第37話 旅と店舗
「よろしく、僕はガーティア、Dランク冒険者で今回の護衛のリーダーをつとめさせてもらう。索敵は得意だが戦闘はDランクでもかなり弱いから、モンスターに遭遇した場合にはカエデ君が頼りだ」
「カエデです、任せてください。半径20mくらいの範囲なら私もほぼ完璧に索敵できますが、それ以上は厳しいので。それからアイテムボックスも持っています。で、こっちはカトリーヌ、一応奴隷…… ってことになるのかな? 将来の魔道具職人ですけどまあ護衛には基本役に立たないと思ってください。その分俺が二人分以上護衛しますので。航空偵察も可能です」
ちなみにカトリーヌは今日までにすでに一個結界の魔道具を完成させている。一応すでに魔道具職人を名乗れるかもしれない。
「カトリーヌです、お願いします」
「おお、空が飛べるのか、それは心強い。道中あまり危険な場所はないから多分必要無いと思うが何かあったら頼むよ」
「護衛を任せるウォンペだ、アイテムボックスが大きいと聞いた、容量があいている分だけ荷物を入れていってもらえると、旅程が短縮できて助かるんだが、空いているかね?」
「はい、それはもういっぱいあいていますよ」
どこから聞いたのだろうか。
ウォンペさんは先頭に馬3頭で引く幌馬車、その後ろに荷台のようなものを1つ付けた重そうな馬車を持ってきていた。荷台にも幌馬車にも武器が満載されている。こんなに使うのだろうか。要塞都市というだけはある。
「よし、持てるだけ持ってくれ」
そう言われたので荷台から先にアイテムボックスに剣やら槍やらをさっさと収納していく。
この前クモを倒したときに気付いたのだが、手を移動させながらアイテムが連続で収納されるのをイメージするとさわったものを一気にアイテムボックスに連続投入できる。
これにより荷台いっぱいの剣でも10秒ほどでの収納が可能だ、本気でやればもっと速く出来そうだが手を切ったりしそうでこわい。相手は刃物なのだ。治るとはいえ痛いものは痛い。
前回の殺戮でレベルは26まで上がったが、剣が刺さるかどうか試してみる気にはなれない。
「まて、どれだけ入れる気だ、大きいとは聞いたがここまで底なしだとは聞いていないぞ」
「多分この馬車ごといけます、今アイテムボックスにジャイアントスパイダークラブが丸々何匹か入ってますし」
「お、おう。じゃあ試してみてくれ」
投入。入った。
「入りました」
「なんだと……」
と、いうことで馬車ではなく、馬を護衛することになった。
馬は三頭しかいないから俺以外の三人が乗馬、俺だけ空を飛んでついていくことになった。
「そんな高いところを飛び続けて大丈夫かい? 魔力が切れて護衛できないとかは困るよ?」
「大丈夫だ、問題ない」
こんなやりとりを経ながら、空飛ぶ男一人に荷物を持たない乗馬三人というおよそ商人の護衛らしからぬパーティーは敵に遭遇することもなく順調に、というか予定の倍ほどの速度で山をツバイとは反対側に降り一日が経過した。
ちなみに移動は夜営タイプだ。見張りは俺とガーティアさんが交代で行う。どうせ敵は基本的に俺がつぶすことになるしわざわざ昼夜逆転する必要もないとの判断だ。夜移動するのはあくまで味方が戦力になる場合だ。
飯は粉を湯で練って食う食い物だった。それと干し肉。馬から下りて鍋のようなもので沸かした湯で練って食う。火は小さな魔石をつかってそのへんに落ちてた木を燃やして確保。水は川から持ってきた。草原ではどうするつもりなんだろう。
どこかで食ったような味だが何か物足りない気がする。なんだろうこれ。
まあ食うのだが。保存食みたいなものだろう。そばがきとかいうやつかもしれない。
二日目も似たような、三頭の馬と空とぶ男というのどかな光景が展開されたが問題は三日目の夕飯の準備の前に起きた。
飽きたのだ、そばがき。せめて醤油よこせ。他にないならいいがうまいものを持っているのにわざわざ大してうまくないものを食うというのはいかがなものか。
ということでちょっとした提案を。
「あの、ジャイアントスパイダークラブがあるんですけど、それ食いませんか?」
「もちろんです、僕も他が食べたいと護衛のたびに思うんですよ、干し肉はまあまあなんだけど飽きがくるしこっちで買うと割と高いんだよね」
どうやら護衛の場合はいつもこればかりらしい。そりゃあ飽きるだろう。
ちなみに干し肉は日本のような香辛料がふんだんに使われたものではなく保存もかねて主に塩で味付けしたものだ。
塩は超高級品というわけでもないがあまり安くはない。
海はあるのだがそこから塩を作る技術が未発達なのかもしれない。大規模に天日塩とか作ったら儲かるかな、体にいいかはわからないが。
それにはまず海沿いの土地を確保する必要がある、無理だな。うん無理だ。
「ええと、どうやって調理したらいいかわかんないんですけど誰かわかりますか?」
「脚とかを適当に切ってゆでるだけで旨いね、シンプルが一番だ」
「じゃあそうしましょうか」
ということで魔剣で殻ごと切り分けたカニ(これはクモじゃない、カニだ。なぜなら俺が食うからだ)の脚の一部を殻ごと鍋に放り込んだ。ゆでたら色は赤くなった。やっぱりカニじゃないか!
問題は味だ。俺は若干緊張しつつ全員に分配したカニを口に運ぶ。
ウマイ! これは俺の大好きなカニ肉だ!
地球でもあまり食えないような高級食材を大量に入手してしまった。素晴らしい。もちろん他の人たちにも大好評だった。
とまあこんな感じで他にも入っていた肉を食ったりしながら平和な護衛はわずか7日間で終了した。
目に入ったランクDにも満たない雑魚魔物を全滅させながら進む、魔物にとってもハートフル(hurtful)でのどかな旅程だった。
ちなみにレッドウルフはクソまずかった。
デシバトレは前線都市として、言うことを聞かない子供にデシバトレに放り込むぞと言って言うことを聞かせるほど、恐れられているらしく道中でデシバトレについて色々と恐ろしい噂を聞いた。
その性質上街の周囲には常に魔物が徘徊していて、街にも毎日のように魔物が入り込んでくるらしい。
実際危険度は極めて高く、昔はデシバトレの前にブロケンという都市があったらしいのだが50年ほど前に陥落したとのことだ。
とはいっても一度の魔物の襲撃で滅んだわけではなく、徐々に強まる魔物の圧力のため被害を抑えるべく戦略的撤退を選んだ、というのが正しいらしいが。
その後昔は現在のフォトレンのような役目を果たしていたデシバトレは増える魔物の襲撃に絶えきれず外側の壁を放棄し、内側の壁と結界を利用し前線基地化、元々の役目はフォトレンに引き継がれたというわけだ。
そのような環境であるため住民は宿や店の店員を含めほとんど全員がCランク以上の実力を持ち、その中でもBランクが1番多いほどであるためデシバトレにいると色々と常識が壊れてしまうという話だ。
そのため前線都市化してから50年ほど経過した今では様々な逸話が残っており、それを道中で聞かされた。
『デシバトレでけがを負い安全な都市で暮らすことになった冒険者が建てた家に昔の友人が招かれて行ってみたところ、2階建ての家にもかかわらず階段がなかった(本人曰く、階段がないならジャンプすればいいじゃない)』だとか、『デシバトレから帰ってきた冒険者は家で寝ながら周囲を警戒している』だとか、『年による衰えと共にデシバトレ生活の限界を感じて故郷に帰る途中の老人を襲撃した盗賊団が一人で壊滅させられた』だとか、まるでデシバトレ人が他の星の人間であるかのごとき扱いだ。
当然ついて行けない者がみんな撤退するわけではなく死者もいっぱい出ているらしいが。
俺が言っても仕方がないことだが、そいつら本当に人間か?
まあ単純な身体能力だけならBランク辺りの冒険者と俺はそんなに変わらないかもしれない。
時速40キロを超える速度で走り回る人間やら垂直跳びで10m飛び上がる人間やらが存在する環境が常識になってしまえばそうなるのも致し方ないか?
ストレスを与えると一部は違った物に変化し、残りは死滅する。どこかで聞いた細胞みたいだな。土壌が弱酸性だったりするのだろうか。
フォトレン到着初日、とりあえずカトリーヌをどうにかすることにする。
どうにかするとは言っても売ったりするわけではない、工房を作るのだ。
俺がオーナーでカトリーヌが工房長兼仕入れ担当兼売り子兼その他の職務だ。
すでにカトリーヌの魔道具製作技術は十分商売としてやっていけるレベルに達したとのことで、やってみるかと聞いたらできるならとのことだ。
幸い魔道具の一大消費地にして魔石の一大生産地であるフォトレンは魔道具工房としてはこれ以上ない立地らしいので、さっさと購入してしまおうということでギルドで俺たちは不動産屋に向かっていた。
資金はメタルリザードメタルを売却して手に入れたものだ。2億8000万テルほどになった。
「しかし本当にいいんですか? 赤字が出る可能性も高いんですよ?」
「大丈夫大丈夫、3億くらいあるんだし仮にこれで赤字が出てもそれで魔道具製作の腕が上がればそれも俺の財産が増えることになる、赤字が出ても払えとか言わないからまあやってみるといいよ」
「そういうものなんですか、お金持ちは考えることが違うんですね」
「そういうものなんだよ」
俺が金持ちになったのは最近だしどちらかというと日本人の思考回路だが
いや、ステレオタイプ的日本人の思考回路なら投資したりしないな、貯金に回すだろう。
そう話すうちに不動産屋についた。というか不動産屋のつもりで聞いたのだが実際は商業ギルドだった。
「すみません、魔道具屋をやりたいんですがおすすめの部屋ってありますか? できれば住むのにも使えるところがいいです」
「魔道具屋ですか、ならここがおすすめです」
そういって紹介されたのは2つの部屋に区切られた小さな店舗だった。
片方が居住用、もう片方が店舗になる感じみたいだ。売値は700万テル。店舗で2部屋なら高いとは言えないと思う。
「じゃあそこでお願いします」
そう言って大金貨を70枚取り出してテーブルに置く。金は全て大金貨で受け取っておいたのだ。
白金貨なんて普段使いできないものを渡されても困る。
「そ、即決ですか!?」
「ええ、ダメですかね?」
「いえ、こちらとしては歓迎ですが、手間が省けますし」
ということで出店が決った。
カトリーヌは会計も勉強していたとのことなので店のことはほぼ任せきりになる。
「給料は月に30000テル、税金を引いた後の月の利益が30万を超えたらその10%と言うことにしようと思うが、問題ないか?」
「そんなにもらえるんですか!?」
「ただし、あまり業績が悪く改善が望めないと判断した場合にはしかるべき処置を行うからそのつもりで、残った額は商業ギルドにでも預けておいてくれ」
我が涼宮グループもそこまでいくらでも金があるわけではないのだ。
「わかりました、頑張ります!」
「それから店名はカエデリーヌ魔道具店な」
今さっき考えた名前だ。
「えっ……」
「どうだ、すばらしいネーミングだろう」
「えっ」
「えっ」
問題あったか?
「正直どうかと思います」
俺の完璧なネーミングセンスが否定されただと……
――その後、紆余曲折を経て魔道具店の名称は”魔道具店メイプル・カトリーヌ”に決定した。あんまり変わってない。
初期資金として30万テルを預け、何かあったら商業ギルドを通して連絡するようにと伝えて俺たちは解散した。
ウィスプコアはもう必要無いとのことでアイテムボックスの中だ。