのことを敵と認識していないようだが、注意に向けるのが少しためらわれる。
まあ、当然やるわけだが。
初撃は大事だ。
無防備な状態の敵に不意をついて攻撃できるわけだから、そこから先の戦闘とはわけが違う。
狙いは当然首。
リバイアサンは常に首から先を自ら出して移動している。
こんなにわかりやすい弱点を狙わない手はないだろう。
俺は大きな音を出さないように注意しながら剣を右手で縦に構え、刃に左手を添える、対亜龍専用の構えだ。
そのまま首に向かって加速し、首の下を通りながら切り裂く。
……完璧に入った。
魔剣の刃渡りはせいぜいリバイアサンの首の太さの5分の一程度であるため一撃必殺というわけにはいかないが、奇襲で期待できるダメージとしては最良のものだろう。
リバイアサンは、そのまま反対側に向かって飛んで行く俺の方を見て口を大きく開ける。
ブレスかと思い、最も角度が取れる斜め下に大きく旋回する。
しかし、リバイアサンはブレスを吐いてこなかった。
叫び声を上げるのかとも思ったが、それもない。
いや、高過ぎるせいかかすかにしか聞こえないが、声、というか音を出しているようだ。
声を出されたところでそんなものはただのスキでしかない。
さっき斬ったところに近付き、今度は速度を落として側面にもう一度斬撃を食らわせ、そのまま敵の首に向かって旋回。
でかいせいかリバイアサンは動きがにぶく、あまり強そうに感じない。
街に向かって進むのも止まってしまったし、このままならあと10分とせずに首を落とせるだろう。
イグニスワイバーンよりはるかに倒しやすいと思われる。
そう考えながら再度首に剣を叩きつけた俺の腹に何かが勢いよくぶつかり、思わず声をあげてしまう。
「おうっ」
なにかと思い、下を見る。
すると、1匹の魚――ボートキラーを一回り大きくしたようなものだ――が水面に向かって落下していくのが見えた。
その魚が着水するや否や、また似たような魚が今度は群れで水面から飛び出してくる。
「ちょ、やめ」
そいつらは明らかに俺を狙って水面から飛び出し、脚やら腹やら顔やらにぶつかってくる。
魔法装甲の上から食らって声が出るほどの衝撃だ。
今の装甲ならほとんど損傷はないものの、そこらの冒険者なら一撃で致命傷レベルだろう。
何より視界の悪化が酷い。
一旦上空に退避し、様子を窺う。
高さ20mほどの位置まで上がって、やっと魚たちの射程から逃れることが出来た。
それでも魚共はこちらに向かって飛んできている。
俺に届かない魚がどうなっていようとも関係ない。
それより目を離してしまったリバイアサン本体の状況を確認するべく、そちらに目をやる。
――あれ、目があった。
口は、開いている。
やばい、ブレスがくる。
そう思った瞬間、青い炎のブレスが俺を襲った。
水に住んでいる亜龍のクセにブレスは炎のようだが、そんなことを考える余裕はすぐになくなった。
火力が高いのだ。
ほぼフルに展開してあったはずの魔法装甲が一気に削られていく。
装甲の魔力は残り8割……5割……
そこでようやくブレスが途切れる。
残り装甲は2割といったところだ。
動きが遅いクセに、イグニスワイバーンとは比べ物にならないパワーだ。
あと1発喰らえばまず耐え切れないだろう、回避する必要がある。
ブレスを回避するためには近付くのが鉄則だ。
しかし、亜龍の周囲で俺を待ち構えるのは今なお噴水のごとく湧き出る魚共。
かといって上空に逃げようにも、2発目のブレスが飛んできたら今度こそ完全に回避不可能だ。
イグニスワイバーンより倒しやすいなんてとんでもない。
ブレスの死角となる自分の周囲を魚に守らせ、高威力のブレスを叩き込む。
おまけに自分は某狩りゲーの誤射姫のごとく、味方を巻き込むのもお構いなしにブレスを撃ってくる。
最高にやっかいだ、海の上で戦おうとしたのは慢心だったかもしれない。
しかし、のんびり対処を考える時間もがない。
現状での活路はただ一つ。
魚の群れに再度突っ込むのだ。