第58話 決闘と処刑
作戦決行当日が来た。
対策も万全だ。
対策とはいっても、ラドムコスが日常的に着ているという対魔法用の高級鎧――内部での魔法の発動を防止し、表面での魔法を弱めるらしい――と同種の能力を持つ板に俺の魔法が効くか試したのと、決闘用の装備を用意しただけだが。
結果、発動できないなどということは全くなく、減衰すらもしないということが判明しただけなので対策と言える対策は全く取っていない。
決闘用の装備も、逃げられたり、『装備の力で勝った』などを言われたりしないためにわざわざFランク程度の装備を用意しただけだ。
「ラドムコスが広場に向かっています、あと5分ほどで到着かと思われます」
「了解!」
領主の屋敷のほうから走ってきた炭鉱会の人が連絡をくれる。
航空偵察すれば早いのだが、俺が高空を飛べるほどの魔法使いだということがバレる可能性は排除したい。
決闘を受けるまでは、義憤に燃える自信過剰なEランク冒険者の演技を貫き通すのだ。
ラドムコスの足は予想より遅かったのか、6分ほどしてラドムコスが広場に姿を表す。
アークミスリルとかいう深青色の鎧にゴテゴテと悪趣味な装飾などという目立つ外見なので一目瞭然だ。
そのうえ少し後ろには護衛の騎士までついている。
俺も広場に入り、ラドムコスが広場の中心辺りに差し掛かったところで話しかける。
「おい、お前がラドムコスだな?」
「ん? 何だね君は? 下賎な平民の分際で僕に話しかける、その上呼び捨てとは、死にたいのかな? ラドムコス様と呼べ」
果てしない嫌な奴オーラを感じる……
しかし、挑発するのは簡単そうだ、と言うか挑発する前から挑発に乗っている気配さえ感じる。
ともあれ、挑発続行。
「うるせえ、ガインタさんから話は聞いたぞ。 理由もなく税金を増やすとか横暴なことを抜かしてやがるんだろ? 撤回しろよ」
「何を言うかと思えば。 理由ならあるぞ、この高貴な僕のために税金をもっと支払えるんだ、むしろ喜んでしかるべきだろう」
何を言っているんだこいつは。
「は? 誰がお前のような頭のおかしい糞貴族に税金を払うのなんて喜ぶんだ、頭湧いてんのか?」
「……何だと?」
ラドムコスが腰の剣に手をかける。
本当に挑発に乗りやすいな、頭が弱くて助かった。
そもそも、頭が弱くなければそもそもあんな増税をするなどと言い出さないだろうが。
もうひと押しだ。
「やんのか? ヘタレのボンボン貴族がこのEランク最強の冒険者のスズミヤに勝てるとでも?」
嘘はついていない。
「Eランク? ハッ、いいだろう、決闘だ。 高貴な僕を敵に回した者がどうなるか、見せしめにしてやろうじゃないか」
周囲にも順調に野次馬が集まり、俺とラドムコスから3メートルほどの距離をとって、ほぼ円形の人だかりができている。
何故か護衛の騎士までその中に加わっているが、主人を守らなくていいのか?
……それどころか、よく見れば騎士の中の一人に見覚えがある、多分盗賊退治の時に話したことがある。
お前、俺の実力知ってるだろ、止めなくていいのか。
そんな視線を送ると、騎士と目があった。
あろうことかその騎士は俺に向かってガッツポーズらしきジェスチャーを取った。
そんなに嫌われてるのか、ラドムコス。
ラドムコスはそんなことに気付きもせず、俺を睨んでいる。
元々狭そうな視界を、更にフルフェイスの甲冑で狭めているのだから当然だが。
「よし、決闘だ。 逃げるなら今だぞ?」
「高貴な僕がそんな真似をするわけがないじゃないか。 ……おいそこのお前、証人やれ」
そう言ってラドムコスは、俺に向かってガッツポーズを取っていた騎士を引っ張ってくる。
「わかりました」
騎士は表向き厳粛な表情をしているが、よく見ると目が笑っている。
さて、決闘の前に条件を決めておかなければな。
「俺が勝ったら増税の撤回でいいな?」
「じゃあ、僕が勝ったら君の全財産を奪い、君の死体を魔物にでも食わせることにしよう。 正直これでは高貴なる僕との決闘には全然釣り合わないが、どうせ勝つのは僕だからね、もちろん勝利条件は相手を殺すことだ」
全然釣り合わないな、俺の全財産いくらあると思ってんだ。
「OK、ぶっ殺してやるよ」
「Dランクの実力を持つ僕にEランクごときが勝負を挑む以上は、少しは楽しませてくれたまえよ?」
DとEってそんなに違うのか?
Eランク最強とDランク最弱って、どっちが強いんだ?
少なくとも今のEランク最強であれば、そこらのDランクごときよりはずっと強いと断言できるが。
「じゃあ、始めようか」
そう俺が言うやいなや、ラドムコスがこれまたきらびやかな白銀の剣を大上段に構え、こちらに走ってくる。
とりあえず様子見だ、俺は念のため魔法装甲を頭に展開し、剣を横に構えてそれを受ける。
……はずだったのだが、相手が弱すぎた。
俺が敵の剣を受けるつもりで剣を横に振ったのだが、あろうことかその剣は上段から振り下ろされた剣をそのまま押し返し、敵の頭にヒットする。
「がっ」
ラドムコスが痛そうな声を上げるが、剣は鎧にはじかれた。
というか、装備の性能が違いすぎる。
俺の持っている剣は今ので刃が一部凹み、刃こぼれまで起こしている。
対して向こうの鎧は小さな傷がついただけで、剣も無事のようだ。
武芸がどうとか剣術がどうとかではなく、そもそも硬度が違いすぎる。
プラスチックの刀で日本刀と切り結ぶようなものだ。
「貴様なぜそんな力を…… どんな卑怯な手段を使った……」
「いや、お前が弱すぎるだけだろ、助走つけてそれかよ」
そう言いながら俺は、壊れかけた剣をラドムコスの甲冑の胴体部分に勢い良く叩きつける。
剣が耐え切れないなら、剣が壊れる前に運動量で叩き潰せばいいのだ。
「がはっ!」
鎧が凹み、ラドムコスが2m程も吹き飛ぶ。
それを避けるべく、野次馬の輪が広がる。
ラドムコスはその場で倒れたままもがいている。
倒れたのは甲冑の重さのせいもあるだろうが、ダメージは甚大なようだ。
「勝利条件は…… 殺さなきゃならないのか」
勝利条件でそう決まっているのであれば仕方がない。
元々そうする予定だったし。
そこまで考え、俺はさっきの攻撃で真ん中から折れてしまった剣を見る。
首を落とすだけなら、思い切り振り下ろせば十分だろう。
「じゃあな」
そう言って俺は剣を上段に構える。
そこでラドムコスが声を上げた。
「待て! 話を聞いてくれ!」
ん? まだ何かあるのか?
遺言程度なら聞いてやろうか
「何だ?」
「殺さないでくれ! ……そうだ、金だ。 金をやろう。 いくらだ、100万か」
この期に及んで命乞いだと……
高貴がどうとか言ってたのはどいつだ、お前本当に騎士か。
女騎士でも『くっ…… 殺せ!』くらい言うぞ、それをお前……
その上その金、お前の金か? 家の金じゃないのか?
俺が考えていると、ふと周囲が騒がしいことに気付く。
というか、満場一致の殺せコールだ。
護衛の騎士まで参加している。
それでいいのか、騎士。
まあこんな雰囲気では、助けるわけにもいかないだろう。
それを
「桁が4つ足りないな、周りもこう言ってるし、周りからこれだけ恨みを買った自分の行動、それから自分が設定した勝利条件を恨むんだな」
言ってから気づいたが、ほぼ全部自業自得じゃねえか。
今度こそ俺は剣を構え、ラドムコスの首を落とさんとする。
周囲も静かになり、それを見守る。
「待ってくれ!」
と、野次馬の中から声が飛ぶ。
またか、今度は誰だ。
「領主様!?」 「ファーザ様が!?」
野次馬の中の数名が声を上げる。
領主だと? あとひと月は帰ってこないんじゃなかったのか
貴族というイメージに反する、鍛えられた体の男が疲れたような顔をして野次馬の中から騎士を引き連れて前に進み出る。
これ、どうするんだ?
「ええと、領主様ですか、この決闘の勝利条件は相手を殺すことになってるんですが、どうしましょう?」
「すまんが、引き分けということにしてくれんか、もちろん増税の話はなしだ、それを阻止するために予定を繰り上げてここに来たのだからな」
「まあ、それなら俺は別に構いませんけど、こいつが居座るとなると他にもまた問題が発生しそうなのが……」
「もちろん、ラドムコスもしかるべき処分を行う」
そう言って領主様は
「お父様! 助けに来てくださったのですね!」
ラドムコスが領主様にすがりつく。
そのラドムコスを領主様は。
蹴りつけた。
そのまま領主様は後ろに控えていた騎士に命令する。
「黙れ、貴様など息子ではないわ。 捕縛しろ!」
「はっ!」
「な、なぜですか、お父様!」
「貴様など息子ではないと言っただろう! 貴様はただの薄汚い犯罪者だ。 俺が帰ってきたのは貴様を処刑するためだ! 黙らせろ!」
「はっ!」
騎士の一人がラドムコスの兜を脱がせた上でぶん殴って気絶させる。
「すまんが屋敷で話を聞いてもらいたい、ついてきてくれんか、ガインタも」
領主様はまともな人だと言っていたな。
別に一服盛られたりすることもないだろう。
「わかりました」
俺が返事をしてすぐに、野次馬の後ろの方からガインタさんが出てくる。
「済まなかったな」
再度領主様が謝る。
その後屋敷で聞いた話では、ラドムコスが増税などと言い出してからすぐに使用人が大急ぎで王都に連絡したらしい。
事件のあまりの大きさに、ラドムコスが持つ貴族の地位の剥奪と処刑がすぐさま決定し、それを執行するべくファーザ様が王都を出発。
そのまま昼夜問わず、馬や馬車をとっかえひっかえして最速でここに到着した、というわけだ。
幸いにもラドムコスのやり口があまりにも稚拙だったため、処刑はラドムコスのみで、ファーザ様たちは処刑はなし、俺たちが許せば領主も継続とのことだ。
いい領主様だったみたいだし、今まで積み重ねてきた信頼のおかげだろう。
もちろんオーケーしておいた。
ラドムコスの処刑は明日行われ、さらし首にされるらしいが、別に見る価値があるものでもないな。
見返りや賠償などは何も要求していないが、せめてこの程度はということで領主様が炭鉱会に手続きなどの面で便宜を図ってくれることになった。
流石に一領主の権限では、税を減らすなどという真似はできないらしい。
やろうとした奴もいたが。
こうして貴族のドラ息子による増税事件は、その幕を下ろした。
ちなみに、護衛の騎士たちの主人はファーザです。
騎士たちもこのままでは家ごとヤバいとわかっているので、手助けしないまでも黙認しています。