第62話 制圧とボタ山
ギルドに行き、これからの作戦に関して詳しく伝えられた俺がまず頼まれたのは、大量の建材をアイテムボックスに詰め込むことだった。
とはいっても、本格的な外壁建築のための材料ではなく、ただ積むだけ。
防壁というよりは、バリケードの材料だ。
職人が入れる程度に安全が確保できるまでは本格的な建築は不可能、なのでそのための建材は不要なのだ。
その上外壁の建材は現在加工途中で、運ぶもなにもあったものではない。
しかしそれで荷物が減るかというとそうでもない、むしろ逆だ。
本来しっかりとした構造によって壁として働かせるべきものを、質量と体積だけである程度カバーするのだ。
そのために必要とされる建材の量は凄まじく。
「すみません、ギルドからの依頼で建材を受け取りに来たのですが」
「話は聞いているよ、これがその建材だ。 ……しかし本当にこれを一人で運ぶのかい? 建材というよりは山なんだが」
男が指さしたのは、建材とは名ばかりの岩の山だった。
高さおよそ20m、麓の半径はその数倍に及ぶ。
なんでも、昔このあたりで石炭を掘っていた時に出た廃石だという。
「ええ、そうです。 ……でもこれは、運搬自体より収納のほうが大変そうですね」
「そういうものなのかい?」
「そういうものなんです。 では収納を始めるので下がってください。 崩落する可能性がありますので」
ここは街から少し離れた場所で、案内の男以外には周囲に人がいないのは確認しているので、案内人が離れたことだけ確認してさっさと収納を開始する。
アイテムボックスをフルに働かせ、山の中心に向かってまっすぐ歩くのだ。
最近見つけたのだが、アイテムボックスに意識を向けると、少しくらい、具体的には自分から半径50cm程度の範囲にあるものを収納できるようなのだ。
これを利用して、山を登らずに、むしろ山を端から収納して切り崩しながら山の中心へ向かう。
何の支えもなしに、ただ岩を積んだ山にトンネルを掘るようなものだ。
当然、轟音とともに山は崩落し、俺の頭の上には瓦礫が落ちてくるが念のため魔法装甲を展開しつつそれを収納していく。
そのまま俺が反対側に到着すると、瓦礫の小山は俺が通った場所を境に、2つの小山と化していた。
2つの小山のうち大きい方の山を同じように切り崩しながら出発地点に戻ると、遠くに案内の人があんぐりと口を開けているのが見えた。
待たせておくのは申し訳ないと思い、少し近づいて話しかける。
「少し時間がかかりそうなので、街に戻って頂いて大丈夫ですよ」
「ああ…… いや、珍しいものを見ることができるからね。 飽きるまで見ていくことにするよ」
「そうですか。 わかりました」
問題ないようなので、作業に戻る。
最初は派手だった崩落も、回数を重ねて高さが低くなるにつれてだんだんと地味になっていき、ついには俺が通っても岩がいくつか落ちる程度にまでなった。
もう一度敷地をくまなく魔法付きで走り回り、作業を終了する。
ちなみに途中で一度地面に手をついてみたが、流石に地面は収納できなかった。
収納されるとしてどこまで収納されるかを考えると、収納されなくてよかった気もするが。
アイテムボックスを使った瞬間街が収納されたりしたら笑えないし。
その後、もう1箇所の瓦礫山をアイテムボックスに収納し、最後にギルド所有の倉庫で大量の食料を受け取ってフォトレンを後にした。
作戦自体はデシバトレで開始するのだ。
俺がデシバトレに到着した時、ギルドの前にはすでに100人を超える冒険者が集まっていた。
そのうち約3分の2が、背中に穴掘りに使う大きなショベルを背負っている。
ブロケン攻略戦において最前線で戦うことが出来るだけの力があると判断された、選ばれし精鋭冒険者だけでこの数だ。
仮陣地の構築後、本格的に築城する時には職人とともにその10倍以上の冒険者が参加し、一気に完成させるとのことなので、最終的にはもっと増える。
「おおカエデ、来たか。 建材と食料は確保してきたか?」
俺が地面に降り立つと、町長さんが出迎えてくれた。
「ええ。(建材というのが瓦礫の山のことだとしたら)持ってきました。 食料もトン単位で」
今回、用意された食材は主に干し肉、そば粉だ。
5キロほどの布袋に収納したものが、そのままアイテムボックスに入っている。
しっかりした料理があればよかったのだが、戦場で素早く食えるようなものがあまりなかったのかあまり用意されていない。
パンなら50キログラムほどの量があるが、硬くていまいち美味くないのだ。
余裕があれば個人的に持ち込んだ食材でも振る舞おうかと考えている。
「よし、分かった。 到着したら1トンほどそば粉を地面に置いておいてくれ」
「ええ、構いませんけど…… なぜですか?」
「ワイバーンをソロで殺すようなカエデが簡単にやられるとは思えんが、万が一ということはあるからな。 撤退に必要な程度の食料は自前で持っておきたい、かといって進軍速度を遅くするのもよくない。 ということだ」
「わかりました。 まあ、死ぬ気はありませんけどね」
そういえば、死なないといえば例の薬だ。
「先日、新しい薬が開発されたんですが、ギルドの方で使いますか? ここで使う分には薬師ギルドに許可は取ってあります」
「そんな話は聞いていないが、どんな薬だ?」
「HPを…… いえ。 まあそのへんの冒険者なら死にかけてても一発で生き返るような体力回復薬です。 実際病気で死にかけてた元冒険者に使ったところ、全盛期レベルまで体力が回復したようです」
俺は薬を1本手渡しながら言う。
正確には、その薬のさらに改良版だが。
「この容器は…… 確かに薬師ギルドのものだな。 『超スーパー体力回復薬改』と書いてあるが、これが薬の名前か?」
「えっ。 ……多分そうです。 薬に名前がついていたのは知りませんでしたが」
ネーミング、もうちょっとどうにかならなかったのか。
超とスーパーがかぶってるし、はじめて実用化される薬なのに改って。
もしやあの研究者、徹夜明けのテンションで名前を考えやがったのか?
「限界効果実測値350、1本あたり半分量で175…… 薄めたエリクサーか何かか? 使えるならありがたくはあるが、勝手に使っては国から文句を言われたりしそうなのだが」
町長さんが、容器のキャップのあたりを見ながら聞いてくる。
限界うんたらってのがHP回復量と同じだ。
キャップに判別方法でもあるのだろうか。
「薄めたところでがぶ飲みすれば効果は変わりませんよ。 正真正銘、完全に今の材料だけで作った新薬です。 いっぱいあるのでガンガン使っちゃってください。 宣伝してくれるならタダでいいんで」
「薬師ギルドに何が起きたのかは気になるが、ありがたく受け取っておこう。 ……ところでなぜ、カエデがそれを? まさかカエデが作ったのか? いくら非常識だといえ……」
「いえ、違いますよ。 この薬を作ったのは俺じゃないです。 俺は街を守るためにという(ついでに実験台と実績がほしいのもあるが)善意で薬師ギルドが提供してくれたものを持ってきただけです」
あと、材料のうち1種類だけ提供したが、まあ些細な事だ。
「そうか、薬師ギルドは大手柄だな。 じゃあこれは、参加する冒険者達に配らせてもらうことにしよう」
そう言って町長さんが薬を配り始める。
薬が行き渡ったところで、町長さんが作戦の最終確認を開始し、進軍を開始する。
細かい部分はともかく、要するに集まって魔物を倒しながら突撃し、ブロケン跡地のちょっと奥に俺が壁を構築、そこを防衛ラインとしてやや後ろに堀を作り、建築隊(突撃に参加できない冒険者と職人達をまとめてこう呼んでいる)が入れる体制を整えるのだ。
俺は進軍する冒険者たちの上方、約100mのあたりから偵察を担当する。
いざとなったら炎魔法で焼きつくす予定だが、無駄に使うなと言われているため、とりあえずは偵察に徹しておく。
上空から冒険者達を眺めるが、やはり精鋭だけあって魔物の多い場所への突撃でも危なげがない。
動きもバラバラなようで、実際には各々の武器にあった距離を考えてしっかり動いているようだ。
本来後衛のメインたる魔法使いは持久力、進軍速度の関係でついてきておらず、弓使いのみに後衛を任せているためやや前に偏っている感じはするが。
そのままの勢いで60キロ近い道程を2時間足らずで走破した冒険者たちは、周辺の魔物の掃討を開始する。
ここからは俺も地上に降り、半径数キロに渡って魔物を撃破してまわる。
掃討が終わったら、いよいよ建造だ。
「制圧完了! そのまま防衛ラインを堅守しろ! ……カエデ、壁を頼んだ」
指示を出しているのはAランク冒険者らしい。
周囲と特に実力が違うといった感じはしないが、リーダーシップの問題なのだろうか。
「了解!」
そのリーダーから指示が下り、俺はブロケンの、幅が最も狭い場所よりやや魔物の領域よりに壁の設置を開始する。
飛びながら瓦礫をガシャガシャ降らせ、簡易的なバリケードを設置する。
いくら幅が狭いとはいっても、長さにして1キロ程度はあるので壁の高さはそう高くならない、せいぜい2mといったところだ。
だが、それだけあれば十分とは言わないまでも、役には立つ。
最初から仮の陣地に完璧な機能など求めていない、だから堀ができるまでは冒険者が精鋭のみなのだ。
「一応の壁は完成しました!」
「了解した! 全員壁の後ろまで後退、A、B組は堀の制作を開始、C組は防衛!」
冒険者を戦力が均等になるよう3つに分けた組のうちショベルを背負っていない一つが壁及び部隊後方の防衛につき、残りが壁の後方約100mに陣取り、堀作りを開始する。
この穴掘りは、1週間の間休みなく続く予定で、今回の作戦における最大の山場である。
俺はどこの組にも所属していないため、非常時以外は自由とのことだが。
……この穴掘り、魔法使えないかな?