第44話 商会と奴隷
商談がさっさとまとまってしまった。まだ朝だというのに。
狩りにでも行こうか。
いや、しかしこれから伐採が始まったら一日丸々暇になる日というのは貴重になる可能性もある。
それまでに時間がかかりそうな会社設立を終わらせておくのもいいかもしれない。
まあ設立とはいっても、社長まで雇ってしまう予定なのだが。
それで人を雇ったり設備を用意したりも、金だけ渡してやらせてしまう、完璧だ。
自分で経営する暇があったらモンスターを乱獲するなり荷物運ぶなりしたほうが儲かりそうだからな。
そのためには優秀で信頼がおけ、下らない常識を投げ捨てることのできる社長候補を確保することが必要だ。
うん。かなりの無理難題だな。
コネもなく簡単に手に入るとは思えない。
しかし俺には一つ、それを入手するための力がある。
金だ。金は力だ。
無論、金を稼ぐために金を使いすぎても本末転倒なのだが、今までに俺が稼いでいる額を考えると多少の出費は問題にならないのではないかと思う。
しかし魔物の素材や飯ならともかく、人材というのはどこに行けば売っているんだろう。
奴隷商とかか? それか商業ギルドあたりかもしれない。
奴隷商は単純労働者ならともかく、頭脳的な意味で優秀な人材はあまりいなさそうだ。
そもそもそんなに優秀な人材であれば、奴隷になったりはしないのだ。
そういえばフォトレンにはメイプル・カトリーヌがあったな。
様子を見るついでに聞いてみるか。
そういうことで俺は塀を飛び越え、街を出る。
そのまま魔法装甲を強化しながら助走し、飛行。
試験の時とは違い、直線だからおそらく速度はあっという間に出るだろう。
今まで木にぶつかったりした経験から、この強度なら間違って音速を超えて衝撃波をまともに受けてしまっても多分大丈夫だと思う。
周りへの被害も少ないはずだ、というか被害をうけるのは魔物だけだ、知ったことではない。
道から離れて全力で、ガンガン加速していく。
フォトレンとデシバトレの間は海に囲まれた比較的細い陸地で、フォトレンはその全てを塞いでいるのでこれでも迷うことはない。
人身事故を避けるための配慮だ。
魔物の姿はところどころ見えるが、気にする必要はないだろう、巻き込まれたら運が悪かったと思って諦めてほしい。
やはり直線の加速はすさまじかった。おそらく、フォトレン外周を回った時の速度まで達するのに5分とかかっていない。
それからも加速し続け、フォトレンの時の3倍ほどの速度になった時に、それは起きた。
『ドンッ』という音とともに、付近の地面がえぐれたのだ。
それと同時に加速が止まる。
触板の範囲にいた何らかの魔物が不自然に横に移動する、というか吹き飛んだのだろう。
多少うるさいし、加速はしなくなってしまったが他に特に問題はない。
轟音と衝撃波をまき散らしながら俺は飛ぶ。
こうしているだけで討伐依頼が達成できたりしたらとても美味しいのだが、死んでいるかどうかは残念ながらわからない。
ロシアあたりに隕石が落ちた時には、けが人が出こそすれ死者は出ていなかったはずだし。
そのまま公害と共に俺がフォトレンに到着するまでに1時間もかからなかった。
もちろんフォトレンに近づく前には減速したが。
盗賊ならともかく罪もない人を殺してしまってはまずい。
さて、ここを発ったのは確か昨日だったはずだが、かなり昔のことのように感じるな。
まずは魔道具店か。
歩きながらギルドカードを確認してみると、討伐履歴の確認できる範囲がブラックウルフで埋まっていた。
ブラックウルフは衝撃波に弱いのかもしれない。
魔道具店に到着した。前来た時よりも小綺麗な感じになっている。
掃除したのだろうか。
店に入ってみると、カトリーヌは真剣な顔で赤っぽい魔石をいじっている。
少しして、カトリーヌが魔石から手を離してから話しかける。
「よう」
「……あ、こんにちは」
「ああ、調子はどうだ?」
「絶好調です、結界の魔石を作ってたんですけど作った端から売れていくんですよ。 結構うまく出来てるみたいです」
少し前まで実際に魔道具を作ったこともなかったはずなのにそれか。
魔道具制作というのはそんなに簡単なのか? それかよほど供給が不足してるとか?
「そうか、儲けはどうしてある?」
「お給料の分を除いて、商業ギルドに預けてあります。 いらっしゃった時に渡そうと思っていたのですが」
「そうか、じゃあこれからもそうしてくれ。 ……それが結界の魔石か?」
「ええ、今回のは1個2万テルくらいする魔石です、魔道具にすると10万くらいになると思います」
確かにカニのよりもでかい魔石だな。
10万テルでは使える場所は限られるだろう。
デシバトレなら木2本分でしかないのだが。
「結界の魔石って、戦闘にも使えるのか? 攻撃されなくても攻撃できなきゃ意味ないんじゃないか?」
「魔法でなら結界の中から攻撃できますよ。 後衛の魔法使いを守ったりするのに使うみたいですね」
魔法装甲のかわりか。
たしかに便利そうだが俺が使うにはコスパが最悪すぎるな。
「そうなのか、まあ頑張ってくれ。 ところで商会を作るために商人を雇いたいんだが、どこに行ったらいい?」
「商会を作るんですか? それなら多分商業ギルドだと思いますけど…… 何を売るんですか?」
「デシバトレから魔物の素材を運んだら儲かるんじゃないかと思ってな。 他にも儲かりそうなもんがあったら手を出すつもりだ」
「ああ、アイテムボックスがありましたか。 店番とかなら奴隷商でもよさそうですが、商会を任せるなら商業ギルドのほうがいいです」
「商業ギルドの人間って信用できるのか?」
商品とか金を持ち逃げされても困るぞ。
「ええと、一応契約の魔法を使えば信用できますよ。 魔石を使い捨てにするせいで5万テルくらいかかりますけど」
そこそこするな、しかしそれは朗報だ。
信用が置ける、というある意味一番難しい項目が木1本で解決できるのだ。
「分かった、それを使うことにするよ。 それじゃあ頑張ってくれ」
そう言って店を出て商業ギルドに入る。
受付は好青年っぽい感じの男だ。
「すみません、商人を雇いたいんですがどうしたらいいでしょう」
「どんな業種で、どんな役目の人を雇いたいのかな?」
「商会長を任せたいので、多少金がかかっても優秀で、経営を任せられる人がいいです」
「随分難しい注文だけど、よっぽど金があるならちょうどいい噂がなくもない、いくら位使えるんだい?」
やっぱり金か。
昨日1日の木こりで稼いだ6000万くらいなら、まあ問題ないだろう。
明日からもいっぱい切るのだし。
「6000万くらいですかね?」
受付の人が驚いたように目を見開く。
「そっ…… そんなにはいりませんよ!? せいぜい2000万くらいです」
意外と安いな。
いや、人間は一度買ったら終わりってわけにはいかないからな。
失念していた、年に2000万ならかなり高い。
「ええと、それって1年にとかですか?」
さすがに1月2000万はどうかと思う。
年2000万でも赤字が出る可能性はなくはない。
「まさか。年にそんなにかかるわけないじゃないですか。 そこそこの規模の商会がつぶれましてね、そこの娘が奴隷になったんですがその娘が美人な上に優秀でして値段が大変なことになって、誰が買うのかと噂になっていたんです」
奴隷か。確かに好都合ではあるが、そのスペックで2000万なら安い気がする。
「2000万ってのは高いもんなんですか? 結構何とかなりそうな額ですが」
「とんでもない。 普通の奴隷の価格なんて300万するかどうかです。 買った後にも金がかかるんだからそれっきりって訳にはいきませんし、無給だと労働意欲が落ちるってんで報酬を出すと更にコストアップです」
つまり奴隷といっても、雇用契約の縛りが厳しくなって、給料が安い、または無給になる代わりに契約金のようなものだろいうことか。
思っていたほど便利なものではなさそうだが、問題になるほどではないな。
「買いたいと思うんですが、どこ行けばいいんですか? あとデシバトレカード使えますかね?」
「そこの角を曲がったところにある奴隷商ですね、カードは使えるはずです、大きい店ですから」
「ありがとうございます、行ってみます」
どうやら何とかなりそうだな。
そう思いながら俺は奴隷商のドアを開く。
「いらっしゃいませ、本日はどのような奴隷をお求めで?」
他の店とは違い、店に入るなり挨拶された。
それなりに高い商品だからだろうか。
「あー、経営者を探していまして。 いい奴隷がいると聞いたのですが」
「もしかして、ブロケン商会の娘のことですか? ご予算はいくらほどで?」
それを言っては交渉にならない。その手には引っかからんぞ。
手持ちの額は教えず、ちょっと安めに言う、これだ。
「いくら持ってきてるかは言えませんが、1700万ほどが相場だと聞きました」
「500万ほど足りませんな、2200万程が相場になります。 とりあえず見ていかれてはいかがですか?」
話している間に、横からお茶らしきものが俺の前に置かれる。
わざと手間を掛けることで引込みを付かなくさせる作戦か? 確かに日本人には有効かもしれないが、この異世界でもなのか?
この見方は穿ち過ぎかもしれないが。
「そうですね、話してみないと能力があるのかもわかりませんし」
「ではこちらへ」
応接室のような場所に案内され、そこで奴隷と対面する。
特に見た目は奴隷らしいこともなく、小奇麗な格好だ。
背はやや高く、スタイルがいい美人だ。
そのバストは豊満であった。
しかしそんなことは経営にはあまり関係ない、別に店番を任せようというわけではないのだ。
とりあえず、さっさと用件を切り出す。敬語を使う必要はないだろう。
「商会長として、経営を任せようと思っているのだが、どうだろう?」
「ぜひやらせてください! そのために勉強してきたんです!」
ふむ、好感触だ。
やる気に関しては問題ないだろう、後は能力と、こっちの事情についてだ。
普通の商会ではないのだし。
「まず、うちの商会に入るなら契約の魔法を使ってもらうことになる。 秘密の保持等のため、これは絶対だ。 問題ないか?」
「問題ありません!」
能力と、こちらの事情に関してはまとめて試してしまうか。
なんか就職面接みたいだな。
では、弊社への志望動機を教えて下さい……
別に志望したわけじゃないな。普通に直球で行こう。
「俺の作る商会は普通の商会とは違う、俺が狩ったり、デシバトレで捨て値で買ったのを持ってきた魔物の素材の販売やら、俺が持っている特許やらをやるための商会だ。 従って普通の商会とは違った感じのものになるが、それでも構わないか? またそれでいいならどう経営する?」
「それでうまくいくとは思えませんが。 まずデシバトレからの魔物が現在ほとんどこちらに回ってきていないのにはちゃんと理由があります。 魔石と一部の特に有用な部位以外は輸送コストに見合わないからです。 また冒険者一人程度が狩った物を売るのに商会を作る必要もありません、特許の管理も現時点で持っているのなら今までの体制を維持するだけで、商会が必要だとも思えませんし、要するに、商会として成立しないと思います」
ふむ。
とりあえず破綻した点は見当たらないな。
有能かどうかは分からないが、全く使えないということもないだろう。
「俺は結構特殊な冒険者でな、アイテムボックスの容量がほぼ無限、少なくとも今までには底が見えていないんだ。 この間もデシバトレまで11トンほどまとめて食料を輸送した。 このくらいの容量があれば成立するとは思わないか?」
「それが本当なら、ぜひやらせていただきたいです」
「嘘をつく意味もないと思うが」
「しかし意味もなく嘘をつく人もいます、できれば証拠か何か見せていただけるとありがたいです」
証拠か…… あ。
「これがデシバトレの輸送者カードだ、重量が275000kg超、これである程度は信じられるか?」
「偽装…… はありえませんね、それこそ死刑ですし。 私としては大丈夫です、後は資本金ですが」
「まあ当面の資金として、この程度なら使えるぞ。 そこまで規模を大きくするかは知らんが」
そう言ってデシバトレカードを見せる。 額面は8000万近い。
「こんなにですか、さっき聞いた話からすると多すぎる気がするくらいです」
「なら問題ないな。 すみません、買うことにしたいのですが、契約魔法とセットで2200万で大丈夫ですか?」
奴隷商に話しかける。
「ええ、それではカードを。 正直もう少し値切られると思っていたのですが」
まあ別に多少ボられたところで問題ないだろう。
カードを差し出す。
何やら箱を操作し、タッチしてこちらに返されたカードの額面は、きっちり2200万引かれていた。
そのまま、『持ち逃げしない、基本的に命令には従う、秘密を守る』などの基本的な条件で契約魔法を使ってもらい、店を出た。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
明日の昼までにデシバトレに帰らないといけないからな。
それまでに商会を作らせる準備だけでも済ませておかねば。
「……あ、名前は?」
そういえば聞いてなかった。
「メルシアです」
まあ、商売には関係ないからな。