第50話 近距離戦とサトウキビ
ワイバーンは2本脚の、まさに龍といった感じの外見だ。
色は全体的に赤く、翼も鳥のものなどとは違いのっぺりしたやや光沢のあるものだ。
その翼を左右各6本の、骨のようなもので張っているようだ。
その骨の先端から刺が出ている。
当然これで羽ばたいたところで跳び上がることなどできないだろう。
恐らく魔法的な何かで飛ぶのか、魔法によって翼を機能させているの可能性もある。
体型はまあ、普通の鳥を若干ずんぐりさせた感じだ。
サイズは当然ケタ違いで、横幅など翼を広げたら30m近くありそうだが。
観察しながら俺は一気に距離を詰め、勢いをあまり殺さず、ワイバーンの斜め前から側面に着地する。
転がりそうになるが、加速魔法で無理やり制動をかけて停止。
ワイバーンのすぐ横に着地した俺に、爪が振り下ろされる。
速度は俺が杖なしで放つ魔法よりは速いが、地上であればこの程度回避可能だ。
足は2本しかないようなので、バランスを崩してくれないかとも思ったが、ワイバーンは翼を使ってバランスをとっているのか、全くバランスを崩した様子はない。
2本足のうち片方は地面についているが、その必要がない可能性も考慮すべきだろう。
魔力は出来る限り魔法装甲に回し、時間を稼ぐことにする。
攻めるのはそれからだが、あわよくば魔剣で斬ってやる。
その戦術を取る上では地上というのは非常に有利だ。
低速であれば加速魔法の魔力効率がいい上、脚を使って魔力を使わず回避できる。
空を飛んで戦うのは何かと魔力の余裕が削られるのだ。
次の攻撃は翼による打撃だった。
ステータスの割にはあまり速くない。
魔法を併用して少し後に飛ぶだけで簡単にかわせる。
俺とワイバーンの距離は2mもないため、近距離攻撃はできてもブレスが使えないのだろう。
使えたところでこの位置なら避けやすい。
余裕があったので試しに斬りつけてみる。
下手に刃杖で斬りつけて弾かれて隙ができたりしたらさすがに危ないので、魔剣でだ。
こういう硬そうな相手に刃杖で斬りつけてもろくなことはなかったからな。
木なら手を怪我するだけで済むが、この状況でそれは命取りだ。
その点、魔剣は信用できる。
ワイバーンの翼に向かって振った魔剣は期待通り翼に食い込んだ。
しかし、3cmほど入ったあたりだろうか。
急に剣の進みが止まった。
慌てて剣を引き抜いたところで脚の爪による攻撃が来る。
剣は簡単に抜けたが、さすがにかわすほど時間の余裕はなく、魔法装甲で受けたがブレスのように一気に装甲を削られる感触はなかった。
爪攻撃による装甲の消耗分は次の攻撃が来る前に補填されるレベルだろう。
装甲を強化しながら受け続けるだけでも、速度は落ちるものの装甲を補給できるかもしれない。
と、ここまで考えたところで違和感を覚える。
体感だが、以前より魔法装甲の強化ペースが上がった気がするのだ。
ウィスプを殴った時には魔力が増えたが、今度は瞬間出力か?
剣を介してでもそんなことになるのだろうか。
試しに殴ってみたいが、さすがにそこまでの余裕はない。
爪の次はワイバーンは爪や翼のみならず、尻尾まで攻撃に使ってきた。
トゲが生えている上、長く太い尻尾を大きく振り回しての攻撃は回避が困難だ。
魔法装甲で受け止めた時の重さも、爪よりはるかに重い。
爪攻撃よりさらに動きが大きいため。連続して飛んできそうにないのが救いか。
ワイバーンがこちらに振った尻尾を引くタイミングで追いかけ、比較的低い位置にあった翼を今度はわざと浅く切る。
剣は深さ1cm、長さ5cm程度の傷をつけるにとどまったが、今度は止まることはなかった。
浅い切り方なら大丈夫なようだが、回復も速いようで、大した量の血は出ていない。
まあ、魔力がいっぱい使えるようになるだけいいとしよう。
爪攻撃をかわし、さらに攻撃。
こんな感じでちまちまワイバーンを切っていると、はっきりと魔法の出力が上がっているのが感じられた。
元の1.5倍程度まで上がっただろうか。
魔法装甲も、さっきのブレスを2発耐えきれる程度までには回復したので、ワイバーンが尻尾を振り回した隙に勝負に出る。
このまま戦っても戦況は有利に傾くかもしれないが、距離を取られる、特に高度をあげられると厄介だ。
そうなる前に出来る限りダメージを与えておきたい。
魔法出力も上がれば一石二鳥だし、翼へのダメージで飛行できなくなってくれればなおいい。
刃杖をアイテムボックスに収納して加速魔法で一気に近付き、両手で翼に魔剣を突き立てる。
剣は5cmも刺さらないうちに一気に速度を落としたが、一応ちゃんと刺さった。
「ギャアアアアアアアアァァ!」
こいつ、初めて声を出したな。
片方の翼で叩き落とそうとしてくるが、位置の関係か威力は大したことがない。
装甲の余裕はむしろ増えていっている。
しかしこちらの剣の刺さり方も微妙だ。
剣を突き立てているのは翼の端っこのほうで、あまり厚さがない位置だが、それでも30cm以上はある。
そのくせ全力で剣を突き込んでも、剣は1秒に1センチも入らない。
硬いというよりは、粘度が高いといったかんじだ。
確実に入ってはいくのだが、一気に入っていくということもない。
剣が10cmほど入ったあたりで方針を変更したのか、俺がくっついたままの翼をブンブン振り回してきた。
ほとんど攻撃にはなっていないが、ドラゴンの翼には大した支えがないため、振り落とされそうになる。
なんとか加速魔法で抵抗しようとしたが、案の定3秒と持たずに振り落とされてしまう。
与えた傷は、浅い傷よりは遅くはあるが回復し始めているように見える。
さっきの攻撃で1秒辺りに使える魔力は30程度まで増えたので、防御はだいぶ楽だ。
しかしどの程度ダメージを与えているのかわからないので、再度ワイバーンのステータスを表示する。
被弾することになるが、状況もわからず戦うよりはだいぶマシた。
イグニス・ワイバーン
RANK:A
HP 2566272/2578200
MP 5246724122/5722415129
STR:561
INT:2767
AGI:448
DEX:250
スキル:ワイバーンブレス、飛翔
ブレスにだけ気をつけながらステータスを確認。
ダメージは随分小さいな、1%も削れていなさそうだ。
……あれ、ステータスが全体的に、前見たのより下がっている気がする。
あとMPの消耗が大きい。
これは、修復の際に消費してるとかか?
再度翼を浅く斬り、様子を見てみる。
イグニス・ワイバーン
RANK:A
HP 2566116/2578199
MP 524669769/5722404388
STR:561
INT:2765
AGI:448
DEX:250
スキル:ワイバーンブレス、飛翔
おお、下がった。
効いてるぞ。
今まで与えたダメージはMPの消費に見合わない気がするが、何か理由があるのだろう。
効いていることは間違いない。
魔剣でチクチクつつく戦法を継続することにする。
魔剣でワイバーンを切るうちに、急に切れなくなる状況の共通点が見えてきた。
剣が黒くなるのだ。
ワイバーンに刺さった箇所からだんだんと黒くなっていき、それが刃の部分の根本にまで達すると切れなくなる。
根本まで行った剣の黒い部分はそのまま柄にまで到達し、俺の手のあたりで消えてなくなる。
こうして剣が黒いままになるのを防いでいるようだ。
あ、これ、消えて無くなってるんじゃなくて、俺が吸ってるんじゃないか。
ステータス確認。
名前:スズミヤ カエデ
年齢/種族/性別 : 21/人族/男
レベル:30
HP:1091/1091
MP:129771393/129771393
STR:190
INT:280
AGI:209
DEX:214
スキル:情報操作解析 (隠蔽)、異世界言語完全習得 (隠蔽)、魔法の素質、武芸の素質、異界者 (隠蔽)、全属性親和 (隠蔽)、火魔法3 土魔法3 水魔法3 圧力魔法1 風魔法5 知覚魔法4 回復魔法2 剣術2 爆発魔法5 結界魔法5 魔素適応unknown 魔素活性
やっぱりMPが増えている。
ワイバーンのMPの1割も削ってないのに、随分な大盤振る舞いだ。
スキルの欄にある魔素活性とやらが、魔力消費速度を上げてくれたのだろうか。
これは、ワイバーンは討伐した後も死体斬りをする価値があるかもしれない。
そのためにはまず、殺さなくては。
そう思い再度ワイバーンに斬りかかるが、流石に地上では勝ち目がないと学習したのか、ワイバーンがついに飛び立った。
うかつに空中で距離を詰めるのはまたブレスを浴びる可能性が高いので、魔法で追撃を行うが、やはり無効化されてしまった。
ウィスプの時と似た感じの無効化のされかただ。
ワイバーンはそのまま200mほどの高さを維持し、海の方へ飛んで行く。
仕方なく俺も加速し、地上スレスレから追跡を行う。
最初にブレスを食らったのは、距離も大して近くない上直撃というほどでもなかった。
使える魔力が3倍を超えたため装甲にも余裕があるので、喰らわないことを最大目標にするのではなく、食らっても被害を抑えることを目標とした位置取りだ。
着地したところを叩くのが理想だが、ずっと飛び続けるようであればこちらから攻めなければならない。
向こうの加速は速かったが、巡航速度はさほど速くないようで、安定して追跡できている。
向こうからブレスを放ったり、積極的に攻撃してくる様子はないが、時々こちらに顔を向けているところを見ると、俺に気づいていないわけではないらしい。
飛行でMPを消費してくれるとありがたいのだが、ステータスを見る限り1秒に1も消費しないようだ。
回復されないだけましだが、飛べなくなるのを期待できるほどではないな。
時速300キロほどで、10分程度飛んだだろうか。
ありがたいことに、ワイバーンは近くにあった島に着地してくれた。
ワイバーンは俺に注意を向けている様子もなく、寝転がっている。
回復しようとしているのかもしれない。
変なものがないか確認するため、高度を上げて島の様子を伺う。
島はほぼ円形をした、半径5キロほどのものだ。
島の大部分は森だが、一部、100m四方ほどはは森の他の部分とは違った感じの植物が生えている。
ちょうどその、違った植物が生えているあたりがワイバーンにもほどよく近い位置で、着地もしやすそうだったので、ブレスに注意しながら着地。
あれ、この植物、なんか見覚えがある。
どこかに旅行に行った時に見たことがある、……気がする。
とりあえず、鑑定。
サトウキビ
説明:砂糖が取れる草。魔素が多い場所で育つ。
おお! サトウキビだ!
素晴らしい! これがあれば久しぶりに甘いものが食えるぞ!
……ワイバーンのすぐ近くで、何をやってるんだ俺は。
俺はサトウキビの誘惑を振り払い、――サトウキビを数十本魔剣で切り払ってアイテムボックスに収納し――ワイバーンの元へ向かった。