第32話 剣と魔灯
「それで、奥へ進んでみたところ洞窟の壁に穴が開いており、部屋が見つかったのですが」
「それが元凶か? 中には何があった?」
次の日の朝、俺は炭屋にあるテーブルでガインタさんに昨日のことについて報告していた。本来は商談用の物な気がするが炭屋の客は常連ばかりのようで、
使われているのを見たことはない。
はじめは炭坑会の方に行こうと思ったのだが、よく考えると俺は炭坑会の場所を知らないのだ。
仕方ないから炭屋へ行ったところ、すぐに呼んできてもらえた。
「魔灯と人骨と剣、それから報告書です。途中で魔物が出てきたので倒しましたが、その戦利品は俺の物ということで問題ありませんか?」
「……ほう、どんなのだ、見せてみろ、ちなみにその部屋は俺のものではないからその部屋の中身もお前のものだぞ、共有財産の炭坑を金を払って借り受けてるだけだからな」
ガインタさんは一瞬考えてから返答する。
そうだったのか、とりあえず言質がとれた。アイテムボックスから全て取り出し、テーブルの上に並べる。
ウィスプコアも一緒にだ。
「見たことのない形の剣だな、割と細身なくせに刀身が長い、こんなものしっかり振ったら折れてしまう気がするが、突くための剣か何かか?」
「わかりません、でも魔力を通すと切れ味がよくなるみたいなのでこれから使っていこうと思います」
魔力を通す前の切れ味は見てはいないが魔力を通したのが何らかの影響を与えたのは間違いないとみていいだろう。
「そうか、戦闘中にいきなり折れたりしたらまずいから一応強度もチェックしておけよ、それからこの魔石は魔灯か? 光り輝いている割にはまぶしく……」
そこでガインタさんはいったん言葉を切る。
「ふむ…… 紙の報告書といい…… まさかこれ、アーティファクトか?」
「そんな気がします、この剣の性能も、そんじょそこらの剣ってレベルじゃありません、あとこの報告書も何か違う言語で書かれています」
そう言って報告書を指さす。めくった感じではこの紙はあまり劣化していないようだった。和紙みたいなものなのかもしれない。
「ちょっと見ていいか?」
答えを聞かずにガインタさんはページをめくる。
「俺は知らない言語だな…… ちょっと待て、お前いま報告書って言ったよな、なんでこれが報告書だと分かった?」
「あっ……」
うかつだった。あまりにもナチュラルに読めるものだから本来は題名すら読めないと言うことをすっかり失念していた。
とっさに嘘でごまかせればよかったのだが今となってはもう遅いかな。一応試してみるか。
「それはですね、書き方のフォーマットが俺が知っている報告書と似ていまして」
「今一瞬口ごもったよな、あとなんで読めないのにフォーマットが分かるんだ? 紙に知らない文字で書いてあることを除けば日記にしか見えないが」
墓穴掘った。確かに日付と天気と内容が書かれているだけだ、まさに日記のフォーマットだ。
仕方ない、正直に言うか。
「ええ、確かに俺にはこれが読めます、ドラゴンがどうとか書かれてましたが今はもう心配ないみたいです」
「ふむ…… そうか、今心配無いならいいがその道に進むつもりがないならそのことは隠しておいた方がいいと思うぞ、それが古代語だとすれば読めることが判明すれば国やらから勧誘が来るだろう、断れば、いや断らなくても他国から割と高確率で拉致られる」
高確率なのか。それとボロを出したのは俺だが暴いたのはそっちだろ。確かにうかつだったが俺は隠そうとしたぞ。
しかしガインタさんにとっては俺が拉致られたほうが得ではないのか。主に特許料とかの面で。
まあ好意は有り難く受け取っておこう。これで情報を国に売られたりしたらとんだ笑いものだが。
「ええ、そうしておきます」
「そうしておけ、剣はよくわからないがこの魔灯に関してはアーティファクトの中ではそう珍しいものではない、最もよくあるアーティファクトと言ってもいいくらいだがオリジナルだけあって性能は高いから金が必要無いなら冒険にでも使うといい」
ハズレアーティファクトか。
「ちなみに、売ったらいくらほどになるんですかね?」
「王都にそこそこの大きさの一軒家が建つな、さすがに内壁の内側とはいかんが」
ハズレじゃなかった。さすがアーティファクトは格が違った。
ところでこのウィスプコアは? 一応黒い石と言っておく。2度同じミスはしないぞ。
「ところでこの黒い石は何でしょうか、部屋を探索していたら急に現れた黒い魔物から出てきたのですが」
「アーティファクトに黒い魔物? まさかウィスプとか言わないよな? あれは個人で倒せるものでもないし、大方どっかから迷い込んだ魔物じゃないか? どんな外見だった?」
「ええと…… 輪郭がぼやけてて、剣や魔法が効かなくて、足が6本ある魔物でした」
「……嘘だよな? 足の数は知らんが黒くて輪郭がぼやけてるといえばウィスプの有名な特徴だ…… ということはもしかしてこの黒い石はウィスプ魔石か? だとすれば下手すれば城が建つぞ」
城って……。またヤバい物を入手してしまった。何か国から狙われる理由がどんどん追加されていく。
このまわりで国のスパイか何かが聞き耳を立てていたらどうしよう。防音の魔道具なんてないよなここ。
「ウィスプ魔石って何でしょうか、強いんですか?」
「単体で強いというわけではないがな、攻撃用魔道具を使用するときに魔力を貯めたウィスプ魔石を介すことで滅茶苦茶な威力を発揮できるんだ、ウィスプを倒すときにもこれが使われる」
ヘッドホンアンプの魔法版みたいなものかな?
核分裂爆弾で水素を核融合させるようなものかもしれないが。
「ええと、ちなみにウィスプは正しくはどう倒すんですか?」
「俺もあまり詳しいことは知らんがウィスプコアでブーストしたアーティファクトで空気ごと氷らせるとか何とか聞いたことがあるな、ウィスプがいる焼け跡が見つかったときには国からウィスプコアを借りた魔法使いの集団が派遣された。ちなみにお前、どうやって倒した? 他に倒し方があるなら大発見かもしれないぞ」
空気ごと相手を凍らせる、相手は死ぬ。こんな感じか。
「素手で殴り殺しました」
「うむ…… ウィスプがそんなことで死ぬとは思えないが…… だがウィスプの焼け跡が見つかったときには確かに発見者が魔力過多で倒れたと言う話を聞いたことがある、もしやそれが原因か?」
ウィスプというのはやはり魔素の塊の可能性が高そうだ。
しかし色々とこの話ヤバいが、どうしよう。
「これバレたらいろんなところに追い回されそうな気がするので、黙ってていただけますか……?」
「ああ、黙っておこう、話してくれた信用を裏切るつもりはない」
うん、いい人で助かった。ガインタさんが悪い人だったら俺は一週間後あたりにはどこかの地下室で古文書を音読させられているかもしれないが。せいぜい夜道に気をつけよう。
国家権力を振り回して正面から来られたらどうすればいいのか分からないが。一応マジスさんが使っていた高速移動の風魔法っぽいのを練習しておくか。
「報告は以上です、そちらからは何かありますか?」
「いや、特には無いな、炭坑が元に戻ったなら一月以内に全盛期並みの採掘体制に戻せるだろう、需要次第ではそれ以上まで掘るかもしれん」
「ちなみに、コークスの販路はどうするつもりですか?」
「炭屋の顧客に少し無料提供して購入者を探している。生産体制がまだあまり整っていないせいだがすでに生産が追いつかないほど売れ始めてはいる、というか高性能な鍛冶燃料として奪い合いが起こっているらしい」
当初の予定とはちょっと違った用途な気もするがまあ売れる分には問題ない。
存分に奪い合ってコークスの評判を上げていただきたいものだ。
「わかりました、俺は武器ができたらこの町を出るつもりでいますがそのうち暇なときにでも特許料を受け取りに来ますよ」
色々見てみたいからな。せっかく死なないパワー付きで異世界に来たのに一カ所にとどまるのはもったいない。
「そうする必要は別にないぞ、特許料から税金、手数料で1割引かれるがその中に他支部でも受け取れるサービスが入っている、高額になるとあらかじめ言っておく必要があるがな」
聞いてないぞ、手数料。税金はかかって当然だが。
冒険者ギルドでは税金はかかっていないが恐らく最初から引かれているのだろう。
「そうですか、では旅先で受け取れますね、国外でも大丈夫なんですか?」
「国外か、各国のギルドは半分独立しているがある程度はつながりがある、普通は引き落とせるんだがお前の場合はやめておいた方がいいだろう、理由は分かるな?」
国内のみ使用可能な特許だからか。国外に解放しないということは国外からのサポートは受けられないということでもあるんだな。
他の特許も一対一とかだったりするみたいだから国外は関係しない場合も多いだろうが明確に国外のみ閉め出すとなるとやはり話は違うだろう。
「わかりました、とりあえず設備投資が必要無くなるまでは俺の取り分は投資しておいていただいて構いません、俺の方で金が必要になったら言うかも知れませんが」
「ありがたい、そうすることにさせてもらう」
「では、俺はこれで」
炭屋を出て武器屋に向かう。今日には完成していてもおかしくはない。あとこの剣のことも知りたい。なんだかんだ餅は餅屋、剣は鍛冶屋だ。
工房に入ると近くにスミズさんがいた。忙しくはなさそうだ。
「すみません、冒険中にアーティファクトと一緒に新しい武器を拾ったのですがどんなものか見ていただけませんか?」
「おう、任せろ、見せてみな」
俺は剣を取り出した。
「何か魔力を通すと剣が強化されるみたいなんですけど」
そこまで言ったところでスミズさんが俺を怒鳴りつけた。
「今すぐその武器を地面に置け! 話はそれからだ! それは危険だ!」
……え、これ危ないの? 呪われた武器とか?