第56話 砂糖と税金
今日の爆破は、製糖に意外と時間がかかってしまったため昼に遅れそうになってしまったことを除けば特に問題もなく終わった。
これで6日後くらいに開始するブロケン奪還までは俺はフリーだ。
と、その前にサトウキビの栽培許可を得るため、町長に根回しをしておかなければ。
報告のためギルドに行くと、ちょうどよく町長がいたので
「すみません、ちょっと頼みがあるんですが」
「何だ? ランクならCまでは上がることが確定したから、フォトレンギルドで言えば上がるぞ」
「デシバトレギルドでは上がらないんですか?」
「ああ、デシバトレでは冒険者ランクは飾りだからな。 Cランクからはギルドカードの色が変わるんだが、そのために無駄に機材やら材料を運ぶほどの余裕はなかった」
過去形なのは、今は俺がまとめて輸送してしまうからか。
それにしたって、ギルドの設備を減らしてしまうのはどうかと思うが……
「まあ、頼みはそれではなく、今度島でサトウキビ栽培をやろうと思っているので、その許可がほしいんですよ」
「サトウキビ? 農業に関しては、商業ギルドの管轄のはずだが?」
「ええ。 でも何かサトウキビに関しては、町長さんに相談するとのことなので、それで相談に」
「……話を聞いてみんことにはわからんな。 いくらブロケン奪還を可能にしてくれたカエデの頼みでも、街に被害が出るような位置なら許可するわけにはいかん」
まあ、街を治める者としては当然だな。
たとえその小さな街の住民のほぼ全員が、他の都市であれば主力級の戦力になれるレベルの冒険者だったとしても。
「影響が出ないようにするには、ここから何キロくらい距離を取ればいいでしょうか?」
「そうだな…… 確かサトウキビの場合は影響距離が200キロほど、島ということなら間が海だから最前線から40キロも離れればよかろう」
影響距離というのは、多分サトウキビの影響が出る半径のことだろう。
海だと5分の1になるようだが、それでも結構遠いな……
「最前線というのは、木を切ってある場所と切っていない場所の境のことですか?」
「概ねそうだ。 木だけ切ってあっても、そこからの魔物対策が安定するまでは、安定して魔物を抑える事ができる場所までだが」
「つまり、今はデシバトレで、ブロケンを奪還したらブロケンになると?」
「そういうことだ」
「使おうと思っている島は、デシバトレからは大体60キロほどの距離がある島です。 ブロケンに近いということも無いと思います」
「それならまあ、問題はないな。 ブロケンとデシバトレの両方から40キロ以上離れた島を使うと言う条件なら大丈夫だと向こうに伝えておく。 早くしたいなら手紙を書くから、持って行っても構わんぞ」
おお、許可が降りた。
あとは他のお役所とかにブロックされなければ、申請は通るだろう。
「そうしていただけるとありがたいです。 そういえば、ブロケン奪還は、いつどこに行けばいいのでしょうか?」
「まだ聞いていなかったか。 今日から6日後の朝に、フォトレンギルドで荷物を受け取ってからこちらのギルドに来てくれ」
そう言いながら町長はどこからか紙のようなものを取り出し、それに何やら文を書くと、4つ折りにして奥へ入っていく。
少しして出てきた町長の手には、青い魔法陣のようなものが刻印され、糊付けされたようにぴったりと閉じた四つ折りの紙が握られていた。
魔法陣の模様の一部は、デシバトレ付近で見たような紋章になっている。
手紙に封をする時に割印を押すようなものだろうか。
「紙ですか?」
「ん? ああ、魔物皮紙だ。 少々値は張るが、ここに重い筆記用具を運ぶと逆にコストがかかるからな。 別に金はとらんぞ」
魔物皮紙…… 羊皮紙的な何かかな?
紙も集まれば重いとはいえ、あの軽いとも小さいとも言えない依頼板と比べたら雲泥の差だからな…
ギルドの討伐依頼に関しては依頼板が使われているようだが、こっちは随分古いように見えるし、デシバトレが前線になる前からあったものなのかもしれない。
「ありがとうございます。 では6日後にまた」
「ああ、頼んだぞ」
町長にお礼を言ってギルドを出る。
まだ夜にはなっていない、今からフォトレンに帰って商業ギルドにこの紙を届けに行ったほうがいいだろう。
紙が届いたからすぐに許可、なんてことはないだろうし、早いうちに渡すことが迅速な許可につながるはずだ。
ということでまたフォトレンへ、ちょっと前に来た道を引き返す。
今の魔力なら軽く音速を突破できそうだが、周囲への被害が大変なことになるので使う機会は少ないだろう。
それでもやはり以前とは加速が違う、亜音速に乗るまで3分もかからない。
結果、40分足らずでフォトレンに到着する。
そのまま商業ギルドへ直行だ。
商業ギルドの受付はギルドと違い、2箇所しかない。
その内の近い方にいた受付嬢に用件を伝える。
「すみません、デシバトレの町長からお手紙を預かったのですが、どうしたらいいでしょうか」
そう言って相変わらず魔法陣が浮かんでいる手紙を見せる。
「確かにデシバトレのものですね。 少々お待ちください」
ほどなくして受付嬢が奥に引っ込み、小太りのおだやかそうな男が出てきた。
まあ穏やかだというだけで支部長にはなれないだろうから、実際はどうかは分からないが。
とは言っても知らない人ではなく、前回サトウキビ栽培の許可をとりにきた時にも話した商業ギルドフォトレン支部長だ。
「ああ、カエデさんでしたか。 その手紙は、魔物に対する影響についてのもので?」
「はい、条件付きですが、許可をいただくことが出来ました」
そう言いながら俺が手紙を手渡すと、支部長は手紙に魔石みたいなものをかざす。
すると魔法陣が青から赤に変わり、手紙の固定が解除される。
それを読んだ支部長は軽く頷き、こちらに話しはじめる。
「わかりました、これで一応許可は出せますが、税金などに関しては今お話するので構いませんかな?」
随分迅速だな、予想よりずっと早い。
元々は一人で許可が出せるとのことだったし、単に参考意見としてほしかっただけなのかもしれない。
金はほしいが、被害が出た場合に責任転嫁する対象もほしかった、という可能性もあるが。
読み終わった手紙を大事そうにポケットにしまっているし。
「あ、メルシアを連れてきてもいいですか? その辺は俺じゃなくてメルシアがやると思うので」
「わかりました、お待ちしていますよ」
冒険してたり、旅行してたりするうちにうっかり脱税でお尋ね者、とか笑い話にもならない。
某ゲームでも脱税はカルマ60マイナス、一発で犯罪者として賞金稼ぎやガードマンに追い回されることになってしまう。
日本の税務署だって怖い、殺されることこそないものの、うっかり脱税した分を使っていたりした日には上乗せ分に加え年15%近い利息を払うことになり、そのうえ自己破産しようとも税金からは逃れられない。
要するに、税金だけはしっかり払っておくべきだということだ。
メルシアは魔物解体の監督が終わったのか、メイプル商会のほうにいた。
店の角で店員を見ているところを見ると、社員教育をしていたのかもしれない。
「メルシア、今いいか? サトウキビ栽培の許可が降りたから、税金とかに関して説明をしてくれるらしい」
「わかりました、今から行きます。 では、言ったとおりにちゃんとやっておいてくださいね」
『はい!』
用件を伝えると、メルシアは店員たちに指示を出してからこちらについてくる。
やはり新人教育だったようだ。
そのまま急いで商業ギルドに戻ると、入り口のすぐ近くで支部長が座って待っていた。
「説明はお二人でお聞きに?」
「はい、俺も一応参加します」
「わかりました、では奥の部屋へどうぞ」
そう言いながら立ち上がった支部長は、体格に見合ったゆっくりとした速度で奥にある部屋の一つに入ると、俺たちが部屋に入ったのを確認してから部屋に防音を施した。
「少し長くなりますので、どうぞお座りください」
俺達が座ったのを確認し、支部長が条件について話し始める。
話は思ったほど長くもなかったが、決して短くもなかった。
しかしその多くは細々とした抜け穴つぶしのようなもので、重要な点をまとめるとこうだ。
会社としては売上総利益から従業員の数により決まった額を引いたものの、20%を持っていかれるとのことだ。
決まった額というのは階級によって異なり、奴隷一人につき月1万テル、一般の従業員一人につき月2万テルが引かれる。
要するに同じ規模の商売ならいっぱい雇えば税金が安くなるというわけだ。
まあ養わなければならないので、結果としてコストは増えるが。
更に砂糖には、1キロあたり1000テルが税金として上乗せされる。
もっともこれでも随分安くなったほうで、国外から砂糖を輸入する場合には1キロあたり10000テルなどという税金がかかるらしいが。
国外からの輸入に税金を掛けるのは普通だが、国内のものにもかけるのはサトウキビの性質上、栽培に関しては管理が必要なため、その費用を負担するような形とのことだ。
最後に、船を使用する場合の港湾使用料として1月あたり、俺が注文した船の規模で2万テルの税金が持っていかれることになる。
こちらは税金かどうかは微妙だが、払う側からしたらどちらでも変わらない。
税金に関しては以上で、あとはサトウキビの栽培に詳しい人を紹介がはじまった。
なんでも昔デシバトレ付近でサトウキビ栽培をしていた人の孫だとかで、サトウキビ栽培に興味があるらしいのだ。
興味があるだけでなく、その祖父から技術についても聞いていたらしく、役に立つことうけあいだとか。
今はフォトレンよりやや内陸にある小さな村で普通の農家をしているらしいのだが、なんと商業ギルドがその人を説得してくれるそうだ。
3年契約、手数料込みでお値段なんと1000万テルとのこと。
「……随分高くないですか?」
「金になる技術と言うのは、みんな高いものですよ。 物は売ってしまっても新しい物を作ればいいのですが、情報は二度売ったりできませんからね」
「説得できるかどうかと、役に立つかどうかに関しては自信があるんですか? 俺はその人を知らないんですが」
「それは保証いたします」
ただ保証すると口で言われてもな。
メルシアはこの件に関しては俺が決めることだと考えているのかこの交渉には参加せず、座って話を聞いている。
「では、こっちでその人の指示に従ってやったにも関わらず成功しなかった場合は?」
「そうですね、損失までは補填できませんが、報酬に関しては100万に減らす、ということでどうでしょう」
「100万はとるんですか」
「ええ、ギルドはともかく、彼にも生活というものがありますから」
まあ農家の人を引っ張りだしておいて、『失敗したから報酬なしな』というのも酷な話だろう。
それでいこう。
「わかりました、ではそれで。 支払いはデシバトレカードでいいですか?」
「問題ありませんよ、毎度ありがとうございます」
そんな感じで金を支払い、ついでに商業ギルドに店の口座を作った上でそこに5億テルほど預けておいた。
サトウキビ栽培の準備は順調だ。
そういえば、ギルドのランク上げてなかったな、後でフォトレンギルドに行っておこうか。