第30話 部屋と魔物
洞窟内なら昼も夜も関係ない、善は急げだ。
「今から準備を始めようと思いますが、大丈夫ですか?」
「ああ…… こちらとしては問題はないが大丈夫なのか? 死んでもらっては困るか。無理はするなよ」
ガインタさんが心配してくれる。まあこちらもはじめから無理をする気はない。
「大丈夫です、無理はしませんよ、危ないと思ったらすぐ帰ってきます」
「そうか、では最近洞窟に入っていない炭鉱夫を案内につけよう、もっとも奥には入れないがな」
「ありがたいです」
「俺は帰るついでにそいつを呼ぶから、ここで待っててくれ」
そう言ってガインタさんが帰ってから少しして炭鉱夫の人がこちらに来る。
人とはいうが多分ドワーフだ。
「おう、お前があの坑道を何とかしてくれるって奴か、ついてこい」
そう言うとその人はさっさと歩き出してしまう。
さすがドワーフだ。慌ててついていく。
しばらくしてその人は坑道の入り口らしき場所の前で立ち止まる。高さは2m半ほどだ。ドワーフの身長の割には高い気もする。
「あの坑道の入り口には長居できねえ、俺はそこまで行ったらすぐ引き返すぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
まだ準備が終わっていない。
「魔力を減らさないといけませんので、10分ほどまっててもらえませんか?」
「10分もかかるのか……わかった」
そう言って案内役はその場に座り込んだ。
俺はそれを横目に見ながら圧力魔法を可能な限り遠くに展開すべく魔力を込め始める。
圧力魔法による不可視の狙撃の実験もかねての魔力消費だ。
10分ほどひたすら魔力を放出し、6000ほどの魔力を消費した。MAXの半分強だ。
ここまでやったところで今更気付いた。
これだけやっても魔力消費0.5の圧力魔法の12000倍程度の魔力消費、30の3乗にさえ遠く及ばない。
30cmに30を掛けたとしても届く距離はたったの9mだ。狙撃はやっぱり不可視とか言ってないで普通に杖ができるのを待った方がいいだろう。
若干気落ちしながらも魔法を発動させた。6mほど先にある地面が若干えぐれる。5cmほどだが。
「準備できました、いけます」
「おう、魔力を消費したような感じはしなかったがお前がいいなら構わん、行くぞ」
そういって再度案内役の人は歩き出す。
そのまま少し歩き、所々交差点のように枝分かれした下り坂になっている通路の真ん中の道をひたすら進み、しばらくして立ち止まり、左側の道を指して言う。
「ここだ、俺はもう帰るから後は勝手にしろ」
そういって案内役の人は帰ってしまった。一般人にはすでに有害なのだろうか。
まあ有害でなかったら枝の一つに入れないくらいで大して問題など起きないだろう。
明かりは帰るときに小型化した宿の明かりのような物を案内役の人がおいていった。明かりなしで帰れるのだろうか。
少し入っても特に変な感じはないが、念のためステータスを開いていくことにする。
一般的にはMPの量を知る方法は出回っていなさそうだが、俺はこれで常にモニタリングしながらの探索が可能だ。
名前:スズミヤ カエデ
年齢/種族/性別 : 21/人族/男
レベル:21
HP:821/821
MP:5216/103542
STR:116
INT:181
AGI:143
DEX:154
スキル:情報操作解析 (隠蔽)、異世界言語完全習得 (隠蔽)、魔法の素質、武芸の素質、異界者 (隠蔽)、全属性親和 (隠蔽)、火魔法3 土魔法3 水魔法3 圧力魔法1 知覚魔法4 回復魔法2 剣術2 魔素適応unknown
うん、MPは正常、MP最大値も約1万だな。
……ん?桁1個違わないか?あと見覚えのないスキルがある。魔素適応。それにunknownって何だ。
とりあえずそれに鑑定をかけてみる。
魔素適応 レベルunknown
魔素に適応する。
情報量が少ない。どう念じてもこれ以上の情報を情報操作解析は教えてくれなかった。
今まで考えたことはなかったが情報操作解析にも限界があるのかもしれない。それか条件があるとか。
魔素とはなんだ、魔力じゃないのか。MPを再度鑑定してみるがやはりMPは魔力だ。
この結果を見る限り魔素というのは魔力と関係のある何かだろう。MP最大値にも関係している可能性が高い。
魔力過多というのは魔素過多? だが魔素ではなく普通に魔力が原因という可能性もある。
情報が不足しすぎていて判断のしようがない、まずは進んでみることにする。
多少不気味な気がするが、なぜかカンのようなものが進んでも大丈夫だと言っている。
進んで行くにつれMP最大値はガンガン増え、ついには100万を突破した。
これだけ増えれば回復速度も上がりそうな物だが、回復速度上昇はおろか回復さえしていない。全くのゼロだ。
さらにしばらく歩くと、最大値の上昇が止まった。
MP最大値は8754289と大変なことになっている。下手すれば1000万の大台に乗りそうだ。
今まで通りの回復だとすれば回復速度は分速100万、使い切れないレベルだ。
ここに来てからMPは回復していないが魔力過多に後遺症があるとは聞いていないしここを出れば回復すると信じたい。
このMPの異変は恐らくこの事件の元凶だろう。このクラスの異変が2つも同時に起こるとは思えない。
誘発されたという可能性もあるが。
MP上昇が止まった地点を再度細かく探索してみると、壁の下の方に穴が開いているのが見えた。少し威力を押さえた魔法で突いてみると、そこが崩れたので中を見てみる。
2mほど下に鉱山の中とは思えないしっかりとした家の内部のようなものがみえる。
とりあえずあまり危険そうには見えないのでそのまま穴から飛び降りて中に入った。
内部は蒼がかかった灰色の壁にかこまれた10m四方、高さ2mほどの空間だった。
俺が入ってきた場所は火事で焼けたような感じになっている。
部屋の端の方には1つだけ机があり、そのあたりに何かあるのが見える。それと中央につり下がっている明かりの魔道具らしきもの以外はほとんど物がない殺風景な部屋だ。
近付いて見てみると、その何かの正体が判明した。
まず人骨、机の横に置いてある椅子のあたりに一人分の人骨が落ちていた。
すでにたくさん人を殺しているし特にショックは受けなかったが、こちらに来たばかりだったらパニックになったかも知れない。
それから机の上に置いてあるメモ帳のような薄い紙束と剣だ。
剣は蒼がかかった美しい剣で、抜き身だが周りの物が年季を感じさせるのと比べこの剣は全くそれを感じさせず、むしろ新品だと言われても信じられるほどだった。
剣を取り上げ、試しに振ってみたところ、しっくりきた。
なぜか剣が魔力をほしがっているような感じがしたので魔力を流してみたところ、剣の何かがかわった気がした。
そのまま地面に突き刺してみたところ、まるで豆腐、とまではいかないが普通の剣に比べれば遙かに軽い感じでサクッと根元まで刺さる。
試しにその剣を収納し、ドヴェラーグさん謹製の剣で地面を突いてみるが、はじかれるだけだ。
これはすごい剣を発見してしまったかも知れない。
そう思い、ホクホク顔で剣をしまう。一応この剣はまだ実用はしない。
今まで使ってきた鉄の剣はそこまで性能は高くないが今まで共にやってきた信頼と実績がある。
この剣を使い始めるのは外に出てからでいい。メモ帳も一応回収しておく。
ここで読む必要は特に無いだろう。もらった明かりは光量が小さくて本を読むのには不足だし、かといって火魔法は酸欠が怖い。
メモ帳を回収したはいいが、そこで中央の明かりのことを思い出す。
あれはこの部屋を照らすための物である可能性が高い。少し目を通す程度でも読める程度の光量は確保できないだろうか。
日本にあったもののごとく明かりにはひもが付いている。あれを引っ張ればいいのだろう。
近付いてヒモを引っ張った。かちっ、という手応えがあり、
明かりが落ちた。明かりが消えた、と言う意味ではなく物理的にだ。
とっさに目をかばうと、すぐに明かりらしき物が割れるような音が聞こえる。どうやらけがはせずにすんだようだ。
目をあけて明かりの残骸を確認し、いったん引き返そうと穴のほうに移動するが、そこで何かが部屋の中心に集まっているような感覚を覚える。
振り向いてみると、黒っぽい何かが部屋の中心にできつつあった。3mほどの距離がある。
観察していると5秒程度でその何かは形を整え、輪郭のはっきりしない6本足の魔物のようなものになる。幅は1.5m、高さは1mほどだろうか。
炎の輪郭などはややぼやけてみえるがあれを黒くしたような輪郭の曖昧さだ。しかし時間とともに輪郭がややはっきりしてきているように見える。
6本足とはいってもグリーンウルフのようなものではなく、昆虫のような6本の足――ただし、1本1本は熊のように見える――だ。
正直不気味なことこの上ない。
慌てていつもの装備を装着し、岩の槍を大量にぶつける。様子を見ながら魔法装甲も展開する。
槍はその何かにぶつかるとその全てがほとんど何の反応もなく消えてしまった。まるで吸収されてしまったようだ。
魔物らしき何か自体には少しも揺らいだ様子はない。圧力魔法を念のため放ってみるが「バスッ」という音がしただけだ。
空気に対して放った時と同じだ。効かないと見ていいだろう。
どうしようかと対策を考えているとさらに輪郭をはっきりとさせた魔物が飛びかかってきた。3mもの距離を一度の跳躍で完全に潰し、飛びかかってきた。
物理攻撃が効くかは分からないがとっさに右手の剣を突き刺す。
剣は何の抵抗もなく、空気を切り裂くような感覚でそのまま魔物に刺さった。
そのまま剣は根元まで沈み込み、魔物の勢いは衰えずに俺めがけて迫ってくる。
と、不意に手応えがあった。ちょうど完全に根元まで剣が刺さりきった状態で手が魔物にぶつかったときだ。
しかし魔物の勢いを止めるには至らず、そのまま魔物の押し切られる、と思われたが、魔物はこちらの体に一瞬圧力を掛けたと思うと、そのまま反対側に着地してしまった。何がしたかったのだろう。
振り返って再度魔物を視界に納める。
魔物は前見たときよりもかなり小さくなった気がする。
高さも40cmほどに見える。気のせいではないだろう。
もしかしてこいつ、体で直接殴ればいいのか?
そう思い、殴りかかってみると、おもしろいように体積が消えていく。手応えはあまりないので殴るという感じでもないが。
10回も殴らないうちに魔物は明かりの魔道具の魔石のようなものと、かなり大きく、黒っぽい直径30cmほどの魔石のような物を残して消えてしまった。
一体何だったんだろう。