第59話 魚と薬草
フォトレンに向かう道の上空を飛びながら、手に本を持っていたことに気付く。
エレーラを発つ時、ガインタさんにもらったのだ。
なんでも前回俺がエレーラを去った後に炭鉱から出てきたものだそうだが、どうせ俺以外には誰も読めないとのことで俺にくれたのだ。
飛行魔法の特性なのか、速度が上がっても魔力消費が増えるだけで風は感じない。
飛びながら読もうか。
そう考え、道に迷わないように時々下を見ながら本を開く。
内容はドラゴンについてのものだった。
ドラゴンが出てくるときの条件、対処法などが書いてある。
ドラゴン発生の条件は主に2つ。
まずは大気中にある『魔素』とやらが一定密度を超えること。
魔素、魔力中毒なんかの時に見た単語だな。
目にみえないので判別が難しいように思えるが、魔素がその密度を超えると色々と弊害を起こすため、判別は簡単だそうだ
主に亜龍その他強い魔物が大量発生したり、人間の魔力最大値が全体的に下がったりするらしい。
俺が知る限り、魔力最大値が下がったなんて話は聞かないので、一安心だ。
亜龍も一度見たきりで、大量発生とは程遠い。
第二に、魔素が十分に多い場所で、ドラゴンが生まれるきっかけが起こることだ。
魔素の量によってどの程度のきっかけかは変化するが、意図的に発生させる際には魔石などを使って強制的に爆発を起こすらしい。
魔石には、ドラゴンの生成を助ける作用があるそうだ。
ウィスプなども似たような条件で生成される、いわばドラゴンの出来損ないのようなものらしい。
倒し方も書いてあった。
ほとんどの魔法は効かず、どんな剣であってもドラゴンに斬りつけるとすぐに燃え尽きてしまうため、まず殺せない。
対処法を研究した結果、『魔凍』という魔法を魔道具と大人数の魔法使いにより超大規模化したもので凍らせ、地中深く封印することで再発をしばらく防ぐことができる、ということが判明したので、その方法をとっていたとのこと。
ちなみに、その対処法が見つかるまでに大陸が2つ滅びたらしい。
恐ろしい話だ。
主だった内容はこの程度だった。
薄い本(夏や冬に有明で売っているものではなく、文字通り薄い本だ)なのでそこまで詳しいことは書いていないが、とりあえず今は大丈夫だということがわかり、一安心だ。
念のため『魔凍』とやらについて調べておいたほうがいいだろうか。
いや、急ぐことでもないな。
予兆が出ていない以上、俺が生きている間にドラゴンが生まれる可能性は恐らくかなり低い。
仮に予兆がでたところで、自然にドラゴンが発生するまでには5年ほどあるらしいし。
……まあドラゴンが自然発生する頃には魔法使いも役に立たず、出てくるドラゴンも予測できないほどの強さで手の付けられない状況になると推測されていたため、待っていては遅いのだが。
さすがの古代文明も、そこまでは試していないらしい。
試してたら、もっと早く滅びてたかもしれないな。
俺だって試す気にはならない。
読み終わったところで、フォトレンがもう近いのに気付く。
今度こそ、ランクを上げてこなきゃな。
ランク詐欺が必要な場面に遭遇することなど、もう多分ないだろう、というか遭遇したくない。
ちゃんと門を通って街に入る。
驚かれないようにちゃんと100mほど前で着地し、走って門まで行ったのだが、効果の程は未知数だ。
そのままギルドに直行、適当に目についた受付嬢にギルドカードを差し出し、話しかける。
「すみません、ランクを上げたいのですが」
「デシバトレの方ですね。 少々お待ちください」
受付嬢はカードを持って行き、奥の部屋に入る。
少しして出てきた受付嬢の手には、新しくなったギルドカードが握られていた。
新しいギルドカードは全体的に青っぽく、上の方に銅のような色のストライプが入っている。
ランクが上がると、デザインまで変わるのか。
「はい、確認できました。 登録からCランク昇格までの最短記録ですね、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
結構寄り道をしていたが、これでも最短記録だったのか。
騎士上がりとかで、もっと速いのがいても良さそうな気がしないでもないが。
……でも騎士があのラドムコスでもなれるレベルだとしたら、そんなこともないな。
というか、その場合街の治安が心配になる。
そんなことを考えながらギルドを出た。
と、そこで腹が減ったことに気付く。
そういえば、朝飯を食べていない。
ここからデシバトレ方面に少し行ったところに、魚料理がうまい店があると聞いた覚えがあるな。
最近焼き肉ばかり食べている気がするし、たまには魚というのもいいだろう。
少し歩くと、目的の店はすぐに見つかった。
扉には、でかでかと魚のマークが書いてある。
地球でもおなじみの、三角形と楕円を組み合わせたような魚マークだ。
異世界でも、魚を見て感じるイメージは似たようなものなのかもしれない。
まあ、船を沈めて人を食うような魚がうようよいるような海を俺は知らないが。
店に入って適当な席に座り、注文を聞かれるのを待つ。
この世界ではこれが普通らしい。
「ご注文は?」
店員さんらしき女の人が注文を取りに来る。
「おすすめの魚料理ってあります?」
メニューがあったところで、読めなくては意味が無い。
と言うか、読めはするのだが『エラタナのレッチス』などと書かれているのが読めたところで、それが何なのかわからないという点でカタカナになったフランス語で書かれた呪文料理と変わらない。
あと『ネルキンのデシバトレ風』ってなんだよ、料理名書けよ。
デシバトレ風っていう名前の料理なのか?
「でしたらこちらのエラタナのレッチスがおすすめです、今が一番美味しい時期ですので」
適当に見たのが当たりだったらしい。
値段も一食240テルと、すごく高いというわけでもない。
決して安くはないが。
「じゃあそれで」
注文を出し、少しすると料理が出てくる。
エインの飯屋に比べればやや遅いが、やはりこの世界の飯屋は仕事が速い。
出てきた魚は、なんというかゴツかった。
40cmほどの大きさで、顎やヒレが刺々しい魚が、まるごと1匹。
それもカサゴのようなヒラヒラした尖り方ではなく、もっとこう……
あれ、この魚、何か既視感がある。
というか、ブラックバスじゃなかろうか。
それの、多分塩焼きの類だ。
美味いのだろうか……
まあ、勧められるからにはうまいのだろう。
エラタナとかいう魚を少し切り、口に運ぶ。
……あれ、普通にうまい、高級な川魚の味だ。
随分と大きいのに、鮎とかに似ている。
ボリュームのある鮎、最強だ。
この料金でも評判になるだけのことはあるか。
10分もかからずに、身の部分をあらかた食い尽くしてしまった。
だが骨や、トゲの付近などにはまだ身が若干残っている。
しかしこの店の食器は木で出来たナイフに似たものと、先割れスプーンじみた何かだ。
箸とは違い、こういった細かい作業には向かない。
……ステータスによって強化された顎の力を発揮する時が来たようだ。
残った身を骨ごと噛み砕いてみる。
……あれ、すごく美味い。
せんべいのような食感と、エラタナの味が絶妙にマッチしている。
下手すれば、身だけで食うより美味いかもしれない。
そうして食ううちに、気付いたら背骨と頭を残してエラタナは綺麗になくなってしまった。
「ごちそうさま、会計お願いします」
「はい、240テルになります。 またのお越しを…… あれ、他の骨はどこに?」
店員さんが、金を受け取りながら不思議な顔で問いかける。
「ああ、美味しかったもので、つい骨ごと食べてしまいました。 ごちそうさまです」
そう言って店を出る。
「……デシバトレの、方なのかな?」
帰り際、そんな声が聞こえた。
おっしゃる通りです。
腹もふくれたし、ちょっと仕事しようか。
焼き畑やるにも、こちらではただ火をつければいいというわけではない。
畑予定地の島を、予め爆破しておくのだ。
農業も随分と物騒になったものだ。
焼き畑の将来を憂いながら島まで移動し、急降下爆撃を仕掛ける。
亜龍を討伐して威力を上げた爆撃が島全体を襲い、轟音とともに木々をまとめて吹き飛ばす。
爆破から1分ほどすると、島は再度静けさを取り戻した。
木々が無くなったおかげで分かったが、この島には湖があるらしい。
何かに使えるかもしれないな。
近づいて覗いてみる。
水のおかげで爆撃の被害はある程度逃れたようだが、水は濁り、倒木が沈んでいる。
大量のズナナ草の残骸も浮いている。
魚は特に見当たらないし、水源くらいにしかならなそうだ。
まあ、無いよりマシか。
燃やすこと自体は、数日寝かせる必要があるみたいだし、とりあえず吹き飛んだズナナ草を適当に回収して帰ることにする。
明日はゆっくり休もうか、どうせブロケン攻略が始まったらしばらく休めなくなるのだし。
――2日後。
俺は再度島に向かっていた。
当然、木々を燃やして農地を確保するためだ。
魔物さえ何とかすれば、後はメルシアが何とかしてくれるとのことだから、俺の仕事は大体ここまで。
つまり俺の仕事は、一昨日の緑一つなくなった島を一気に焼きつくすだけだ。
そう思っていたのだが、そんな俺を待ち構えていたのは青々とズナナ草が茂る草原だった。
思わず自分の目を疑う。
……あれ、俺一昨日しっかり爆破したよね?
ズナナ草って、案外丈夫なのか?
いや、でも残骸も回収したはずだが、何が起きた。
まあ、理由はともかく木がない状態でズナナ草を採取できる環境はそう多くない。
一応水魔法でまとめて刈り、アイテムボックスに投入してから火を放つ。
特大の火魔法の弾幕は木々を飲み込み、島を火の海に変えた。
よし、こんなものだろう、明日また様子を見に来よう。
大量のズナナ草の利用法についても、そのうちメルシアに聞かなければならないかもしれないな。
今日焼いてしまったからもうこの島には出てこないだろうが、集まっただけでも随分な量だ。
そう考えながら島を後にし、翌日様子を見に来た俺が目にしたものは、
――青々と広がった、一面のズナナ草原だった。