第38話 試験とマラソン
店の準備を完了した俺は、その足でギルドに向かった。
割がいい護衛依頼とやらを受けに行くのだ。
ギルドはエレーラやエインとは比べものにならない規模だった。
まず建物が横に長い。石造りで見るからに頑丈そうだ。カウンターなど15個はある。それがズラッと並んでいて、冒険者も相応に多い。空いているカウンターはあるが。
依頼もそれに準ずる数だ。Bランクの依頼までそこそこある。今までの街では一つもなかったというのに。さすがにAはなかったが。
その中から護衛依頼を探してみた。
ない。
ツバイやらドリンやらといった他の都市への護衛依頼はあるが、デシバトレ行きの依頼は一つも存在しない。
GランクからAランクまで見回してみても、デシバトレのデの字も見当たらない。仕方なく受付の人に聞いてみる。
「すみません、デシバトレ行きの護衛依頼ってどこにありますか?」
「それならあちらにありますよ。資格は持っていますか?」
そういって受付嬢が離れた場所にある依頼板掛けを指さす。
しかし資格が必要なのか? 冒険者ランクではなく?
「資格? 冒険者ギルドの資格ではだめなんですか?」
「はい、冒険者が受ける普通の護衛とは要求される能力に異なる部分が多いため、独自に資格が設定されています」
荷物を馬車ごとアイテムボックスに投入して空から護衛するのは普通の護衛に含むのだろうか。
「その資格はどこで取れるんですか?」
「あちらのカウンターでの受付になりますが、試験は朝からのみ行われます。また丸一日かかりますのでご注意を」
ずいぶん大がかりな試験みたいだ。礼を言って指されたほうのカウンターに向かう。フォトレン―デシバトレ間輸送依頼窓口となっている。
輸送? 護衛じゃなくて?
受付はオッサンだ。なんか損した気分だ。
「すみません、認定試験を受けたいのですが」
「冒険者ランクはいくつかな?」
「Eです、戦闘力はもう十分だと言われているので護衛をこなしてランクを上げろと言われまして」
「それでデシバトレ輸送か、お前アホか?」
失礼な。勇気とか漢気とか言ってほしい。
「いえ、多分違うと思います…… デシバトレの輸送はギルド支部長に勧められたものですし、なんでも人手不足だとかで」
「確かに慢性的に戦力不足ではあるが…… 死にに行かせるほど逼迫してはいないぞ、そんなふざけたことを言ったのはどこの支部長だ」
「エレーラ支部長です」
「エレーラ……? エレーラ支部長は普通に優秀な方だったはずだが…… まあいい、試験を受けさせてみればいいことだ、試験は朝開始で丸一日かかるがいつ受ける?」
それはさっきも聞いた。俺は絶賛暇人だ、問題ない。
「では明日でお願いします、受験料とかはありますか?」
「3000テル預かっておくことになっている、合格した場合は返却、不合格の場合は没収だ」
合格すればタダか。冷やかし防止のためかな?
「わかりました、じゃあ明日の朝来ればいいんですか?」
「そうだ、明日の担当は…… グンスー、それも申し込みは君一人か。素晴らしく運がないな、君は」
「え、そんな感じの人なんですか?」
「まあ、君が試験を完璧にこなしさえすれば問題はない、大丈夫だ」
そうじゃない場合はどうなるんですかねぇ……
結構不安を感じながら宿をとり、翌日朝。
「これよりフォトレン―デシバトレ間輸送者認定試験を行う!」
俺の前には変な帽子をかぶったおっさんが立っていた。
「返事しろ!」
「はい」
「ふざけるな! 大声出せ!」
ここはもう、こう返答するしかあるまい。
「サー! イエス! サー!」
昨日の人の言っていたことが分かった。
この人グンスーじゃない、軍曹だ。俺が知っている軍曹にくらべればややマイルドだが、先任軍曹と普通の軍曹の差だろう。
「よし、ではついてこい!」
通じたらしい。翻訳魔法、よく頑張った。俺の素晴らしいネーミングを翻訳する権利をやろう。
軍曹に連れられて街の外に出る。
それも、デシバトレ側だ、当然今も魔物との戦闘が行われている。
そこらの森よりははるかに魔物の密度が高い、目に付く範囲だけでも20匹はいる。それもガルゴンクラスに強そうなのがだ。
壁自体も相応に頑丈そうだし遠くの方で冒険者が戦っているのも見えるが。
その中にまっすぐな道が走っている。ここを運べと?
50mほど先には高さ1mほどもある黒い狼が見える。犬と狼の区別はあまりつかないがなんとなくグリーンウルフっぽい雰囲気だ。
「あそこにブラックウルフが見えるな! ぶっ殺せ!」
え、いきなり?
「どうした! できんなら不合格だ!」
「サー! イエス! サー!」
上官の命令なら仕方ない。風魔法で加速しながらさっさと近づいて魔剣で仕留める。
「貴様魔法を使ったな! くだらない場面で魔法を使って途中で必要なとき魔力が切れたらどうするつもりだ!」
「サー! 大丈夫であります! サー!」
「なら使い続けて思い知るがいい! とりあえず試験を受ける試験は合格だ、荷物の重さを決めろ」
おや、なんか普通だ。軍曹みたいに見えたのは最初のほうでセリフがかぶってたからか。
どうしよう。変な返事しちゃったよ。翻訳魔法さんが常識的な翻訳をしてくれていることを祈ろう。
「重さ?」
「ああ、一度に運ぶ荷物の重量だ、輸送の際は荷物をその範囲に収めることになる、試験は完全装備の上その分の重りを背負って受けてもらう」
……あれ、なんで自分で荷物運ぶみたいな話になってるの? 護衛じゃないの?
これはもしかして、魔物の巣窟を走って突破しろとかが現実味を帯びてきた?
「アイテムボックスがあるんですが、それ使うのってありですか?」
「……魔法の素質があるのに剣士やってるのか? てっきり魔法は非戦闘時の補助程度に使うものだと思ってたんだが」
「いや、両方使うんですよ、戦闘中に」
「……お前、試験に受かる前からすでにデシバトレ人なのか?」
なんだろう、今の「デシバトレ人」、本とかだったら確実に「変人」ってルビが振られてた気がする。
「いえ、私はただの平均的な魔法剣士です」
嘘は言っていない。俺一人しかいないのであれば俺が平均値だ。
「わかった、デシバトレ人に常識を説こうとしていた俺が間違いだった、じゃあ荷物は0kgのアイテムボックス持ちでいいな、容量はあとで測定する」
受け入れられた。なんか腑に落ちないけど多分受け入れられた。
「はい、試験内容はどんなものでしょうか」
「まずこのカードを持ってフォトレン外周を50周、その後必要であれば戦闘試験だ」
渡されたのはギルドカードよりやや小さい板だ。0周と書いてある。ギルドカードと似たようなシステムかもしれない。
「わかりました、今からですか?」
「ああ、時間がかかるから試験は朝だ」
フォトレン入り口からこちらがわまで約1キロといったところだろう。正方形だとして1周4キロ、50周で200キロといったところか。
時速80キロだとしても2.5時間、結構な時間だ。あと魔物がいるから速度が落ちるかもしれない。…・・・ん?
「ええと、走るにしても魔物がいると思うんですが?」
「もちろん、魔物を蹴散らすなり逃げるなりして走ってもらう、そういう試験だ。道中、単独で魔物を倒した場合にはそのカードに記録される、報酬は出ないが数と種類次第ではDクラス以下の戦闘試験が免除されるぞ」
「どのくらいの数で免除されるんですか?」
「ブラックウルフなら50匹、ハミクラブなら100匹ってとこだ」
そこそこ多いんだな。まあ適当に目についた魔物を魔法でぶっ殺せばいいか。
「じゃあ、走ってきます」
「おう、行って来い」
と、いうことで俺はスタートを切る。
特に意味はないがアスリートっぽい気分を出すためにクラウチングスタートだ。
……特に速度が上がった感じはしなかった。そりゃそうだ。スタートの時の主な加速源は魔法なんだし。
外壁の正面、魔物がいる側から反時計回りで行く。風魔法で加速した俺の速度は時速100キロといったところだから、コーナーで減速し、魔物を倒しながらでも3時間かからないはず。1周あたり3分といったところだろう。
そう推測し、俺は意気揚々と走り始めた俺が最初のコーナーに辿り着いたのは、2分後のことだった。
どう考えても幅1キロってレベルじゃねえぞ、この砦。
まあやることは変わらない。疲れない上魔力もいくらでもあるのをいいことに俺はそのままペースを落とさず、速度を落とさないようにコーナーを大きく回って――
あれ? 足場がなくなった。慌てて魔法で飛んでコースに戻る。
どうやら砦の横は海になっているようだ。崖の形を整えて道が作られているようだ。元々は磯か何かかもしれない。
まあ幅は3m程度と広くはないが道としてはそう悪いものではない。
気を取り直して走る俺にさらなる脅威が降りかかった。
スポ根漫画などでお馴染みの訓練施設、砂浜だ。途中から幅は広くなったが、道は砂浜に変化した。走りにくいことこの上ない。
走るのは諦めて地面からやや浮かんで飛んで行く。ようやく砂浜も抜け、次のコーナーだ。狭い道と砂浜で合計1kmといったところだろうか。長く感じたが実際には1分かかっていない気がする。
こちらは来た時に見たのと同じような、ところどころに木がある草原だった。草の背も低く、走り易いことこの上ない。
地形に感謝しつつ3分ほど走ったところで次のコーナー。また砂浜から狭い道というコンボを経て、最後のコーナーを曲がり、1分ほどで開始地点についた。ここまで、おそらく9分弱といったところだろう。距離は12kmといったところか。
……これを50周って、何時間かかるんだ?
50周でフルマラソン約14本分の距離になります。
デシバトレの冒険者たちは荷物を背負って、これを長くとも20時間で走り抜けます。
主人公の場合は……