第64話 完成と歓声
堀が完成してからの作業は極めて順調だった。
資材は俺が片っ端から運び込むし、魔物の群れが出れば焼き払い、建設予定地を整地し、けが人が出れば薬を……
うわっ……俺の仕事、多すぎ……?
まあ、年収は極めて高い上、やることの割には忙しくないため、全く問題はないのだが。
メインの作業である建築の方はド素人なので出る幕はないし。
そんな感じで、1週間が経過する頃には外壁は半分以上完成していた。
デシバトレの崩れかけのものはおろか、そこらの街の外壁より頑丈そうなものだが、随分と制作ペースが速いようだ。
すでに一部では、魔物の群れは俺が爆発魔法で処理せずとも壁と冒険者だけでなんとかなりそうな感じになっている。
戦闘が楽になったおかげで余った冒険者は守りが薄い場所に回されるので加速度的に作業は楽になり、俺の仕事が無くなりそうな勢いだ。
ちなみにドラゴンに関する本で読んだ『魔素が増えて人間のMP最大値が下がってる時に爆発を起こすとドラゴンが出てくる可能性がある』という記述を思い出し、爆発魔法を使う前にMPを確認したのだが。
むしろ増えていた。
レベルが上がったわけでもなく、ウィスプやワイバーンを相手にしたわけでもないのに、常時増加している。
具体的には、1日に350万ほど。
割合としては緩やかな上、増えたところで今の俺にMP増加は特に意味は無いのだが、数値としては結構大きい。
他の冒険者も確認したが、MPは増えることこそないものの、減ってもいないようだった。
当然だ、亜龍でも倒すのには時間がかかったのに、ドラゴンなんかに出てこられてたまるか。
そんな日々を過ごしていた俺に、また新たな仕事ができてしまった。
今、俺は一日に六回ほど行われるその仕事のため、街の建設予定地中央付近にある、資材置き場に来ていた。
俺の目の前にはうずたかく積まれた、数百個の魔石の山。
魔物から剥ぎ取ったものではなく、全て加工済みの工事用魔道具だ。
それも使い捨てではなく、再利用が可能なものである。
新しく増えた仕事は、これに魔力を充填することだ。
本来、魔力が多い人間が魔道具に魔力を入れると魔道具の劣化が速くなるので、あまり行われないのだが、どうやら俺は別らしい。
魔道具に使う魔力が足らず、使い捨てるつもりで俺が充填したのだが、何度使っても劣化が起こらなかったのだ。
それが分かってから、再利用可能なものを使い捨てのものより優先的に使用するようになり、使用できる魔道具の量が増えたことで作業効率も大幅に上がった。
本来手作業で何とかする部分まで、魔道具を使って短縮しているのだ。
しかし、元々ここの戦線では悠長に大量に魔道具を再充填する暇はあまりないため、重いくせに効果時間の短い再利用可能魔道具は使い捨ての代用程度に、(使い捨てのものに比べて)少数が用意されていただけだった。
おかげで俺はこうして、四時間ごとに魔道具の充填に駆り出されているというわけだ。
「終わったか? 便利な充填方法だな」
「多分行けます。 もうちょっと個数があればお互い楽なんですが」
「街からかき集めてもいいんだが、このペースじゃそんなことしてる間に工事が終わっちまうな」
「それもそうですね」
充填が始まってすぐに、大工のリーダーっぽい人が魔道具を受け取りに来る。
便利な充填方法を発見したので、充填にはほとんど時間がかからないのだ。
その方法というのも、たまたま見つかったもの。
あまりに数が多いため魔道具がある場所に適当に魔力をバラ撒いてみたら、なんと充填できてしまった、それだけだ。
無論、通常は一つずつ手を触れて充填する必要がある、非常に面倒くさい。
なんでも試してみるものだ。
ちなみに回収もできるようだが、これ以上魔力回復してどうすんだって感じなので余った魔力は放置だ。
「この作業って、あと何日くらいで終わるんでしょうか」
魔石を回収し、指示を出し終わった大工さんに質問する。
農場で使う船はもう完成しているだろうし、金は先払いしているといえあまり放置するのもどうかと思う。
「しっかり防衛できる形としちゃ、あと三日やそこらだな。 内壁と街の方は1月や2月ってわけにはいかねえが」
街か。
今のデシバトレとは違い、ブロケンは三重構造以上で、一般人も住める街になる予定だ。
デシバトレと比べると守る必要のある場所の狭さも、輸送の難度も大幅に改善され、それによりさらに防衛がしやすくなる好循環が起きる、というかそれを起こすのだ。
「それなら、俺は意外と速く帰れそうですね。 1週間ってとこでしょうか」
「帰るのはいいが、物資は運んでくれよ? 守るだけが街じゃねえんだ」
「ええ、それはもちろん。 定期的にまとめて運ぶことにしますよ」
いくら質と量を兼ね備えたブロケン開拓部隊とはいえ、それを維持する輸送は俺の能力で無理を押し通している点が少なくない。
急に抜けたりしたら大変なことになる可能性も少なくはないだろう。
俺がブロケンから完全に解放される日は遠い。
さらに二日が経過し、三日目の夕方。
工事は何事もなく、今までどおりのハイペースで進んでいた。
あったことといえば、俺の爆発魔法に耐える魔物――バサ○モスみたいな岩の魔物だ――が五匹ほど襲ってきたことくらいだ。
割と珍しい、強力な魔物が群れで襲い掛かってきたということで、俺の爆発魔法に耐えたのを見た時には戦闘態勢の冒険者たちが集まってきたが、対ズナナ草用バンカーバスター魔法の小型版を使ったらあっさり沈み、肩透かしを食らった気分だ。
素材は高く売れるらしいので、バッチリ回収しておいた。
そんなこんなで今、ついに最後の石が積まれ、外壁が完成した。
「完成!」
最後の石を積んだ、リーダーっぽい人が外壁の完成を宣言する。
それと同時に壁の後ろから歓声が上がり、大工たちが大騒ぎを始める。
「完成祝いだ! 酒持ってこい!」
「酒なんてねえよ、まだ安全じゃねえんだから帰ってからにしろ。 魔物に襲われて死にたいのか」
「死んだらあの薬飲めばいいじゃねえか」
あの薬、と言うのがあのダサい名前の薬のことだとしたら、死人は生き返らないぞ。
多分。
「まさか二週間で完成しちまうとはな……」
主に建築隊の面々が大騒ぎしているが、まさか外壁の防衛をしている冒険者が警戒を外すわけにもいかない。
宴会も、小規模なものがフォトレンで数度行われる程度だ。
しかし、これが今まで魔物に戦線を押し込まれ、苦戦し続けていたこの国にとって大きな前進であることに変わりはない。
60年間魔物に支配されていた重要拠点を奪還したのだから。
こうして、ブロケン攻略戦は終わりを告げた。
ブロケン内部の街の建築が開始されることになっているが、俺は一旦フォトレンに帰還だ。
帰りにギルドに寄ったら50億テル近い額が入金されて、ちょっと『これもう商売する必要なくね?』などと思ったが考えてみれば商売をやめて他にする必要があることもあまりない。
どうせだから経済的に世界征ふ……もとい、働けるのだから需要のある活動を通して社会に貢献すべきなのだ。
よし、正当化終わり。
メイプル商会に行くと、メルシアがいた。
「帰還したぞ。 調子はどうだ?」
「カエデさん! 随分早いですね。 干し肉のほうの売上は好調ですが、2日ほど前に在庫が底をつきました。 それからズナナ草抽出液の追加はまだなのか、と毎日のように薬師ギルドから使い、主にディメックさんが来ます。 いい加減鬱陶しくなってきました」
そういえばズナナ草の生産もまだだったもんなぁ……
すさまじい効力を誇る新素材が開発された、技術は目の前にあるのに素材がないなどということになれば、研究者が大慌てするのも仕方がない。
別に急がなくても他に先を越されたりはしないのだから急ぐ必要はないのだが、研究者の性みたいなものだろう。
「ズナナ草と魔物はアイテムボックスから出して倉庫に積んどこう。 船はどうなった?」
「あ、はい。 受け取っておきました。 とりあえず港につないであります」
「ご苦労。 じゃあ明日からでも開拓するか。 ズナナ草は新しく島焼かなきゃな。 今からちょっと爆破してくるか」
「あ、明日ですか?」
「流石に無理か? 食料とか荷物は俺がまとめて運ぶから、人と物資だけ用意できればいいんだが」
「……いえ。 ズナナ草採取のための開拓でしたら明日からでも行けますね。 サトウキビの方は人を呼ばないといけないので、少し前に言っておく必要がありますが」
あー、流石に素人だけでやる訳にはいかないもんな。
ズナナ草は育てるどころか、根こそぎ刈ったり爆破したり燃やしたりしても復活するから、雑草取りができる程度の人材を集めればいいだけだが。
「まあ今はズナナ草の方が需要あるみたいだし、そっちから集めるか。 サトウキビはズナナ草が生えなくなってからでも問題ないだろ」
バンカーバスター魔法を乱射すれば速めることができる可能性はあるが、環境破壊が深刻だ。
土壌の栄養ごと巻き上げて海に流しかねない、最悪島がなくなってしまう。
「そうですね、明日の昼前には準備ができると思います。 開拓するまでの住居は船ですか?」
「いや、住居も実は用意してある」
ブロケンで作った食料庫のようなもの、そのうち一軒が内壁建造の邪魔になるということで解体することになったのだが、どうせ壊すなら、ということでもらってきたのだ。
逆さ地すべりの応用で地面から引っこ抜いて。
「住居をですか?」
「アイテムボックスの中だ、土台ごと引っこ抜いてきた。 元々は倉庫だが、揺れる船よりは大分ましだろ」
「わけがわかりませんよ……」
「まあ、そういうことだから、明日な」
プレハブ工法をも超える高速建築法、『土台引っこ抜き法』だ。
テントより速く建ち、結構頑丈。
ズナナ草農場の設備ごとき、3時間で整えてやろうじゃないか。