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第2話 商人と岩の槍

 悲鳴が聞こえたであろう場所が視認できる距離まで近づく。

 少し走ると森が途切れ、草原のような場所になっていて、森から5mほど離れた場所に道があり、ここから15mほど離れた場所に荷馬車がとまっていて近くに緑犬がいる。そのあたりから悲鳴が聞こえたのかもしれない。

 やはりさっきの悲鳴は緑犬(グリーンウルフ)による襲撃を受けた人間によるもののようだ。

 人数は3人だが、一人は怪我をしているようだ。赤い髪の男が左腕を押さえていてそばには大きな剣が落ちている。悲鳴はこの男のものだったのだろうか。

 もう一人、剣を持った小柄な男 (髪の色は緑だ。この世界では黒髪や金髪ではない色が珍しくないのかもしれない)が緑犬と戦っているが、緑犬は3匹残っていて戦況は芳しくないようだ。

 ここから見える限り4匹ほどの緑犬の死体があるがこれは二人いた時のものも含めてであって一人で3匹を相手にするのは厳しいのだろう。

 その後ろでは商人らしき小太りの男が剣を持っているが、小柄の男の後ろにある荷馬車らしきものに隠れてようとしている。馬は無事なようだ。

 援護しようとは思うが俺に今使える攻撃魔法はあの火の玉くらいだ。下手すれば人間まで巻き込んでしまう。

 ぶっつけ本番になるが氷魔法のようなものが使えないかどうか試してみる。氷の槍であれば周囲を巻き添えにする心配はないだろう。氷の槍のようなものをイメージするが、氷は生成されないしMPも消費されない。なにがいけないのだろうか。

 氷が無理だったので今度は岩の槍を想像してみる。わずかにMPが消費される感じがして岩の槍が生成される。槍とはいうが実際はただの長さ20cm、直径5cm程度のいびつな鉛筆のような形だ。それが緑犬に向かって飛んでいくのをイメージすると、小柄な男に飛びかかろうとしていた緑犬に向かって飛んでいき、命中する。速度は火の玉の時と同じ位に見えた。15mほども距離があるのに重力の影響がないかのように直線軌道を描いて犬の方へ飛んで行った石の槍は、緑犬の前足に命中したが3㎝ほど食い込んだ後に砕けてしまった。

 槍は砕けたとはいえダメージは小さくないようで、緑犬は足をもつれさせる。そこを小柄な男に首をはねられて絶命した。

 緑犬が2匹になって動きやすくなったのか、残りの2匹も俺が次の槍を撃つまでもなく小柄な男に胴体、足をそれぞれ切り付けられた後首をはねられる。

 緑犬を倒した男は周囲を見回した後、敵がいないのを確認したのかこちらに向かって手を振る。異世界でも手を振るのが友好的な動作なのかは分からないが表情などからするとやはり友好的に見える。

 俺が荷馬車らしきものに近付くと、小柄な男が話しかけてくる。商人らしき男も荷馬車から出てきたようだ。怪我をしていた男は自分で手当てをしている。命に別状はなさそうだ。


「助かったよ、援護してくれてありがとう。ところで森の方から来たようだけど冒険者って装備じゃないね。どうしてそんなところから出てきたんだい?」


「気がついたら森にいました。記憶があまりなくて自分でもなぜ森にいたのかはわかりません。」


 とりあえず記憶喪失でごまかすことにした。

 一部記憶があることにしておけばボロも出にくいだろう。


「魔物にでも襲われたのかな?それにしては服装がきれいだし怪我もなさそうだけど……。まあいずれにしても君は命の恩人だ。受けた恩を返したいからちょっと待っててくれ。 おーいカラクさーん!」


 商人らしき男はカラクというようだ。小柄な男と少し話すとこちらに話しかけてくる。


「君が助けてくれたのかね、礼を言うよ。私の名前はカラク、見ての通り商人をやっている。記憶喪失だそうだがサポートくらいはできるかもしれないね。身分証や金は持っているかね?」


 アイテムボックスは空だったし(今は葉っぱがちぎれたものを含め3枚と黒焦げの緑犬が入っている。)ポケットにも身分証や金は入っていない。


「いいえ、持っていないようです。私はカエデと言います。」


 カラクさんには苗字がないようだ。もしかしたら苗字は特別な人しか持っていなかったりするのかもしれない。面倒事は嫌なので下の名前だけ名乗っておく。


「そうかね。どうしてそんなことになっているのは知らないけど金も身分証もないとなると町に入ることすらできないね。お礼と言ってはなんだが保証金と宿代、ギルドへの登録代をあげるね。こちらにも生活が懸かってるからこれ以上はあげられないけど分からないことがあったら教えてあげるね。」


 そう言いながらカラクさんは俺に銀色の硬貨を5枚手渡す。


「あの、すみません。これは銀貨……でしょうか?」


「ん?金すら覚えていないのかね。そうだよ、それは銀貨だね。分からないなら説明してあげるけど出発してからにしてほしいね。」


 とりあえずもらった銀貨はポケットにしまっておく。


 応急処置も終わったようで、緑犬の死体を回収し終わった小柄な男を御者として馬車が動き出す。荷物の箱の上に座るが振動が激しくて尻が痛くなりそうだ。


「じゃあ説明をはじめようかね。まずは金のことだね。これが銀貨で……」


 カラクの話を総合すると貨幣の価値はこうなるらしい。

 鉄貨1000枚=銅貨100枚=銀貨1枚 銀貨100枚=金貨10枚=大金貨1枚

 鉄貨1枚で1テルで、聞いた宿の価格からすると1テル=10円程度の感覚だろうか。最高額の硬貨が100万円というのもすごいが全て硬貨となると大きい額のものが必要になるのだろう。

 後でわかったことなのだがカラクさんが持っていなかっただけでこの上にも大金貨100枚分の白金貨というものがあるようだ。主に商人や国家の大きい取引で使われるらしい。

 まあ俺には縁のない話だろう。


 しかしこの馬車には大量の荷物が積んである。アイテムボックスが普及しているとしたらわざわざ荷馬車で運ぶ必要はなさそうなものだが。

 ふと思い立ってカラクさんを鑑定してみる。


 名前:カラク

 年齢/種族/性別 : 35/人族/男

 レベル:7

 HP:32/32

 MP:11/11

 STR:9

 INT:11

 AGI:10

 DEX:8

 スキル:生活魔法


 低い。いや、俺が高いのか?スキルも生活魔法しかない。生活魔法がどんなものなのかはわからないが名前からして生活に便利な魔法なのだろうか。生活魔法について聞いてみたところ、火種になる程度の炎を出したりトイレでウォシュレット替わりに使える水を出したりする魔法らしい。MP消費はどれも大体1回あたり0.1だそうだ。

 ステータスは成人男性の平均が10程度らしい。そうなると俺は結構高いことになる。しかしアイテムボックスが使えない理由らしきものは見当たらない。冒険者はどの程度なのだろうと思い小柄な方の冒険者を鑑定してみる。


 名前:モルス

 年齢/種族/性別 : 22/人族/男

 レベル:14

 HP:114/114

 MP:21/21

 STR:22

 INT:18

 AGI:33

 DEX:19

 スキル:生活魔法、剣術1


 STRは俺とそこまで変わらないしAGIは俺よりも高い。他もカラクさんよりは高い。単純に力や素早さがステータスに比例するとしたらモルスさんはカラクさんの倍近い力の差があることになる。これがレベルの差か。

 前回のレベルアップを考えると俺がレベル14になるころにはこれよりはるかに高いステータスになっていそうだしやはり俺のステータスやスキルは高いのだろうか。

 とりあえずレベルを無視すれば俺のステータスが異常ではないことがわかって安心した。冒険者としてもやっていけそうだ。

 やたらと高いステータスを持っていて無双できるとかもいいけど悪目立ちしそうだからな。


 結局アイテムボックスが使われていない理由がわからないので聞いてみることにする。


「商品を運ぶのにアイテムボックスを使わないんですか?」


「あれは魔法の素質を持っていないと使えないスキルだからね。魔法の素質を持ってる魔法使いはみんな高ランクの冒険者やら軍人やらになってしまうから雇おうにも高い。その割には持てる物の量もそこまで多くはないから貴族向けの高級食材の運搬くらいにしか使われないね。アイテムボックスの中の物は時間がたたないから貴族や豪商なんかはアイテムボックス持ちを食材保管用に使ったりしているみたいだけど普通の商人がつかうようなものじゃないね。」


 どうやらアイテムボックスは魔法の素質がないと使えないスキルらしい。言い方からすると魔法の素質はおそらくそこそこのレアスキルだが探せばある程度居るといった程度のレア度か。武芸の素質も似たようなものだろう。これなら隠す必要もないだろうし魔法の素質と武芸の素質の隠蔽を外しておく。


 その後もカラクさんにこの世界についての話を聞いていると、街についた。高さ2mほどだが塀があり、道の前には門があって衛兵が座っている。余り勤勉ではなさそうだが。


「身分証を見せてくれ」


 門の前に立つとそう声をかけられる。身分証がないことを伝えると保証金として銀貨を1枚払わせられ、白い板に触れろと言われる。

 白い板に触れると、ステータスの一部が表示される。


 名前:スズミヤ カエデ

 年齢/種族/性別 : 20/人族/男

 レベル:2

 賞罰:なし

 スキル:魔法の素質、武芸の素質、火魔法、土魔法、水魔法


 どうやら鑑定の劣化版らしいな。苗字が表示されているのに気付き慌てて苗字を隠蔽する。成功した。


「えっ……、まあ問題ないな。ようこそエインへ。」


 衛兵がそれを覗きこみ、名前と町の名前が書かれた薄い金属製の仮身分証をわたされ、無理に作ったような笑顔で通される。この町はエインというようだ。どうやら苗字は見られずにすんだようだ。

 カラクさんたちは身分証を見せて中に入る。怪我をしていた人も大丈夫そうだ。怪我がなくなっていたが何か便利なポーション的な物でもあるのだろうか。


「では、これでお別れだね。何かあったらカラク商店に来てね。ここをまっすぐ行くと冒険者ギルドがあるからそこで冒険者登録をしてギルドカードと仮身分証を持っていけば銀貨は返してもらえるからね。」


 そう言ってカラクさんは行ってしまった。


「じゃあ僕たちは冒険者ギルドの方に行くけど君もついてくるかい?」


 モルスさんが誘ってくれる。正直作法も何もわからないからありがたい。


「はい。お願いします。」


 そう言ってギルドへ向かう道を歩き出す。もうあたりは薄暗くなっている。

 街の風景はヨーロッパのような感じだが電灯もないし街並みだけをみれば中世ヨーロッパと言った感じだろうか。

 人通りはそこまで多くはないが、いないというわけでもない。ぽつぽつと人が歩いているのが見える。

 一部の人には獣耳やら尻尾やらがついているみたいだ。獣人は俺がやってたMMOにもいたし、ファンタジー的な世界なのだからいてもおかしくはないのだろうと納得する。

 人々の服装はなんとなくRPGとかで見たことがあるような感じの服装が主だ。しかしあまり粗末な服と言った感じでもない。たまに鎧をつけて剣を腰に提げている冒険者らしき人もいる。

 中世ヨーロッパ風の街並みだとは言ったが道に糞が垂れ流されたりはしていないようだ。安心した。

 個人商店らしき建物が多いが時間が遅いからか閉まっている店が多い。開いている店も店じまいの準備をしていたりする。

 酒場らしき店は営業しているようだが、冒険者ギルドは大丈夫なのだろうか。

 まあ冒険者であろうモルスさんが冒険者ギルドが閉まっていることを忘れているはずもないか。

 モルスさんがふと思い出したように言う。


「君は魔法使いなのかい?見たところ杖は持っていないようだが」


「魔法には杖が必要なんですか?私は魔法の素質を持っているみたいなんですが」


 杖などなくとも魔法が発動していた。これは素質のせいか?


「杖がなくても魔法は発動できないこともない。でも魔法を飛ばすときに速度が出ないからあまり実用的じゃないんだよ。魔法の素質はすごいスキルではあるけどさすがにそこまでの効果はないね。君はもともと魔法の速度が速いのかもしれない」


 説明をまとめるとこういうことらしい。

 魔法の威力はINTと魔法のレベルとMPの消費量に依存する。また敵との相性などもあるらしい。

 それなのになぜ杖を使うのかというと杖なしで魔法を飛ばしても威力は出るのだが速度が出ないからだ。ゆっくりととんでいく魔法など簡単に避けられてしまう。

 杖を使っても使わなくても魔法の速度には個人差があるようだ。なぜ異なるのかはわかっていないらしいが杖なしで実用的な速度で魔法を飛ばせる人はほとんどいないらしい。

 なので飛ばさないような治癒魔法などを主に使うような魔法使いは杖を使わないこともあるが戦闘する魔法使いは基本的には杖を使うとのこと。

 長ければ長いほど速度が出るが取り回しが悪くなるので人によってちょうどいい長さは違うらしい。

 大体60cm~1m20㎝程度のものが主流のようだが特殊な用途の物では3m以上のものもあるという話だ。

 また、さっきのような岩を飛ばすような魔法でも速度と威力は関係ないそうだ。ファンタジーだ。もしかしたら緑犬に岩の槍をぶつけた時槍が砕けてしまったのはそのせいかもしれない。


 そんなことを考えているとギルドの前に到着する。

 全体的に質実剛健と言った感じの建物だ。

 ギルドはおそらく煉瓦作りで二階建ての四角い建物で屋根は赤瓦のようなものでできた三角屋根。

 石でできた段差の上に両開きの木でできたドアがあって、そのドアには丈夫そうな装飾のない金属でできた取っ手がついている。

 ドアの上にはでかでかと「冒険者ギルド」と書いてあって、丸い盾の上で剣が交差しているようなマークがその文字の左右に書いてある。

「冒険者ギルド」は見たことのない文字で書かれているが、なぜか意味は理解できた。おそらくは異世界言語完全習得のせいだろう。

 自然に会話していたし会話は日本語でしているつもりだったが、もしかしたら無意識のうちに異世界語を話していたのかもしれない。


「それじゃ僕らはこの先にある宿に帰るから、じゃあね」


 そう言ってモルスさんたちは宿の方へ行ってしまう。ギルドの中までは付き添ってくれないようだ。

 さて、ギルドに入ってみますか。

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