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第39話 マラソンと滑空

 走りながら考える。

 1周10分と長めに見積もって、50周で500分、約8時間といったところか。朝に試験が行われるだけのことはある。

 もちろん8時間走り続けたところで疲れはしないのだろうが、自分はその程度では疲れないのがわかっているのに、持久力を試す試験を受けるというのもいかがなものか。

 まあそうはいっても結局は走るしかないのだが。と、今度は足場から落ちないように速度を落として角を曲がりながら考える。


 そういえば、50周しろ、とは言われたが50周走れ、とは言われていないな。

 そういえば、今の速度よりも足など使わずに純粋に空を飛んだ時のほうが速かった気もする。

 ……これって、今の俺は足に足を引っ張られてるってことじゃないか?


 ためしにちょっと空中に浮いて加速してみる。速度が徐々に上がるのを感じる。やっぱりそうだ。

 すぐに次の角が来た。曲がりきれなかったが問題はない、別に壁にそって飛ぶ必要などないのだ。

 人身事故を避けるために高度を上げる、と、ある点で一気に加速が落ちた。地上から約2m半といったところか。

 そこからまた少し高度を下げるとまた加速力が戻ってくる。理由は分からないがただ早く移動するだけならこの辺りが一番のようだ。

 もしかしたら魔法にも飛行機の地面効果のようなものがあるのかもしれない。

 もっとも、魔法は実際には風など起こしていないように感じるし、揚力も使っていなさそうだが。

 俺は順調に加速し、おそらく2分足らずで次のコーナーをまがる。加速はまだ続いている。

 そのまま速度を殺さないように旋回し、次のコーナーを曲る、というよりも半円を描いて飛行し、その半円の中に外壁があるといった感じだろうか。

 おそらく軌道をカーナビか何かで調べてみたらちょうど陸上競技場などにあるトラックのような感じになるだろう。


 まあ、おそらくギルド側が想定しているルートをトラックだとすれば、俺は観客席あたりに突っ込んでから元のコースに戻ってくるようなものだろうが。

 こちらのほうが早いのだから仕方がない。俺は直線でさらに速度を上げつつ、スタート地点を通過する。おそらく5分もかかっていないだろう。

 カードを見てみるが、しっかりと『2周』と書かれている。

 高速になるにつれて加速は弱まっている感じはするが、まだ加速はしている。空気抵抗は感じないが魔法が魔力を使って何とかしているのだろう。

 いや、加速度が一定だったら単位時間あたりに増加する運動エネルギーは速度上昇とともに上がっていく。もし加速度低下がそのせいでしかないとしたらいくらでも加速できるのか?


 ……やる気はしないが。都合よく遷音速あたりで加速が止まってくれればいいが、もし音速に達すると同時に魔力の瞬間出力が衝撃波を相殺するのに必要な出力を下回り、爆発四散したりしたら目も当てられない。

 翌日のニュースがあれば「全身を強く打ち」などと放送されてしまうことだろう。体とか頭とかが無事なら再生できる可能性はあるが試してみることなど考えたくもない。

 まあ上がるとしても新幹線程度の速度にとどめておくか、時速約300キロ、1時間に25周くらいだ。そのくらいならまあなんとかなるだろう。一応魔法の装甲を展開しておくが。速度が上がると飛んできた小石でさえ凶器になりうる。

 時速300キロで飛んでいる時に、静止している小石が頭に当たることは、時速300キロで飛んできた小石で頭を打ち抜かれることと同義なのだ。

 ましてや木に当たった場合など言うまでもない。

 アイテムボックスから物を取り出すのもよしたほうがいいだろう。速度を出しながら取り出したことはないが、もし静止状態で出てくるとすれば自殺行為だ。

 逆に今の俺の速度で出てくれるならアイテムボックスに岩でも詰め込んでおくだけで強力な凶器が出来上がるからあとで試しては置こうと思うが。


 次の1周に入った。そろそろ街の長い方の辺に沿って飛ぶのも若干厳しくなってきた。加速しながらの旋回に出力が追いつかないのだ。

 やや円軌道に近い軌道を描いて飛ぶことにする。もはや短い方の辺などほぼ無視されている。道も無視だ。海の上を飛べばよろしい。

 群青色の海は凪いではいないが荒海といった感じでもない。飛行に影響はない。

 ちゃんと周がカウントされるといいが……


 そんな不安をよそに、カードはしっかりと3周目を記録してくれた。タイムはおそらくさっきよりも早いだろう。4分かかっていないはずだ。

 そこからも俺は順調に加速し、6周目辺りでおそらく3分を切った。

 それでも俺は加速を緩めず、とうとう20周目、約2分程度で1周を回りきったと思う。

 まだ加速しそうな感じはするが危険が危ないのでやめておく。


 ここに来て魔力にようやく余裕ができたので、魔物たちを殺しにかかる。

 しかし武器は使えない。アイテムボックスの中に入っているからだ。

 この速度から取り出せるか試す気はないし、速度を落とすのは時間の無駄だ。

 よってこのまま魔法を使うことにする。もともとはそうしていたんだし。


 とりあえず試しに、右前方にあった木の左端あたりを狙って岩の槍を放ってみる。

 振り向いてみると、その木の、狙った通りの場所が一部えぐれているのを見えた。

 どうやら岩の槍の速度は俺からの相対速度ではなく、出現地点の空気か何かからの相対速度で決定されているらしい。

 空間からの絶対速度などということはないだろう。この世界では天動説が正しく、宇宙は膨張していないなら話は別だが。

 ……空間の正確な定義などしらないが。


 ともあれ狙いをつければそこに飛んでいってくれるというのはありがたい。自分が飛んでいる速度を計算に入れて魔法を放つような器用な真似をしないで済んだ。

 しかしそのかわり着弾する頃には俺はそのはるか前方を飛んでいる。そのため初弾で、確実に殺しきらなければならない。

 ということでカニ退治の青柿……ではなくその時に使った爆裂砲弾を使うことにする。どうせ死体も回収しないのだから魔物がしめやかに爆発四散しようと知ったことではない。

 ここで見た連中は明らかにあのカニ共より弱そうな魔物だがオーバーキルくらいでちょうどいい。どうせ魔力は余るのだ。

 10本くらい体の周りに砲弾を回しながら周回し、見かけた魔物には片っ端からぶつけていく。

 残り10周になったころには、カードには「40周 討伐ポイント:1524」と書かれていた。

 討伐ポイントがどんなものかは分からないが、ブラックウルフをぶっ殺したあとに見てみたら2増えていたので、50匹分=100ポイント程度でEランクの戦闘試験が免除されるのだろう。

 Dランクはどのくらいかわからないが、まあ減速しない程度に殲滅しておこう。


 そのまま周回を続け、ゴールが見えてきた。最後の直線、俺は一切減速せずに、最後まで加速し続けてゴールし、そこから速度を落とす。

 そこから減速を開始するが、これに意外と距離が必要だった。

 あれよあれよという間に陸地を通り越し、止まったのはおそらく海に出てから2キロほどの地点だ。ようやく停止したかと思ったら、今度は上に向かって打ち上げられていた。

 下を見てみると、上から見ても2mほどの大きさの魚? マグロを凶暴にしたような感じの魚が突進してきたようだった。歯が鋭い。

 口が開いているところを見ると俺を食おうとしたようだが、魔法装甲に阻まれたのだろう。迷惑な話だ。

 潜ろうとする魚に余っていた爆裂砲弾を3発ほど打ち込んでみると魚はそのまま浮いてきた。今日の飯にでもしようか。

 アイテムボックスに収納しようとするが、入ってくれない。生きてたのか。そういえばマグロの頭には穴ひとつ開いていない

 魔剣で首に切れ込みを入れてからアイテムボックスに収納し、門に向かって再加速し、俺は街に戻った。結構硬かった上、長さは5m以上あった。

 ……別に戻るときに加速しすぎて、また1キロほど逆戻りするはめになったりはしていないぞ?


「50周、終わりました。 魔物も倒してきました」


「……ん? 朝から走り始めたんだよね? もう終わったのかい?」


 そういえばちょっとばかし速かったかもしれないな。50周で2時間くらいかな? どうだ。追いつけまい。


「はい、これがカードです」


「本当に終わっている…… 2時間7分、最速記録を5分の1近くまで縮めている、一体どんな手を使った?」


 反則行為などしていないぞ。走れと言われた覚えはない。ここは正々堂々と発表すべきだろう。


「高さ2mちょいのところを飛んで周回しました。走るより速いですよ」


「一体いくら金をかけたんだ? そんな金持ちには見えないが……」


 え? 金? なんのこと言ってるんだ?


「金なんて使ってませんけど、なんでですか?」


「アイテムボックスに魔道具を大量に詰め込んだとかじゃないのか?」


「違いますよ? 普通に魔法使っただけです」


 そうか。普通に魔力が少ない人達はそうやって飛行を維持するのか。大変だなあ。

 他人事のように考える。実際他人事だ。


「魔力はどうしたんだ?」


「ちょっとばかし私は魔力が多いので、それで。アイテムボックスもいっぱい入りますよ」


 普通の人より7個(ちょっと)ばかし多い。ただし、0の個数の話だが。


「ちょっと……? デシバトレ人でもそんなのは聞いたことがないが…… デシバトレ人にしてもタイムが異常だ」


 速いぶんには困らないじゃないか。


「とりあえず、試験は合格なんですよね? 戦闘試験の方は必要ですか?」


「ポイントは…… 15000だと!? 新記録とまでは行かないがCクラスが目一杯狩りをしたレベルだ。 何を倒した!?」


「えっ」


 俺が見た地点では1500ほどだったはずだ。一気に10倍だと? ……あ。


「もしかして、50周終わったあとに倒したものも加算されますか?」


「ああ、走り始めてから20時間以内であればそれも加算されるぞ」


 爆裂砲弾で穴も開かず、人を食らい、魔剣で切っても硬く感じる体長5m以上の魚。

 ……どう考えても普通の魚じゃないよな。


「ええと、帰る時に行きすぎてしまって海の上を飛んでいたところ魚に襲われて、そいつぶっ殺したんですけどもしかしてそいつ関係ありますかね?」


「……まさか、そいつはマグロみたいな外見で、4m近かったりしないよな?」


 この世界にもマグロという固有名詞があるのか。もちろん翻訳魔法のせいだろうが。


「しませんよ。体長は多分5mちょっとです、外見はマグロです」


「すごく硬かったり、歯が鋭かったりしないか?」


「しますね、多分」


「ボートキラー…… 確かに12000ポイントの魔物だが…… 何か、証明できるものはあるか? なくてもポイントがある以上は合格だが」


 ボートキラーか。船を沈めて、いい感じにスプラッタな船(ナイスボート)にしてしまったりするのだろうか。

 いずれにせよ証明する手段はある。実物だ。


「はい」


 そう言って新鮮なマグロを取り出す。

 重かったので下から加速魔法で抑えてみる。生臭くなると嫌なので魔法装甲越しにだが。

 大きなマグロを抱える人間というのもシュールな光景だな。エレベーターを動かす重石にでもするのか? それにはまず鮪を冷凍しなくてはならないな。


「アイテムボックスに入るのかよ…… ええい、もう知ったことか。とりあえず試験は合格、殲滅力もCランクを認定する」


「あれ、カードで認定できるランクってDまでなんじゃ」


「一応、Cまでは基準も存在する。10時間以内で50周を走った上10000ポイントを稼ぐなんてことができる奴なんていなかったから有名無実化してただけでな」


 あの、目の前にいるのですが。


「あの、アイテムボックスの容量の測定がまだなんですが」


「ああ、これから計測だな」


 ――この後、予想されてはいたことだがアイテムボックスの容量を測定する際重りが足りなくなり、仕方なく俺の輸送者カードには「275000kg超」という文字が刻まれることになった。


 ちなみに、この魚は硬いのは殻だけで、身は美味しいらしい。

 ……魚のくせに殻か。鱗どこいった。

マラソン(走るとは言っていない)


以下、輸送者資格に関する補足説明。読まなくても本筋には多分影響ありません。

影響ある場合には本編で説明します。


一般のギルドでは、時間が多少かかっても強い魔物を倒せることがランク上昇の条件です。もちろん護衛に関する経験なども必要ですが普通はそれがネックになるほど急激に実力は上がりません。

対する輸送者の場合は、荷物を持って高速で移動すること、そこそこ強い魔物を短時間で撃破、撃退することが求められます。

なので、Cランク級でも魔物ごとに対策を立て、周到に準備をして倒すことでスペック差をカバーするタイプの冒険者などは輸送者にはなれない場合が多く、結果として人間離れしたスペックで臨機応変に障害をねじ伏せるような連中がメインとなります。

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