第57話 貴族と決闘
商業ギルドを出て冒険者ギルドに向かう途中で、ふとコークスがどうなっているのかが気になった。
まだ作り始めてからそう時間は経っていないはずだし、特許料が入ってこないのは当然なのだが状況くらいは見ておきたい。
まだ夕方まで数時間あるような時間だし、ひとっ飛びしてくることにする。
ギルドはその後でいいだろう、急ぐこともない。
エレーラへの道の上空を飛びながら景色を眺める。
上空と言っても魔力の関係で高さはせいぜい50mやそこらなので、景色はものすごい速度で飛んでいく。
来た時は1週間ほどかかった道だが、今の速度であればかかってもせいぜい3時間だ。
デシバトレに比べると随分長いが、この時間からなら夕方あたりに着くだろう。
20分ほど飛行すると、道から離れた場所に畑があるのが見えた。
来る時には気付かなかったが、俺の速度で20分、距離にして200キロやそこらとは、随分フォトレンから遠い。
サトウキビと同じく、魔物の関係かもしれないな。
その後の飛行は大した発見もなかった。
体感でおよそ2時間でエレーラが見えた。
来るときには山を正直に下っていたのを、上空から入ってショートカットしたのが大きかったのかもしれない。
そのまま上空から入ろうとして、門番のことを思い出し慌てて門まで戻る。
門の前に着陸すると、門番は驚いたような顔をしていた。
宿屋のおやじでも日常的に外壁を飛び越えたりしているのに、空から人が現れる程度で驚かれても困る。
俺がギルドカード片手に近づいても警戒はおろか、身分を確認しようともしない。
仕方なく、こちらから声をかけて現実に引き戻す。
「おーい門番さん、仕事仕事」
「あ、ああ…… よ、よし、通っていいぞ。 飛行魔法か何かか?」
「そうです、ただの飛行魔法です」
「……そうか、あれだけ上がって『ただの』か」
そう言ってさっさと門を抜け、炭屋のところへ向かう。
門番がなにか言っていた気もするが、まあ必要なことなら呼び止められるだろうから、多分俺には関係ない。
前に街を出た時と比べて、別にそんなに変わったところはないため、道に迷う要素はない。
変わった点といえば、武器店に飾られている武器の中の青っぽいものの割合が大幅に増えたことと、街の活気が増したことくらいだろうか。
特に武器は銀色と青の中間くらいの色の剣が、鉄を駆逐せんばかりの数飾られている。
鎧も同様で、鎧の数自体が剣より少ないことを除けば剣と同様の状況だ。
メタルリザードみたいな、金属が大量に取れる魔物が大量発生でもしたのか?
そんなことを考えていると、炭屋に到着した。
いや、正確には炭屋があった場所に到着したのだが、炭屋は様変わりしていた。
というか、炭屋がなかった。
炭屋の建物は取り壊され、何か新しい巨大な建物が建設されている途中のようだ。
以前あった区画をぶち抜くがごとき巨大な敷地に、石やらの建材が積まれている。
炭屋、つぶれたのか?
どうしようかと思い、周囲を見回してみると木で出来た小さな看板があった。
『炭屋にご用の方は炭鉱会まで』と書かれている。
炭屋も炭鉱会も無事だったようだ。
炭鉱会があった場所に行くと、こちらも以前とは大きく様子が異なっていた。
以前よりはるかに活気があり、奥のほうにある、以前はなかった建物からは煙が立ち上っている。
それを眺めているうちに、奥からコークスを積んだ荷車が出てきて、いそいそとどこかへと去っていった。
コークスは役立っていそうだ。
その割には、あの青い金属に押され気味なようだが。
入口のあたりにあったカウンターでギルドカードを見せ、ガインタさんに取り次いでもらう。
案内された場所にあった、質が良さそうな椅子に座って待っていると、ガインタさんは5分ほどで出てきた。
「お久しぶりです、コークス、儲かってますか?」
「大儲けだ。 設備が少し整ってきた今に至っては、1週間で普段の三ヶ月分の売上が出た」
「そんなにですか。 その割には見かける鉄の量が少ない気がするんですが、他の街にでも売っているんですか?」
「鉄? 何の話をしている?」
「え?」
「そういえば、知らせていなかったか。 コークスを使うと以前よりはるかに安くミスリルが精錬できることが分かってな、コークスは値上げした上で全量をミスリルの精錬に回している。 勝手に値上げすることになったが、1週間でここまで変わるとなるとカエデを待つわけにもいかないからな」
すると、あの青い金属はミスリルだったのか?
ミスリルというと、聖銀がどうとかいうレア素材のイメージがあるのだが……
船にも使うことになったし、ミスリルって意外といっぱいあるのか?
精錬に関しては専門外だが、鉱石がそんなに多いとも思えないのだが。
「値上げは問題ありません、俺でもそうすると思います。 ところで、ミスリルの精錬が簡単だとは聞きましたが、ミスリル鉱石はどっから持ってきてるんですか?」
「持ってくるも何も、石を投げればミスリル鉱石に当たる、それどころかその投げた石さえミスリル鉱石だったなんて話もあるくらいだ。 ミスリル鉱石がない場所のほうが珍しい」
えっ、ミスリル鉱石そんなにあるの?
「でも、今までそんなに作られてませんでしたよね?」
青っぽい剣なんて、以前はほとんど見かけなかったぞ。
「以前の精錬法はやたら金がかかったからな、ミスリル鉱石の中でも超高品位な部分だけを、大金を投じて精錬するようなやり方では生産量などたかが知れている。 まして魔石を直接燃やすようなやり方をすれば、当然だ」
魔石を直接燃やす……
そんな方法で精錬してたのか、それでは少ないのも無理はない。
質の悪いものでも重さあたりの値段では通常の燃料とは比べ物にならないし、そもそも魔石って燃えるのか?
いや、燃やすと言っている以上は燃えるのだろうが。
「そうだったんですか。 ところで、他の都市とかからコークス製造技術を使用したいとかの話は来てますか?」
「ああ、山ほど来ている。まだ二箇所しか決めてはいないが、一つの都市から二つ以上の商会が交渉しに来たこともあったな」
「それは嬉しいですが、面倒そうな…… 全部に供与して競争させるとか、やりますか?」
どっちが勝ってもこっちは儲かるんだし。
「いや、競争が過熱すれば下手なことをする輩が出る可能性が高く、片方が潰れたりすればその分の技術料が取れん」
「つまり、片方だけに絞ると」
「いや、結局コークスを作るには石炭が必要だからな、現時点では炭鉱を自前で持っている組織にのみ技術供与することにした」
ああ、確かにそうすれば石炭の取り合いなどの無用な争いはある程度避ける事ができそうだな。
今度は炭鉱の取り合いが起こる可能性もあるが、決着が付けばそれまでな分、永続的に発生するであろう仕入れ競争とはわけが違う。
「いいと思います。 設備投資が完了して、俺の元に特許料がガンガン入ってくるのも時間の問題ですね。 他に問題とかは?」
「ベイシス王国がこの技術を外国へ売るための仲介役を、無償で引き受けてくれるそうだ」
「この国ですか? 俺たちに金を求めない分、外交カードにでもするつもりなんですかね?」
「そうだろう、対魔物にも極めて有用な技術だからな。 それと悪い話が一件ある」
悪い話、なんだろうか。
「領主様のドラ息子がな……」
話としては、要するにここの領主様の長男が、儲かっている炭鉱会に目をつけて、増税しようとしているという話だ。
本来こういった鉱業関係は魔物に対抗するために必要不可欠なものなので、だいぶ税を軽減されている。
領主の長男様とやらはそれが気に食わないらしく、税をもっと払えなどと抜かしている、らしい。
領主と、その次男はまともなのだそうが、領主は現在王都に滞在中で一月ほどは帰ってこない予定、次男は長男より権力が弱いため、それを止めることができないとのこと。
アホじゃないのかそいつ、国が決めたことに一領主の息子が、親の了承も得ずに逆らうとか、何を考えているのだろうか。
きっと何も考えていないのだろう。
「よし、ちょっと叩き潰してきます。 遠距離から圧力魔法で狙撃すれば余裕です」
「待て待て」
無事に放っておいてもどうせろくなことをしないだろう。
コークス関係ビジネスの基盤となる都市の領主の跡継ぎがそれでは、安心して商売できない。
盗賊みたいなもんだ、消しておくに限る。
「駄目ですか?」
「いくら誰もが認めるドラ息子でも、領主の長男が暗殺されたとなれば大事件だ、盗賊になるぞ」
うーん、そうなのか。
じゃあ、暗殺しないで正々堂々とやっちゃえばいいんだな。
この世界には決闘とかいうシステムがあった気がする。
あれなら盗賊にならないだろう。
「よし、任せて下さい。 決闘でボッコボコにしてきます」
「無理だと思うぞ。 奴は一応騎士としての訓練を受けている、高価な装備を含めればDランク程度の実力はあるだろう。 その上、格上から決闘を挑まれても受けるわけがない」
そうなのか。
いやー、うっかりしていた。
うっかりフォトレンギルドでランクを上げておくのを忘れていたよ。
つまり今の俺はまだEランクだ、ああ困った。
「俺、今のランク何だと思います?」
「急になんだ? CかBあたりじゃないのか?」
「いや、実はEなんですよ」
「なん…… だと……」
と、こんな感じで、領主のドラ息子に決闘を挑むことになった。
受けさせてしまえばこちらのものなので、俺の実力を知る人達には俺のことをばらさないでくれるように頼んだ上で、受けさせるための作戦を打つ。
作戦はこうだ。
明日の昼、長男(ラドムコスとか言うらしい)は恐らく、ここに税金を払えと言うために広場を通る。
朝の広場は仕事前に世間話などをしている人も多く、当然人目は極めて多い。
その中で、俺はEランクだということを高らかに主張しながら、可能な限りラドムコスをなめてかかった態度で決闘を挑む。
ラドムコスは高慢でプライドが高いらしいので、公衆の面前でEランクに決闘を挑まれたりすれば、断る可能性は低いとのことだ。
受けさせてしまえば、可能な限り恥をかかせる方法でラドムコスを叩きのめすだけで作戦完了だ。
ラドムコスは街の人々にも評判が悪いらしいので、やっちゃっても誰も文句は言わないだろう。
俺を敵に回した報い、受けてもらおうか。
異世界の石炭は、みんな強粘結性の瀝青炭のようです。